木曽Version浦島太郎 🐠

上月くるを

木曽Version浦島太郎 🐠




 むかし、信濃国の上松あげまつという地域に木曽川で魚を釣って暮らす男がおりました。

 腕のいい漁師のうえ、超オトコマエでしたので、村の娘たちはキャーキャーです。


 あたしを見てくれただの、いいえ、あたしにゾッコンなのよだのと、カシマシイ。

 でも、当の浦島太郎(というのが漁師の名前です(笑))は一向にわれ関せずで。


 というのも、だれも知りませんでしたが、太郎にはすでに想いびとがいたのです。

 村びとが気づかないのもそのはず、ふたりの逢い引きはいつも真夜中でしたから。


 早くに両親を亡くした太郎は、木曽川沿いの板葺きの小屋でひとり暮らしでした。

 夜中にこっそり小屋を出て、白々と明け初めぬうちに帰って来る、そう、通い婚。




      💕




 村の娘たちを寄せつけないのに、いつも愉しそうにしている太郎を訝しんだ者が、もしあとをつけたとしたら、それはびっくり仰天して腰を抜かしたかも知れません。


 真っ白な四角い花崗岩を敷き詰めたような寝覚の床のひときわ大きな石のかげで、白い絹の着物をまとった美しい女の人が、ゆらりゆらりと手招きをしているのです。


 ひょいひょいと器用に石を渡った浦島太郎は、木曽の田舎娘ではおよびもつかないほど垢ぬけて色っぽい女人に手を引かれ、そのままズブズブと川に入って行きます。


 あれよあれよと言う間にふたりは視界から消え去り、あとにはいつに変わらぬ川音と小さな気泡がいくつか浮いているだけ……狐につままれたような光景が残されて。


 肝っ玉の小さい者はここで悲鳴をあげて逃げ出すはずですが、その場に残っていたとすれば、東の空が白み始めるころ、ふたたび水が盛り上がるのを目撃することに。



 

      🦩




 じつは、夜ごと川の底から迎えにやって来る女人は、ほかの釣り人が捨てた釣りおもりを誤って呑みこんでしまった白鷺を太郎が助けてやったその化身だったのです。


 乙姫(というのが女人の名前です(笑))は、木曽川の川底の、いっそう深い底にあるむらの竜宮城に棲んでいて、たくさんの侍従やお女中にかしずかれておりました。


 夢み心地の浦島太郎がフワフワと手を引かれて行くと山の幸や川の幸が山盛りで、大きな貝の雛壇に乙姫と夫婦のように並んで、珍しい舞いや音曲をたのしむのです。


 あるとき上松の村びとたちは何日も浦島太郎を見ていないことに気づきましたが、気楽なひとり者ゆえ、ぶらっと旅にでも出たのだろうということに落ち着きました。





      🌠




 それからどれだけのときが流れたのか……。

 当然、村びとは何代も入れ替わっています。


 世の中が移り変わったある日、見たこともない白髪に白髭の老人が現われました。

 なぜかずぶ濡れで、全身から水を滴らせていて、木曽漆のお重箱を抱いています。


 不思議そうにあたりを見まわしていた老人は、通りかかった村びとに訊きました。

 少しものを訊ねる、わしの小屋が見当たらぬが、どこかへ移されたのじゃろうか。


 はあ? このジイサン、少しおかしいんじゃないのかと、仲間を呼び集めました。

 そのなかに、あ、そういえば……古老から聞いた昔話を覚えている者がいました。


 ある日忽然とすがたを消した若者がいて、みんなで神隠しかと怯えたという逸話。

 おおっ、それがこのわしじゃよ! そう言われても、にわかには信じられません。


 よくよく話を聞いてみると、川底の竜宮城での暮らしも飽きたので家へ帰りたいと言うと名残を惜しんだ乙姫が重箱を持たせてくれ、それを開けたらこんな年寄りに。


 どこやらで聞いたような話ですが(笑)、あまりに老いさらばえた太郎が気の毒になった村びとは、もともとあったらしい川沿いに板葺きの小屋を建ててやりました。





      🏯




 で、めでたしめでたしとなるはずでしたが、どっこいそうは問屋が卸しませんで。

 浦島太郎が滞在しているあいだに、竜宮城にはたくさんの子どもが生まれました。


 どうして知ったのか、新しい小屋が出来上がると、その子どもたちが川底から出て来て小屋に棲みつくようになったのですが、地上の暮らしは水中族には馴染めずに。


 ふと気づいたときには小屋の地下を掘り進めて、ひとつの邑が出来ていたのです。

 邑長むらおさは若いままの乙姫で、つぎの浦島太郎を物色に(笑)ときどき地上へ……。

 



      🚆




 ちなみに、同じJRの特急でも中央東線の「あずさ」と中央西線の「しなの」では乗り心地がビミョーに異なりますよね、車酔いしやすい人は後者が苦手なのでは?


 あなただけにこっそりお教えいたしますが、あれはじつは軌道の直下数百メートルのところに、浦島太郎&乙姫夫妻の末裔たちが営むむらが延々とつづいているのです。


 なので、どうしても電車が少し宙に浮いた感じになり、わたしたち乗客はなんだかモヤモヤした気分のまま、名古屋または長野へ運ばれて行くというしだいなのです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

木曽Version浦島太郎 🐠 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ