一章・エピローグ

 比較的無事そうな部屋を一部屋借りて、そこでポーチを再作成したり、薬を作ったり、ナイフを買って来て毒を塗ったりとして2日ほど過ごしてから、城を離れることとなった。

 城から堂々と出ていってもいいが、この時期に変に街の人に注目されるのもあれなので、朝早くに挨拶を済ませ出ていくことにした。

 ちなみにミックは昨日の晩のうちに出たようで、すでに別れを済ませてある。

 彼とは、場合によっては再開することもあるかもしれない。


「そういえば、昨日言われたとおりにスクロールとかなんかよく分からない道具とかを渡してきたけど、あれなんだったの?」

「昨日渡したっていうと、ミックに持っていってもらったアレのこと?」


 昨日、錬金術で手が離せなかったが、ウォルターからミックがアジトに戻るという話を聞いて、急いでセラに持っていってもらったのだ。


「あれは魔法陣転写して魔力を補給する魔法具と転写する魔法が描かれたスクロールだよ」

「へぇー、そのまま使わないでわざわざ転写するってどんな魔法なの?」

「転移魔法陣、この領地にも転移先は設定するつもりだったけど、市街はごたついているから、アジトに戻るのならそっちに設定してもらおうとしていて、だから急いで作ったのはいいけど、他にも作らないといけない物が沢山あって、渡すタイミングがなかなかなくて」

「なるほどねー」


 魔法具の説明や魔法陣の説明が書いてある紙をスクロールの中に巻き込んである。ミックに直接説明することは出来なかったが、まぁ、たぶん大丈夫だろう。

 良く考えたら、セラの斧も持っていってもらえばよかったかもしれないけど、タイミング的に事前に説明していたわけでもない状態でセラが斧を渡すとも思えないし、次の機会まではやっぱり背負ってもらうしかないか。


 戦闘直後に城の上から見た時に比べると大分増しになっているが、それでもやっぱり言い争いなどは見て取れる。開いている店もあるがその数は少ない。

 聞こえてくる声に軽く耳を傾けてみると住まいのことや葬式のことで話している人が多いようだ。

 問題がないわけではないが、そう日が経っていない中この程度まで民衆を抑えられているなら、しばらくはウォルターに任せてもいいだろう。

 結局、この領は人がだいぶ減ったこともあって、分割するのも難しいし、かといって広さだけはあるから一つの領に統合するのも難しいらしく、新しい領主を迎えることにしたらしい。


 北側の門から出て少し歩き、街から離れたあたりでようやく一息つくことが出来た。

 セラはあまり気にしていないようだったけど、あの雰囲気の街で気楽な様子で話していた僕たちはかなり目立っていた。そのおかげで逆に勇者一行とは思われていなかったようなので結果的にはそう悪くはなかったが、それでもずっとああいう視線を向けられているのは落ち着かない。


 街の誰かから見られることはないだろう場所まで移動したが、事前に話をしてあるので、セラと僕は歩いて移動していた。やはり走って移動していた今までに比べるとかなり、本当にかなり速度は落ちるのだが、品質の高い薬を使わないで済むし、討伐したモンスターから素材を摂れるし、薬草やキノコなど売ったり使えたりしそうなものの採取も出来る。資金面などを考えると圧倒的にこちらの方が良い。

 今回の戦いの出費は直接的にはまだ金銭に反映されていないが、次の街に行ったら使った素材などの補充をしないといけないので、路銀はごっそり減ることになりそうなのだ。なので、稼げそうな場面ではきっちり稼いでいった方が良い。そっちの方がお金に余裕ができるので、食事や観光などで使えるお金も増える。そう説明した結果、歩いたり、途中採取したりすることをセラに納得してもらえたのだ。


「え、そのキノコ食べれるの?」


 薬品の製作用にキノコを採っていたらセラが、不思議そうな顔でそんなことを訪ねてきた。

 確かにこれはかなり毒々しい見た目のキノコで、一見食べられそうにはない。深い紫色で丸い形をしていて、白くて太い紐のようなものを纏っていて、まるで髑髏を被った変な色の卵のような見た目だ。

 そんな毒キノコのように見えるものを採取していたから、そんなことを聞いたのだろうが、残念ながら、その見た目通りこれは食べられない。


「食べられないから、その辺の木の枝で串を作るのをやめよう」


 しかもその木は毒があるのでそれで刺したら食べられるものも食べられなくなる。というか食べられるとして、食べるつもりだったのだろうか。一応薬品用に採取しているということは説明したような気がするんだけど。


「じゃあ、どのキノコなら食べられるの? この辺そこそこ生えているじゃん」

「まぁ……生えてはいるけど……」


 説明するのが難しいし、見分けの面でも不安だ。


「とりあえず、その串みたいな枝は捨てるとして、セラはキノコ食べたいの? 正直食べるんだったら、次の街で買って食べた方が良いと思うけど」

「えー、せっかくなら自分たちで取って食べたいじゃん」

「野菜の時もそうだったけど……セラは店とかで食べるより、自分で用意した食事を摂りたいの?」

「んー、いやー? 街とかに行ったらその場所のものとか食べたいけど」

「それなら、別に取って食べることないんじゃない?」

「でも、旅の途中で取ったのもを食べるのも、長旅っぽくていいじゃん」

「……分かった、じゃあ、食べられるキノコ見つけたら、それも取っておくよ。今晩の野営の時に食べるとしよう」


 見つけたらとは言ったけど、ご飯の際にキノコがなかったら文句を言われることが目に見えているので、夜までに探しておかないといかないだろう。

 旅の途中で食べられる物の採取自体はしても悪くはないのだが、街から出たばかりなので食料は十分にあるし、それに加えてセラが勝手に取って来た野菜も沢山ある。このタイミングで取る理由は特にない。

 特別味のいいものがたまたま見つかったとかならともかく、食料調達の旅でもないので、ちょっとだけ道草を食っているような気もする。

 一応は先を急ぐからと言って出てきたわけだし、せめて国を出るくらいまでは必要分の道草で済ませようと思ったのだけど、今晩までに食べられるキノコを探すとなるとそうもいかなさそうだ。




 今日1日歩いて移動していたのだが、走って移動していた時と比べて、襲い掛かって来たモンスターの数に不思議とあまり差はなかった。これが、場所的な物なのか、移動速度の差なのかは分からないが、走っていた時に比べると襲い掛かってくるモンスターが強力な種が多かった。

 この差は旅の中で調べていけたらいいと思うが、とりあえずは料理の火に注意を向けよう。一応セラも見てはいるが、一つの料理を除いて、その視線が役に立つことはなさそうで、飯盒の中身が吹きこぼれようと、肉が焦げ付こうと動くことはなさそうだ。

 セラがじっと見ている料理。それは当然キノコの串焼きだった。

 そこまで美味しいものではないが、なんとか日が暮れはじめた頃合いに毒がなくて不味くもないキノコを見つけたので、鉄串に刺して焚き火で焼いていた。

 セラが随分とキラキラした視線を向けているが、食べてがっかりしないかだけが少し不安だ。一応、ずば抜けて美味しいものではないとは言ってあるのだが、それでもこの様子なのが、更に不安にさせるのだが、もう一口食べてもらうしかないだろう。

 スープの方で使っている野菜も一応セラがとった物なのだが、こっちの方にはあまり興味が無いようだ。絶対にこっちの方が味はいいと思うのだが。同じく串焼きの肉は買ってきたものだが、多分これが一番おいしいと思うが、セラ的には一番興味がなさそうだ。


「ねぇ、まだかな、そろそろいいんじゃない?」

「……まぁ、キノコの方は食べられると思うけど、肉の方はまだかな」

「じゃあ、キノコ、食べてもいい?」

「いいけど……そこまで期待するほどの味じゃないと思うよ」

「大丈夫、余程まずいわけじゃなかったら、美味しく食べられる自信があるよっ」

「どんな自信なんだ……いや、セラがいいなら別にいいけど」


 一本だけ用意したキノコ串を手に取って、口へ運ぶセラ。味付けは塩を振っただけなのだが、そんなに期待するのならもうちょっと凝ればよかったかなという思いは無いでもない。


「あ、結構美味しい」

「それは良かった」

「ジョンも1個どう?」

「いや、僕は別に……」

「ほらほら、遠慮しなくてもいいから」

「別に遠慮しているわけじゃないけど……」


 単純にそのキノコの塩焼きの味を知っているし、そこまで食べたいという意識もなかったから用意しなかっただけなのだが、セラが串をもってぐいぐいと来るので、仕方なく一つ口にした。

 こ、これはっ……!!


「どう、結構美味しいでしょ」

「……めちゃくちゃ熱い」


 そう、キノコを口に含み、噛んだ瞬間に気づいた。

 熱すぎて味なんて分かったもんじゃない。


「あはは、焼き立てで、汁気もあるんだから当然じゃん」

「セラが普通に食べていたから油断した……」


 勇者の紋章の力からか、セラは常に肉体が強化されているようなもので平気なのだろうが、そうでない僕にとってそのキノコは口の中に火傷を負わせるには十分なほどに熱をもっていた。

 この程度の火傷なら、どうせ飲む疲労回復のポーションにおまけ程度についている回復効果でも回復するからいいけど、不要な怪我を負った感は否めない。


「そういえば、次は国外って言っていたけど、どこに行くの?」

「それは朝言わなかったっけ?」

「方角からシャフノッツェトールに行くのは分かるよ、でも、どこに行くか、名前忘れちゃって、市街に行くって言っていたのは覚えているんだけどね」


 方角からって……それ記憶していたんじゃなくて地図から割り出しただけでしょ、一応市街に行くことは覚えていたと言っているし、話を聞いていなかったわけじゃないんだろうけど……

 セラの言うとおり向かう先の国はシャフノッツェトール王国で間違いない。その国はフストリムワーネ王国の同盟国で、互いに足りない部分の補っているとも言える関係性だ。

 この国は魔法研究が進んでいる方の国であり、僕の師匠がいたりするのもそれが理由だったりする。一方で戦闘能力は平均的にみるとそこまで優れている訳ではない。

 シャフノッツェトールの方は、魔法研究はあまり進んでやっていない。もっとも、フストリムワーネの周りの国はそういう国が大半なんだが、その中でも特にやっていないといえる国だ。一方でこの国は武力に優れている。騎士の数は少ないがそれを補って余りあるほど戦士が沢山いる国だ。

 戦士と騎士の違いは国や領地に仕えているかどうかで、基本的に一つの土地に留まってモンスターなどと戦う者は騎士になるのだが、シャフノッツェトールでは戦士がそれをやっているのが、戦士と騎士の割合が異なっている要因だろう。シャフノッツェトールで騎士と言えば、王や領主などの要人に仕えている物か、街の中の警備などをしている印象が強いらしい。

 そんな国へ向かうわけだが、僕たちがまず最初に向かうのはこの国に一番近い街ではなく、その次に近い街である。


「次の目的地はトレイトルムだよ」

「トレイトルム、トレイトルムっと……ああ、ここね……あれ? でも市街だとしてもフェツェのほうが近くない?」


 いつの間にか地図を広げていたセラが、フェツェと書かれた場所を指差しながらそんなことを訊ねてきた。


「確かに距離的にはそうなんだけど、いくつか理由があってね、トレイトルムには行こうと思っていたんだよ。そうなると、この距離ならフェツェによってから、トレイトルムに行くよりは飛ばして行った方が良いでしょ」

「なるほどねー、シャフノッツェトールの領地だとしたら、領主への挨拶は相変わらず必要だもんね」

「そう、それだけで滞在日数で2日は掛かるわけで、その後トレイトルムによることを考えたら、最低でも4日は掛かるし場合によっては2週間弱は掛かってしまうわけだからね」

「なるほどねー、飛ばす理由は分かったよ、でも、どうしてトレイトルムに寄りたいの?」


 地図を折り畳みポケットにしまったセラはそんなことを言って首を傾げた。

 地図をいつの間に買っていたのかとか、ポケットにいつも入れているのだろうかとか、少々気になるが、大きな問題はなさそうだしそれは今度聞くことにしよう。


「ああ、それはさっきも言った通りいくつか理由はあるんだけどね……」


 そう、僕がトレイトルムに行きたい理由は、フェツェよりも大きくて発展してるだとか、師匠から話に聞いた事がある店があるだとか、そういった所もあるが、一番の理由はそれらではない。


「僕がトレイトルムを目的地に選んだ一番の理由……」


 そう、その理由だけで寄るには十分なものだと考えた。


「それは……トレイトルムからはセラと同じで、国からの使命で魔王討伐に向かった、紋章持ちの勇者がいた街だからだよ」

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