マクドナルドへ行く
ninjin
マクドナルドへ行く
マクドナルドへ行く。
何故かって?
そりゃ、あの子に会いに行くために決まっている。
多分、僕と同い年くらいの大学生(或いは専門学校生?)、若しくは少し年下の高校生の女の子だと思う。
僕は彼女に、ちょうど一週間前の金曜日に、何というか・・・
ハッキリ言ってしまえば、マクドナルドのアルバイトクルーでカウンターに立つ彼女の笑顔に、一目惚れ、ってヤツをしたのだろう。恐らくそうなんだ。
随分と帰りが遅くなった先週金曜日の大学ゼミの帰り、ゼミの友人たちと立ち寄った大学近くのマクドナルドで、僕はフィレオフィッシュセットを注文した。
笑顔の彼女と目が合って、トレイを受け取り、そして何故だかフィレオフィッシュの味もしなければ、コーラの炭酸がはじける匂いすらしない。そして仲間たちの話も全く聞き取れなかった僕。
気付いたのは、翌日の土曜日だ。
胸の辺りのモヤモヤした、心地好いのだか悪いのだか・・・ザワつきというか・・・
これって、ひょっとして・・・?
だから僕は、今日、五月十四日金曜日、午後九時三十分に、マクドナルドに行くのだ。
というか、今週は毎日マクドナルドに通ってしまった。
土曜日、日がな一日彼女の笑顔を思い出しては溜息を吐く僕は、塾の講師のアルバイトもおざなりに、これはマズイと、翌日曜日から行動を開始した。
日曜日、彼女は居なかった。
僕はバニラシェイクだけを注文して、三十分ほど携帯電話をいじっていた。
月曜日、彼女はカウンターに立っていた。
僕は緊張しながら、フィレオフィッシュのフライドポテトセットを注文して、一時間ほどテーブルに就いてカウンターを時々チラ見していたが、いつの間にだか、気付かないうちに彼女の姿は消えていた。
火曜日、彼女は居ない。
コカ・コーラのSサイズだけを受け取って、飲みながら部屋に帰った。
水曜日、居たっ。
僕は作戦通りに、三回目のフィレオフィッシュセットを注文する。週三回もフィレオフィッシュセットを食べることになるとは、自分でもどうかしてるとは思うんだ。
それから、追加でもうひと言。
「あ、あのぉっ、今でも、『スマイル』って、た、タダなんですか?」
シマッタ、声が上ずった。
もうちょっとスマートに言えると思ったのにぃぃぃっ。こっ恥ずかしいヤツだ。
それでも彼女が、一瞬驚いた表情をした後、「はい」と言って、ニコリと微笑んでくれたし、それに可笑しそうにクスクス笑ってもくれたので、僕はもう天にも昇る気持ちでいっぱいになって、このまま召されても良いとも思ったのは確かなんだ。
そして、午後十時を過ぎた頃、カウンターから姿を消した彼女は、制服から着替えた私服姿で、僕の座るテーブルの前を通り過ぎる時、軽く目を合わせて会釈をしてから、店を出て行った。
僕は何とも言えない幸せな気分で、彼女の後ろ姿を見送ったんだよ。
木曜日、塾のアルバイトでテストの採点が長引いて、すっかり遅くなってしまった午後十時、僕は慌ててマクドナルドに駆け込んだ。
ちょうど私服姿で『Office』と書かれた扉から出てきた彼女に出くわして、僕は息を切らしながら、「よかったぁ。間に合ったぁ」と、つい本音を漏らしてしまった。
瞬間、自分が発してしまった言葉に一気に赤面してしまいパ二くる僕に、彼女も彼女で何が起こったのかと理解するのに一、二秒を要したか、お互いが固まり、そのあと、先に彼女がクスリと笑う。
僕は恥ずかしさと、もうどうにでもなれ、そんな気持ちで、赤面したまま「あ、いや、お疲れ様です。ま、また、明日・・・」と、訳の分からない来店予告をする。
「ええ、じゃあ、また明日、宜しくお願いします。それじゃ、おやすみなさい」
そう告げて笑顔で立ち去る彼女。
そして僕は、呆けたまま、もう一度「お疲れ様です・・・」と、彼女を見送ったのだった。
今、腕時計の針は、九時三十二分。
ガラス張りの店内を少し離れた場所から覗くと、男性の注文客が一人と、その後ろに並ぶカップルらしき男女の姿。
昨日の恥ずかしさからまだ立ち直れない僕ではあるのだけれど、もう半分以上はバレてしまったのだろうから、前に進まくちゃ仕方ないっしょ。
だが不安もあるのだ。
ストーカーや変質者の類と思われていやしないか?
それでも玉砕覚悟で前進するしかない。
だって、生まれて此の方二十年、あんな衝撃を受けたことが無いのだ。
どっかの誰かが言ってた、ビビッと来たっていうのは、こういうことなのかな?
お店に入り、「いらっしゃいませ」と顔を上げた彼女と一瞬目が合い、僕は自分で自分の強ばった笑顔を感じながら、それでも自らを奮い立たせるように、しっかりと前を向く。
前のカップルがカウンターへと進み、注文、それから脇に避ける。
僕の番だ。
しかし僕は、掌をかざすようにして『ちょっとまって、考え中』のサインを出して、カップルが商品を受け取って立ち去るのを待ってから、前に進んだ。
「いらっしゃいませ、お待たせいたしました」
「き、昨日は、何ていうか、失礼しました」
「いえ、そんな、こちらこそ。今日は、ご注文は如何なさいますか?」
そこで初めて気付く。
彼女もまた、少し声のトーンがいつもと違う。
これはどっちだ?
やっぱり、変な人って、怖がられてるのか?
いや、でも、視線はそんな感じではない、気がする。
寧ろ、微笑みかけてくれているみたいだ。
いやいや、ちょっと待て。
ニュースでよく見かける思い込みの激しい変質者とか、捕まる奴って、勝手にそう思い込んでストーカーとかの犯罪者になるんじゃないか? 今の俺は何か変なものに絆されて、そっちの部類に入り込んでいやしないか?
冷静になれ、俺。
「お決まりですか?」
再度注文を促す彼女の声に、ハッと我に返るが、目が泳いでしまう。
「あ、いや、うん。えっと・・・」
僕が言い澱むと、空かさず彼女が小声で囁いた。
――いつもの、フィレオフィッシュセットで良いですか?
驚き、慌てて泳いだ視線を彼女に戻すと、彼女は一度キッチンを振り返ってこちらに誰も気を向けていないことを確かめるようにしてから、クスクス笑って、今度は通常の声で「では、ご注文をお願い致します」と、改めて言い直した。
そして、その瞳は、少しばかり悪戯っぽい笑みを浮かべている。
これは、いけるっ、多分。
「じゃあ、いつものセットで、ドリンクは、コーラ」
「かしこまりました。それでは、フィレオフィッシュセット、サイドメニューはフライドポテト、お飲み物はコカ・コーラで、店内でのお召し上がりで宜しいでしょうか?」
「うん」
「では、六百五十円頂きます」
僕が「d払いで」と言って携帯電話のバーコード画面を差し出すと、彼女はそれをピッとスキャンした。
「ありがとうございます。では、少々お待ちください」
そう言ってから彼女はドリンクサーバーに向かい、僕の注文のコカ・コーラを注ぐと、直ぐに戻って来て、カウンターで僕の注文したセットのトレイの準備を始めた。
僕はその様子を眺めること十五秒ほど。
これ以上判断に迷うと、セットが出来上がり、会話のタイミングを逃してしまう。
そして、意を決する。
「あの、あとひとつ、追加注文、良いですか?」
「あ、はい、ありがとうございます。何をご注文なさいますか?」
僕は顔を上げた彼女に、絶対に笑わせてやる、との思いを込めた、出来る限りの笑顔で(今回の『笑顔』は我ながら、上手くいった、上出来だっ)、
「『スマイル』ひとつ、テイクアウトで」
一瞬、間があって・・・。
嗚呼、やっちまったかぁぁぁぁ
終わったぁ
見事に、玉砕、自滅だぁ
穴があったら入りたい、ってか、今直ぐ穴掘りたい
彼女が口を開く。
「ご注文ありがとうございます。残念ながらお客様、当店の『スマイル』なんですが、生ものなので、お持ち帰りは承っていないんですよぉ。申し訳ございません」
ヤラレタぁ。
完全に返り討ち。
彼女の方が、128倍は面白いっ
そして彼女の悪戯っぽい笑みで溢れた瞳に、これでもか、ってくらいに僕の胸は撃ち抜かれたのだった。
僕は今しがた感じた絶望も恥ずかしさもすっかり忘れて、クククっと笑ってしまい、そして、僕は正直に彼女に告げた。
「やられました。面白すぎです。俺、城西大学三年の飯塚って言います。貴女のこと、まだよくは知りませんが、好きになっちゃいました。それだけです。気にしないで下さい。先週金曜日に、勝手に一目惚れしただけです」
彼女はもう一度キッチンを気にしながら、小声で「ありがとうございます。でも・・・」、そう言い掛けたところで、僕のフィッシュバーガーの出来上がりの合図が鳴った。
「フィレオフィッシュセット、お待たせいたしました」
「あ、ありがとう」
僕がトレイを受け取ると、彼女は店内の壁掛け時計に目を遣って、口パクで、『あとで』と言った。
確かにそう言った。
僕も時計を確かめると、九時五十七分だった。
僕がテーブルに就いて程なく、ミニッツメイドの紙パックを持った私服姿の彼女がやって来た。
「ここ、座っていいですか?」
「もちろん。でも、大丈夫なんですか?」
「ええ、大学の知り合いだって、皆に言ってきたから、大丈夫です」
「いや、そうじゃなくって、いきなり変な告白した人間ですよ、俺」
「そうですよねぇ。でも、何となく、悪い人じゃなさそうだし、どちらかというと、面白そうって思ったし・・・。それに、あんな告白されたの初めてで、ちょっとお話しても良いかなって・・・」
「そ、そうですか。それは、俺も嬉しいです。でも、楽しくなかったら、直ぐに席を立ってくださいね。俺、舞い上がっちゃってて、今も、この先も、何の話して良いんだか分かんないし、『スマイル、テイクアウト』みたいなつまんないことしか言えないヤツなんで・・・」
すると、彼女はクスクス笑い出した。
「それも初めて。スマイル持ち帰りって、初めて聞きました」
僕は直ぐにそれに被せる。
「いえいえ、それを言うなら、俺はスマイルが生ものだって、初めて知りましたっ」
二人、目が合って、あはは、と笑い出す。
僕はコーラをストローで啜る。
炭酸がはじけ、
鼻を抜けるコーラの匂いと、今の貴女の笑顔を、僕は一生忘れないんだろうな。
何となく、そんなことを思った。
おしまい
マクドナルドへ行く ninjin @airumika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます