第14話・三度目の魔族戦

 岩で出来た壁はまるで砂で出来ていたかのように崩れ去り、すぐに地面と一体化した。相手の火魔法が現代式だと気づいた時点で壁の方は現代魔法で作ったのだ。古代魔法と違い、現代魔法で作った壁は解除すればすぐに消え去ってしまうものだ。

 干渉耐性に不安はあるが、やっぱり解除の際に手を加えてやる必要がないのは魔力効率の面から見てもこちらの行動の面で見ても優れてはいる。まぁ、その干渉が怖いからこそ、魔法を自在に使って来る魔族との戦いにおいては、その一点のみで使いづらいと思うのに十分な理由になってしまうのだけれど。


 壁がくずれたことで密閉空間に籠っていた熱が膨らんで熱波として吹いてくる。

 全体的にボロボロになっているように見えるが柱は依然として健在だ。よし、まずは狙い通りと言った所だろうか。

 古代魔法は現代魔法以上に元となる触媒の有無が消費魔力量に影響を及ぼす。特に土魔法や水魔法は触媒こそが物を言うレベルで魔力量に差が現れる。

 先ほど僕が作った柱たちは、実際のところかなり手を抜いたもので、地面をそこまで変質させることなく、柱へと形だけ変えたものだ。

 相手は相当な使い手らしく、かなりの高い温度まで高めてくれたらしい。水を含み泥に近い状態になっていた柱は、陶器のように固くなっている。

 正直な話、古代魔法だったらこうはなっていなかっただろうが、その場合は高温の泥を使っていただけなのでどちらでもよかった。

 後はこの柱たちを崩して相手に飛ばすだけだが……なるほど、考えることは同じか。

 崩して、礫にするところまでは良かったが、飛ばす際に魔力の反発を感じた。

 こちらが古代魔法を使うのを確認してからか、相手も使用する魔法を古代式に変えて来たようだ。

 第一段階、柱を礫に変換するのはお互いに同じようにしたためむしろ想像以上に早いくらいだったが、それを飛ばす段階で逆方向の力が入ったかのように礫たちは前には飛ばず、下に落ちて行った。

 物体移動は現代式の方があらゆる面で優れているのだが、干渉耐性の一点でのみ古代魔法の方が優れている。なので、相互に干渉し合えば優勢になるのだが、そうならなかったということは相手も発動プロセスを現代式でなく古代式に変えてきたという判断だ。


 山賊のアジトで戦った魔族は、相手の油断もあったのだろうが、そこまで苦労せずに倒せた。だが、今回の相手は一筋縄ではいかなそうだ。


「へぇ、やるね、人間なのに」

「そっちは、随分とお粗末じゃないか? 騎士たちが焼け死んでいるみたいだけど」

「そりゃあ、逃がそうとはしたけど、君が逃げ道を塞がれちゃったからね」


 そう言って、魔族の女は親指を立てて後ろの指す。

 確かに、この地下空間への唯一の出入り口だった階段は、柱を作るついでに埋め立てさせてもらった。これが二つ目の裏の狙いである。距離もあったので、魔力消費量や魔法のコントロールは少しネックだったが、あのタイミングであればやりやすかったので、埋め立てさせてもらったのだ。

 正直、僕を無視して地上に出られるのが一番面倒なので、魔族をここに留める目的での行動だったが、相手がかなりの熱量の火魔法を使ったことによって、閉じ込められた騎士たちは蒸し焼きになってしまったらしい。

 相手の表情や口調から察するに、どうやら現代魔法を使ったのは手抜きのためではないらしい。

 魔族や魔獣の体は現代魔法の影響を受けにくい。自分たちが密閉空間に閉じ込められた可能性を考えて、万が一でも自分は無事でいられるようにわざわざ現代式で火魔法を発動させたのだろう。


「ここまで私と魔法対決で拮抗していられるなんて、本当にすごいね……流石はマクシミリアンの弟子というところかな」


 ウォルターの発言からか? それとも別の場所からか?

 どうやら、僕の正体も、それに師匠の正体も知っているようだ。


「まぁ、そうだね、そっちはどうなんだ? ぼくが初めて戦った魔族はもっとすごかったように思えたけど」

「最初に……? それは余程運が悪かったのだろうね、私もそこまで強さに自信がある訳じゃないが、ここに派遣されたチームの中ではリーダーを務めるくらいには強いよ」

「へえ……それじゃあ、これからの戦いの基準にさせてもらうよ」

「これからがあるといいね」


 こうして会話を続けている間も、互いに礫を飛ばそうとしたり、それとは別に攻撃用の魔法を撃とうとしているが、その全ては不発に終わっている。

 どうやら僕と相手の魔法戦の能力自体はほぼ互角のようで、互いに魔法を討たせてもらえない状態にある。

 魔族と拮抗した勝負が出来ているように思えるかもしれないが、これは実はあまりよくない状況だ。

 なぜなら、相手が魔族で僕が人間だからだ。


 こうして互いの魔法を止めあう、普通の魔法戦を繰り広げていると、先に魔力が尽きるのは高確率で人間の方だ。

 もし、相手の魔力を先に尽きさせたとしても、こちらが事前に溜めている魔力を大半使うことになる。それは旅の先を考えるとかなりの損失になる。

 かといって、手を抜けば相手の魔法が効力を発揮してしまう。時折、バッグやポーチの中にある魔力を込めておいた装備や道具と、魔力が空になったものを取り替えながら、静寂なる魔法戦をする。

 そうしている間に相手が礫の山の上に立った。やはり、そうなるか。

 その姿をみて、僕はセラ用の予備の剣をバックから取り出した。


 ここからは接近戦を交えながらの魔法戦となる。

 人間同士の魔法戦とは違い、魔族との魔法戦はそれが終わらなくとも戦闘が始まる。

 もちろんその間も魔法の打ち合いは続くため、いかに物理攻撃を防ぎながら魔法の発動を防ぐか、発動させてしまった魔法をいかに防ぐか。これが一対一での基本の戦いになるだろう。そう師匠から聞いていた通りだ。

 セラと一緒にいるならば、魔法はセラのサポートをしつつサポートも受けられるが、個人戦ではそうもいかない。

 隙を作らなければ、まず魔法の効果を発生させることも出来ない。逆に隙をつくってしまえば、魔法を容赦なく打ち込まれる。

 魔族との戦いも三戦目にしてようやく、本当の魔法戦が始まったという感じがする。


 最初の戦いは、序盤は上手く言っていると思ったが、実際は実力差が開きすぎていた。魔法は使わせてもらえていたのに、決め手になるような有効打を与えられなかった。セラがいなかったら間違いなく死んでいた。そんなような戦いだった。

 逆に前回の戦いは、相手の油断と実力不足が目立った。魔族といっても強さには大きな差があるということが分かったので希望が生まれた戦いだった。だけど、その戦闘自体は魔法戦として成り立っていなかった。相手が現代魔法しか使ってこなかったから、古代魔法を使う僕の魔法が一方的に効果を示していた。

 だが、今回はその両方とも違う。

 相手も古代魔法を使う。セラもいないので、直接的な戦闘を任せることも出来ない。


「魔法はなかなかだけど、そっちの方はどうかな」

「さて、どうだろうね」


 強がっては見るものの、実のところ自信はない。

 無手では流石に戦えないので剣を持っては見たが、最低限使えるくらいで、セラには当然、見習い騎士にも負ける可能性がある程度の実力しかない。一応は薬の効果自体があるから、ある程度は戦えるだろうけど、剣術ではなく身体能力だけで戦うことになるので、最終的には相手の剣術次第というところだろう。


 相手の得物も同じく剣。こちらのものより細いが長い。リーチはあちらに分がある以上突きには気をつけないといけない……いや、何に気を付けるだとか、そんな技量はない。あまり攻められないように立ち回るべきだな。そして、隙を見て魔力式をあちらこちらに撃ち込んでいこう。チャンスがあれば、それらでダメージを与えていく。とりあえずはそういう方針で戦おう。


「それじゃあ、本格的な戦いの始まりだ」


 飛び降りて来た魔族は剣を振り降ろしてくる。

 わざわざ体重を乗せた一撃を受けてやる必要はない、後ろに引いてそれを回避する。相手の着地に合わせて、少し多めに魔法の準備をする。それらは全部発動前に止められてしまうが、魔法式を天井に打ち込むことは出来た。

 その後は、突っ込んできて袈裟にかけて斬り上げるような攻撃、その間に僕の背後の地面を槍のようにする魔法を使用しようとしている。

 魔法の方は地面を硬化させ、そのままの形を保たせる魔法で相殺、剣の方は受けることにして、こちらも攻撃のために炎の槍をいくらか作ろうとしたが、それらは現れると共に水魔法で消されてしまう。火魔法なら打ち消されたとしても蒸気くらいは残ると思ったが、打消しにわざわざ現代式で水魔法を使い、こちらの魔法の効果が消滅するとともに霧散させたようだ。

 それに、剣の方の威力も問題だった。結構踏ん張ったつもりではあったが、少しだけ持ち上げられる感覚を感じた。まずいと思って、咄嗟に飛び退いたのだが、あのまま力で受けようとしたら、少しだけだろうが上に跳ね上げられていたような気がする。

 それなりに広いとはいえ、二回も後ろに引いただけあって、結構端に追いつめられている感じがする。効果的な距離を取ろうとしたら後ろという選択肢は選べてあと一回というくらいだろうか。だが、それをしたら本格的に後が無くなるので、


 剣術自体は僕よりも少し出来る程度のように感じるが、まさか力で押されるとは思わなかった。

 相手も身体能力を向上させている? いや、セラのように強化している感じか? それとも魔族の特徴か?

 華奢というわけではないが、見た目としてはセラよりも一回り小さいくらいの女性に見えるが、セラ同様、見た目に惑わされてはいけないということだろう。


 ポーチからガラス筒と最上位の身体強化の薬を取り出して、筒の方を相手に投げつけた。

 魔法戦が互角であるということもあってか、相手はそれを切り落とすことも触れることもしない。

 薬を口にしながらも、魔法の発動を全力で行う。この際、ある程度は防御も捨てて攻撃に意識意を向けたので、いくつか礫が飛んできたが、それらは物理的な回避で対処をした。


 僕の魔法はほとんどが止められてしまったし、装備や道具などの魔力もほとんど使ってしまったが、その間相手の攻撃は数個の飛んできた礫と、先ほど僕た投げたガラス筒だけですんだ。

 そう、僕が投げたガラス筒は特に魔法対策をしていなかったので、移動系統の魔法で返されてしまっていた。だが、これは返されても問題ない物だから、あえて、対策をしなかったし、向かってきた筒も直接身体にあたらないように叩き落とした程度の対処をしただけだ。

 地面にぶつかった筒は当然割れる。そして、そこからは黙々と煙が出てくる。

 これは錬金術で作った道具の一つで、煙が出てくる筒だ。


「むっ……」


 湧き上がる煙の中から、相手が後ろに引いたのが見えた。投げつけられたものの中から煙が出てきたら毒を警戒するのは当然だ。だとすれば、次はこの煙をどうにかすることを考えるはず。

 少し勿体ないが、薬瓶は廃棄して、素早く装備を交換して魔力を補充して風魔法を使う。それらは当然相手の風魔法と相殺されて何も起こらないが、相手の風魔法も封じられている。煙は依然として部屋に溜まっていく。

 人間と魔族は体の作りが違う。だから、僕が平気にしているからといって、下手に踏み込んでこないのだろう。

 煙越しに僕たちはいくつか魔法で攻撃を仕掛け合うが、ほとんどは不発だ。僕がいくつか魔法式の仕込みをしている分、相手の礫を飛ばす魔法の発動をいくつか許してしまっているが、煙で光の反射こそ見えなくなったが魔力の流れは良く見える。礫を回避しつつ、徐々に風魔法の方の対処も減らしていく。

 それによって煙は動いて行くが消えたりはしない。この煙は風などには強いのだ。吹かれたら動きはするが、それでも簡単には薄れたりしない。もともと数えられるくらいの数しかない篝火便りな薄暗い空間だ。

 実は水魔法を使われるとすぐに消えてしまうのだが、篝火を消したがらないのか、蒸気を嫌っているのか、それとも気づいていないからなのか使われずに済んでいる。


 こちら側からは煙越しにでも魔力の流れに集中することで、とりあえず相手の位置や魔法の発動は確認できているが、あちら側からはどう見えているのか分からない。

 礫の飛ぶ方向から察するとこちらを補足できていないような気はするが、これが罠である可能性も考えないといけない。

 相手が魔力を見ている可能性は高いので、対策するための内側からの魔力を遮断するローブの内側に、魔力貯蓄されている物は全部押し込めたが、これで十全かどうかは分からない。だが、そう仮定して動くしかない。

 視覚から得られる光の反射の情報とは別に、こちらの位置を特定できるものがあるなら篝火をけしてきそうなものだし、とりあえずは煙に隠れつつ移動しよう。

 魔法戦をしつつ、時折魔法式の打ち込み、それも難しそうだと思ったタイミングでは魔法陣の描かれたスクロールを配置しつつ移動を済ませる。

 ついでに錬金術で作った道具で、ウォルターの作った出口に罠を仕掛けた。何かが通ろうとしたら爆発するようになっている。

 ある程度移動を済ませたら、仕掛けた水魔法の魔法式を起動させて篝火を消した。火を消すくらいだし、事前に魔法式を用意しているので、相手に打ち消されるよりも先に使用することが出来た。


 そして、闇に紛れて息を潜ませていると、魔力の塊が動いて行くのが分かる。向かう先は予想通り出口の方だ。

 これだけ身を隠すような行動をすれば、ここから逃げることを考えるだろうと予測し、そこに罠を仕掛けたのだ。そして、その予想は辺り、魔力の塊が出口に足をかけたくらいだろうか、爆発音が地下空間に鳴り響いた。

 それと同時に周囲に魔力を放出しながら動いていた魔力の塊は、一点に魔力を収束させていき、地面に落下した。

 これは……倒せたのか?


 その場にバッグを置いてから、一応警戒しつつ、出口の方へ向かう。光が一切ないので、火魔法作った小さな火を連れながら、歩いて行くと……そこには何もなかった。

 魔核がないだけなら、瓦礫に埋まっているだけの可能性もあるが、装備などの破片すら見当たらない。爆発で吹き飛んで行ったとしてたら、向かって来る途中で見かけるはずだし、実際に死んでから、魔核だけ残して消えるまではここに魔力の塊はあったはずだから……いや、本当にそうか?


 この時、非常に嫌な予感がした。

 その予感に身を任せ振り返り剣を構えた、次の瞬間、構えた剣ごと僕は地面に叩きつけられた。


「がっ……けほっ……」

「仕留め損ねたか……」

「くっ……やはり……」


 今の一撃は防がなかったら文字通り両断されていたし、薬を飲んでいなければ地面に叩きつけられた衝撃で潰れていたかもしれない。


 嫌な予感は的中したようだ。その嫌な予感の元が難なのかも今理解した。

 明かりがない中で真っ直ぐに出口に迎えている時点で、何かしらで状況を把握する手立てがあったということだ。それに気づくのが遅すぎた。


「勘が良いのかな……明かりをもってわざわざ動いたから、騙せていたと思ったんだけど」


 倒れた僕を踏みつけながら、魔族の女が話す。魔力の流れが見えない。どういう技術課は知らないが、どうやら最初から騙されていたようだ。


「不思議そうな表情をしているから、冥土の土産に教えてあげるけど、魔族同士での戦いだと魔力を隠すのは当然なんだよ。そうじゃないとさ、目眩ましとかそういった行動が全て意味がなくなるからね、それでも感じる魔力の痕跡とか、軌道から相手の位置を把握したり、逆に魔力や魔法で相手を誤認させるのは、基本の技術だよ。といっても、ここ百年くらいで洗練されたものだけどね」

「なるほど……これで、僕の負けか……」


 口ではそう言っているが、まだ負けたわけじゃない。あちこちに用意した魔法式や魔法陣がある。それらを使えば、なんとかなる範囲だ。

 まずは風の刃を飛ばす魔法を起動、そして、地面や壁から槍を生やす土魔法を起動少し距離があるのでかなり大きな槍になるが、幸いに僕は伏せている状態だ、思いっ切りやってやればいい。それに加えて高温の炎を吹き付ける魔法陣も起動させる。


 だが、それらはすべて発動しなかった。


「そういいながら全然諦めていない、流石だね、事前に聞いていなかったらちょっとはダメージ受けていたかもだね」

「……なに⁉ ば、馬鹿な……」

「色々と動いていたのは分かるからね、私の見せかけの幻影を追っているうちに概ね解除させてもらったよ」


 ……これは、いよいよもって大ピンチのようだ。


「魔力偽装もしていたし、魔法戦も出来ていた。本当に流石だと思うよ。たかが人間と侮ったまま戦っていたらどうなっていたか分からない……ファメスには感謝しないとだね」

「ファメス?」

「そう、彼女が教えてくれたんだ。魔法戦で自分を倒した人間がいるってね。古代式で魔法を発動させたり、戦いの最中に魔法式を仕込んだりとしていたから気をつけろってね」


 なるほど……山賊のアジトにいたあの魔族のことか。毒が回ってからは黙って死を待っているように見えたが、裏では何らかの手段で情報を渡していたのだろう。魔力の流れを感じられなかったのは、この戦いで彼女がしていたように偽装と隠蔽をしていたのだろう。


「さてと、勇者がいるらしいから上の方が気になるし、そろそろお前とはおさらばして、向かわせてもらうよ、それじゃあ、さようなら」


 魔法などを必死に発動し抵抗を試みたが、それらは全て不発に終わり、胸に剣を突き立てられた。

 気が飛びそうになるくらいの激痛は数秒遅れてやってきて、すぐに消えて行った。

 胸が酷く熱く感じる一方で、体の末端は冷えていくのを感じる。まるで、全身の熱が傷口から逃げていくかのように感じられた。


 ぼんやりする思考の中、遠ざかる足音が聞こえた。

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