第9話 危険な叔母

「やあ、シースさん。初めまして。姪がお世話になったみたいだね」


挑発的な笑みを浮かべながら話しかけてくる女性は、肉食動物のような雰囲気を前面に押し出し、明らかにシースを威圧している。


(え、若くね?叔母さんっていう言葉のニュアンスから年増だと思ってたけど、全然イけるじゃん。高身長ボブカットクール系美女じゃん。いいじゃん。すげーじゃん)


一方シースは、先程命を狙われ、今は明らかに挑発されているにもかかわらず、早速脳内批評会をしていた。

その沈黙を恐れと取ったのか、ストーレはさらにシースに近づき、毒を吐く。


「おいおい、どうして黙ってるんだい?ただ挨拶しただけじゃないか。ああ、もしかしてさっきの攻撃を根に持っているのかな?」

(ああ~薔薇の匂いみたいな高級感漂う匂いがする~)

「悪かったって。ちょこっと行き違いがあっただけじゃないか。なあ。それともなにか、ビビってる…なんてことはないよなあ。あんなに偉そうにクルエラに命令してたもんなあ」

(にしてもすげえ喋るなこの人。一周回って俺のこと好きなのでは?)

「…なあ、黙ってちゃあ何も分かんないよ。なんか言ったらどうだ?」


ついにシースとストーレの距離は、片方が手を伸ばせば触れることができる距離まで縮まる。

シースは、このまま黙っていたらどうなるのだろうと段々楽しくなってきていた。


「おい、喋れよ」

「ひぐぅ…!」


結果襲ってきたのは暴力だった。

いきなり腹を殴られたシースは両膝を地面に付けて地面に唾液を垂らすことになる。


「ストーレお姉ちゃん!?」

「待ってろクルエラ…私が、コイツを見極めるから」


地面にうずくまるシースを見下ろすストーレは、見定めるような冷たい眼差しをしている。


「うぅ…」

「なんだ、さっきまでの威勢はどうしたよ!」


痛みに震えながら結界を張ろうとしたシースに、さらなる追撃が襲いかかった。

シースの顔面目がけて放たれた蹴りは、なんとかガードが間に合ったシースの腕にぶつかったが、シースを吹き飛ばすには十分な威力だった。


(や、やばすぎだろ…!殺される!)


基本的には飄々としていて、人とのコミュニケーションを苦としないシースだが、暴力には弱い。戦闘能力がないのもそうだし、何より痛みに弱かった。


「そんな強さであの子と一緒にいられるのか?下心で近づいただけなんじゃないのか!?」


それは図星だった。


「うっ」


更なる痛みがシースを襲う。今度はうつぶせに倒れたシースの背中を踏みつけられていた。


「やめてよお姉ちゃん!どうしてこんなことをするの…!」


シースに駆け寄るクルエラが悲痛に訴えるが、ストーレはまるで気にかけない。


「クルエラ…こういうやつはお前のためだとかなんとか言って近づいてくるが、その実クルエラ本人を見ていない。金や、紫月とのコネクションを目当てにしている。そんなお前をダシにして甘い汁を啜ろうとするやつと一緒にいるのは嫌だろう?」

「シースさんはそんな人じゃないから!」

「どうだろうなあ。もっと痛めつけないと本音は出てこないかもなあ。本当は頭の中は金でいっぱいなんだろう?」

「それは…違います…」


シースはゆっくりと体を起こす。


「シースさん!」


駆け寄ってきたクルエラが支えてくれたおかげで、なんとか体を起こすことが出来たシースは、まっすぐにストーレを見つめて、話を続ける。


「俺は…クルエラさんが紫月となんの関係も、1人の少女だったとしても、力になりたいと思ったはずです…」

「口ではなんとでも言えるんだよ」


そう言われることは折り込み済みだ。


「では、嘘が無いか魔法で調べてもいいです。あれだけの魔力操作ができる魔法使いなら、魔法を使って嘘を見分けることはできるでしょう」


嘘を吐くとき、人間は体に何かしらの反応が現れる。それを魔力で察知するという魔法がある。通常は魔法をかけられる側にも魔力が存在するため、干渉して精密に調べることはできないが、相手の同意があれば話は変わる。


「そこまで言うなら手を出しな。そして体から魔力を全て排出しろ」


シースはストーレが言うとおり、体内の魔力を全て霧状にして放出し、大人しく右手を差し出した。

ストーレがその手を握り、シースの体内にストーレの魔力を流し込む。これでシースに何か反応があれば、ストーレに伝わるというわけだ。


「じゃあもう一度訊く。お前は、クルエラがただの一般人で、なんの利益も生み出さない存在でも変わらず助けになると誓えるか?」


先程の質問と少し意味が変わっている気がするが、シースの答えは変わらない。

はっきりとした言葉で、シースは淀みなく答えた。


「はい」

「………」


ストーレが目を閉じて、シースの体内に満たした己の魔力の反応を探る。

クルエラは、固唾を飲んでその様子を見守っていた。

本来であれば、このような魔法を使って人を暴くのは、信頼を裏切る行為だとクルエラは考えている。それでも、シースが自分のことをどう思っているのかを、どうしても知りたかった。


(シースさんはどうしてこんなに私に優しくしてくれるのだろう)


それは知り合って間もないシースが、自分に親身になってくれる度に感じる疑問だった。なにか頭の悪い自分では想像も付かないような理由があるのではないか。そう考えてしまったこともあった。

その答えが今、白日の下にさらされるのだ。


「どうですか、嘘だと…魔力は反応しましたか?」


黙ったままのストーレに、未だに苦しそうな顔をしているシースが訊ねる。


「…嘘じゃないな」


ストーレが呟くようにそう言った。


「そう、ですよね。シースさんはそんな人じゃないですもんね!シースさんっ!」

「うおっ」


急に抱きついてきたクルエラに押し倒されたシースは、抵抗もできずにグリグリと頭を胸に擦りつけられる。


「シースさんごめんなさい、私シースさんのごどうだがっだりじでぇ…ずびび」


喜びと罪悪感によって感極まって泣き出してしまい、後半はだいぶぐじゅぐじゅだ。


「大丈夫ですよ、誰でも急に優しくされたら警戒しますって」

「ジーズざぁあん!」

「よしよし」


泣きじゃくるクルエラをしっかりと抱きしめながら、シースはにっこりと微笑んでいた。

その笑みは、自分の潔白が証明されたからか。それともクルエラが微笑ましいからか。

どちらも否である。


(これでクルエラちゃんからの好感度爆上がり、さらにはストーレさんからの好感度もアップだろ!)


急に命を狙われて、痛い思いをして、そのうえ風評被害まで受けるとなれば堪ったものではない。せめて、これだけの被害に見合った見返りが欲しい。そういうことで、シースは頑張った。

そもそも、ストーレの質問が悪い。利益がなくとも、ではなく、下心はないのか、と訊かれればシースは間違いなくアウト判定だっただろう。

シースはもともと、クルエラが紫月の代表の娘だと判明する前から、可愛い女の子だというだけで力を貸し、あわよくば良い関係になろうとしていたのだ。

常人では計れない世界で生きている人間のことを、世の中では変人と呼ぶ。あるいはシースに関しては変態か。


「悪かったね」


ストーレがシースに手を伸ばす。

クルエラは、まだまだシースにしがみついていたかったようだが、シースに背中をポンと叩かれ、名残惜しそうに離れていった。


「いつでも抱きしめますから、ね?」

「はい!」


シースの囁きは元の姿だったら間違いなく通報モノだった。

ストーレの手を握ると、腕を引かれ、立ち上がらされる。


「これで認めてくれましたか?」

「ああ、一応、仮で、クルエラのパートナーだと認めてあげるよ。防御に関しては一目置けるところもあるみたいだしね」


クルエラがストーレの事務所の入り口まで走って行き、手を振っている。


「認めてもらえたなら良かったです」


シースは内心殴られたことに少しむかついていたが、大人の対応ということで何も言わずに事務所へ向かおうとする。

そんなとき、腕をグッともう一度引かれ、耳元にストーレが顔を寄せてきた。


「えっ?」


困惑するシースに、ストーレは囁く。


「お前が男なのは知ってるからね。あんま調子に乗ってると殺すぞ」

「!?!?」


ギョッとして振り向くシースだったが、もうそこにはストーレはいない。


「待ってくれよクルエラ、叔母さんを置いていかないでくれ」


先程シースに囁いたような底冷えした声ではなく、明るく声をかけながらストーレも事務所へ歩いて行く。

シースは…


「こっわ…おしっこ漏らすかと思った…」


恐怖に震えていた。

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