@Nandomenosekaisen

第1話

おっかあの言うとおり、畑耕してれば良かったなあ。


矢が飛び交う。


怖え、怖え。


身を守るのに唯一頼れるのは、昨日拾った鉢金だけだ。


効果があるとは思えないが、前方から飛んでくる矢が鉢金に当たるように、伏し目がちに歩く。


3人向こうにいた隣村の太郎兵衛が、声も出さずに倒れた。


怖え、怖えよお。


いつ当たるか分からない。


当てないでください、当たるなら、苦しまないように逝かせてください、八幡様、観音様。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


まだ殺生してねえから、極楽に行かせてください。


長槍の柄を握る手には感覚が残っていないが、ミシミシと強く握りしめていることが分かる。


ススメススメの号令に合わせ、にじにじと歩みを進める。


走り出したい。


走った方が矢に当たらない気がする。


早く、敵方と相対したい。


昨日みたいに、長槍を打ち合ってれば終わるんだ。


相手だって、おいらと大して変わらないんだから、本気で殺そうとはしてこない。


とにかく、矢の雨の中から早く逃げ出したいけども、今走り出せば、味方のおさむらい様に刺されるか、矢の的になるだけだ。


怖え、怖え、怖え。


震えが止まらない。


よく見りゃみんな震えてら。


そらそうだわ。


隣にいた権兵衛が倒れた。


当たりどころが悪かったらしく、痛え痛え痛え、助けてくれと叫んでいる。


怖え、怖え、見られねえ、ごめんな、ごん。


ここが地獄だ。


鳴り響いていた鐘の音色が変わった。


鐘の音なんておいらには分からないけれど、ススメススメの号令が止まった。


止めるのか。止まるのが一番怖えんだ、頼む、やめてくれ。




「駆けえええー!!!!」


一拍おいて、理解する。


駆けろと言った、駆けていいんだな、駆けるぞ。


「疾く疾く駆けえ!駆けえええー!!!!」


バネが弾ける。


集団が、駆ける。


彼も駆けるべく、右足を出す。


膝に力が入らず、転ぶ。


後続に踏まれながらもなんとか起き上がるが、集団後方まで来てしまった。


今度こそ、駆ける。


後方から集団を見ると、100人ほどはいるだろうか。


全員が、背後の騎乗のおさむらい様に追い立てられながら、矢に当たりたくない一心で、死に物狂いで駆けている。


前方に、敵方の槍隊が見えてきた。


あと一町くらいだろうか。


昨日みたいに、長槍で叩きあって、芋粥食って寝られそうだ。


そろそろ駆け足やめてもええんじゃねえか。


あと半町。


やめねえと止まれねえぞ。


あと5間。


まさか。


ひっ。


ゴシャ!!


無意識に長槍を構えていた最前列の数人が、同じく無意識に構えていた敵方に飛び込んだ。


敵方の長槍に刺されたのか、飛び込んだ運動エネルギーが柄をしならせ、ちょうど棒高跳びのように、大の男が二人、跳ね上がる。


怖え、怖え、怖え。


これからおいらも突っ込むのか。


怖え、怖えが、どうにもならん。


ええい、ままよ。


覚悟が決まった。


目を閉じ、槍を構えて突っ込む。


彼の記憶は、そこで途絶えた。

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