第8話 魔法使いの戦い

「さて、じゃあ、クルエラさんの叔母さんのところへ行きますか」

「そうですね」


早く叔母に会いたい。

色々な意味でそう思ったクルエラは、少し早歩きで叔母の元へ向かう。


「そういえば、外に出たことが殆ど無いのに、叔母さんの場所は知っているんですね」

「そうですね。唯一、叔母の家には自分の足で通わせて貰っていたのです。それも勉強のうちだと叔母が言ってくれたので」

「なるほど、それで迷わず進んで行けるわけですね」


シースに土地勘は当然ない。

案内をしてくれるクルエラは頼もしく見えた。

15分ほど歩き、クルエラが1軒の建物を指差す。


「あれが叔母の事務所です!」


広い庭に観葉植物が植えられており、敷地内に建物と、物置らしきものがあった。

一刻も早く叔母に会いたいといった気持ちで、走り出すクルエラのあとをシースも追う。


「ストーレお姉ちゃん!」


クルエラが扉を開いた瞬間にシースは違和感を感じて足を止めた。


「シースさん?」


急に立ち止まったシースを不思議そうに振り向くクルエラに返事もせずに、シースは観察魔法を発動した。これにより、普通は見えない魔力が可視化される。


(おいおいおい…洒落にならないだろ…)


シースの目に映ったのは、比較的身長が小さめなクルエラが丁度当たらない高さに設置されたトラップ。魔力でできたノコギリのようなものが回転している。もしこれに触れれば、切り刻まれて命は無かっただろう。


「シースさーん?」

「駄目です!」


クルエラがシースの目の前に手を伸ばそうとした瞬間に、シースはクルエラを突き飛ばした。

シースはゆっくりと下がって、地面に落ちていた枝を扉に通す。

すると、すぱっと枝が切れた。


「え…?」


最初はシースに突き飛ばされ、何が起こったか分からずに、ショックを受けていたクルエラだったが、今度は別の意味でショックを受けた。


「どうしてストーレお姉ちゃんの事務所にこんなものが…?」

「クルエラさん以外の来客を歓迎していないってことじゃないですかね…」


シースは事務所の入り口から後ずさるが、まだここは敷地内。こうなってくるとどんな攻撃が襲ってくるか分かったものではない。


(念のため…)


魔力を収束させたシースは、自分の周りに半径2mほどの結界を張る。これで自分も出られないが、全方位の攻撃に対応することができる。何かあればクルエラが助けに入ってくれるであろうことを考慮した立てこもり戦法だ。


「さて…」


結界を張っていることを悟られないように、あたかもその場で付近を警戒しているような素振りをするシース。これで攻撃が来なければ、少しは安全が確保されていると判断しても良いだろう。

とはいえ、シースほど魔力が鮮明に見ることができる者はそうそういないが、ある程度の魔法使いであればその場所の魔力の有無くらいは分かる。襲撃してくる相手が事務所の入り口に罠を仕掛けた者と同一人物であれば、シースの周りに結界が張られていることはお見通しだろう。


「クルエラさんは、そこにいて、何かあったら俺を助けてください、お願いします」

「はい、分かりました!」

(ったく、やっぱりストーレとかいう奴ろくでもないやつじゃいないか。そんなに姪を独占したいのか?)


丁度クルエラが当たらない位置にトラップを仕掛けていたということは、クルエラ以外の者を害す目的のトラップということだ。クルエラの話では、随分優しい叔母だということだが、こうしてシースが攻撃されているところを鑑みるに、クルエラのみに優しい叔母ということになる。


(なかなか攻撃が来ないな…。こっちが出てくるのを待っているのか…)


魔法使いの基本的な攻撃手段は2種類だ。

1つは身体強化魔法などを使い、物理で殴る。

1つは魔力を固めたものをぶつけて攻撃する。

例外として、固有魔法や、魔力の性質を変化させて出来た炎などで攻撃してくる場合もあるが、それに関しては扱える魔法使い少ないので、基本的な攻撃手段ではない。


(それとも、時間がかかる魔力操作をしているのか)


魔力の操作は、魔力が体に近ければ近いほど操作が容易になる。

手で触れていれば固めたり形を変えたりすることは容易だが、射出したりすればその後の操作は効かない。なので、追尾弾のような攻撃はできないし、あまりに範囲の広い結界などを張ることはできない。

しかし、時間をかけることで、魔力にある程度の命令を与えることが可能だ。

例えば、先程のトラップのように一定の場所に留まって回転し続けたり、例えば一定の距離直進した後に急に曲がったり。


「来た!」


今まさにシースの足下から突然襲ってきた魔力の針も、手元から放たれた魔力が、地面を潜った後に上に向かって拡散、硬化するという命令が与えられたものだろう。

地中からシースに向かって伸びるいくつもの魔力の針。シースを串刺しにするかと思われたその攻撃は、シースの足下に張られた結界によって防がれた。


「一般的には結界を張らない地中からの攻撃なんて、これまで沢山見てきたのでね」


そう、警備が厳重なところほど、足下や頭上などの死角から襲ってくるものが多かった。

故にシースは、魔力の消費量は増えるが、結界を張るときは足下にも張ることにしている。

あの貴族の家も、それこそ王女さまの部屋も足下からの攻撃が多かったなあ…と過去の変態行為に一瞬思いを馳せたシースは、頭を切り換えて、自分を襲ってきた魔力を辿る。

射出後に方向転換する魔力弾など見たことが無いので、おそらく術者の手から伸びている魔力が、レの字のように地面に刺さった後に曲がったものと考えられる。つまり、この魔力の針は襲撃者に繋がっているということだ。


「クルエラさん、敵はそこにある小屋の中です!」

「はい!」


シースの指示に対して、鋭く返事をしたクルエラは、身体強化魔法を発動させて、凄まじい速度で一直線に敷地の隅にあった小屋に接近、窓を割って突撃する。


「ダイナミックだなあ…」


おそらく今回のシースを襲ったのはクルエラの叔母だという可能性が高いのはクルエラも知っていたはずだが、わざわざガラスを割ってまで突撃するのは流石クルエラというところだろうか。加減を知らない。


「いや、もしかして、俺が心配だから一刻も早く叔母を取り押さえようとしたのかな、きっとそうだ。俺たちは運命のコンビだしな」


自分に都合の良いように考える癖はきっと死ぬまで治らなそうなシースは、自分の結界に触れ、解除しながらにやけていた。

そんなときにクルエラから受けた報告で一気に警戒心を高めることになる。


「シースさん!小屋の中に敵はいませんでした!」

「え!?」


慌てて結界を張り直そうとするシースだったが、続くクルエラの、


「ストーレお姉ちゃんしかいませんでした!!」


という言葉にずっこけそうになりながら結界を張ることを辞めた。

そいつが襲ってきたんだよ!と全力でツッコみたかったシースだったが、満面の笑みで女性ーあれがストーレお姉ちゃんなのだろうーと一緒に歩いてくる様子を見て、なんだか気が抜けた。

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