第13話・ウットテリム城・地下

 城の厨房ということもあって、全体的に綺麗だが、それもあってただ一点ぽっかりと空いた穴が異様に見える。

 食料を置いておくところにあるということで、一応の清掃はされているのだろうが、魔法で無理やり作った物だけあって、塗装もされてなければ、タイル張りもされていないので、どうしても異物感がぬぐえない。


「この下にいるのか?」

「はい、間違いないです」


 ウォルターはそう言うが、あまり足を踏み入れたくはない。敵地の地下空間なんて、事前に罠が用意されていなかったとしても、埋め立てられるなり、出入り口を抑えられるなりしただけでピンチに陥る。

 とはいえ、領主が本当に囚われているかどうかだけでも確認しないといけない気がする。ここで、危険だからといってやっぱりやめたというのも勇者の仲間としては良くない行為だろう。


「地下空間は危険だが……その出入り口のここも危険度でいえば似たようなものか……僕が戦闘で次はウォルター、その次にミックとダンが来てくれ」

「分かりました」


 ウォルターがそう言って、残りの二人が頷いたのを確認してから、階段に足をかける。

 しっかりと硬質化がされているのか、元々の地盤か、思っていたよりもしっかりしている階段を下っていく。明かりは無いらしいので、マジックバックから松明を取り出して、魔法で火を点ける。暗い場所で光が必要になったら、大抵セラが何とかするので滅多に使わないだろうなと思っていたのだが、こんなに早く使うタイミングが来るとは思っていなかった。

 セラほど上手く扱えないとはいえ、光魔法自体は僕も使える。だが、これほどの人数を連れて動くのであれば、取りあえずは松明をいくつか用意して、それを渡した方は良いだろう。僕の光魔法はセラと違って、魔力の消費は安くないので、何人もカバーできるようなものは罠を警戒する数秒と戦闘が始まった後に使うだけにと止めるほうがいい。


「とりあえずは、僕とウォルターが松明を持つ。下の方には火を灯せるような場所はあるのか?」

「ええ、そこには私が火を点けます」

「わかった、それは任せる」


 普段から使うならあるのではと思ったが、やはりあるらしい。火を灯しておくだけの灯りは簡単に消されるので、もし地下で戦闘するなら別に何らかの光は使わないといけないだろうが、領主の確認と救出ならば、それでもあった方がいくらか楽になることは間違いない。

 警戒しながら階段を下っていくと、少し広めの空間にでた。深さ的には階層二つ分くらいは下っただろうか。階段自体は傾斜が急なものでは無く大分横に伸びていたので、上は建物の無い場所だとは思う。罠や待ち伏せを警戒し、一度光魔法で全体を照らしたが、いくつか篝籠かがりかごがあるだけで、ここには特に罠や待ち伏せしている者の姿は見えなかった。いくつか金属の格子が隔離された場所が見えたがそこが牢なのだろう。


「複数牢があるみたいだけど、他に捕えられている者はいるのか?」

「ええ、領主一族の者が捉えられていました……」

「なるほど、そうか……」


 ウォルターの沈痛な面持ちや、悲しみを覚える口調から察するに今はもうこの世にはいないのだろう。


「そうか……」


 僕が篝籠に焚き火用の木を入れると、ウォルターがそれに火を移していく。無言のまま、そうして篝火を灯していくと、割と明るくなってじっくりとこの場所の観察することができた。

 横の広さそこまででもないが、高さはそれなりにあって、2階建ての小さな宿やくらいにはある。そして、問題の牢の中には……ガリガリに痩せ細った男性の遺体があった。

 他の牢の中はなにもなかったので、その遺体がウットテリム公なのだろう。


「だ、旦那様……そ、そんな……」


 ウォルターは松明を取り落とし、慌てた様子で格子に付けられた扉の鍵を開けた。

 ウットテリム公の生前の姿を知るウォルターがあんな様子なのだ、やはり、あの遺体はウットテリム公のものなのだろうか。

 ウォルターの後について行き、部屋の隅で俯くように腰を付いて亡くなっている遺体を確かめる。

 その腕は鎖で繋がれていて、壁から離れることは出来なかったようだ。そして、食事を運んでいたと言っていたが、その割には健康状態はあまりよくなかったみたいで、ガリガリに痩せ細っている。

 元々、こういう体つきの可能性もないではないが、服の弛みから確率は低い気がする。


「これは、腐敗こそしてないが、大分前に亡くなっているぞ……本当に今日、生存を確認していたのか?」

「はい、今朝、朝食を運んだのは私でしたから、確かにこの目で確認しました。その時は少しやつれた様子ではあったものの、こんな風になっては……」

「……嘘は、ついていないみたいだけど……だとしたら、なぜこんな風に……」


 麻は普通にしていた……だとしたら、そこからここまでの変化を可能にさせるのは魔法という手段しかないと考えられるが……どうしたらこうなる。

 魔法を使って餓死をさせたら、このような形になるのだろうか……だが、全くプロセスが想像できない。魔族特有の何かそう言う技術があるのか、あるいは呪術ならば可能だろうか……だとして、なぜわざわざこのような殺しかたをする必要があるんだろうか。


「この城に魔族が来たのはいつだ?」

「四カ月ほど前の事になりますが」


 ダンの話だと騎士団に異変が見られたのが三か月前らしいし、魔族が現れたタイミング的にはその辺りで間違いないだろう。


「それで、ここに料理を運んできていたのは他に何人ほどいる?」

「私の知る限りでは他には4人ほど、洗脳を受けていない者がいますが、旦那様に食事を運ぶのは私を含めて3人でした。朝食昼食夕食と3人で担当していました」

「そうか、それで、昼の係や夜の係と情報のやり取りなどすることはあったのか?」

「ええ、それは毎日報告はし合っていました。今日も昼食の係の……城勤め騎士の者から話を聞きました。皆さまに合わせるために一時的に旦那様を開放するからとのことで、魔族側からの指令もあって健康状態を確かめたとのことでしたが、ジョンソン様たちに会った旦那様が変装した魔族であったことから、彼があった旦那様は魔族であった可能性も考えられます」

「そうだね……でも、だとしたら、ここに閉じ込められていたウットテリム公自体、どこかのタイミングで魔族と入れ替わられていた可能性もあるんじゃないのか? そもそも魔族が3人しかいない保証はないんだし」

「そ、それは……」


 僕の指摘にウォルターは黙ってしまうが、でもまぁ、ウットテリム公はずっとここに閉じこめられていたのは本当のように感じる。

 遺体の枷のつけられた腕の骨が折れていたり、あちこちに擦り傷や切り傷が見えたりするから、脱出しようとしていたことが分かる。全力で何とかしようとしたのだろう、鎖が繋げられている壁にも多少傷が見える。

 それと、腐敗は魔法などによって止められていたのだろうけど、傷口から流れる血は止められなかったのだろう。遺体の周囲には周囲に血の跡が見えるが、それらは乾ききっている。だから、死体になってからここに置かれたとも思えない。

 魔族の人数は置いておくとしても、ウットテリム公がここにいたのは間違いないだろう。だとするならば、この状況はどう説明するか。


「料理はちゃんと食べていたのか?」

「ええ、それは、確かに……ちゃんと食事を終えたら、食器を持って帰っていましたので、それまでは会話しながら待っていましたから」

「料理人は洗脳されていたのか?」

「ええ、ですが、簡単な調理なら出来たようなので、そこは全部任せるようにと、魔族は言っていました。食事の時間になると、しっかりと料理は用意してありましたので、それに従っていました」


 そうか……それなら、後はもう一つの疑問が分かれば仮説は立てられる。


「鍵を持っていたし、中に入れていたみたいだけど、ウットテリム公は元々鎖で繋がれていたのか?」

「いえ、そんなところは見ておりませんが……」

「それじゃあ、脱獄を考えたことはなかったのか? そうじゃなくても、せめて牢から出して、すぐそこの場所で軽く体を動かすくらいのことは出来たと思うが」

「それは、私もそう思ったこともありますが、どうせ上には魔族がいるので、逃げられませんし、なにより旦那様が牢から一歩も出ようとしませんでしたから……」


 なるほど……それなら……うん、そうだな。

 ウォルターの悪意や意思があるかどうかは別として、多分、彼は嘘をついていた。

 ウットテリム公はもう何日も前に死んでいた。これを真相とするのが一番納得がいく。

 あとは、それをした理由だったのだが、いくつか質問を重ねたことによって、これにも仮説が立てられた。


「ウォルター、あくまで可能性だが、多分、君は洗脳されていたと思うよ」

「わ、私が……?」

「ああ、他のものとは方向が違うだろうけど、そういうものがあるとするならば、この状況を簡単に説明する自信がある」


 そう、仮説というのはウォルターもまた洗脳されていたという可能性のことだ。

 ごく弱いもので思考の方向を僅かに変えたりするものなら、恐らく洗脳解除しても意識が飛ぶようなことはないだろうし、本人も洗脳されていることに気づかない可能性が高い。

 あとは……


「多分だけど、幻覚を見せるような、特定の状態を別の状態に見えるようになるような、そんな洗脳を受けていたんじゃないかな……たとえば、牢の中のウットテリム公が生きているように見える洗脳とか、食器の中に料理があるように見える洗脳とかね」

「そ、そんな……」

「あとは、領主を人質に取られているから、なるべく魔族に従わないといけないというような思考とかかな? 今だったら、どうしている? と、聞いても答えは多分変わらないか」


 代々領主に仕えてきた一族だ。今なら、領主を切り捨ててでも領地を守る方に思考が切り替わるかと思想ったが、その質問はやめることにした。何故なら、今、彼から伸びる魔力パスが見えてしまったのだ。やはり、ウォルターは洗脳を受けていたようだ。幻覚を見せるようなほうは解除すれば済むようなものだったらしいが、思考誘導の方は恐らく他のもの同様魔力パスを繋いでやるものなのだろう。今も操られているとみていいだろう。

 もっとも、その領主の死が確認された以上、実質的に意味はないものになっているのだろうけど。

 それで、なぜ今になって魔力パスが見えたかだ。

 僕はかけているメガネ型の魔道具によって魔力の流れを見ているが、この魔道具は微量の魔力の動きや、かなり遅く動く魔力の動きを見るのは難しい。魔力の量が少なくなったり遅くなったりするほど、魔力の流れを見るのに必要な集中力だとか意識だとかそういったものは増えていく。

 だが、そういった魔力の流れでも気づきやすい瞬間があって、一度存在に気づければ、多少見やすくなるものだ。

 そして、その気づきやすい瞬間の一つが、流れる魔力量が増えた時だ。

 ここで、昨晩セラから聞いた魔力パスの話の一つが思い浮かんだ。


『魔力パスはね、マーキングがあれば魔力の減衰はほぼなくなるんだけど、それでも完全になくなる訳じゃないらしいよ。と言っても南の方島々での実験で、三つくらいはなれた島でも全然大丈夫だったって結果も出てるらしいから、実際問題が起きることなんてないんだろうけどねー』


 そして、その発信元との距離がかなり近くになったり、遠くになったりしたら、僅かにだが魔力に揺らぎが見える。それによって、今、ウォルターに伸びる魔力パスの存在に気づいた。

 魔力パスを通じて流れる魔力が極僅かに増えたのだが、極僅かとはいえそれが感じられるほどに増えたということは……


「ああ、正解だ。少ない情報でよくそこまで言い当てたな」


 その台詞と共に階段を下りて現れた女性の頭からは角が生えており、その体からはとうに向けて魔力が放出されているのが見える。

 彼女は間違いなく魔族だ。

 牢から出て、武器を構えたミックやダンよりも前に出る。相手がどの程度の強さだとしても、魔族は魔族。流石に彼らでは相手にならないだろう。


「そうか、やっぱりそうなのか……それにしてもすごい量の魔力を出しているみたいだけど、そんな様子で、戦うだけの余裕があるのかい?」

「そうだね、正直、このままじゃ戦いにくい……だから、今ほとんど解除したよ……今街は大パニックなんじゃないかな? 死人も出ているかもよ」


 挑発のためなのか素なのかは分からないが、魔族の女は楽しそうな様子でそんなことを口にする。

 内容的には事実だろう。放出されている魔力の量は減っているし、山賊のことから考えて洗脳が解けた後、死亡する可能性は否定できない。街の様子を見る限り、程度は置いておくとして、多くの人が影響を受けていそうだし、死亡者が有無にかかわらず大変なことになっていることは間違いないだろう。

 だが、だとしても、それに対して僕らが出来ることはない。僕らが来る前に魔族が既にことを済ませているとしたら、どうしようもない。僕らが守れるとして何かされる前の人間であって、もう何かされたあとの人間じゃない。

 旅での様々なことを考えて世間体や評判を考えて行動はしようと心がけているが、本来セラに与えられた役目は『魔王討伐』のみであり、それ以外のことは必須ではない。ある程度は世間的正義に基づいて、評価を得られるように行動をしていこうとは思っているが、不可能なことや、実現が非常に難しく大きなリスクが伴うようなことまではするつもりもさせるつもりもない。

 もっともセラ一人なら本当に魔王討伐以外のことを無視していきそうな気がするけど。

 まぁ、セラ個人の判断はともかく、僕としても今回の件は手遅れと判断することにする。流石に一領地にずっと勇者の力を注ぐのはおかしいし、ウットテリム領には本来やるべきことを遅らせるほどの価値はない。

 世間体や評判にしても、街に巣食っていた魔族を倒したというだけで十二分にあるだろう。


「それは困った……が、それでも結構残っているように見えるけど」


 先ほどに比べれば7割くらい減っているけど、まだ魔力は出続けている。今は街の住人のことより、目の前の魔族のことだ。今の僕には魔族を相手にして油断できるほどの余裕はない。


「それは、当然、騎士団とか戦えるヤツはそのままだから」

「なるほど、お前の後ろから聞こえてくる足音は彼らのものということか」


 鎧を見に付けた者たちが階段をどんどんと下りてくる。

 やっぱり、そっちを抑えられたか。地下にいるうちに魔族と出会ってしまったのは状況的にあまりよくはない。ウォルターが悪いわけじゃないが、ここまでして手に入ったものが、ウットテリム公が既に死んでいるという情報だけというのも、利益的にはかなり渋い。


「ちょっともったいないけど、この環境は困るな」


 魔族からは視線を離さず、地形を作り変えるスクロール2枚と魔力が込められている杖を取り出す。

 このスクロールはさっき壁を階段に作り替えたものと同じものだ。そのうちの一つは杖に巻き付けて牢の方に投げ、もう一枚は足もとに叩きつけた。


「ウォルター‼ 適当に上まで逃げろッ‼」

「ジョンソン様は……」

「僕はここで時間を稼ぐ、3人は外に残っている騎士たちを何とかしろ、魔族にあったら出来るかどうかは分からないけど逃げろ、というか逃げる努力だけをしろ」


 足元のスクロールを踏みつけて、魔法を起動する。

 単純にでかい壁を作ろうかとも思ったけど流石に芸がない。と、言うと美学的なこだわりに感じられるが、実際は違う。大きな壁を一枚作るだけだと、魔力の流れが分かりやすく対処がされやすくなる。せっかく魔法陣が書いてある方を下にしてスクロールを地面に置いた意味も半減する。


 様々な方向に伸びる柱を大量に生やして、行く先を阻む障害物とする。

 槍を生やして攻撃する土魔法に似ているが、この魔法では直接攻撃はむりなので、あくまで障害物を作るだけだ。その代りに魔力効率は非常に良いので思いっ切り沢山生やしてやった。


「さあ、早く!」

「は、はい」


 見た目だけは大規模な魔法に見えるからかウォルターが固まっているようなので、声をかけてやると、慌てた様子でスクロールと杖で脱出の準備を始めた。

 一方で、僕は小声で別の魔法の詠唱を始める。

 使う魔法は、水壁を作る魔法だ。柱の隙間を埋めるように展開するため多少魔力をケチったとしても、水量は笠増しされて十分な効力があると考えられる。というより、あまり水気を感じないここで大量に水を操るのは無駄が多い。

 現代式であるなら大量に水を用意してもいいのかもしれないが、魔族の相手をする以上古代魔法を使いたい。セラほど思い切りが良ければ現代式でもなんとかなるのかもしれないが、僕にはそれほど魔力をたくさん使う勇気も、干渉に対する耐性の低さを補うほどの技量もない。

 使用魔力量が嵩んだとしても古代魔法を使うしかない。一応、師匠の元での学びや特訓のおかげもあって、古代魔法の発動速度だけでいうなら、現代の人間の中でとかなり上位に入る自信がある。もちろん小細工込みではあるけど、それでも魔族相手に通用させるだけの自信はある。


「やはり、火魔法を使ってくるよな」


 こちらが水魔法を展開した少しあと、相手の火魔法と水魔法が接触した。

 大きな壁ではなく、人が通れるほどの大きさじゃないとはいえ隙間の目立つ柱の群れだ。それであれば、柱を全て壊すよりは、その隙間越しに攻撃できる魔法をまずはなってくる。その中で目標が見えなくてもとりあえずは影響を与えやすい者は火属性の魔法だ。であるなら、こちらは水魔法を用意すれば相性の差で相殺できる。

 この隙に3人は地上へ逃げられるだろう。外にも洗脳された騎士たちはいるだろうが、魔族の相手をするよりは生存率は高いはずだ。

 魔法で作った水は早々に消えたが、この隙に僕の方は土魔法を使ってそこまで厚くはないが、岩の壁を作っておいた。

 火魔法は防げているが、あちらからすれば水魔法を越えてこちらに届いているように感じてくれているかもしれない。そうであるならありがたいところだが、そうでないとしても問題ない。

 火魔法を柱の隙間を通してくれていること自体が重要だ。

 熱で相手からしてもすぐには通れないので、しばらく柱たちはバリケードの役割を果たしてくれるだろうし、スクロールの魔法には二つほど裏の狙いがある。


 魔力の流れ的に火魔法の発動が終わったのを確認してから壁を崩した。

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