いつか見るかもしれない花「地底に咲いた花」
帆尊歩
第1話 いつか見るかもしれない花
美智婆ちゃんは、今日も忙しい。
いつも暇さえあれば近所を歩き回っている。
美智婆ちゃんは一人暮らしだ。
ご主人は随分前に、他界した。
子供はいるのかもしれないが、近所の人は誰も見たことがないから、やっぱりいないのかな。
あんまり歩き回るから。
認知症とかで徘徊しているのではと心配された。
近所の世話好きのおばさんが声を掛けたが、いたって健康で頭もしっかりしている。
問題があるとすれば、足腰が弱っている事と、神経痛が酷いことくらい。
医者にでも言われて、仕方なく運動のために歩いているのかと思えば、(仕方なく)ではなく、好きで歩いているという。
家賃三万円のおんぼろアパート、いやアパートというとアパートに失礼だ。
まるで昔の下宿のような所に美智婆ちゃんは一人で暮らしている。
そしてその隣があたしの部屋。
実家から、リンゴを送って来た。
貧乏学生のあたしはこのリンゴを売って現金化したいくらいだけれど、それではおとぎ話の主人公になってしまうので、とりあえず美智婆ちゃんにお裾分けをする。
「こんにちは」とあたしは美智婆ちゃんの部屋のドアをたたく。
「はい」とドアが開く。
「あら。砂羽ちゃん。どうした」
「実家からリンゴを送って来たので、お裾分け」
「ええー、ありがとうね。リンゴ大好き」と言う婆ちゃんの部屋の中を見ると、花が所狭しと置いてある。
「何、この大量の花は」と聞いてみた。
「ヒミツ。そんな事よりあんたも、うら若き乙女なんだから。こんなボロアパートなんかに住んでいないで、もうちょっとましな所に引っ越せないのかい」
「いや、うちは母子家庭で奨学金とかもらっているし」
「せっかく可愛い顔しているんだから、男に貢がせるとかさ」
「いや。そんな甲斐性ないですって」
「そうかい、あたしがあんたくらいの器量があったら、三股くらい掛けて貢がせまくるけどね」
「婆ちゃんも、恐いこといわないでよ」
こんな下宿のようなアパートでも他の部屋の人の事は全然知らない、近所付き合いをしているのは美智婆ちゃんしかいない。
だからリンゴだって美智婆ちゃんにしかあげない。
でも気になるのはあの大量の花たち、一体何に使うんだ。
まさか本当に認知症とか患っているのか。
学校から帰って来たら、美智婆ちゃんを見かけた。
あたしは声を掛けようとして近づいた。
すると美智婆ちゃんは、小さなシャベルで土を掘っている。
何しているのかなと思うと掘った穴に、茎をとった花を置く、そして上からまた土をかけた。
えっ何している。
何かの儀式?
「婆ちゃん、何してるの?」あたしの声に、美智婆ちゃんは恥ずかしそうにあたしを見た。
「砂羽ちゃんには、話しておこうかな」
「なに」
「地底に花を咲かしていたの」
「え、えっ、どういうこと?」
「うちの人は、あんなんでも花が好きでね。倒れたときはまわりに花なんてなくて、だからいつでも目の前に花があるように、あっちこっちに埋めているの。
地底に花を咲かしているの」
「イヤ、婆ちゃんそれだったら天にあった方が良くない」
「だって人間死んだら、土に帰るって言うじゃない」
「ああ」って納得してどうする。
「で、部屋にあんなに花があったの?」
「そう」
「まあ、あたしも野垂れ死んだときに、目の前に花があるといいからね、だから今からあっちこっちに埋めているの」
と話を聞いても、だから何が出来ると言うことでない。
ところがそうも言ってられなくなった。
夕方、婆ちゃんの部屋をたたく音が聞こえた。
婆ちゃんのところに、人が尋ねるなんてかなり珍しい。
あたしは覗いてみた。
「あっ。お隣の方?」と二人のうち一人が手帳を見せた。
えっ、警察か?
「いえ、」
「ご家族の方。ご存じないですか」
「いやー、分からないです。おばあちゃん、どうかしたんですか」
「今、署の方で保護していまして」
「ええっ」
婆ちゃんが、連行されてしまった。
花を埋めるという、怪しすぎる行動をおまわりさんに見つかり、職務質問をされて、本当の事を話したそうだが、本当の事の方がよほど嘘くさいと言うことで今警察にいるらしい。
結局婆ちゃんは、警察から連絡のいった、娘に引き取られた。
プリプリ怒っている、娘に散々言われて、婆ちゃんは見る影もないほど落ち込んでいて、
そそくさとアパートをひきはらって行った。
最後の挨拶で婆ちゃんは、あたしに大量の花の一本をくれた。
あたしはそれをちょっとだけコップにつけて飾った。
うちに花瓶なんてしゃれたものはない。
しおれかけて来たので、あたしはその花の茎を切って、アパートの横の地面に穴をほって埋めた。
仕方がない。
あたしが最後の一本で、婆ちゃんの代わりに、地底に花を咲かせた。
いつか見るかもしれない花「地底に咲いた花」 帆尊歩 @hosonayumu
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