第10話 優しい叔母

クルエラの叔母であるストーレの事務所へやってきた2人は、応接室に通された。

ストーレは入り口のトラップを解除し、来客中と書かれた看板を応接室の入り口に掲示した。


「どうした、座りなよ」


既にくつろいでいるクルエラに対し、まるでマネキンのように真顔で突っ立っているシースだったが、ストーレのその言葉でなんとか動き出す。


「おいおい、そんなに怯える必要ないだろ。合格だっていったじゃないか」

「いえ、俺は何もしてません」

「別に誰も責めてないだろ」

「ストーレお姉ちゃん、シースさんをいじめるのはだめだよ。怒るよ」

「勝手に怯えられてるだけだよ」

「急に襲われたら誰だって怖がるよ」


クルエラが庇ってくれているが、シースは襲われたことで怯えているわけではない。男だとバラされることに怯えている。


(バラされたらクルエラとの関係も終わる…!そもそもなんでバレてんだ!?)


表面上は真顔だが、内心は嵐のように荒れ狂っていた。


(ん?ちょっと待てよ。俺が男だっていうことはアージェさん、つまり紫月の上層部は知っているはずだから…ってことは、ストーレさんって紫月の上層部と繋がってるんじゃ)


無表情から反転、ジーッとストーレを見つめるシース。

その視線を受けたストーレは、その考えを察し、ため息をついて、こう言う。


「はあ。安心しなって。お前の秘密はバラさないし、当然クルエラの敵ではないよ」

「なら今度は俺が嘘発見魔法使っていいんですか」

「それは勘弁してくれ。大体お前魔力枯渇してるから魔法使えないだろうに」


ジーッと見つめ合う…というよりにらみ合う2人の間に割り込む影があった。


「あの、シースさん。難しいかもしれませんけど、できればストーレお姉ちゃんのこと許してくださると嬉しいです」


シースを至近距離から見つめてそう言ったクルエラは、今度は反対側を向く。


「ストーレお姉ちゃんも、威圧するのやめようよ」

「してないが…。まあ、このままじゃ話が進まないしねえ。よし、お前、立て」

「はい?」


何をされるのか疑問に思いつつも言われるがままに立ち上がるシース。

テーブルを挟んで向かい合って座っていたので、ストーレとシースの間にはテーブルがある。

ストーレは、テーブルを避けるようにシースの隣に来ると、シースの手を掴んだ。


「い、痛いのは嫌ですけど…」

「痛くないよ、気持ち良いことだ」


怯えるシースに、不敵に笑ったストーレは突然自分の服をまくり上げ、掴んでいたシースの手を自分の胸に押し当てた。


「ちょ、なにしてるのお姉ちゃん!!」

「いやサービスだよ。これで許してくれないかなあ?」

「シースさんは女性なんだから、そんなことじゃお詫びにならないよ!」

「いや、そうでもないみたいだよ」

「え?」


ストーレが顎で指した先をクルエラは視線で追う。

そこには真剣な顔をしたシースの姿があった。


「どうだ、これで私たち、仲良しだよなあ?」

「いや…もう少し…触らないと仲良しになれない気がしますね…」


既にストーレはシースの手を離しているが、シースの手はまだストーレの胸にある。

シースは目玉がこぼれ落ちるのではないかという勢いで目を見開き、真剣に胸を揉んでいた。

もみもみもみもみ…。


「シースさん!」

「はっ!」


クルエラにその不埒な手をはたき落とされるまで適度な大きさの幸福物体を揉み続けたシースは、我に返った。

そして、


「俺とストーレさんは仲良し」


などと満面の笑みでのたまった。

自分も大層なものをぶら下げているくせに、他人のものには興奮するらしい。汚らわしい生き物である。


「じゃ、これでまともに話ができるな」


元の席に戻ったストーレが、深く椅子に腰掛けながら言った。

シースも満足そうに席に着いた。


「さて、授業がない日にクルエラがここに来たということは、ついに紫月から出ることができたんだね?」

「うん、ちょっと慌ただしかったけど、ちゃんとお母様にもお別れしてきたよ」


ちょっと慌ただしいというレベルではなかったし、お別れと言うよりも宣戦布告だったが。


「えらいえらい。しばらく紫月に戻るつもりはないんだろ?」

「お母様が私を一人前と認めてくれるまでは戻らないつもりだよ」

「そうかそうか。それで、今後はどうするつもりでここに来たのかな?」

「えと…それは…」


ストーレに状況を確認されていくクルエラだったが、今後のこととなると、自信がないようだった。一応、考えていないわけではないが、それが正しいかどうかを迷っているように、シースに視線で助けを求める。


「大丈夫ですよ、話し合ったとおりに言ってみましょう」

「…!はい!」


シースに背中を押されて、自信が付いたクルエラは、改めてストーレに向き直って言う。


「ストーレお姉ちゃんと同じく、便利屋をしてお金を稼ごうと思う。それで、お母様の庇護下になくても、一人前でやっていけるということを証明する!」

「うん、そういう方法もあるんじゃないか」


自信満々に言い切ったクルエラの言葉を聞いたストーレは、頷いて、少しだけ姿勢を起こした。


「よし、それならまず、入門編だ。クルエラ、便利屋をするために必要なものってなんだと思う?あ、お前は黙っとけよ」

「うい」


もとより答えるつもりはなかったが、釘を刺されたので、一応シースは黙っておくことにした。


「うーん…強さ?いや、優しさ…?」

「心意気的な話じゃなくて、運営的な面で必要なものな」

「運営的?」

「私としては、可愛い姪が私と同じ仕事を志してくれるなんて、嬉しくて仕方が無いよ。だから、クルエラが望むことについては手助けしようと思う。ただし、独り立ちしようとしている姪を手助けしすぎてしまうのも良くない。だから、この場で言えなかったものについては援助しないことにする…って考えていたんだけど、それでいいよねえ?」


確かに筋は通っているし、それでも破格の支援だとシースは思った。1度限りではあるが、臨み通りの支援が受けられるということだ。


(金、物件。あとは…できれば客とか、もしくは案件を回して欲しい。他に何か必要なものあるのか?便利屋ならではの設備とかだったら正直分からないな)


答えるのはシースではないが、自分でも色々と考えてしまう。素人のシースでもこれだけ思いつくのだ。ずっと叔母に憧れていたクルエラならもっと具体的な内容が思い浮かぶだろう。

と、ゆったりと構えていたシースだったが、いつまでも唸っているクルエラを見て、思ってしまった。


(本当に大丈夫か?)


自分でも公言していたが、クルエラは考えることが苦手だ。


(苦手というより、自分で考える機会が少なかったのかもな。そこは今後改善されていくと期待出来る部分ではあるけど、少なくとも今はただの箱入りお嬢様だ。現実的な話が出来るかどうかはギリギリ…?)


この間、ストーレは何を思っているのだろうと正面に座る彼女を見たシースは、楽しそうに悩むクルエラを見て笑っている様子を目撃した。


(趣味わりーーーーー!!)


やっぱりこの叔母に全幅の信頼を寄せるのは危険ではないかと思うシース。

そんな中で、クルエラはついに口を開いた。


「えっと、困ってる人を見つけられないといけないから、広告とか…?」

「あ、いいですね!」


一体どんなものが飛び出すか戦々恐々としていたシースだったが、案外まともなものが出てきて安心した。


「広告…は、流石にクルエラの顔を世間に押し出してしてしまうと、紫月にバレちゃうから、私の客とか、知り合いとか、そういう人脈を活かして周知するっていう感じの支援でいいかい?」

「いい…です、はい!」


一瞬シースに頼ろうとしたクルエラだったが、思いとどまって自分で返事をした。

そんな様子を見て、柄にもなくシースは感動していた。


(今日会ったばっかりだけど、頑張る女の子ってなんて尊いんだろう。推せるわ)


普通に感動しているだけなのに何やら危険な香りがするシースをさておき、話は進んでいく。


「他には?」

「まだあるかな…」


呟くクルエラの隣で猛烈に頷くシース。


「いっでぇ!」


ストーレに邪魔をするなと言わんばかりに脛を蹴られた。


「あっ、もしかして何か届け出とかいる…?」

「目の付け所は良いけど、便利屋には特にないね。他には?」

「警備…?」

「そういうのはそこのキモい魔法使いが得意だろうよ。他には?」

(誰がキモいって?)


また蹴られるのは嫌なので口には出さない。


「えーと…、あ、事務所!」

「ナイスです!いでっ!なぜ!?」


別に口を挟んでいないのに再び脛を蹴られたシースは抗議するが、ストーレは無視した。


「じゃあ、訳ありでも物件を借りられる、身分証明が不要な業者を紹介するよ」

「それって大丈夫な業者なんですか」

「まあ、私の知り合いだからね」

「めっちゃ不安ですがッあう!めっちゃ蹴るなこの人!」


もう蹴られないようにシースは席を立ち、ソファの裏に回った。クルエラのつむじを眺めることにする。


「他には?」

「うーん、もう大丈夫かな。あんまりなにかしてもらうのも、自立と離れていく気がするし…」

「そうかそうか。じゃあ、それらについてはすぐに手配させてもらうよ。ひとまず…はい」


ストーレは自分の後ろの棚からメモを取り出し、さらさらと地図を書く。それをクルエラに渡した。


「ここで物件借りられるから、行ってみるといいよ」

「ありがとう!」


後ろからシースも覗くが、どうやらここから近い場所にあるようだ。そのままふと視線を前に向けると、ストーレがこちらを見ていることに気がついた。


「お前からは礼はないのかい?」

「へ?あ、ああ、ありがとうございます」

「別にお前からの感謝が欲しくてやったわけじゃないからいいんだけどね」

(んじゃ言うなよ!)


なんとか文句は飲み込んだ。

どうやらシースはストーレに嫌われているらしい。好きな子に意地悪をするとかそういうものではないことには流石のシースでも分かる。


(どんなに美人だって、胸を触らせてくれたからって、性格が悪ければこっちから願い下げだ!)


今まで基本的には女性に相手にされなかったシースだったので、嫌われて嫌がらせを受けるのは初めてだった。これに興奮するような性癖は持ち合わせていなかったらしい。


「さ、日が沈む前に行きますか、クルエラさん」


さっさとこんなところ出て行ってやる。

シースはクルエラに声をかけて、ストーレの事務所を後にしようとする。


「そうですね、行きますか。今日はありがとうストーレお姉ちゃん。また来るね」


クルエラも立ち上がって、ぺこりとストーレにお辞儀をする。


「ああ、次は是非1人で来ると良い」

「え?私1人で?分かった…」

(絶対ついてきてやる。クルエラちゃんと2人きりになんかさせねえ)


挨拶も済ませたということで、シースとクルエラはストーレの事務所を後にする。

振り返ってみると、窓からこちらを見ているストーレが目に入った。


「どうでしたシースさん。優しい…人…なんですよ…?」

「まあ…はい」


クルエラもシースへの扱いの悪さは気づいていたので、ハッキリとは言えず、言葉を濁す。


「ちゃんと言っておきますね。シースさんに意地悪しないでくださいって」

「クルエラさんは、優しいですね」


心なしか、クルエラさん『は』と一部だけ強調していたシースだった。

この元男でも、顔が良い女性ならば誰でも良いというわけでもないということが分かった貴重な出会いとなったのだった。

こうして2人は、ストーレに紹介された業者に、2人の拠点となる物件を見せて貰うために再び歩き出した。

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さよなら最終兵器 愛夢 永歩 @grayfoxf238

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