第5曲 元将軍襲来
5月になり、春の慌ただしい感じも落ち着いた。
人は21日間続けたものは習慣化されるという。つまり、慣れだ。ついこの間まで小学生だった新入生達も中学校に馴染んできたと思う。
さて、本日はなにやら騒がしい。どのくらい騒がしいかというと、家庭訪問があるからと母親が家中を片付けたり、床のワックスをかけたり、年末の大掃除か?年越しの準備か?っていうレベルの慌ただしさだ。たとえが伝わらなかったらすまん。地上のC校舎の1階の合奏をするだだっ広い部屋に僕は西野少佐に呼ばれた。上野曹長も一緒だ。僕をパイプ椅子に座らせて、西野少佐が口を開いた。
「中原君、良く聞いて。今日、元将軍が部活に来るの」
「元将軍?」
僕がポカンとしていると上野曹長が
「元将軍は去年、部長だった人だよお。県内の偏差値が高いことで有名な高校に進学したんだよお」
「へー。そんな、すごい人が来るんですね」
のんきな回答を出した僕に上野曹長は言った。
「元将軍はチューバ担当だったんだよお」
上野曹長の後ろでうんうんとうなずいている西野少佐。
「えっと、それってつまり・・・」
上野曹長はニコッと笑って
「中原君を教えに来たと思うよお」
その時、ガラッとドアを開けて入ってきたのは長町大佐と益満中佐だ。
「中原君!話は聞いたと思うけど、くれぐれも失礼の無いようにね!」
と言ってきた長町大佐の顔が青い。
「元将軍はめっちゃ厳しい人だから。あんた・・・その、マジで気を付けな!」
と言ってきた益満中佐は焦って語彙力を失っている。
マジか・・・そんな人が来るなんて。なんて思ったが不思議となんとかなるかと思った。そんなことを考えていたら、廊下から岩永先生ともう一人、女の子の声がした。
「あわわわわわ。いらっさった(正:いらっしゃった)」
長町大佐が噛んだ。みんな、僕以外プルプルと震えている。
ガラッとドアが開いた。なぜか演出で逆光の中にその人の姿はあった。逆光で姿がはっきり見えない。しかも、スモークまで立ちこめている。岩永先生が
「もう!無駄な演出しないの!」
と元将軍を優しい声で叱った。すると、演出は消えて元将軍の姿が現れた。
「みんな!しっかりやっているか?」
と声を発したのは元将軍だった。がたいはめちゃくちゃ良く、おかっぱに真面目そうな眼鏡の女の子だ。
「長町!」
元将軍が一番に声かけたのは長町大佐だった。
「は・・・はいっ!」
「あんた、最近たるんでるんじゃないの?」
「い、いえ!ちゃんと新入部員のし、指導も行っていますっ!」
「ふーん。あ!あの子が新しいチューバの子?」
と僕を見た。長町大佐は
「そ、そうです!中原君、挨拶っ!挨拶っ!」
と僕に挨拶をすることを催促した。僕はパイプ椅子から立ち上がって
「初めまして。中原と言います。よろしくお願いします」
と言ってペコリとお辞儀をした。元将軍が
「じゃあ、この子の指導するから。部屋から出てもらえる?」
と言って僕以外のみんなを外に出した。退出の時に
「じゃあ、中原君。また後でね」
と小声で西野少佐に言われた。
みんなが退出した後、僕は譜面台とチューバと元将軍のパイプ椅子を用意した。元将軍はパイプ椅子に座り言った。
「中原君、チューバを選んでくれて、ありがとね」
元将軍から出た意外なその言葉に僕は
「へ?」
と言う言葉しか出なかった。
「そんなことを言うなんて意外だ、なんて思っているんでしょ?厳しい言葉をかけられるんじゃないかって思っていたでしょ?長町たちは大げさに怖がっているのよ。私が部長をやっていた時に厳しくしていたのには理由があるの」
「どんな理由か聞かせてください」
「当時、私たち3年生は3人しかいなかったの。でも1年の長町たちは12人。人数で私たちは劣っていたの。しかも、長町や益満、眼鏡をかけてない方の泥谷・・・強気な性格の子達が多い。だから舐められないようにするために厳しくしていたし、生意気だったから絞めちゃった」
「な・・・なるほど。先輩方も大変だったんですね」
「わかる?それでも、あの子たちは嫌いじゃないのよ。廃部寸前だった吹奏楽部に入ってきてくれたことに今でも感謝している。みんなには内緒よ」
「はい」
元将軍は優しい人だ。この会話は他のみんなに聞かせたいけど、生憎この場所の盗聴器はすべてノイズが流れるようにジャミングがかけてあるから。マジでごめん。
その頃、別室にいる泥谷中尉は
「あの野郎!ジャミングかけやがった!キー!」
と騒いでいた。その様子を内村大尉は後ろで黙って腕を組み眺めていた。
元将軍が言った、
「中原君、西野から話は聞いているわ。チューバを初めて吹いた時にイージスの盾を出したって。見てみたかったなー!でも、私は卒業しちゃったから、あの世界にはもう行けないのよね」
それで練習場所が地底世界ではなく、地上だったわけか。
「中原君、イージスの盾は私が独自で開発した機能なの。その技術は木管が狙ってると言ってもいい」
そして、さらに付け加えた。
「私は中原君にチューバの全てを教える。中原君はそれを使いこなし、発展させて欲しい」
「わかりました。僕は何をすれば?」
「そうねー。とりあえず、ピストンがガチガチだから、オイルを差すところからかなー」
「オイル?」
金管楽器などのピストン(音を鳴らす時に押す場所)に楽器専用のオイルをピストンのキャップを開けて真っ直ぐに引き抜き内部に差す。オイルが管の中に入るように。そして、2、3回ピストンを押してオイルを馴染ませる。
また、チューバや金管楽器は実は外せる管が存在する。これは吹く際に唾や唾液、湿気の多い日には空気中の水分が溜まるため、それらを出す為に分解できる作りになっている。だから、管楽器を吹く人はタオルハンカチ(タオルとハンカチの中間くらいの大きさ)のものを持参するんだ。
「それにしても、中原君はどうしてチューバを選んだの?」
「その・・・吹ける楽器がチューバしかなかったっていうか。なんでしょうね、一目見て気に入ったからです。あと、大きい楽器って格好いいじゃないですか!」
僕はSF作品が好きでロボットアニメを見るのだが、スリムな機体よりもがっしりとした強そうな機体が好きな方なのだ。
「そんなことを言う子は初めてだよ。チューバってさ、人気が無いんだよね・・・。人気があるのはクラリネットやサックス、フルート、トランペットなどの花形楽器。メロディラインを担当する目立つ楽器ばかり。チューバはほぼベースラインだから。私がチューバやっていたのって誰もチューバの担当がいなかったからよ」
「そうだったんですか・・・」
「だから、ありがと。チューバを選んでくれて。この子もきっと喜んでいるよ」
そう言って元将軍はチューバをなでた。
「ところで中原君!楽器を吹く上で大切なことって何だと思う?」
「わかりません!」
即答。
「素直でよろしい!楽器を吹く上で大切なことは呼吸だよ」
「・・・呼吸ですか?」
「そう!呼吸ってさ、当たり前にみんなするよね。空気を吸ったり吐いたり・・・。俗に言う腹式呼吸が大切よ」
「ああ、それなら西野少佐に聞きました」
「さすが、西野少佐ね。じゃあ、腹式呼吸をしてみて」
僕は息を吸った。その時、肩に力が入ってしまった。
「あー。中原君、それは胸式呼吸っていうのよ」
「胸式呼吸?」
「胸式呼吸はいわゆるランニングの時に自然になる呼吸って言うとわかりやすいかも。つまり、呼吸によって胸の方が膨らんだり、肩が上がったりするのが胸式呼吸。スポーツの時は良いけど、平常時に使う呼吸ではないわね。お腹を膨らませろって言う指導者もいるけど、実際にはお腹に空気が入るわけではないの。あくまで空気が入るのは肺。だから、お腹に空気を自然と送り込むイメージでやってみて」
元将軍のアドバイス通りにやっていたら息を吸う時に肩が上がらなくなった。その呼吸を見ていた元将軍から、またアドバイスが入る。
「良い?中原君、呼吸っていうのは一瞬で吸って、なるべく長く吐くのがいいの。これはメンタルにも効くわ。メンタルが弱い人ってね、大抵呼吸が浅いの。ていうか、現代人って運動しないし、仕事でパソコン使うから基本呼吸が浅いのよ。だから、眠れないときに一瞬で吸って細ーく吐いてみて、自然に眠れるよ、試してみてね!」
「先輩、誰に言っているんですか?」
それから、僕は楽器を触らせてもらえず呼吸の訓練に励んだ。
「はーい、吸うときに上半身に力入れない!強張らない。自然に!息を吸う!そしてなるべく長く息を吐く!」
深呼吸をするうちにどんどん心が落ち着いていく。確か有名なアニメや漫画も呼吸が大切だと言ってたような。
「中原君、だんだんできるようになったね。毎日続けてね!」
「はい!」
「じゃあ、次はビームの出し方を教えるよ」
キタアアアアアアアアアアアァァァッ!
読者の皆さん、お待たせしました!第一話はSF要素全開だったのに、ここのところSF要素が少なくなってきていることを僕は危惧していた。元将軍が口を開く
「西野に聞いたよ。チューバを吹いて一発目にイージスの盾を展開したって」
「へへっ、たまたまというか・・・」
照れながら答えると元将軍はチューバをなでながら
「さっきも言ったけどイージスの盾は私が開発して装備した。最高の盾よ。私が引退した半年の間はヤマハ研究所で秘密裏に保管、封印してもらっていたけど、情報を知った何者かがチューバを、イージスの盾を解析するために強奪しようとした」
「そんなことが・・・」
「まぁ、どうせ木管あたりでしょうけど」
あはははは。と乾いた笑いをした僕に元将軍は言った。
「イージスの盾以外の機能を中原君に教えるね」
そう言って元将軍は僕にこっそり指導をしてくれた。
お披露目はもう少し先の話。僕は披露したかったが、作者が待ってくれって。
「もう、中原君ったら!メタい事は考えないの!」
「はい。すいません」
こうして、元将軍とのレッスンは終わった。
元将軍はレッスンの後に差し入れでアイスキャンデーを差し入れしてくれた。職員室の冷凍庫に預けていたらしい。もちろん、部員みんなでお礼を言った。元将軍は穏やかに帰って行き、長町大佐と益満中佐は安堵した様子だった。
長町大佐と益満中佐、西野少佐が僕に聞いてきた。
「元将軍、厳しかったでしょ?」
と長町大佐。
「あんた、良く耐えたよ」
と益満中佐。
「中原君すごい」
と西野少佐。
「元将軍はとても優しい人ですよ?」
と僕が答えると3人は
「えーーーーーーーーーーーー!」
その後ろにいた泥谷中尉も
「えーーーーー!」
泥谷中尉と一緒にいた内村大尉は、アハハっと笑っていた。
この話は後に伝説として語り継がれる事となったのである。
次回、第6曲 「課題曲、自由曲」
僕たちの演奏は続く。次回もお楽しみに!
※この物語はフィクションです。
SF吹奏楽部! 中原立案 @rituan99
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