第4話 男嫌いのクルエラ

「なに!?」

「結界はどうした!?」


まだ攻めてくるとは思っていなかった警備部隊たちは、突然の攻勢に驚き、完全に先手を許してしまった。

クルエラの両手に握られた銃から次々と放たれる魔力の弾丸は、廊下で待機していた無防備な頭を貫いていく。


「殺してます!?」

「いいえ、非殺傷です!それより危ないので、まだ室内にいてください!」


扉から顔だけ出して覗いていたシースを押し込みながら、クルエラはそう叫んだ。


「もう一人いるぞ!」

「前側の扉から突入しろ!挟撃だ!」


敵もいつまでも呆けているわけではない。

シースの存在に気づいた警備部隊は、シースが顔を出している部屋の後ろ側の扉の逆側、前の扉から殺到してくる。


「やべ、こっち来た!!」

「そちらは任せてもいいですか!?」

「良くないですぅ~!!」


クルエラは廊下の敵に釘付けになっており、シースの援護はできそうにない。

室内には既に4名ほどの警備部隊が侵入しており、シースを捕らえようと机をはじき飛ばしながら近づいてくる。


「あわわわ」


シースは慌てながら結界を構築していく。


「魔法使いだ!結界を張らせるな!」

警備部隊が持っていた槍をシースに向かって投擲する。

「死んだー!!」


結界の展開はまだ終わっていない。シースは泣きながら今までの人生を振り返る。


「シースさん、戦いは苦手なんですね」


寸前でクルエラが投げた銃が槍にぶつかり、軌道を変えた槍はシースの顔をかすめて後ろに刺さった。


「ありがどうございまず…」


ぐずぐず泣きながらも結界の展開を終えるシース。

性転換してから涙腺が脆くなったのか、よく泣くシースだった。


「結界だ!砕け!」


シースに迫ろうとしていた警備部隊の男たちは武器を結界に叩きつける。

短い時間で展開されたのであれば壁型結界。セオリーどおりに突撃してきた男たちは、『影無し』を甘く見ていた。


「なんだこれは!」

「うごけない!」


攻撃しようとした男たちは、皆結界にずぶっと埋まった。

これはシースオリジナルの結界であり、名付けるとすれば粘着結界とでも言うだろうか。シースが名付けるとすれば、壁尻結界。

魔力は基本的には見えないし、触れることができない煙のようなものである。ただし、密度を上げることによって、形を持っていき触れることが出来るようになっていく。

例えば、結界などに使う場合は、ぎゅっと固めて使うし、クルエラが撃つ弾や、アージェがシースに撃った弾は密度を薄くしているため、人体にダメージを与えるが体をすり抜け、致命的な殺傷能力は持たない。


シースは思い通りの形に魔力を固めるのも得意だが、密度を調整するのも得意だった。

通常であれば、密度を薄くしてしまうと勝手に霧散していくため、密度が薄い魔力の塊を長時間留めておくことは難しい。

粘着結界のように、人体で触れることは出来るが、柔らかいという密度を保つのは不可能に近いが、それをこの元男は実現した。

仕組みとしては簡単で、壁や天井に触れる結界の枠の部分は固くして、壁となる部分の密度のみを薄くしている。これによって枠の部分が魔力の霧散を防ぎ、絶妙な硬度の結界ができあがるという仕組みだ。

これを活用して、女性を捕らえ、動けなくなったところをグヘヘヘという用途のために開発した結界だったが、女性に危害を加える度胸など持ち合わせていなかったシースは、もっぱら足止めとして用いるようになっていた。


「あの魔法使い、ただものじゃないぞ」


結界越しにシースを睨む警備部隊と、当然結界の内側から動く気が無いシースは、膠着状態となった。

少し余裕のできたシースは、再びクルエラへ意識を向ける。

奇襲で魔法使いを優先的に無力化した彼女は、今度は飛行型魔道具を相手にしていた。

かなりの数の飛行型魔道具が彼女に銃撃を加えるが、うまく遮蔽に身を隠しながら、隙を見て次々と撃墜していった。


「ホントに圧倒的なんだな…」


シースは改めてクルエラの戦闘能力の高さを思い知る。

そこで、ふと視線を室内に戻すと、さっきまでシースとにらみ合っていた男たちは、いつの間にかいなくなっていた。室内に残されているのは、結界に埋まっている数人だけだ。


「うおぉ!覚悟!」


見ると、丁度男たちがクルエラに突撃するところだった。

魔道具の援護もあり、彼女は接近を許してしまう。敵の武器は剣や槍であり、銃を扱う彼女は接近戦では分が悪い。


「くっ、むさ苦しいですね…!」


避けても、距離をとっても追いすがってくる警備部隊の男たちに、クルエラは少し苦戦しているようだった。


「捕まえた!」


ついに1人の男がクルエラの腕を掴んだ。

このまま押し倒され、あとは数の暴力に蹂躙されるかと思ったそのとき、クルエラの体が仄かに発光した。


「男が私に触るな!」


クルエラは自分に触れた男の腕を瞬時に叩き折り、そのまま顔面に蹴りをいれて吹き飛ばす。

先程まで非殺傷を貫いていたというのに、まるで人が変わったかのように遠慮がない攻撃だった。


「事前情報を聞いていなかったのか!対象は極度の男嫌いだ、男が触れると、殺されるぞ!」


(ええ~~~)


シースは、息を荒くして周りの男たちを睨んでいるクルエラを見て、少し引いた。


(っていうか、男嫌いだったらお近づきになれないじゃん…。え、てか俺既にボディータッチしちゃってるんだけど、これ男ってバレたら殺されるの!?)


まるで暴走状態の獣のように暴れるクルエラを見て、シースは震えた。

怯える一方で、シースは彼女の戦闘能力について、さらに脱帽していた。


(あれは魔力を体に循環させて身体能力を上昇させる身体強化魔法だ。遠距離だけじゃなくて、近距離もいけるのかこの子)


一度リミッターが外れた彼女はもう止まらない。

目にもとまらぬ早さで狭い廊下を縦横無尽に駆け、次々と敵をなぎ倒していく。

警備部隊も怯んでいるようで、包囲網は徐々に緩んでいった。


「逃げるなら今だな」


シースはいつでも粘着結界を晴れるように、事前に退路となりそうな壁や天井に魔力の枠を作った。


「クルエラさん、逃げますよ!」


彼女なら付いてこられるだろう。そう判断し、シースは先に包囲網を抜け、階段まで走り抜けた。


「…はっ、そうでした。また私は…」


クルエラはシースの声で正気を取り戻したようで、身体強化されたままの圧倒的なスピードでシースの隣に並んだ。


「逃げたぞ!追え!」


警備部隊からそのような声は上がるが、皆クルエラに恐れをなしており,追ってくるものはいない。


「じゃ、しめまーす」


その隙にシースはあらかじめ準備をしていた粘着結界を展開し、急いで階段を下っていく。

これでかなりの時間が稼げるだろう。


「シースさん、すごいんですね」


身体強化の反動でかなりの疲労が襲いかかってきているクルエラは、息を荒げながら階段を下り、そんなことを言った。

シースは苦笑しながら、


「クルエラさんの方がすごいと思いますよ」


と言った。

警備部隊はうまく足止め出来ていたようで、2人は追っ手に追われることなく無事に3階までたどり着く。


「シースさん、どうしましたか?疲れましたか?」


急に3階で足を止めたシースに対して、心配そうに言うクルエラに対して、シースは首を横に振りつつ、窓を見た。


「多分、下の階で待ち伏せされてると思うんですよね。出口を塞ぐのは定石なので」

「あっ、なるほど。確かにそうですよね」


納得したように頷くクルエラに対して、少し考えたシースは、こう切り出した。


「クルエラさん、まだ身体強化魔法使えますか?」

「え、あ、はい。まだまだ戦えますよ」


得意げな笑みを浮かべて、存在しない力こぶを作ってみせるクルエラに対して、かわいいなと笑みを浮かべつつ、シースは否定した。


「違いますよ、逃げるんです。俺を抱えて、この窓からあちらの建物まで飛び移ることはできますか?」


事前に偵察したとおり、紫月本社の両脇には2階建て程度の建物がある。そちらに飛び移れば、待ち伏せをやり過ごすことができる。


「なるほど!それは名案です。任せてください、細身の女の人の1人くらい…いや一部細くないですけど、人間1人くらい簡単に運べますから!」


クルエラの視線が一瞬自分の胸に向かったのを感じたシースは、今更自分がかなりの巨乳であることに気がついた。


(でもなんだかな、そこまで自分の体には興奮しないんだ不思議と)


悲しげにひと揉みしたシースは、おもむろに近くの植木鉢を持ち上げ、先程指差した方とは逆側の窓をたたき割った。


「あれ、ここの窓から出るのではないのですか?」


早速体を光らせながら、シースが割った方の窓を不思議そうに見るクルエラに、シースは説明する。


「あ、いや、あっちから逃げたと思わせたので、今割った窓の逆側から逃げます。これでもっと時間が稼げるはずです」

「はぁ、はるほど。なんかシースさんって、逃げ慣れている感じですね。プロの泥棒みたいです」

「え!?あぁ~、あ、あはは」


あながち間違いではない指摘に汗を流しながら、シースはクルエラに抱きかかえられた。


「では、飛びますよ。しっかり掴まっててくださいね」

「はいよろこんで!」


シースは正面から、がっしりと抱きつく。丁度顔の真横にクルエラのうなじがあるような形だ。


(ああ~神聖な香りがする~)


シースは是非空中で落として貰ったほうが良いようなことを考えているが、クルエラは当然気づかない。

窓枠から一気に飛び出したクルエラとシースは、数秒間宙を舞い、無事に隣の建物に着地することができた。


「はい、ありがとうございます」


名残惜しみつつもクルエラから離れたシースは、今いる建物の屋根の上から、少しだけ顔を出して、紫月本社の周りを確認した。

紫月本社を囲むようにかなりの人数がいるようだが、こちらの建物を警戒している者は誰もいない。


「よしよし、バレてない」

「すごいです!」


喜ぶクルエラは、紫月の本社を見て、ぽつりと呟く。


「私、本当に紫月から出ることができたのですね…」


そんなクルエラを見て、シースは気になっていたことを訊ねてみた。


「クルエラさんは何故追われていたんですか?」


一体どんな理由があれば街一番の大企業に追われるのか。多少身構えていたシースに、クルエラが答えたのは、なんとも、ふわっとした回答だった。


「あの…なんというか…あの、家庭の事情みたいな感じです…」

(街で一番大きい組織に負われる家庭の事情ってなによ)


心の中でツッコむが、言葉に出してはいけない。過去を詮索する男はモテないと何かで読んだ。


「そうなんですね、大変でしたねそれは」


結果、実に当たり障りない返事をすることになる。少なくとも普通の事情ではない。踏み込むのも藪蛇になりそうで危険だとも思った。


(さて、どうするべきかなー)


シースはクルエラを眺めながら、関わるべきか、関わらざるべきか、悩んでいた。

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