第12話・ウットテリム城へ

 薬の効果があるうちにミックの能力を見て置いたり、ダンの戦闘力を確認したりしたが、当然ながら、どちらも単騎で魔族と戦えるほどのものではなかった。

 だが、洗脳されている物を相手にするくらいは出来るだろうと判断し、そちらを任せることにして、なるべく無茶はしないように言っておいた。


 一晩開けてから、いくつか道具を作ったりしつつして準備を整え、再びウットテリム領に戻ることにした。


 外に出る時に一緒にいた騎士がいないことについてはダンが上手く誤魔化してくれたので、思ったよりはスムーズに街に入ることが出来たが、それ以降はダンも視線を集める対象になっていた。

 恐らく、目をつけられた……ということだろう。


「こうも堂々と視線を向けられてると、何か悪いことをしたんじゃないかって心配になる」

「そうですね……街そのものが洗脳されているんでしょうか」

「動だろうね……それほどの魔力をどうやって工面してるかは置いておくとして、可能性としては否定できないかな」


 一応小声では話しているが、内容についてはもう深く考えるのを放棄して普通に話していた。

 というのも、もしも操っている者一人一人を詳しく見れるとしたら騎士と戦った時点であちらに敵対しているという情報は向こうに渡っていっているだろうし、そうじゃないとしたら、これだけの数の人間を洗脳していたら、情報を集めるにしても時間がかかると思うし、今から城に敵がいると仮定するならばたとえ聞かれていたとしても問題ないという判断だ。

 城に魔族がいると確定したわけじゃないけど、複数の理由から、確率は高いと思う。いなかったとしても、大きく影響を受けていることだけは確信を持てる。それに足る理由もあるので、どっちにせよ戦闘にはなるだろう。

 城に着いて、恐らく洗脳されているのだろうが、どこかぼんやりしているように見える門番に話をすると、すぐに門を通された。


 門番ということは彼らもまたウットテリムの騎士なのだろうが、昨日外に出た騎士が戻って来ない件などには一切触れられなかった。僕たちに尋ねて来ないのはともかくダンにも何も訊かないのはおかしいし、加えて、同じ騎士団の同僚が何の報告もなく城に入ろうとしていることにも触れてすらいない。前者はともかく後者の方は流石におかしい。魔法で綺麗にしただけで着替えていない以上、ダンが騎士団の者だということはひと目で分かるはずなので、騎士団員だと気づかなかった線もあり得ない。

 あとは、もう情報から導き出した答えでも何でもないのだが、注意深く観察すると、魔力パスが薄っすらと確認できるので、間違いなく彼らは洗脳されている。


 と、門番が既にこんな状態なので、城が魔族の影響下にあるのは間違いない。

 気を引き締めて、入口に立っていた執事の案内を受ける。


 城の中にも複数騎士や執事やメイドがいるのだが、ほぼほぼ洗脳されている。中にはパスが見えない者もいるが、雰囲気などからすると、パスを使わないような洗脳をされている可能性は否定できない。

 今僕たちを案内している執事も魔力パスは見えないし、ぼーっとしている感じもないが、洗脳されていないとは断言できない。


 二階まで上がり、応接間まで案内される。


「こちらで公爵がお待ちです」

「ああ、ありがとう」


 執事の男がノックしてから扉を開けると領主と思われる男性がソファから立ち上がりこちらに向かって歩いてくる。

 他に部屋にいるのは騎士が三人と秘書が一人か。ここにいるということは全員洗脳済みなのだろうか……他はともかく領主は一見するとまともそうにも見えるが……魔族とつるんでいるパターンだろうか。


「やあ、山賊を倒してくれたそうだね、彼らには私達も手を焼いていて困っていたところなんだよ」


 そう言ってウットテリム公が手を差し出してくる。当たり障りのない台詞だが、あちらとしてもこちらに探りを入れようとしているのか、それとも本当に感謝しているのか。

 洗脳されているかどうか、あるいは魔族と繋がっているかどうか、それを調べるためにもこちらもまずは普通の対応をしよう。そう考えて、手を差し出そうとしたところ、セラが一歩前に出た。


「なっ……」


 そして、一言も発することなく、剣を鞘から抜き、振り払った。

 完全な不意打ちだったが、領主は後ろに飛び退いていた。この動き……戦える者のものだ……。

 騎士上がりや戦士上がりの領主もいるが、あれに反応できるのは相当なものだ……だが、セラの一撃だ、反応できたのは凄いが、流石に会費は出来ていない。

 ウットテリム公は腕を片方切り落とされると共に胴も深く切りつけられていた。


「な、何をしている!」

「そいつを捕まえろ!」


 周りの騎士たちが慌ただしく動きだしこちらに武器を向けてくる。洗脳されている用途なかろうと、目の前で領主が切り付けられたのだから妥当な反応だろう。

 ミックとダンもかなり慌てた様子で何をしているんだという視線をセラに向けている。僕も、相手を確認するまではそう思っていたが……今見ると、セラの行動の意味が分かる。


「おまえ、魔族か……」

「っく……見抜かれていたのか……」


 魔力の流れを感じさせない、凄い変装技術だ。恐らく魔法によるものだが、セラが切り付けるまで全く気付かなかった。

 今目の前で膝をついている男の体から魔力がにじみ出て部屋に霧散していっているのが見える。それに傷口からなら魔力の流れもなんとなく見える。この男は人間ではない。この魔力量を体の内に入れて平気な顔して動ける時点で人間とは思えない。

 肉体の魔力化が始まっている。これは致命傷レベルのダメージを受けた魔獣などにみられる現象で、根底にあるものが似ている魔族も例外でなくこうなる。一応はここからも動けるし、適切な治療をすれば復活もするので油断はできない。

 だが、僕の指摘に対する嘆きと共に、セラは既に男の懐まで移動しており、もう一度振るわれた剣によって文字通り両断された。

 男の死亡と共に肉体は魔力として霧散され、応接間にはきれいな断面図の魔核が二つ転がった。

 一瞬遅れて騎士たちはセラに武器を振るうがその者らの全ての首が一瞬にして斬り飛ばされた。


「まずは一人……多分他にもいるね……騎士の洗脳が解けてなかったし」


「洗脳が解けていないって言っても、術者が死んでも解けないタイプもあるかもでしょ」

「そうかもだけど、多分同じものだと思うよ」

「そうなの?」


 実地的な物は置いておくとして、魔法知識の総量だけでいえば、学園で11個の学科で卒業条件を満たしたセラの方が上だ。最初に魔力パスのことに気づいたのもセラだし、何かしら気づいたことがあるのかもしれない。


「多分だけど、そうだと思う……あ、もう一人見つけた」


 そう言うと、セラがこの部屋に残っていた秘書だろう男性に向かって、剣を振るった。

 僕から見るとさっきの領主に成り代わっていた魔族と同じで普通の人間にしか見えないのだが、セラから見ると違うらしい。

 だが、彼が魔族であることは、僕にもすぐに察せられた。先ほどの魔族を斬ったときと同じように振るわれた剣を軽々と回避したのだ。一応、凄腕の達人という説なら人間である可能性もあるが、そうでないことは相手の表情からも分かる。


「そうか……一番念入りに隠匿をすると言っていたが……術者が消えたから、先ほどのズルバスと同じくらいまで精度が落ちたか……」

「へぇ……結構やるね、それなりには強いのかな」


 相変わらず僕には確証を持てるほどの見分けは付いていないのだが、自白もしているし、恐らく魔族で間違いない。


「ジョン、二人を連れて別のところ行くとかできる? というか、他にも魔族がいる気がするから、そっちを探してくれると助かるかも」

「別のところに行くのはいいけど、魔族の方に何か根拠は?」


 ただでさえ狭い屋内での戦闘となるのだが、それに加えて二人を護りながら戦うとなると、派手な技が多いセラは僕より戦いづらいだろう。なので、二人を連れてここを離れろと言うのは分かる。だが、魔族が他にもいると言うのはどういうことだろうか。ウットテリムには今目の前にいる者もカウントするならもう3体だが、更にいると言うのだろうか。

 そう思って聞いたのだが、視線と剣先は魔族の方に向けたまま、セラは少し困った表情を見せた。


「……ボクの勘じゃ、ダメ?」


 なるほど、セラの勘か……なら信じられる。

 セラが勘を理由に動くことは結構あるのだが、大きく外したことは未だない。であるなら、理論的な根拠はともかく、信用することはできる。


「分かった、そっちの方は任された」

「じゃあ、よろしく」

「ということで、ミック、ダン、この場から移動する」

「そ、それはいいが、どんどん人が集まってきてるが、どうする」


 ダンが慌てた様子でそんなことを言う。

 確かに足音や鎧がぶつかる金属音などが沢山聞こえてくる。だが、慌てる必要はない。


「それに関しては、大丈夫だ、任せてくれ」


 バッグから魔法陣が記入済みのスクロールを取り出して、窓の横にある壁に押し当てて、魔力を流す。

 すると、その辺りの壁は溶けだすように崩れ、形を変え始める。


「こ、これは、魔法ってのはすげぇな……」

「これでもいろいろ習ってはきたから、僕でもこれくらいは出来る」


 錬金術と土魔法を合わせたもので、周囲の壁を任意の形に変更できる魔法だ。室内などでは色々応用ができるので、この魔法のスクロールは複数用意してある。今回は中庭まで下るための坂を作った。

 ミックはあまり魔法に触れて来なかったのだろう、非常に驚いているがこのくらいなら大半の術士が出来るだろう。スクロールを使ったとはいえ、発動速度と魔力効率についてはそれなりに自信はあるけども、そこに驚いているわけではなさそうだし、魔法を全く知らない者からすると凄いことに見えるのかもしれない。


「その、申し訳ないのですが、私も一緒に付いて行ってよろしいでしょうか」


 二人を連れてそこから脱出しようとしたら、ここまで案内をしていた執事がそんな風に声をかけてきた。全く攻撃してくる気配がなかったのでとりあえず無視をしていたが、そういえばいたな。

 パスが繋がっているようには見えないが、それだけでは判断できないので注意はしていたが、相変わらず攻撃してくる様子はない。

 さて、どうしようか……迫ってくる騎士たちに怯えているようにも見えるが……信用してもいいものだろうか。


「……とりあえずは、構わないが、何故だ?」

「そ、その……もしかして、次代の賢者であるジョンソン様ではないかと思いまして……」


 僕たちが身分を隠していたというのもあってか、彼は恐る恐るという様子でそう言った。



「……そうだが、なんでそう思った」

「その、先ほどの方の呼称と、今の魔法です」

「魔法について知っているのか」

「はい、多少ですが……今のは錬金術に近いものを感じました。全部は分かりませんでしたが……」

「なるほど、そっちの方を知っているのか……」


 古代魔法の方はあまり詳しくないのかもしれないが、これに関しては魔術師でも知らない人は知らないだろうから、魔術師かどうかまでは分からないが、錬金術は多少使えるのだろう。後は、「ジョン」という愛称と、セラの戦闘能力から判断したと言うところだろうか。セラの紋章は首の裏にあって、そこは常に装備で隠しているので、単純に戦闘能力からの判断で間違いないだろうけど、結構観察力が高いな。


「一応、チェックはさせてもらう」

「なにを?」

「洗脳などの対策だ」


 洗脳されていないとするなら、付いてこようとするのを力づくで止めるのも良くないだろうが、なにもなしに許可を出すのもそれもそれで危険な気がする。なので、彼に手を向けて何らかの対抗魔法を使うことにした。

 一番効果があるのは解呪ディスペルであるのは分かるが、明らかな敵地でそんなことはしていられない。ここは一番魔力消費量が少なかった解除デリートを使って、肩を軽く押すという形で試そうか。


 魔法を行使して、直後に軽く肩を押したが彼は倒れる様子も意識を失ったようにも見えなかった。


「洗脳はされていないか」

「今のは……魔法解除ですか?」

「それは移動しながら説明しよう。流石に長々と説明はしていられないだろうし」


 近くまで迫っていた騎士たちを風魔法で飛ばしながら、作った坂に足をかける。

 僕が滑るように下ったのを見て、3人も滑るように降りてきた。騎士であるダンや荒事に慣れているであろうミックは僕と同じように下りられたのだけど、そういう経験がないのであろう執事の男は尻をついて滑っていた。


「それで、僕たちについて来たのはいいけど、この後どうするつもりなんだ。他の魔族がいるとするなら、正直ずっと守っていられるほど余裕はないけど……別に城の外が安全とも思わないけど」

「それは……その、ジョンソン様には手伝ってほしいことがありまして……無理ならば、断っていただいても構わないですが、話だけは聞いていただければと……」

「手伝い? 一体何を……そういえば、名前を聞いていなかったな」

「そうでしたね……私はウォルターと申します。代々ウットテリム領主に仕えてきました」

「なるほど、僕はウォルターさんの想像通り、ジョンソン=アレキサンダーです。それで、今応接間で戦っているのが勇者・セラフィーナ=フストリムワーネです。この二人は訳あって一時的に行動を共にしている者です。詳しい説明は省きますが今は信用してくれて大丈夫です。それで、手伝いとは? なにか、やるべきことがあるのでしょうか」


 作った坂を破壊したあと、向かってくる騎士の対処をしながら、取りあえずは屋敷の外を目指して進みながら、ウォルターと名乗る執事に尋ねる。この状況で助力を乞う内容はいくらでも思い付くが、内容によっては断らざるを得ない場合もある。


「旦那様……ウットテリム公の救出についてです」

「……生きているのか?」

「ええ、生かしておく代わりに私は洗脳無しで仕えております。どうやら、洗脳を施されたものは知能や能力が大分低下するようで、そうでない者も何人か従えておきたかったようで、他にもそういった者は私の他にも少しながらいます」


 やはり被洗脳者は、大きく能力低下するのか……それで、人間としてまともに動ける者も欲しいから領主を人質にしているというところだろうか。あとは、下手に動いたら、他領地にも被害を及ぼすというような脅しもされていたのかもしれない。


「だが、それが嘘の可能性はないか? 正直成り代わるのなら、本人は死んでいた方が都合は良いと思うが」

「そうですが、魔族は地下牢を作り、そこに旦那様を監禁しており、私たちのような正気な者に食事を運ばせることで生存を確認させていたので……」

「なるほど、今日の生存は確認しているということか」


 ウォルターがコクリと頷く。

 彼らが騙されている可能性はある。だが、ここで領主を無視するよりは、助けに向かった方が良いだろう。僕がもし相手なら、こういった時、まず領主の近くに向かう。何故ならこういう時に真っ先に救助対象となる相手だと想像できるからだ。

 別に襲撃をかけた僕とセラじゃなくとも、こういった混乱時には領主に仕えていた中で洗脳されていない者のいくらかは向かうかもしれない。それを防止するためにもそこに残りの魔族がいてもおかしくはない。

 領主を救えれば一番いいが、最悪殺されていることも想定して、魔族を探すという意味でその手伝いをするとしよう。


「それで、その地下牢は何処にあるんだ?」

「厨房から下りた先にあります」

「厨房? 随分と変なところにあるのか……」

「ええ、来訪者がまず立ち入らないということで、そこなら万が一にも気づかれないだろうとのことです」

「なるほど……」


 理論としてはちゃんとしている気はする。だが、洗脳していない者に料理を運ばせたりしているので、そこまで厳重な管理をしているとも思えない。どうせなにかあったとしても、それに関わった人間を洗脳するなり殺すなりすれば済むと思っているからなのかもしれないが、若干そのあたりは粗雑な気がしないでもない。

 やはり、もう既にウットテリム公は殺されている可能性もそれなりにある。変装魔法をあそこまで使いこなせる魔族がいたのだから、そうだとしてもおかしくはない。

 そう思って、そのことをウォルターに伝えたが、この城に来た魔族は3人で、その3人がいる状態で領主と会ったこともあるらしいので、魔族ではないのじゃないかということらしいが、変装させられているのが人間の可能性もあるし、山賊の中にいたのも合わせれば魔族は4人いた。その魔族が変装している可能性もあるし、そもそも、城にいる魔族が3人でない可能性もある。

 だが、わざわざ確定情報でない悲観的なことをあえて沢山伝える必要はないだろう。そちらの方が協力も得やすいだろうし、その時が来るまでは黙っていよう。


 ウォルターの案内の元、僕たちは厨房まで駆けつけた。


「それで、どこに地下への入り口があるんだ?」

「食料保存室の中です」


 調理台がある部屋のすぐ隣、その窓のない部屋には、乱雑に開けられた穴があり、魔法でとりあえず作っただろう階段があった。

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