第3話 潜入と出会い
上を目指すにあたって、対侵入者設備を探す。
オフィスを兼ねているためかトラップは特に見当たらず。
また監視カメラは要所要所にしかないようだ。
「ま、そりゃそうだよね。常に監視する魔法使いが必要なんだから」
監視カメラに後で見返すような機能はない。魔法使いが、各カメラから自分に繋がる魔力パスを通じて遠隔地を監視するのだ。
シースが確認した感じでは、奇数階の階段の踊り場と、エレベーター内に設置されているようだ。
そうなると、必然的にエレベーターではなく階段を使うことになる。
監視カメラの避け方は、ホテルでも使用したジャミング魔法を使っても良いが、頻繁にノイズが奔っては監視者に異常があることがバレてしまう。
そこで活躍するのが、吸着魔法だ。魔力を薄く伸ばして手足の裏に広げて、その魔力をもって壁面に張り付く。吸盤ではなく、細かいギザギザ突起によって張り付くため、ツルツルした壁や柔らかすぎる土の壁などに張り付くことはできない。
ここの壁面は整えた石で出来ているため、吸着魔法が効果を発揮するだろう。
(伸ばして伸ばして…)
シースは魔力の形状を変えるのが得意だ。
魔力の性質を変えて炎や水を作ることはできないが、魔力の形を変えたり、左右で別の魔力を扱ったりと器用な魔力制御を得意とする。
まるで蜘蛛のように壁に張り付いたシースは、壁の上段に設置されている監視カメラと、天井までの隙間の壁を歩いてカメラに写らないように進んでいく。
(なんだ、天下の紫月も大したことないな)
うっかりスイッチを押してしまうと即死トラップが発動する王城のほうがよっぽど苦労したと昔のことを思い出すシース。
そうしているうちに、なんだかんだで8階まで来ていた。
「何階まであんのよ」
最上階まで行ってから各部屋を見て回ろうと思っていたが、最上階が何階か分からない。
それにあまりに警備が薄すぎるのも気になっていた。
「普通巡回とかしない?」
というか、人のいる気配がない。
試しに階段近くの部屋を覗いてみたが、さっきまで人がいた形跡はあるが、人はいない。
「なんかあったのかな」
シースの疑問は、すぐに解決することになる。
「ッ!!」
窓ガラスが割れ、何かが飛び込んできた。
咄嗟に室内に身を隠したシースだったが、ドタドタと賑やかな足音と、何らかの爆発音のようなものが何度もフロアに響き渡る。
(なんだなんだ、襲撃でもされてるのか!?)
状況が分からないi以上、下手に動くわけにはいかない。シースは大人しく、一度隠れた部屋の中で息を潜めていた。
その選択は間違っていなかっただろう。
段々と激しい音が近づいてきており、そのまま廊下にいたら巻き込まれていただろう。
だが、この部屋に逃げ込んだのは運が悪かったかもしれない。
「いつまで追ってきてるんですかこの魔道具ども!」
一段と激しい音が響き、シースが隠れている部屋の扉が蹴破られた。
続いて、発砲音と足音がシースのすぐ側で聞こえる。
さらにそれを追うように、飛行型の魔道具が次々と室内に入ってくるのが見えた。
少し情報が欲しくなったシースは、隠れていた机の下から、少しだけ顔を出す。
すると、室内では、1人の少女が、複数の飛行型魔道具を相手に戦闘を行っていた。苦戦している様子はない。あの数の飛行型魔道具を相手に無傷でいあれるのは、少女の力量が高いことがうかがえる。
「802会議室に入ったぞ!」
「そのまま結界を張れ!」
「あと2秒で展開が完了します!」
部屋の前に殺到する足音と、怒号が聞こえる。この少女は随分な大立ち回りを演じていたようだ。
「結界…!?」
慌てて部屋を出ようとした少女だったが、飛行型魔道具の射撃によって進路を塞がれ、脱出を妨害された。そしてその一瞬で、結界は構築される。
「すぐに割って…!」
扉に向かって発砲する少女だったが、流石に紫月本社。警備部隊の練度は高い。
1枚の結界であれば物理的に破壊することは可能だが、その1枚の破壊に手間取っている間に、次々と結界が張り巡らされていった。
「あーーもう!最悪です!!」
しばらく扉に向かって銃を乱射していた少女だったが、結界を突破することができず、銃を地面に叩きつけた。
そして、その地面に当たった銃が跳ね返り、シースの顔面にヒットする。
「ぐふっ!」
「誰ですか!?」
「ストップ!敵じゃありません!」
「女の子…?」
両手を挙げて無害をアピールするシースを見て、少女は少し安心したように銃を下ろした。
さっき銃を投げ捨てていたのに今は銃を持っている。
「どうしてこんなところに女の子が…しかもなんて格好…」
警戒から一変、心配そうに駆け寄ってくれる少女。同性ゆえの警戒心のない接近がシースの心を興奮させる。
(んほぉ…女の子の少し汗をかいた匂い…)
こんな状況だが、変わらず変態だった。
「とりあえず貴方、そんな格好じゃ危ないですよ。これを羽織るだけでもだいぶマシだと思います」
少女は会議室のカーテンを引っ張って外し、シースに巻き付けた。
「あ、じゃあこっちにいきましょうか…狙撃とか怖いですから」
シースはカーテン巻きのまま、カーテンがまだ付いている方の部屋の隅に向かった。
少女は襲われていたようだし、今はひとまず落ち着いているが、いずれ準備を整えた敵は突入してくるのだろう。場合によっては、狙撃の機会をうかがっているかもしれない。だからシースは外から見えない位置に移動した。
「あ、そっか、危ないですか。ありがとうございます。ところで貴方は?社員じゃなさそうですけど」
シースの後を付いてきた少女は、少しだけ警戒したようにシースに訊ねた。
「俺はシース…。君は?」
名乗ってから、偽名を使うべきだったかと後悔したシースだったが、名乗ってしまったものは仕方ないので、気を取り直して少女の素性を訊ねた。
だが、少女はかぶりを振って、シースを見つめる。
「いえ、まだ貴方の素性が分かりませんので、信用はできません。どうしてこんなところにいるんですか?」
少女はシースが自分への刺客である可能性を捨て切れていない。
それを理解したシースは、少し考えて、ある程度の事情を話すことにした。
「俺は…紫月の社員に魔法で姿を変えられた上に、身ぐるみを剥がされたんです。だから取り返しにきました」
「取り返しにって…ここ紫月本社ですよ?どうやってここまで…しかもそんなホテルの部屋着またいな格好で…」
「得意なんです、そういう潜入とか」
「ええ…?」
正直にシースは話しているが、少女は信じるに値する話かの判断ができずにいた。
(本当に民間人なのかな。お母様の刺客であれば、わざわざ私を射線から守るようなことはしないはずだし、そもそも1対1で私に敵う人間が紫月にいるとも思えない。もしかして、人間に擬態しているだけで人間ではないとか?いや、変身能力がある種族でそんなに強い種族はいないはず…うーん分かんない!)
などと、少女が必死で頭を働かせているところで、シースはじっくりと少女を観察していた。
(うーん、かなり若いな…。10代だろ、コレ。手を出したらマズいよなあ~。でもかわいいなあ。青い果実というか、発展途上な感じが実にグッド。大人になる前の一番瑞々しい時期。そろそろ狩るか…ってなりそうな感じ)
一度も女に手を出したことがないくせに、考えることは一丁前である。思考を読み取る魔法などがこの世に存在していれば、間違いなくコイツは捕まり、なんなら死罪になってもおかしくないレベルの気持ち悪さだった。
「よし!シースさん!」
「はいなんですか!?」
急に声を上げた少女にビビりながらも返事はするシース。やましいことを考えていたのもあり、心臓はバクバクいっている。
「私はクルエラ。クルエラ・エルルガントです。大変でしたよね。一緒に紫月をぶちのめしましょう」
「は、はい」
別にそこまでする気はシースには全くなかったが、勢いに負けて返事をしてしまった、
「つきましては、ここを早く脱出しないといけません。何か良い手はありませんか?」
「うーん、脱出ですか…」
シースは、アージェに会って、男に戻して貰うためにこのビルにやってきた。まだまだ脱出する気などなかったのだが…。
(でもなんか、この子と良い感じになれそうじゃない?)
そもそもアージェが見つかるか分からないのであれば、ここで新しい出会いを大事にしてもいいのではないか。シースにはそう思えてきた。
「よし、脱出しましょう」
「え、出来るのですか?」
「簡単ですよ」
ここは8階なので、窓から出るのは難しい。であれば、結界を破って廊下に出るしかない。
ただ、問題が1つだけ。
「結界は俺がなんとかします。でも、そうすると廊下の連中を相手にしないといけません」
かなりの人数と、飛行型魔道具が廊下には待機しているはずだ。なんなら、ここにクルエラを閉じ込めている間に戦力を整えているだろう。
しかしクルエラは、
「そちらは任せてください。私が全員蹴散らします」
なんて、何気ないように言ってのけた。
「結構いそうですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません。考えることは苦手ですが、戦うことは得意なので」
自信満々に言うクルエラを見ながら、シースはこの部屋でクルエラが戦っていた時の様子を思い出す。確かにかなりの物量の飛行型魔道具を捌いていたし、腕前は相当のものだろう。
「分かりました。じゃあ、結界を破りますね」
シースはそう言って、結界が張られている廊下側の壁へ向かった。
結界には大きく分けて2種類がある。
魔力を編むような形状と、1枚の魔力壁のような形状だ。どちらも魔力で構成されることに変わりはないが、構築する早さや耐えられる衝撃に差がある。
例えば、編み込み型の結界は、展開するのに時間がかかるが、衝撃に強い。壁型の結界は、展開するのは早い代わりに、簡単に割れてしまう。
今回は最初に壁型、あとは別の魔法使いが編み込み型を展開していた。
「クルエラさん、この辺銃撃してもらっていいですか?」
「はい」
シースの指示に従って、クルエラが何度か発砲する。
目には見えないが、これで壁型の結界にひびが入った。
「まず1まーい」
シースは尖った形の魔力でひびを突き刺し、穴を開けた。
均等に魔力を注ぐのは案外難しい。故に、よっぽどの達人でもなければ、壁型の結界には薄いところと厚いところが存在する。
そこを見極めて、軽く小突けばこのとおり。
一部壊れてしまえばあとは破壊は容易だ。穴の周囲を叩いてドンドン穴を広げていく。
人1人が通れるくらいになったところで、シースは結界を乗り越え、次の結界の解除に手を付けた。
編み込み型は、衝撃に強い代わりに、1本1本の魔力の繊維は細いため、きちんと見て、少し切って、ほどいてやればあとは勝手に崩れていく。
と、簡単に言うが、結界は目に見えないので、魔力の流れから判断して作業を行う必要がある。
それをこんな短時間でやってのけるのは、やはり流石潜入・脱出のプロである『影無し』ということなのだろう。これも全て下心ゆえに習得した技術だというのだから、世の中は間違っている。
次々と結界を解除していき、一息ついたシースは振り向いてクルエラに声をかけた。
「はい、これで完了です。あ、あとは任せて良いんですね?」
さっきまでの集中した顔から一変して、情けない顔でクルエラを見るシース。
「すごい…こんな短時間であんなに多重に張られていた結界を全部解除するなんて…」
シースを驚いた目で見ていたクルエラは、手で結界が張られていないことを確認した後、自信満々に頷いた。
「…うん。これなら大丈夫。では、行きます!」
クルエラは扉を蹴破って、一気に廊下に躍り出た。
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