第5話 それぞれの事情と望むこと

会話が途切れ、微妙な空気になったところで、今度はクルエラからシースに質問が投げかけられる。


「…シースさんこそ、どうして紫月に魔法をかけられたり、その、荷物を盗まれたりしたんですか?いくら母といえど、一般人に危害を加えるようなことはないと思うんですけど…」

「母?」

「え!?あ!」

(なんだなんだ、もしかしてこの子、紫月のお偉いさんの娘か何かか?)

「いえ!あのっ違うんです!」


慌てすぎて、なんだか1人で謎のダンスを踊っているクルエラを眺めながら、シースは考える。


(さっき、やっと紫月から出ることができたとか言ってたし、もしかして家出とかだったりする?さっきの戦闘は、この子を親が連れ戻そうとしてただけってこと?)

「シースさん!なんか考えてますね!?きっとそれは違いますよ!私は紫月の代表の娘なんかじゃないですし、別に逃げてきたわけではありません!」

(あ~この子馬鹿だなあ~)


全部自分で説明されたおかげで、事情を理解してしまったシースは、一応、気づかないフリをしてあげることにした。


「分かってますよ。まさか紫月の関係者がこんなところにいるわけないですしね。変な勘違いなんてしませんよ、ええ」

「わ、分かっていただけたようで幸いです…。それで、シースさんは、何故そんなことに?」


クルエラはこれ以上探られたくなかったのか、話を元に戻す。


「うーん、心当たり無いんですよね」


単に美女の誘いに乗ったらこんな目にあった。シースはそれくらいの認識でいる。


「これからシースさんはどうするんですか?」


クルエラの心配そうな視線を受けながら、シースは考える。


「どうしましょうね。この街には来たばかりで居場所はありませんし。元に戻してもらえるまで紫月社にアタックを続けるかもしれませんね」


笑いながらそう言うシースだったが、冗談ではない。今回の件で、警備体制も分かったし、内部構造も把握した。次からはもっと簡単に侵入できるし、時間をかければいずれアージェも見つかるだろう。

そしてアージェにお仕置きをする。もちろん男に戻ってから。

シースは、肉体が女性になっても、相変わらず下心を原動力に生きていた。


「………」

「クルエラさん?」


しばらく妄想の世界に遊びにいっていたが、気がつくとクルエラがもじもじしている。


「おしっこですか?」

「違います!!」


こういうことを言うからこの元男はモテない。


「あ、あの!」

「はい?」


クルエラは意を決したように顔を上げた。

今のシースは身長も縮んだため、クルエラとあまり目線の高さが変わらない。バッチリとあった目は、大きくてとてもかわいい。


「もし行くところがないのであれば…もし、もしで良ければなのですけど…」

「は、はい」

「私のお手伝いさんになってれませんか!?」

「お手伝いさん…?」


シースが聞き返すと、クルエラは、ぶんぶんと頭を振って、早口でまくし立て始めた。


「あ、いえ!お手伝いさんというか、なんというかビジネスパートナーみたいな…あの、無理なら良いんです。で、でもシースさんは私が初めて頼りになると思った大人の女性で!」

(大人の女性!?)

「私、実はこう見えて結構抜けているところがあって、得意なのは戦うことくらいで…」

(それは知ってる)

「だから、シースさんみたいなしっかりした人に付いてきて欲しいんです。私も、紫月には思うところがあります。詳しくは言えませんけど、私といれば、紫月のことを知る機会もあると思うのです。だから…お願いします」

(うーん)


シースとしてはこんなにかわいい女の子にお世話してくれと言われれば、迷わずOKしても良いと思っている。ただ、今回は流石にレアケース。気軽に返事をして良いものではない。下手すれば一生大企業に追われ続けることになる。


「クルエラさん、付いてきて欲しいとはいいますが、私はクルエラさんのことを何も知りません。どこに住んでいるのか、何をしたいのか、そして俺に何を求めているのか」


クルエラは隠しているつもりだが、シースは、ほぼ確実に家出だと踏んでいる。

となると、勢いで飛び出して、何も考えずに突っ走っている可能性も大いにある。

片や放浪者同然のよそ者。片やいつ連れ戻されるか分からない家出娘。

いくらシースといえども、流石に子供の癇癪に付き合うつもりはない。果実が熟れるのを待つのは上等だが、所有者に没収されてしまっては苦労のし甲斐もない。


「…そうですよね。事情も話さずにこんなお願い聞いてもらえるわけないですよね」

「ええ、まあ、はい」

「分かりました。お話します」


クルエラは決意を決めたように、シースの目をまっすぐ見つめた。吸い込まれそうな綺麗な瞳にシースは吸い込まれそうになった。


「私は紫月の代表取締役の娘です」

「なんと…」


さっき自分で言っていたのでシースは知っていたが、一応驚いたような相づちを打った。


「幼いころから紫月で暮らしていて、外に出たことは殆どありませんでした」


大企業の娘で、いずれはその看板を継ぐ存在だ。紫月は、彼女に休む暇を与えず、教育し続けた。

経済学、帝王学、一般教養に雑学、さらには戦闘技術。全てを叩き込むには時間がいくらあっても足りない。

クルエラは生まれながらにして囚人のようなものだった。


「私の味方は、叔母だけでした。叔母は外の世界がどんなに楽しいところか、色々なお話を聞かせてくれたんです」


一般教養の教師の1人だったクルエラの叔母は、監禁状態のクルエラを不憫に思い、楽しげな世界のことを聞かせていた。それらは、いつしかクルエラの目標となっていいた。


「母には何度も外に出たいとお願いしましたけど、聞く耳持ってくれませんでした。だから、私は外に自力で出ることにしたんです」

「なるほど、そしてあの騒ぎということですか」

「はい。巻き込んでしまってすみませんでした…」


シースは先程までの紫月本社内での戦闘を思い出していた。シースの予想通り、あれは逃げるお嬢様を捕縛しようとする部隊だったわけだ。


「でも、巻き込んでしまったのは本当に申し訳ありませんでしたけど、私にとってシースさんとの出会いは運命だと思うんです」

「運命!」


なんという良い響きだろう。シースもこの街には運命の相手を探しに来たのだ。


「なんとかして母に、私は外の世界でもやっていけるということを証明したいのです。でも、多分私1人では難しいということは分かっています。私、お勉強は苦手ですし」


恐らくお勉強がどうとかいう前に、性格的に抜けている。シースは思わず笑いそうになったが、なんとか咳払いに変え、真面目に話を聞く。


「だから、シースさんと一緒にお仕事をして、お金を稼いで、母を認めさせたいのです!」


自分のことを沢山話し、思いの丈をぶちまけたクルエラは息を荒げながらシースの裾を掴む。シースを自分の救世主だと信じ、絶対に逃すまいとしているような仕草だ。


「…なるほど、話は分かりました」


シースはクルエラに手を重ねながらゆっくりと頷いた。ついでにすりすりと美少女の手の甲を味わう。

一人前だと認めさせる手段が金稼ぎというのは、なんとも短絡的で子供らしいとは思うが、分かりやすくはある。自分は特に秀でた能力は無いが、この世間知らずのお嬢様の暮らしをサポートすることくらいはできる。シースはそう考えた。


「そういうことなら、俺が力になりましょう。大したことはできませんが、仲良く一緒に暮らすことくらいはできると思います」


何より、美少女と一緒に暮らすなんて、夢のような生活ではないか。

丁度自分も女になっていることだし、存分に絡み放題だろうグヘヘ。

シースの脳内はそんなことでいっぱいになっていた。

そんな下心満載な返事だとは思いもせず、クルエラはその無垢な瞳を輝かせて、重ねられていたシースの手をしっかりと握った。


「ありがとうございます、本当にありがとうございます…!シースさんに出会えて、本当に良かった」

「これから2人で仲良くしていきましょう。お互いのことを深く知りながら…ね」

「はい!」


にちゃあ…と音がしそうな笑みを浮かべているシースだが、シース自身もなかなかの美少女に変えられているため、ギリギリ感動的な場面となっているだろう。

かくして、変態で元泥棒かつ元男であるシースと、大企業の代表の娘で頭が弱くて男嫌いなクルエラの不思議な協力関係はここに結ばれたのであった。


「ところで、どんなお仕事をするつもりなんですか?」


2人で営むならばどんな職業がいいだろうか。訊ねながらシースは考える。

料理屋であれば、多少役に立つことができる。指を切ったクルエラを優しく手当したりするのも良い。服屋は…まあ手先の器用さには自信があるため、なんとかなるだろう。色々な服を着て売り子をするクルエラを眺めるのも良い。それともこれくらいの女の子であれば、お菓子屋などに憧れるだろうか。試作品を食べて笑顔になるクルエラを愛でるのも良い。

勝手に色々な妄想をするシースに対してクルエラが言ったのは、予想外な職業だった。


「お金持ちのお金を貧しい人に配ったり、気持ちよくなれる草を売ったり…?」

「はい!?」


純粋そうなクルエラからはおよそ飛び出さないような犯罪行為が飛び出し、シースは自分たちが身を潜めていることも忘れて大きな声を出してしまった。

慌てて自分の口を押さえたシースはこっそりと周囲を伺う。

相変わらず警備は紫月本社の前に固められており、厳戒態勢は続いていた。これではまだ、この建物から出ることはできそうにない。


「ふう…それで、クルエラさん、そんなこと誰から教わったんですか?」

「叔母が何でも屋をやっていて、そういうお仕事もしていると聞きました」


クルエラの味方をしていたという叔母のイメージが一気に変わった瞬間だった。


「く、クルエラさん、人の物を盗んだりすることってどう思いますか?」

「悪いことです」

「人生を破滅させるような中毒性の高い嗜好品を売ることは?」

「良くないのではないでしょうか?」


シースの問いに、きょとんとしながら答えるクルエラに、嘘をついている様子はない。つまり、真っ当な倫理観は持ち合わせているものの、叔母のことを盲目的に信じすぎているため、叔母が犯罪に手を染めている可能性など微塵も考えていないという様子だった。


(流石に犯罪で金を稼ぐのはなぁ。そんな方法で母親が認めてくれるとは思えない)


金を稼ぐことが目的ではない。金を稼いで、親に認めさせるために働くのだ。


(でもま、悪いことも経験しておかないと碌な大人にならないからな。多少はいいか)


碌でもない大人は心の中でそう判断し、別に指摘はしないこととした。折角信じている叔母を悪く言うのも良くない気がした。


「よし、では俺たちも何でも屋をやりましょうか。クルエラさんの叔母と同じ仕事ですね」

「はい!」


憧れていた叔母と同じことを生業に出来る日が来るとは思っていなかったクルエラは、目の前で微笑む黒髪の女性に改めて感謝をした。

やはりこの人を選んで正解だった。

今までずっと碌な人生ではないと思っていたが、自分が旅立つ日にタイミング良くこのような素晴らしい人に出会えるなんて。やはり運命の出会いに違いない。

たまたま出会った得体の知れない人間にここまで信頼を寄せることができるのも世間知らずがゆえか、それとも足りないおつむゆえか。


「あ、シースさん。待ち伏せはもう諦めたみたいですよ」


紫月前に構えていた人員は、侵入者と確保対象がいつまで経っても現れないということで、もう一度社内を探索することにしたようだ。展開していた装備を畳んで、次々と社内に消えていく。


「うん、これならもう少しで俺たちもここから降りられそうですね」


シースも部隊の撤収を確認し、そう言った。


「ところで、このあと行くアテはあるんですか?仕事を始めるにも、事務所とか必要になりますよ」

「そこは大丈夫です。もし紫月を抜け出すことが出来たら、叔母が力になってくれるって言っていました。なので、まずは叔母に会いに行こうと思います」

「そうですか…」


シース的にはその叔母が全く信用ならないのだが、それ以外に良い選択肢が思いつかないのも確かだった。


「行きましょう、シースさん!」


クルエラがシースに手を差し出す。

その手を取ろうとしたシースは、1つだけ気になったことを訊ねてみることにした。


「ところで、もし俺が男だって言ったらどうします?」

「あはは、どこからどう見ても女の人じゃないですか」

「もしですよ、もし」

「うーん、そうですね。もし男性だったら、そもそも会議室で会ったときに問答無用で撃ってますよ」


クルエラはどこからともなくとりだした銃をクルリと1回転させて、またしまう。


「だ、男性が苦手なんですか?」

「苦手というか、無理です。関わることができません」

「そ、そうですか…」


丁寧な話し方をするクルエラが、男性に触れられた瞬間に豹変したことはシースの記憶に新しい。


(絶対バレないようにしないとな)


シースは決意した。


「もう、そんな話、今しなくてもいいじゃないですか!これから話す時間は沢山ありますし!」


屈託のない笑顔を見せるクルエラ。

これから訪れるであろう輝かしい未来を前に、期待に胸を膨らませている。


「あー…そういえばそうだった、忘れてた」


シースも、この街に来たときは期待に胸を膨らませていたはずだ。

色々あって、その気持ちはすっかりどこかへいってしまったが、よくよく考えれば、クルエラとの出会いは、シースが求めていたものそのものである。


「よし!行くか!」


クルエラの隣に並んだシースの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

2人で新しい生活に向けて歩き出す。


「あ、先にお洋服買わないと行けないですね、いつまでも照々坊主じゃだめですよシースさん」

「あ、忘れてた。カーテンだったな、これ」

「シースさんって男性みたいな口調ですよね。服装にも無頓着ですし」

「え!?あ、いや、田舎ではこれが普通なんですよ、おほほほ…」


色々な不安を抱えつつも、2人の新しい生活はここから始まっていく。

クルエラは母に認めて貰うために。

シースは彼女を作るために。

それぞれの目標を胸に、歩みを進めていく。

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