第7話 男の料理屋
男の店はすぐそこだった。
看板にはシンプルに『男の料理屋』と書いてある。文字の隣にはムキムキな男のイラストがデカデカと描かれていた。
「帰って良いですか」
「どこにですか」
逃げようとするクルエラを逃がさないように抱えつつ、店主の後を追って2人も…店内に入る。
「いらっしぇい!!」
店内に入ると、看板に描かれていたようなむさ苦しい男たちの元気な挨拶が響いた。
「あっあっあっ」
「ちょちょちょクルエラさん!身体強化魔法使おうとしないで!」
抱きかかえているクルエラから魔力の活性化を感じたシースは、慌ててクルエラを店外に運び出した。
「あの嬢ちゃん、なんか筋肉にトラウマでもあんのか?」
「まあ、そんな感じです。あんま気にしないであげてください」
店内の席についたシースは、店の入り口から注がれるクルエラの視線を背中に感じつつ、店主の男と話を始めた。
店主は、厨房に入ると、少しして大きな唐揚げを持ってくる。
「あ、いえ、お金ないんで、すみません」
「手紙に書いてあったから知ってるよ。サービスだサービス」
「あ、そういうことならありがたく。ありがとうございます」
シースは久しぶりのがっつりとした食事に心を躍らせていた。
やはりこういう重い食べ物は良い。体は女性になっても、心は男性のままだ。
「そんで、なんだ、紫月から逃げてきたんだって?」
「ホントになんて書いてあったんですかあの手紙…」
冒頭をさらっと読むだけでは無く、全部読めば良かったと後悔したシースだった。
クルエラは、自分の身分を隠すくらいの脳はあったが、残念ながら気の利かせた身の上話をでっち上げられるほど器用な脳みそは持ち合わせていなかった。
「まあ、はい。だから着の身着のままで、お金もないんですよね」
開き直ったシースは、後でクルエラに説教をしてやると思いつつも、話を始めた。
「これから行くアテはあるんですけど、流石にこの服装はどうなんだということで困っていたんです」
「なるほどなあ。でもまあ、見れば分かると思うが、ここは男の店だからな。嬢ちゃんに似合うような可愛らしい服はねえなあ」
「ああ、いいんですよ。こうして親切にしてもらえるだけで、ありがたいです。食事までいただいてしまって、これ以上を臨むのは罰が当たるってものですよ」
「そうかそうか、人間が出来た嬢ちゃんだなあ。ますます力になってやりたくなる」
「お礼もできませんし、本当に結構ですよ」
「うーん、あ、待ってくれ、息子の若いときの服ならあったかもしれねえ」
「ホントすみません」
頭を下げたシースに、どうってことないぜと手を振りながら階段を上っていく店主。2階部分が自宅を兼ねているのだろう。
「あーからあげうめえ」
周りに人がいないのを良いことに、素で唐揚げを食べるシース。
そう、この元男は盗みが得意なだけで無く、詐欺師のように外面を繕うのも得意だった。ただ、いくら繕っても何故か女性は寄ってこなかったが。
しかし、今やこの魅力的な肉体と容姿を兼ね備えた美少女といっても過言では無いシースだ。少し丁寧な対応をするだけで、輝いて見えるだろう。
実際、店の入り口からシースを見ているクルエラは、輝いた眼差しでシースを見ている。
(大人だあ…私もあんな風に大人の女性みたいに振る舞わなくっちゃ)
店の入り口で拳を握るクルエラからは、唐揚げを思い切り頬張る姿は丁度見えていない。
「あ、クルエラさんにも分けないと」
シースがやっとそう思い立って、唐揚げを持って席を立とうとしたところで、丁度店主が戻ってくる。
「おまたせ。こういうのしかなくてもうしわけないが、どうだ?」
店主が持ってきたのはジーパンとTシャツだ。Tシャツの胸元には、『男』とプリントされている。『男』の何がここまで店主を駆り立てるのだろうか。
「いいですね。これ、いただいてもいいんですか?」
「おう、こんなので良ければだがな」
クルエラがブンブンと首を横に振って、両腕でバッテンを作っているが、シースには見えていない。
シースは、服を受け取ると、店の隅の方へ歩いて行く。
「シースさん!?まさかそこで着替えようとしてないですよね!?」
「え?ああ、確かにマズいですよね」
あんなに店内に入るのを嫌がっていたクルエラが血相を変えて走り寄ってくるさまを見て、シースは認識を改める。
(どうも自分が女になったっていう実感がないんだよなあ。別にここまで良くしてくれた人だったら、多少見られても…って思うんだけど)
別にシースの心の声が聞こえたわけではないだろうが、クルエラはまた首を振っている。
「すみません、トイレ借りて良いですか?」
「お、おう。そうしてくれ。あっちだ」
店主はどぎまぎしながらトイレを指さし、シースはそれに従って個室に消えていく。
「こっちのちっこい嬢ちゃんも、せっかくだから食べてくれや。俺たちは離れてるからよ」
「え、あ、あっ…ぁりがとございます…」
消え入りそうな声でなんとか返事をしたクルエラは、シースが食べていた唐揚げをカウンターから隅っこのテーブルに移して、リスのように少しずつかじりだした。
「わ、おいしい」
お上品な料理しか食べたことが無いクルエラは、初めての味に感動する。
「これ!おいしいです!」
「おおそうか、よかった」
きらきらとした眼差しで店主に詰め寄るクルエラに、店主はにっこりとしながら頷いた。
再び席に戻って、一心不乱に唐揚げを食べるクルエラと、それを隣で微笑ましく見つめる店主。
丁度そこで、着替え終わったシースが戻ってきた。クルエラが一生懸命に唐揚げを頬張っている様子を見て、
「あれ、クルエラさんも唐揚げとか食べるんですね」
と言った。
「初めて食べました!美味しいですよシースさん!」
「はは、知ってます」
隣に来いと言わんばかりに自分の隣を指すクルエラを微笑ましく思いながら、言われたとおりに隣に座る。
(もしかしたら庶民の料理は食べてこなかったのかな)
ここまで小動物的なかわいらしさを見せつけられると、流石のシースでも性的興奮はしないようだった。
「ところでクルエラさん」
シースは1つ気がついたことを言う。
「なんですかシースさん」
「店主さんのことは大丈夫になったんですか?」
「~~~~ッ!?」
クルエラは至近距離にいた店主を見て、一瞬発光し、声にならない声を上げたあと、ぷしゅうと煙を出して気絶した。
「だ、大丈夫なのか!?」
心配する店主にシースは、
「反射的に発動した身体強化魔法を急に止めたせいで魔力が暴発しましたね。多分大したことないので、心配しなくて大丈夫ですよ」
と、ここぞとばかりにクルエラの頭を撫でた。
§
「ありがとうございました」
「ご…ごちそうさまでした…」
店主からもらった服を着て頭を下げるシースと、シースの影から小さな声でお礼を言うクルエラ。
「折角出来た縁だ。落ち着いたらまた来てくれよ」
対して、店主はむさ苦しい体を揺らして、朗らかに手を振った。
「次来るときはお金を持ってきますね」
「ははは、当たり前だ」
シースと店主は、意気投合したように、握手をした。
シースは女性が大好きだが、別に男が嫌いなわけではない。むしろ下ネタや下品な話が好きだったり、雑な男とは、よく話が合う。
店主とシースは、クルエラが気絶したあと、普通に世間話で盛り上がり、親睦を深めていた。
「あ、そうだ。シースちゃんよ、これは餞別だが、これで下着は買った方がいいぞ。男には目の毒だ」
「え、流石に現金を貰うのはちょっと…」
「そう言うなって。俺たちもう友達じゃねえか」
「うーん、友達だったらなおさら…まあ、分かりました。次来るときに必ず返しますね」
「おう、それでいいぜ」
「では、また」
「おう、またな!」
店主ともう一度握手をしてから、シースは店を後にする。
「とっても仲良しになったんですね」
店主と握手をしていた手を警戒するように、逆側に並んだクルエラが言う。
「そうですね。この街に来て、初めての友人ができました」
服に始まり、食事までご馳走して貰ってしまった。恩返しをしなければならない。シースはそう考えていた。
まあ、店主は店主で、良いものを見せて貰ったのでお金を払ったという部分もある。
そういうところで似ていたから、意気投合したというところも大きいのだろう。
きっとシースはあの『男の料理屋』の常連となるだろう。
あの店の常連客は皆、店主の友達のようなものなのだ。
「クルエラさんも、あそこの唐揚げが気に入ったみたいですし、落ち着いたらまた行きましょうか」
「うぇっ!?いや、あの…うーん、前向きに検討します…」
確かに料理は美味しかったが、素面であのむさ苦しいTHE男という感じの店内にいられる自信はクルエラにはなかった。
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