第6話 クルエラは魔法使い
一般的に、金がなくても幸せだなどと聞くが、それが正しいかどうかは分からない。幸せの尺度は人それぞれだとしても間違いなく選択の幅には差が出る。
金が無くてもなんとかなることは確かにあるが、金が無い者は、ある者よりも労力が求められることは確かだ。市場からの供給が得られない以上、基本的には自給自足が求められてくるのではないだろうか。例えば、服を買うことができないのなら、自分で作るとか?
さて、前置きはここまでにして、服屋の前で項垂れている2人に話を戻そう。
「お母様…なんて非道な真似をするのでしょう…」
「いやまあ、俺はそんなに気にしませんけどね」
「してください!よくよく見たら下着すら着てないじゃないですか!そんなにデカいものをぶら下げているのに、駄目ですよ!痛くないのですか!?崩れますよ!」
店の前で騒いでいるのは、シースとクルエラ。
2人は大企業である紫月本社で運命的な出会いを果たし、色々あって協力関係にある。
紫月本社の隣の建物から出発した2人は、まずシースの服を買いに来た。
シースは、女性に変えられた際に所持品の一切を持ち去られてしまったため、やむなくホテルの部屋着1枚のみを着用していた。
流石にそれはマズいということで、服屋を探し、入店。そこで気がついたのは、そもそも金が無いということだった。
そして冒頭に戻る。
「うーん、困りましたね。このままではずっと晒し者ですかね」
シースは周りに目を向ける。
するとこちらを見ていた者たちは、シースを見ていたことを悟られぬよう、一斉に目を逸らした。いや、一部の女性は嫌悪の視線を向けたままではあるが。
まあ、ナイスバディのかわいい系の女性が扇情的な格好で町を歩いていれば、向けられる視線は大体2種類だろう。
「ぐるるるる…しっし!」
何故かクルエラの方がシースを男性のいやらしい視線から守ろうと必死になっている。
「シースさん!今からでも紫月に戻って母に文句を言いましょう!女性にこんな仕打ちをするとは何事かと!」
(こんな仕打ちをされたときは女性じゃなかったんだよねー)
などと考えるシースだっったが、それはクルエラには秘密にしていることなので、
「今紫月に戻ったらクルエラさん連れ戻されちゃいますって。別に俺の服なんてしばらくこれでいいですから」
と大人の余裕を見せるような返事をした。
実際、走り回ったりさえしなければ大事な部分は隠れているし、自分ですら滅多に見たことがない聖域を他人に晒すことが嫌なだけなので、シース的にはこのままでも良いと思っている。
「それにしても、クルエラさんも一銭も持ち合わせていないとなると、今後の活動に困りますよね」
「はいぃ…」
「いや別に責めてませんから、そんなに申し訳なさそうにしないでください」
クルエラは紫月からほとんど出られない生活をしていたため、必要なものは全てカタログで選ぶような生活をしていた。
故に金銭など扱ったことがないクルエラは、人の買い物と言えど、初めての買い物にウキウキしていたのだった。
だが、結果はこのとおり。
シースは金銭を含めた全てを回収されており、クルエラも持ち合わせはなかった。
シースは流石にクルエラに集るつもりはなかったが、無一文となると、緊急度が変わってくる。
気は引けるが、早めにクルエラが頼りにしている叔母に会いに行った方が良いだろうとシースは考えていた。
そんなとき。
「食い逃げだ!捕まえてくれ!」
などという声が近辺に響き渡った。
どうやらシースたち以外にも金に困っている者がいるらしい。
2人とも素早く辺りを見渡し、原因となる男がちょうどきちらに走ってくることを確認した。
「触らぬ神にたたりなし…」
「チャンスですね、これは」
早速コンビで真逆のことを言っていた。
「止まりなさい悪党!」
「ちょっ!」
シースが静止する間もなく、食い逃げ犯の前に立ちふさがるクルエラ。
食い逃げ犯は走る速度を一切落とさずに、高笑いしている。
「ははは!丸腰の人間の小娘1人が俺を止められるかよ!」
見れば男は獣人のようだ。濃い体毛に覆われた足は太く、頭部に生えた角や尾から判断するに牛の獣人だろうか。
どっしりとしたその体はまさしく戦車といったところだ。
「あぶない!」
「きゃああ!」
その場に居合わせた人々は口々に、この後起こるであろう惨劇から目を背けようとする。
普通のか弱い少女であれば、はね飛ばされて大怪我を負うだろう。
そう、普通の少女であれば。
「丸腰の小娘…ではありません!」
クルエラはどこからともなく大型の銃を取りだし、向かってくる男に銃口を向けた。
「成敗!」
轟音とともに反動で大きく後ろに下がるクルエラ。
その銃撃を喰らった食い逃げ犯の獣人は、白目を剥いてその巨体を前のめりに崩した。
「おおおおお!!」
「すごい!」
沸きあがる群衆たちに照れたいるクルエラを見ながら、シースは驚いたように目を見開いていた。
(なるほど、固有魔法だったのか)
これまでもいつの間にかクルエラの手に銃が握られていることがあったが、今回目の前で見て、シースは確信した。
クルエラは武器召喚か、それに近い固有魔法を持っている。
固有魔法とは、どれほど努力しても使用することができるようにならない、先天的な素質によってのみ使用可能な魔法である。
魔法使いのおよそ半数が使用することができ、その魔法は世界のルールを変えてしまうものから、しょーもないものまで千差万別である。
ちなみに、シースが驚いていたのは、あんなにアホそうなクルエラが魔法使いであったことに対してだった。
クルエラは身体強化魔法をシースの前で披露していたのだが、この元男はそれを忘れている。
「シースさん、見ていましたか!?」
「え、はい、見てましたよ。すごいですね」
褒めて褒めてオーラが燃え上がっていたクルエラの期待する言葉をかけつつ、シースは確認をする。
「その武器、固有魔法だったんですね」
「あ、そうなんです。私の固有魔法はシャドウヘルパーといって、見たことがある武器の写しを召喚する魔法なんです」
「便利そうな魔法ですね」
「どうでしょう。召喚できる武器は実際に自分で見たことがある武器の写しだけですし、召喚する元の武器の状態も反映されるので、召喚してみたら壊れてた…なんてこともあります」
「なるほど、それは確かに難しい」
パッと考えてみたが、エロいことには使えなさそうだなとシースは思った。
この元男の思考の中心は全てそこである。
「いやあ、助かった。捕まえてくれてありがとう」
話していたシースとクルエラに汗だくになりながら近づいてきたのは、食い逃げされた店の店主だった。
「ひぃ…!」
クルエラは突然現れたムキムキなむさ苦しい男に驚いてシースの影に隠れようとするが、シースの服装を思い出し、自分が前に出るべきか否かで迷いに迷い、結果反復横跳びをしていた。
そんなクルエラに苦笑しつつ、シースが前に出る。
「良かったですね、捕まえることができて」
「そうだなあ。治安組織も忙しいのか、それともこの街に変な奴が増えたのか、こういう輩が増えた気がするよ」
汗を拭きながら、困った表情をする男が語ることは、この街に住む住人であれば、誰もが感じていることだった。
明らかに犯罪者が増えている。
治安組織の対応が追いついていないのか、犯罪者の数が増えているのかは分からないが、そういう傾向があった。
「すみません、道をあけてください」
人だかりを割って到着したのは治安組織の者たちだ。
「随分遅かったじゃないか。もう犯人はここの2人が捕まえてくれたよ」
呆れたような顔で治安組織に状況を説明する店主の男。
別にシースは何もしていないのだが、クルエラの保護者的な者だと思われている。
「前はもっと巡回とかしてくれていたじゃないか」
「すみません、こちらも人手不足なもので…」
続けて苦言を申す店主に、治安組織の男は軽く頭を下げながら地面に倒れている獣人の両手に捕縛用の魔道具を装着した。
この両腕を繋ぐ魔道具は付けられてしまうと魔力の操作ができなくなり、また後ろ手に拘束されてしまえば満足に動くことは出来なくなる。
「ご協力感謝します。それでは」
男は最低限の挨拶だけを残して、獣人を抱えて、再び人だかりを割って消えていく。
(おいおい、身体強化魔法も使わずにあの巨体を軽く担ぐってどうなってんだよ)
シースは治安組織の能力の高さが垣間見える所作に気がついて、震えるとともに、不思議に思う。
(あんだけの実力者たちの集団が目を光らせているなら、食い逃げなんて犯罪はおきなそうだけどな。抑止力としての機能があまり働いていない…実績不足か?)
あまりにスマート過ぎて、一般人には治安組織の能力の高さが伝わっていないため、相手の力量を測ることができないアホが暴れるのだろう。そう判断したシースは、クルエラが犯人を捕まえてしまったのは、ますます治安組織の活躍の場を奪ってしまったのかもなと少しだけ思った。
(ま、あそこで止めなきゃ怪我人が出たかもしれないし、そもそも動かなかった俺が文句を言える筋合いはないね)
そう結論付けたシースは、急に大人しくなったクルエラは何をしているのだろうと後ろを見た。
「…何書いてるんですか?」
「もう少し待ってください…」
クルエラは近くにいた女性から紙とペンを借りて何かを一生懸命に書いている。
手紙のようなものを書いているようだった。
「できました!シースさん、これ、あの人に渡してもらえますか?」
クルエラは治安組織の男を見送った店主を差す。
「男とは、喋るのも無理なんですね…」
クルエラの男嫌いに苦笑しながら手紙を見ると、とても綺麗な字と丁寧な言葉遣いで書かれているようだった。改めてクルエラを見ると、不思議そうにしている店主に、申し訳なさそうにしている。
(男嫌いではあるけど、色々弁えてはいるんだよね)
微笑ましく思いながら、シースは店主に手紙を渡した。
「これ、あの子からです」
「おう、見てたぜ。なんで筆談なのかは分からないが…まあ、読ませて貰うよ」
店主は、手紙を読み、クルエラを見る。彼女は何やら頭を下げていた。
「なんて書いたんですか?」
「いえ、食い逃げ犯を捕まえた見返りじゃ無いですけど、いらない衣服などありましたら、シースさんにいただけませんかと…」
「なるほど。それにしても、話すのも無理なんですね」
「はい…あの方が悪い人だとは思っていませんが、男性だというだけで苦手意識が…」
「まあ、相手への敬意が伝われば、ギリギリ失礼には当たらないんじゃないですかね」
なんて適当なことを言っている。
「話は分かった。なにやら苦労しているみたいだな。とりあえず、いつまでも路上で話しをしているのもなんだし、俺の店に行こう」
手紙を読み終えた店主は、朗らかに笑うと、付いてこいとハンドジェスチャーを行い、歩いて行く。
シースとクルエラもそれに従った。
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