六人の悪い奴等〜序〜

isao

零の変 カカシとカラスと画家

大正12年8月


 東北地方の農村地の片隅で男が倒れていた。


 その横には、男が捨てたであろう画材道具があった。


『僕は、暗闇の中にいた。


その暗闇の中、ある話を思い出していた。


 ”昔、ある所におつむがあまり働かない人がいました。


 せっかく出家したのにお経の学習がちんぷんかんぷんでちっとも進みません。


 そこで、師匠も「しょうがないなあ」となり、その人にこう言って、礼拝行らいはいぎょうを進めました。


「いいかい、これからは、あらゆる人に、”私はあなたを軽んじたりしません。なぜならあなたはこれから、道を歩んで、必ずホトケサマ(=悟りの境地に達した人。仏陀)になられる方だからです」と手を合わせて拝むんだよ」


 その人は、おつむは弱かったけれど、愚直な人だったので、それを忠実に実行しました。


 道に立っていて、来る人来る人に、先のことばを言って礼拝したのです。


 それで、みんなが気味悪がります。見ていると、それだけではありません。木をみても、石をみても、犬が歩いてきても、そう言って礼拝しているのです。


 それで、みんなバカにするようになりました。子どもも、大人な真似をしてバカにしだします。それで、後ろから棒でつついたり、石を投げたりするわけです。


 そして、ある時、その人は、石の当たりどころが悪くて、絶命してしまいました。〟


 話の途中で誰かが呼ぶ声が聞こえた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


目の前に小さな女の子が立っていた。


村の民家。


 男は、3日間、なにも食べていなかった。


「おんし、名前は?」


老人が話しかけきた。


「井ノ川十次いのかわとうじと言います」


 丸坊主の男は、そう答えた。


 質問した80歳位の老人と6歳位の少女が、その家に住んでいた。


 十次と名乗る男は、その少女によって命を助けられた。


 井ノ川十次は、老人と少女に今まで経緯を話した。


 ある冬の寒い時期に、草履職人をやめて画家になった。


 しかし、絵を描くだけでは食べいく事ができなかった。


 この日も3日もご飯を食べていなかった。


「画家なんですね、この子を描いてはくださらぬか?」


「私は、もう絵を描くのやめました、画材道具も捨てました」


「お兄ちゃん、これでしょ」


 少女が差し出した物をみると捨てたはずの画材道具が置いてあった。少女が拾ってくれたみたいだった。


 十次は、自分の才能に見切りをつけていた。しかし、この時代、画家で生計を立てていけるのはほんのごく一部の人間だけであった。

 

 十次は、少女の絵を描く事はしなかった。


「すみません、なにもお礼ができなくて」


 娘と老人は、十次が家を出る時に二つのおにぎり和紙に包んで渡してくれた。


 娘と老人の家を後にした十次は、有り難さに涙が出てきた。



 十次は、再び画材道具を捨てる事に少し躊躇したが、自分の思いを捨てる為にまた画材道具をゴミ捨て場に捨てた。


 そして、田園の道を歩く中、さっきの頭の中での話しの続きを思い出していた。


 ”その人は、石をぶつけらて絶命してしまった。


 しかし、しばらくして息を吹き返すと、その人はもう別人になっていたのでした。


 その人は、すっかり悟りを開いていて、どんな難しい経文も解説できる知恵者となっていたのです。


 周囲の人々は、最初は信じませんでしたが、次第に、その人の教えの弟子や信者になっていきました。この方の事を、仏教では、常不軽菩薩じょうふきょうぼさつと呼んだ。


 以上のようなお話を、お釈迦様が弟子たちにしてから、こうつけくわえられました。


 「この常不軽じょうふきょうというのは、実は私の前世の姿なのだ。君たちは、その時、私をぼうでつついたり、石をなげたりした人たちだったのだ。その悪縁により今世でも結ばれ、今では私とともに道を進む者となったのだ。

 今、私がこのように多くの人に敬われているのは、前の世で、すべての人や木や石や大地などを大いに尊敬し、礼拝したからなんだよ。”良く敬う人がよく敬われる人になるのだよ〟」


 とお釈迦の話しはしめくくられた。〟



 十次は、誰にこの話を誰に聞いたのかは忘れしまったが、記憶の片隅にあるこの話しが好きだった。



 そんな時、一羽のカラスが十次の頭を突いた。


 そのカラスは、よく見ると目がひとつしかなかった。その目は、片目が、潰れて一目になったとかではなく、生まれつきのようだった。


 そのひとつ目カラスは、十次を何処かに連れて行きたがっているように思えた。


十次は、カラスの後をついていく事にした。


 カラスについていくと薄気味悪いかかしの元にたどり着いた。



 その薄気味悪いカカシは、十次に向かって話しかけた。


「おい、小僧、助けてくれ」


 十次は、自分の耳を疑った。


「な、な、かかしが、喋った」


 その事に、腰をぬかした十次は、後ろに尻もちをついた。



「お前は、カラスが連れてきた人間だ、必ず俺を助ける事ができる筈だ」



 十次は、この状況を整理するために呼吸を整えた。


 そして、カカシに話しかけた。


「僕は、何をすれば?」


「俺にもわからん」


 それを聞いて困った十次は、カカシの前に座り込んだ。


 しばらく、座り込むと目を瞑った。


 すると、十次は先の助けてくれた少女の事を思い出した。


 何故か、少女の3日後の未来の映像が見えてきた。


 老人が泣いていた。


 少女は、苦しそうに寝ていた。


 少女は、数時間後、肺結核で死んでしまった。


 それは、本当の未来かわからないが十次は、それが本当の事のように思えた。


「なぜ、僕は少女の絵を描いてあげなかったんだ」


 十次は、常不軽菩薩の話しを思い出していた。


「あらゆる人に、私はあなたを軽んじたりしません。なぜならあなたはこれから、道を歩んで、必ずホトケサマになられる方だからです」


 目を開けると捨てたゴミで薄汚れ画材道具が目の前にあった。


 みるとどうやら一目カラスがこれを持ってきたみたいだった。


 しばらく、画材道具と白い紙を見つめた。


 十次は、自然な流れで筆を取ると、一心不乱にカカシの絵を描き始めた。


 静けさの中で、十次の絵は完成した。


 十次は、自分の描いた絵をカカシにみせると、カカシに変化が訪れた。


 薄気味悪かったカカシの表面が黒ずんだ藁が剥がれ落ちて、あたらしい表面があらわれた。


 そこから、光が放ちだし、まるでカカシが生まれ変わったかのように見えた。


 そしてカカシは、十次に向かって話しかけた。

 

 「ありがとうございます、ご主人様、私は生まれ変わりました、先程のご無礼をお許しください」


 そう言って、カカシは十次に向かって辞儀をした。


 十次は、また後ろに倒れ尻餅をつき、一体、何が起きたのかまったくわからないでいた。


 

 しばらくして、十次は、薄気味悪いカカシは、自分が描いた絵の何かによって、生まれかわらせた事を理解した。


 目の前のカカシの容姿は、全くの別の物になっていた。


 「ご主人様、これから私は貴方にお供させていただく事になりました」


「お供って、僕に行く場所なんてないよ」


「いいえ、あなた様は、これからやる事がございます」


「それは、何ですか?」


「ご自身でお考え下さい」


 十次は、迷った。


 しばらく、すると十次は、口を開いた。


「あーの」


「行き先が決まりましたか?ご主人様」


「いや、そうではなくて、ご主人様はやめてください」


「では、なんとお呼びすれば?」


「僕の名前は、井ノ川十次いのかわとうじ


「では十次様と」


 十次は、カカシの言葉にしぶしぶ納得した。


「カカシさん」


「やめて、ください呼び捨てで大丈夫です」


 十次は、少し躊躇したがその言葉をうけいれた。


「カカシ、決まった」


 カカシの顔は、目はモップで見えなかったが下半分はそう呼ばれて嬉しそうだった。


 「少女と老人の所に戻る」


 「お供させて頂きます」


 カカシと十次の話し内容に、興味がなさそうな一目カラスに向かってカカシは、言った。

 

 「ヒトメ、当然ながら君もくるんだよ」


 一目カラスは、その言葉を理解したのか、顔を斜めに動かした。


 昭和という時代が後ろから押し寄せ、大正の時代が終わろうている時、井ノ川十次いのかわとうじという画家は、カカシとカラスをお供に旅が始まった。


〜お話は、”破〟につづく〜




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