第16話・後処理

「あ、やっぱりジョンだ……って、なにそのごつい装備? そんなのしてたっけ?」

「い、いや、これはさっき装備したものだけど……って、そうじゃなくて、こっちでの戦いはもういいの?」

「もう終わってるよ」


 セラはそう言ってポーチに両手を入れると、二つの魔石を見せてくる。


「三人人は?」

「三人って、山賊と騎士と執事の三人?」

「そうだけど……セラがだんまりやめたってことは、近くにはいないのかもしれないけど、もしかして、やられちゃった?」

「いや、生きてるよ。邪魔だから寝ていてもらったけど……たぶん城の中にいるんじゃないの? 見に行く?」

「いや、無事なら今はいいや、それよりもこっちの方はどうなったか教えてくれると嬉しいかな」

「分かった」


 二つの魔石は両方あの応接間にいた魔族の者らしいが、最初に倒した方に比べて残っていた方はそれなりに強かったらしい。

 セラの話を聞きながら装備を外して少し離れた場所に置いておいた。

 魔力変換機は強力な装備ではあるけど、魔石とかそういったものに触れると形成に必要な魔力すら奪って、崩壊させてしまう危険性がある。それに装備とかに付与された魔力とかも奪ってしまう事故があるので、戦闘時でもないのなら、触れない方が安全なのだ。


 セラが戦っていた魔族も強くはあったらしいが、あんまり周りを気にせず戦ったからか、そこまで苦労すると言うようなことは無く、ミックたちが外に出る頃には魔族との戦いは済んでいて洗脳された騎士との戦いだけだったらしい。数が多いし、中には洗脳されていないのもいるっぽいしで大変だったので、大丈夫そうなのは眠らせて一ヶ所にまとめて置いたらしいのだが、そこにミックたちいるとのことだった。


「それで、戦っていたけど、みんな急に倒れていったから、僕が戦っていた方の魔族も追いつめられたことだし、多分勝ったと判断して城の上で僕が出てくるのを待っていたってこと」

「そうそう、多分だけど、ジョンも勝ったんじゃないかなって……あ、そうだ、これ、戦利品の斧ね」


 にこにこと笑いながらセラは魔族が使っていたであろう斧を見せてくる。なにかでっかいのを背負っていたなとは思っていたが、戦利品だったらしい。

 旧オーマス市街で剣を拾った時も楽しそうにしていたが、もしかしたら、セラはこういう風に武器を集めるのが好きなのかもしれない。

 そういえばこっちの方でも相手の武器を回収していたことを思いだして、バッグから剣を取り出した。


「それなら、一応こっちも剣を回収しておいたけど、付与されていた魔法とかは消し飛んでいるから、相手が使った時よりは弱くなっていると思う」

「あ、すごーい、これちょうだい」


 分かりやすく喜んだ様子を見せたセラが剣に近づいてあっちこっちから観察するような視線を向けてくる。気になるのは分かるが、抜き身の刃物だし危険だから、そんなに顔を近づけるのはどうかと思う。


「僕が持っていても仕方ないから別にいいけど、どうするの? その斧もだけど、欲しがるってことは売るわけでもないんでしょ」

「いつか使うかもしれないから、それまでコレクションしておこうかなって」

「まぁ、いいけど」


 セラはバッグを持って歩かないから、どっちにせよ持ち運びは僕がすることになるんだろう。いや、まて、良く考えたらあの斧はしまえるのか? 刃の部分がかなり大きいから、バッグに入らない気がしてきた。駄目そうだったらどうするかはその時に考えよう。絶対に話がそっちの方に行きそうだし。


「そういえば、僕と戦っていた魔族が洗脳を解いて死人が出たりして大変なことになっているって言ったから、街の人たちがどうなっているか気になるんだけど……」

「ああ、うん。さっき城の上から見てたから、なんとなく分かるけど、結構凄いことになってるみたいだよ」

「直接見に行こうかと思っていたけど、上から見えるのか」

「ジョンも見に行く?」

「そうだな……ついでにウォルターとダンも起こして置きたい。勇者一行という立場はあっても、僕らは基本部外者だから、街のことを考えるとダンとウォルターはいた方が良い」

「じゃあ、洗脳されてない人達を集めて置いた部屋に先に行ってから上にいこうか」


 そういったセラに案内された先は、ドレッサールームだっただろう場所である。地べたに直で寝かせないためかは分からないが、下に敷かれた服たちはもともと上にかけてあったものたちだろう。その痕跡は見て取れる。

 ミック、ダン、ウォルターの他にも4人ほど寝かせられている。


「これで全員?」

「うん、そうだよ」

「思ったより数が少ないね」

「いやー、なるべくは連れてきたつもりだけど、戦いの途中だったし、ほら、ね」

「ああ、つまり、生きてる人数がこれだけだったことか……」


 練度が微妙でも数で来られたらやられる人間も少なくはないということだろう。セラならあの程度の敵が何人来ても問題ないし、僕も魔力や薬ありきではあるが余程でない限り大丈夫だ。だが、飛びぬけて凄い力を持っていたり、強力な魔法を使えたりしない者にとっては、数が揃っていると言うだけで十分脅威になり得る。

 魔族の影響を受けていなかった者や、ウォルターのように軽微な者も本当はもうちょっといたのかもしれないが、洗脳された騎士たちにやられたり、セラと魔族の戦闘に巻き込まれたりして死んでしまったということだろう。


「使ったのは睡眠導入? それとも昏倒?」

「ん? 眠らせる際に使った手段のこと?」

「そうだけど……まさか物理的にじゃないよね」

「流石にそんなことしないよ、力加減間違えたら頭吹き飛ばしちゃうし」


 セラは笑って冗談のように言うけど、本気で叩きたら実際に頭が吹き飛びかねないのでこっちとしては微妙に笑いにくい。


「昏倒系だよ、睡眠導入だと途中で起きちゃうかもしれないし」

「なるほど、それなら回復系でいいか」


 回復魔法と一応気付けの魔法も使ってダンとウォルターを起こす。


「……はっ、ここはっ、早く戦わねば!」

「……い、一体何が……!」


 気絶状態から目覚めたからか、気付け魔法が聞きすぎたのか、目覚めた二人は飛び起きて慌てた様子で周囲を見渡していた。


「落ち着け、戦いは終わった……とはいっても、まだやってもらいたいことがあるから今起こしたわけだから、もう一度寝てもらっては困るんだが」


 戦闘が終わったことを伝えると、少しは落ち着いたようだったが、それでも今置かれている状況からか少し混乱している様子が見られた。周りの横になっている人たちの説明も軽くしないといけないかもしれない。

 掻い摘んでセラから聞いた外での話をすると、ようやく一息ついたように二人は落ち着きをみせた。


「そういえば、私たちに手伝ってほしいというようなこと言っていましたけど、何かあったのですか?」

「ああ、ウォルター、多分だけど街の方が大変になっているようだから、それについての話をしたいと思っている。だからといっていきなり街の方に行くのも不味いと思うから、とりあえずは城の上から街の様子をみて、それからどうするか決めたい」


 二人が目覚めたからかセラがまただんまりモードになってしまったが、上までの道は案内してくれるらしく、部屋から出て歩き始めた。

 ウォルターがいるから、案内がなくても大丈夫とは思ったが、案内してくれるなら付いて行くとしよう。

 ダンとウォルターを連れて3人でセラの後を付いて行くことにして、城の中を歩きながら、魔族を倒したことによって街の人の洗脳が解けていることや、その際に死人が出ているであろうことなどを説明した。

 城にいた領主一族の死が確認されたが、僕とセラがずっとこの町に残る訳にもいかないので今後どうしていくかを決めてほしいということも話した。


「今後ですか……」

「ああ、魔族によって半壊したとして分割して近くの領に統合しても良いし、新しい領主を決めてその補佐をするでもいい。どちらを選ぶとしても、一旦誰かが王都に向かい、会議に出ないといけないといけないし、その間、街を人たちの面倒を見る者も必要だ」

「面倒を……」

「ああ、面倒を見る必要がある。今の街の者たちはな」


 普段通りなら、領主やその代行がいなくとも少しの間くらいは大丈夫だろうが、きっと多くの人が死に、そうでない者も大半が記憶の欠落を起こしている今、率いるまではいかなくとも、ある程度は面倒を見なければいけない。

 ただここ最近の説明をするだけでは、この街は立ち行かない。一応洗脳されていた間も、とりあえずはいつも通りの生活をさせられていたようだったけど、それもどの程度のものか分からない。もしかしたら生きていくだけなら、出来るのかもしれないけど、それも漠然とした不安感はぬぐえないだろう。

 それに死亡者の知り合いや家族などに対する対応も必要になるだろうし、近くの村から来ただろう人達をどうするかも考えないといけないだろう。税収などのあれこれも居れるとかなり大変だろうなとは思う。もちろん思うだけで手助けするつもりはほとんどないんだけど。

 いわゆる他人事という感じだが、そうするにしても一切知りません、というような顔をしてこの場を離れるわけにもいかないのが難しいところだ。


 城の上に出て、街の方に視線を向ける。

 大半は建物の中にいたからか、外で倒れている者はあまり多くないが、何がどうなっているか分からずパニックになっているのは分かる。場所によっては殴り合いの争いも起きているようだが、もしかしたら元々町に住んでいた人と移り住んできたものとの諍いもあるのかもしれない。

 まぁ、洗脳されていた者からしたら急に別の人が住んでいたりするわけだから、元の住人はどうなったんだ、というような疑問が起きてもおかしくない。


「住民とかでは無く、建物とかの方のことだが、この街は魔族が来てからどのくらい変わった?」

「いえ特には……その、家主が亡くなった建物に次々人を案内していました」

「なるほど……街の人はどの程度洗脳されていたか分かるか?」


 移動した後、村や町に戻って来たものもいるらしいから、全員洗脳されていたわけじゃないと思いたいが、洗脳にも色々種類があるようだから断定はできない。ウォルターのように洗脳とまでいかないくらいの思考誘導くらいなら全員がされていてもおかしくはない。

 把握している限りではどんな感じか聞いてみたが、ウォルターは首を横に振った。


「流石にそこまでは……主な仕事は外から来た人への対応でしたので……」

「ダンはどうだ? 騎士として普段は街にいたんだろ、感覚でいいがどれくらいの割合で様子がおかしかったか分かるか?」

「そうですね……元々住んでいた中で家族がいる者は大半、独り身の者なら数人に一人はいつも通りの者もいましたが、そういったのは町全体がヤバそうになったら離れていく人が多かったので、騎士でもない限りはほとんど洗脳されていたと思います。移住者も最初のころは町がおかしいとかという普通の感想を持っているみたいなんですけど、1週間もするとなんにも思わなくなるみたいで……慣れただけとかそういう風に思っていたんですけど、今思うと何かされていたのかもしれません」

「なるほど……分かった、ありがとう」


 さて、これから、どうするのかを考えないといけないのだが……どうやら話を纏めるにも時間を稼ぐ必要があるようだ。


「ウォルター、この城に街の人たちが集まってきているが……あの部屋で寝ていた者達でどれくらい時間稼げると思う?」

「街の人たちを抑える役目ですか……あの様子だと半日も難しいでしょうね」

「やはりか、まぁ、なんにせよそこは抑えてもらうしかないとして……話し合いも早く済ませないといけないだろうな……ダン、部屋に戻ってみんなを起こして、街の人を抑えるのを頼んでもいいか」

「わ、分かりました!」

「ウォルターは、僕と一緒にどこかの部屋で方針を決めるとしよう」


 ウォルターがコクリと頷くその後ろから、セラが自分は何をしたらいい? という視線をこちらに向けていた。

 こんな状況で何もせずにはいられないというよりは、勇者らしい行動がどういうものなのかこっちに尋ねている感じだろうか。

 なんにせよ、ここで無視して後で拗ねられるよりはセラの立場を有効活用して貰おう。


「えっと、セラにはダンの協力を頼もうかな、勇者がいれば魔族云々の話にも信憑性が出るだろうし」


 先ほどのウォルターと同じようにただコクリと頷いたセラは白の中へ戻っていき、ダンもその後を付いて行くように戻って行った。


「落ち着いて話せればどこでもいいとは思うんだけど、流石に外で話すのもどうかと思うし、無事そうな部屋を探してそこで話そう」

「はい、分かりました」


 城の一部が壊れるほどの戦闘の余波か、いくつかの部屋は酷いありさまだったが、その中でも無事そうな部屋を見つけ、倒れた椅子を起こしてそこに腰を掛ける。


 ウォルターにもとりあえず座ってもらって、想像の上でだが、今、街で起きているであろうことや、今後起きるであろうことの話をして、これからどうするかの選択肢をいくつか提示した。


「今後はともかく、どちらにせよ領主代理が必要となるが……あてはあるか? なければこの街のことをよく知っているであろうウォルターがやるのが良いと思うが……」

「わ、私がですか?」

「ああ、代々仕えている問うことはこの街について詳しいことは間違いないだろうし、それに、思考誘導されていたとはいえ、魔族がいた間の記憶もある。どうだ、領主代理として動いてみる気はないか?」

「……少し考えさせてください」

「そうか……まぁ、その決断は早めに決めないといけないことだから、出来れば今日中に決めてもらうとして、もう少し時間をかけてもいい方の決断だが、ウットテリム領はどうする? 新しく領主を立てるか、それとも分割して他領に組み込むか?」

「そ、それは……そうですね……街の人や生き残った城の人達にも聞かないといけないと思います」

「だとしたら、やっぱり早めに代理を決める必要があるが……」


 そう言ってやると、ウォルターは俯いて唸りだした。代々仕えてきただけに、自分が代理とはいえその立場に就くのはなにか思うところがあるのかもしれない。

 しばらく悩んだ様子を見せたが、大きく息を吐いたあとウォルターは顔をあげた。


「分かりました、私がしばらくのあいだ、街を何とかします」

「そうか、それじゃあ、早速だが、城に来た街の人達の説明を頼もう。ついでに勇者セラフィーナをこの部屋に呼んでもらえると助かる」

「と、言いますと、ジョンソン様とセラフィーナ様は……」

「悪いが、こっちはこっちで少しやることがある」

「そうですか……」

「これからの魔族との戦いについて色々と決めないといけないことがあるからな、それに、魔族がここまで人間の街に食い込んでいる可能性があるのなら、魔王討伐の旅も急がないといけない。本当に申し訳ないと思うが、色々と準備があるから僕らもあと2日ほどはここにいるつもりではあるけど、あまり協力は出来ないと思う」

「分かりました……」


 肩を落として部屋から出たウォルターを見送ってから、再び椅子に腰を下ろした。

 ウォルターに話したことは方便もあるが、内容としては嘘じゃない。

 すぐにここを出ないといけないほどではないが、旅を急ぐ必要があるのは本当だし、ここに留まるにしてもそれは準備のためで、街のためになにかする余裕はない。

 今回の戦いは結構な損失が出た。あの魔力変換機をもう一度作るほど資金にも時間にも余裕はないが、破壊されたポーチの代わりを用意したり、それによって失った薬や道具の代わりを用意するくらいはしないといけない。

 魔力変換機の有用性は確かめられた。一応もう一つだけあるが、そっちはもっと使い時を選ばないといけないだろう。かといって出し惜しみは出来ないというのは今回学んだことだが。


「……ジョン、呼んだ?」


 部屋の中に入って来たセラはキョロキョロと部屋の中を見渡してから、ドアを閉めてから首を傾げて、いつものような口調でそんなことを言った。


「呼んだは呼んだけど、別に特に用事がある訳じゃないよ。まぁ、やってもらうことがないわけじゃないし、伝えたいこともあるけど、それよりもセラもそろそろダンマリも疲れるかなと思って」

「あ、うん、それはちょっと助かったかもしれない……」


 わざとらしく疲れた顔をしたセラは、そんなことを口にして先ほどまでウォルターが座っていた椅子に腰を掛けた。


「それで、用事ってなに?」

「戦いでポーチが壊されて中身が全部だめになったから、いくつか作り直すの手伝ってほしいと思って」

「なにか違和感があると思ったけど、そっかポーチ付けてないんだ。バッグを背負っているから気づかなかった。なるほど、そういうことね……それで話の方は?」


「魔族についていくつか話したいことがあるけど、まぁ、それは後に回すとして、まずはその斧のことかな」

「あ、これ?」

「うん。結構大きいし、バッグに入るかなって」

「ああ、容量じゃなくて、入口の問題ね」

「そう、入らなかったらどうするか「背負っていく」……決定が早いね」


 セラの戦いの邪魔にならないようにということで荷物持ちをやっているこっちとしては、斧を背負って戦うのは避けてほしい気持ちはあるんだけど……セラがあの斧を置いて行くとは思えない。

 なんかコレクションにしようとしている感じから普段使い思想には無いけど、武器は武器だし、もしもの時はオーマスにいた魔族と戦った時のように使ってくれるはずだ。


「それで、この斧、バッグに入りそう?」

「早速試してみるか……って。実際に持てるくらい近くで見て分かったけど、無理だな、多分は入らないと思うんだけど」


 バッグを降ろし、セラから斧を手渡されて、気付いたがこの斧、結構大きいしかなり重い。多分、薬の効果無しだと僕じゃ持ちあげるので精一杯で振り回すことはおろか、運ぶのさえ困難な気がする。


「え、本当? ちょっと押し込んだら入ったりしない?」

「いや、まって、それをやったらポーチだけじゃなくてバッグまで壊れて滞在日数が増えることになりそうだからやめてくれ……」


 一応、部屋の外に注意しながら小さめの声で続きを話す。


「もしもバッグが壊れたら、ここの滞在時間が伸びることになるんだけど、正直この街にずっといるといつかは領民とのいざこざに巻き込まれることになるからなるべく早く離れたい……ほら、セラも早く別の国に行きたがっていたでしょ、次の目的地はフストリムワーネの外だよ」

「なるほどね、分かった、斧はボクが担いで行くよ」

「せめて背負うとかにしてほしいかな……あと、その斧自体も、リンド村のように部屋ごと借りられた時には、そこに置いて行ってほしいかな」

「保存とか考えたら持ち運ぶよりはいいかー」


 武器なんだし、せっかくなら使ってくれた方が良いんだろうけど、セラには戦い以外での趣味が必要なものだと思うから、蒐集をしたいと思うのなら存分にしてほしいとは思う。


 その後、お互いに戦った魔族の特徴などを話しながら、一息の休憩を取った。


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