第11話・ウットテリム領

 こっちが黙っているからか、山賊たちも同じようなことばかり云うようになって、そろそろ鬱陶しくなり始めた頃、セラが魔法の行使を止めてこちらに歩いて来た。


「さっきから聞いていれば、結構な良いようだね、ジョン」

「中はもう大丈夫なの?」

「一応風だけは送るようにしているけど、火の方はもう大丈夫だと思う。それより、ジョンが困っているような感じで見て来ていたから来たんだけど」

「ああ、助かる」


 そんな風に山賊たちを無視してやり取りしていると、一人がひときわ大きい声で怒鳴った。


「お前たちっ、なんのつもりだ、騎士じゃないだろっ!」


 僕たちの立場を教えるには、おあつらえ向きの質問だ。ちょうどいい、答えてあげることにしよう。


「僕たちは山賊の討伐に来た。だが、確かに騎士ではない」

「こんなことして許されると思っているのか、討伐指定はされていないはずだ」

「いや、討伐指定されている」

「そんなわけはない!」

「それはない、彼女は勇者セラフィーナ、僕はその仲間のジョンソンだ。君たちは半年前から村を襲っていくつも滅ぼしている」

「そんなのはでたらめだ!」

「そうおもうなら、今の季節はどう説明する? 君の最後の記憶では何の月か説明できるか」

「確かに、暑いが、これは近くでアジトが燃えているからだろ! 今の季節は2の月だ」

「残念。今は7の月だ」

「なに? そんな出鱈目……」

「ミック……多分……本当だ」


 ここで、一人の山賊が弱々しい口調で怒鳴っていた山賊の言葉をかけた。思えば、この山賊はずっと静かにしていたが……もしかして記憶があるのか?


「お前は何か知っているのか?」

「……はい、夢なんじゃないかと思っていましたが……その、あれは……」

「この際だから君の口から説明してくれると助かる」

「は、はい」


 その山賊の話を聞くと、ある日突然女がやってきて、山賊たちを蹴散らして行き、頭領を殺すと、全員従えようとしたらしい。しかし、頭領を殺されて置いてそんな言葉を聞くわけがないとその場にいる全員でかかったところ、一人、また一人と倒れていったらしい。

 そして、殺さないから安心しろと言っていたのは覚えているが、それ以降の記憶はぼんやりしたものらしい。

 だが、そのぼんやりした記憶では、仲間たちと一緒に村を襲ったり、頭領を殺した女に食べ物を持っていたりしていたらしい。

 非現実的な光景だったので夢なのではないかと思っていたが、半年という言葉を聞いてもしやと思ったらしい。


「ロニー、それは……いや、でも、確かに、何かに襲われた記憶は薄っすらと、いや、だが、それはあいつらじゃないのか」

「それは違う……お前はあの場にいなかったから後から何かされたんだろうけど、俺はあの女がアジトに乗り込んできたその場にいたから分かるんだ」

「そんな……」


 仲間の口から言われた言葉は、僕らが言うよりも信じられるらしく全員黙ってしまった。


「その女は魔族だ、だから僕たちが来たんだ」

「ま、魔族……本当なのか……」

「ああ、その可能性も考慮して討伐に来た」


 そう言うと、少しは話を聞く気になったのか、態度が変わるのを感じた。

 実際は魔族がいることはほぼないだろうと思っていたので、はったりに近いのだが、信用が得られるなら有効的な嘘だろう。


「そ、そうなのか……」

「ああ、すまないとは思うが、魔族の警戒をしないといけない中、襲ってくる者に手加減する者難しいので、多くの者を殺してしまった。それに、こちらは殺したつもりはない中にも死んだ者もいる。洗脳の解除と共に死んでしまった者だ。そこいらに倒れているほかにも、そういう者が多くてな、生きているのは君たち5人……いや4人だけだ」

「そうですか……」


 後半は嘘ばかりだが、納得してもらえたようで何よりだ。


「それで、俺達はこれからどうなるんだ? 討伐されるのか?」

「いや、魔族絡みということで、しばらくは話を聞きたい」

「話ったって、俺達は操られている時のことをほとんど覚えていないが……」

「ああ、それは問題ない。話の聞くのは僕たちじゃない、街の騎士や領主だ。その時も、ある程度はこちらと話を合わせてもらうから、君たちの記憶はそこまで大事じゃない」


 セラには勇者という立場があるから、一応魔族がいて洗脳されていたという説明は信じてもらえるだろうが、実際に操られていた者がいるならばその信憑性は増すだろう。

 この領が全体的に不穏な雰囲気が漂っているので、勇者の名前がどこまで通用するのか分からない。それに、魔族が関わっていたこともあって、街の方がどうなっているか予測できない。


「ウットテリム市街について詳しい奴はいるか?」


 いるならば、連れて行きたい。

 山賊ということもあって、現地民としては微妙なところもあるが、以前との違いくらいは分かるかもしれない。


「あ、俺なら、少しは案内できるかと、騎士にも知り合いがいますし」

「騎士に知り合いがいる?」


 それで手を上げたのは先ほどミックと呼ばれていた男だった。

 騎士と通じているということは、モンスター狩りをする代わりに、多少の悪事は見逃されているタイプの集団だろうか。そう言うことがあることは知っている。ここもそうだったのだろう。

 それが、魔族に洗脳されて本格的に村を襲撃して回ったため、討伐指定されて騎士が派遣されるも魔族によって返り討ち……ここまでの情報からするにそんな所だろうか。

 その後、ミックの話を聞いた感じでも、そこまではほぼ確定らしい。一応魔族が嘘をついていた場合は、返り討ちだとかその辺は怪しくなってきはするが、ぼんやり記憶が残っていたロニーという山賊の話からすると、真実である可能性は高い。

 あの魔族からは様々な情報を得られたが、あまりにもあっさりとことが進み過ぎて逆に罠な気がしてしまう。多分、最初に会った魔族の記憶が原因でそんなことはないだろうというのは、頭では分かっているのだが。

 だが、そうだとして、少し気になるのは今の街の様子だ。

 ウットテリム全体がおかしいのがあの魔族のせいだとして、そこに洗脳が関わっているのだとしたら、それが解除されて、山賊同様に多量の死者が出ていたり、何も分からない人間が沢山いるかもしれない。

 その場合は説明のためにも、やはり、同じく洗脳されていた者を一人は連れていくべきだろう。


「それじゃあ、ミック、一緒に街まで来てくれるか?」

「ああ、任せてくれ!」


 一応残る山賊たちにアジトに施した処理等について話を済ませてから、三人でウットテリム市街をめざして、動き出した。


「セラ、一応、今回はミックもいるから、走るのはなしにしよう」

「それだと時間がかからない?」

「地図からすれば、仮眠を取っても明日の午前にはつくと思うよ」

「そう……分かった」


 いつものように話すかどうか迷った様子を見せたが、同行者がいるからか、セラは口数少なめの、感情をあんまり出さない方針で行くことに決めたようだ。

 たぶん色々と言って反対したかったんだろうけど、納得して了解したような雰囲気を出していた。正直言うことを聞いてくれるので楽でいいと思うのだが、黙っておこう。後でなんか言われそうだし。


 ミックの話を聞きながら歩みを進める。

 こうやって旅先で人の話を聞くのも旅っぽいといったら、どこかムスッとしているようなセラも機嫌を直してくれたようなので、文句は減るかもしれない。

 少し早めに足を動かしているとはいえ、突っ走っている訳ではないので、モンスターの市街も回収できるし、やはり全速力で動くよりこっちの方が何かと得な気はする。後で、ちゃんとセラを説得しよう。正直なところ、時間短縮以外でメリットは特にないし。特別急いでいる時ならともかく、普段の移動はこっちの方が絶対に得だ。路銀は無限じゃないし、売ったり交換できるものは少しでも多い方が良いだろうし。


「そう言えば、最終的に俺はどうなるんですか」

「まぁ、騎士とのやり取りもあった山賊だし、魔族が関わっていることもあるから処刑されるようなことはないだろうけど……残った人数的にいままでのように山賊集団をするのは難しいかもしれないね」


 セラは相変わらず無口系の威厳を出したままだったが、僕は既に口調を割といつもの者と近い形に戻していた。

 相手は山賊だし、勇者のセラならともかく、その仲間である僕があまり堅苦しい話しかたをしていても特は薄いだろうし、こっちの方が相手の口も軽くなるだろうとの判断だ。

 だからといって、あんまり馴れ馴れしくするつもりはないけど。流石にそこまで行くとデメリットも出てくるし。


「そうか……」


 ミックはそう呟いて、大きく肩を落とした。

 まぁ、半年近くの記憶もなければ、多くの仲間も失ったわけだし、不安にもなるか。


「騎士の知り合いがいるならそっちを当てにするといいかもしれない。モンスターとの戦いはしてきたんだろう」

「それは、そうだが……」


 どうやら彼の言う騎士の知り合いは個人的な部分が多いらしく、生き残った他の仲間のことを考えると、自分だけ騎士になるのもどうかという話らしい。


「それなら、全員騎士にして貰えばいいと思う。たぶんだけど、この領の騎士は数を減らしているだろうし、多分全員雇ってもらえると思うよ」

「そうだといいんですが……イアン……いや、俺の知り合いの騎士が無事なのかどうか……」


 自分たちが討伐指定されているなら真っ先に来そうなものだし、無事である保証はないらしい。

 なし化に、あの魔族の話からすれば全員返り討ちにあっているだろうし、そうじゃなくともウットテリム領のことを考えると無事であるとは言い切れないか。


「そうだとしても、その騎士のことを知っている者はいるだろうし、なんとかなるとは思うけど……まぁ、楽観視が難しい状況なのは分かるよ」


 その後は、ウットテリム領のことを聞いたり、本来ミックたちが何をしていたのかなどを聞きながら、日が沈みきるまで歩き、付近の開けた場所で日が昇るまで休憩することになった。

 今の次期は日が昇るのも早いので寝るとしてそこまで時間が取れる訳ではないだろうが、どうせなにもない野外なので交代で寝るだろうし大差ないだろう。

 ミックに見張りをさせてもあまり意味はないだろうと思って、彼はずっと寝てもらうことにして、僕とセラが順番に見張りをすることにした。


 前半セラに任せたのだが、交代の際に何体かモンスターの死骸が転がっていた。結界とかで対処すればいいと思うのだが、セラ的にはどっちも手間は変わらないのかもしれない。まぁ、僕は素直に守りの魔法と隠蔽の魔法で対処させてもらうけど。


 交代早々に魔法陣でモンスターの対処を済ませて、回収した死骸の処理を済ませ利用価値のある部分と廃棄する部分を分けた。これをしたかったのだが、セラのことだし、寝て起きたら、処理するものが増えてそうだと思ったのだが正解だった。


 しばらくして解体も終わり、可食の部分とセラの集めて来た野菜で朝食を作っていると、二人が目を覚ます。


「朝食は出来ているから、摂ったらまた歩き始めようか」


 山の中ということもあり、まだ暗くはあるが時間的には丁度いいだろう。

 手早く朝食を済ませて、僕たちはすぐに歩みを再開させた。


 今日移動しながら話すことは、口裏を合わせるためのシナリオ作りだ。そのまま説明してもいいが、信憑性を増させるためにはこういったことも必要だ。

 ということで、魔族に襲われた時の話にいくつかねつ造を加えることにし、その内容を覚えてもらった。


 日の角度が、山より上に来るころになって、僕たちは目的のウットテリム市街に辿り着いた。

 なにとは説明できないが、何か嫌な雰囲気を感じる街だ。それはセラも同じようで、なんとなく嫌そうな表情をしているように感じる。

 街に入る際門番への説明では、勇者一行と言っても良かったのだが、念のため山賊の討伐をした戦士ということして、ミックもその仲間ということにした。

 そのせいか、町に入るのに少し時間はかかったが、身分を隠すことができた。


「ここは……全然人がいないな」


 この街は、外を出歩く人が異様に少なかった。

 気配というか、そういったものは感じるので、住人自体はもっといると思うのだが……なにか事件でもあったのだろうか。その割に、門番の検査が厳重であったわけでもないし、何かあったとも言っていなかった。


「ミック、ここはこういう街なのか?」


 人柄や地域色、あとはイベントなどがあれば、こういうこともある。知っているかどうかは分からないが、そう尋ねてみたのだが、ミックは首を横に振った。


「いや、こんな街ではないはずだ。俺が来たときも、イアンの話を聞く限りでも、こんな陰鬱なところではない……」


 城の位置を聞いたり、買い物をしたりしながら歩いていたのだが、異様に注目を集めている気がする。

 外にいる人たちを見ても旅人は少ないようで、それで目立っているのかもしれないが、それにしても、建物の中にいる人までが窓越しに視線を向けてくるのは、流石に不気味に感じる。

 視線を向けてきているのは一人二人ではない、常に数十人から見られている。これが、勘違いならいいが、こっそりそちらを見れば、じっと見てきている姿を窓越しに確認できるのだ、気味が悪くて仕方がない。

 こちらが勇者であるとは説明していないのに、なんだこの視線は。


「な、なんだか、おかしいぜ、これは……お、俺、山賊だって言っていないよな」

「ああ、3人とも戦士ということで通っているはずだ、これほどに視線を集めるのは流石に異常と言わざるを得ない。この街は外の人に厳しいということはないんだろ?」

「あ、ああ、前来た時はむしろ友好的な雰囲気すら感じたぜ」

「そうか……」


 不気味な街を歩き、城までたどり着く。

 門番をしている騎士はどことなくぼんやりした雰囲気ではいたが、一応は面会の受け付けはしてくれた。

 ここでも山賊を討伐したからその報告に来た戦士として面会を求め、勇者の名前は出さなかった。なので、会うのに3日は掛かると思ったが、明日の午後には会えるらしい。

 こちらは名も告げぬ戦士の集団だと言うのに、そんなにすぐ会えるのか……それほど山賊を厄介に思っていたと取ることも出来るが、正直口で言っただけで、本当に討伐したという保証もない。それを確認するにも日数がかかるので3日くらいかかる良そうだったのだが……だんだんと怪しさが増してきたな。

 もしかしたら……この領全体が魔族に何かしら影響を受けているかもしれない。



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 次の日の午後ということもあって、今日の午後と明日の午前は時間が空いた。


 直接的に攻撃してこないとはいえ、この街の雰囲気はどことなくあの山賊のアジトに近いものを感じる。ここで一泊するのは危険だと判断して野宿することにした。

 買い物も控えることにして手持ちで何とかするとして、夜まで時間がまだあるので、僕たちは騎士の詰所に向かうことにした。

 ミックの知り合いの騎士であるイアンを尋ねることにしたのだ。

 それまでの間も、相変わらず視線を集めていたので気味が悪かった。全員洗脳するのはコストが重すぎるように思えるが、相手は魔族だし、洗脳魔法のこと自体そこまで詳しいわけではない。もしかしたら何かあるのかもしれない。


 扉を開き詰所に入ると、中にいた人の視線が一瞬にして全てこちらに向けられた。開く前から分かっていたことだが、騎士詰所にしては静かすぎる場所であるのも含めて、非常に気色の悪い光景だ。

 受付の方に向かって歩くにつれて、周りにある首が動くの感じて、気色悪さが増した。


「どのようなご用でしょうか」

「ああ、知り合いの騎士を訪ねてきたのだが、イアンという者は今ここにいるか?」

「イアン……存じ上げない名前ですが……少しお待ちください」


 待ち同様に異様な雰囲気は感じるが、一応仕事はするのか、受付をしていた騎士は奥に引っ込んでいった。

 だが、名前を呼ぶでもなくこの建物は静寂が保たれている。耳を立てればコソコソした会話は聞こえてくるのだが、内容までは分からないし、耳を立てなければ、他の音がほぼな聞こえないにもかかわらず気にならないほどの小声だ。

 ここも正常とは思えないな。


 しばらくして、受付の騎士が地図を持って戻ってきた。


「イアンは今、討伐に出ておりました、この辺りでモンスターが現れたようで」

「なるほど……」

「皆さんは戦士か他領の騎士と見受けますが、向かいますか?」

「ん? それは、救援要請と捉えてもいいのですか? それほど強力なモンスターが出たということなら、多くの騎士が出てると思うのですが……」


 良く知らない相手に救援要請に近いことを訪ねてくる……罠だとしてもお粗末すぎるが、そうじゃないとしても意図の読めない発言だ。

 相手の装備を見て、戦いをするものだと察することは見習いでもない限り騎士なら出来るだろうが、だとしても、出会って早々救援依頼をするのはおかしい。こちらは白井藍の騎士を訪ねてきただけだ、それなら、しばらく待てと言うのが普通だ。


 もしかしたらここの騎士特有の風習かもしれないので、ミックの方に視線を向けてみるが首を横に振っていた。そう言った話は聞いたことがないのだろう。

 さて、どうする、全く意図が読めないが、イアンと言う騎士がその場所に絶対にいないとも言えない。そういう風に考え込ませて、万が一を想定させたうえでこちらをそちらに向かわせる罠だと考えるのが一番しっくりくるが……だとしても、無視するわけにはいかないか。


 本当に緊急の救援要請の可能性もないではないが、それなら、こんなに落ち着いていること自体がおかしいから、十中八九罠なのだろうが、向かえば何かしら情報が手に入るかもしれない。それに、街から出るいい口実になるだろう。

 正直なところ、これが何かしらの罠だとしても街に留まるよりは安全な気がする。特に理由も言わずに街の外に出るよりは、こっちの方が良い気がする。

 こちらにずっと向けられてくる視線の数々が監視の類だと仮定するならば、ここで宿を取らず外に出ると言うようなことをすれば、誰かしらが付いてくるかもしれない。それよりは騎士たちと共に外に出て、罠ごとなんとかしてから、騎士たちを撒いていくほうが楽だ。


「分かりました、向かいましょう」


 僕がそう言うと、ミックは驚いたような表情をしていたが、セラはすこしだけ笑っていた。


「それでは、数人騎士が付いて行きますので、外でしばらくお待ちください」


 騎士に言われて3人そろって外に出る。街の人々からの視線は相変わらずある。詰所の中同様に静かな町の中では聞き耳をたてられるだけでこちらの会話を聞かれてしまうだろう。なので、僕たちはこの街の騎士たちを見習ってかなり抑えた声で言葉を交わす。


「その、あれ、どう考えても怪しかったけど、いくのか?」

「そうだね、一応君の知り合いの騎士がいないとは言い切れないし」

「いや、どう考えても、そんなわけが……」

「他にも理由はある……けど、それを全部説明する時間は今はないし、それに適した場所でもないから、後にする……それよりも、これを飲んでおいてくれ。どうしようもなくなったら君を置いて行くかもしれないから、そうならないためにもね」

「こ、これは……いや、わかった」


 僕がミックに渡した物は高品質な肉体強化と身体能力向上の薬を混ぜたものだ。いきなりなんだか分からない薬を飲むのは抵抗があるだろうが、一応は聞かれていることを考慮すると効能をここで口にするわけにはいかない。

 ミックが薬を飲むのを横目に、僕も中程度のものを薬を混ぜたものを飲んでおく。


「すごいな、これは……」

「ああ、正直ストックが沢山ある品質のものじゃない」

「……そうか、なんとしても付いていけるよう頑張るぜ」

「そうしてくれ」


 空瓶を仕舞っていると、裏口のほうから3人の騎士が歩いて来た。


「待たせました、すぐに向かいましょう」


 騎士と一緒ということもあり、街からはすぐに出られたし、予想通り誰かが付いて来ている様子も見受けられない。騎士たちが監視の代わりということなのだろうか。


 地図で見た限り、向かう先は少しくぼんだ場所だ。街に来る途中で近くを通った時に確認したから知っているが、誘い込めば周囲から襲うのが容易い立地だった。やはり罠なんだろうなと思うけど、どんな手で来るかな。

 一番は付いて来た騎士と共に潜んでいた者が奇襲をかけることだと思うけど、どれほどの戦力だろうか、弱ければ弱いほどありがたい。ある程度強さがあると、多分、セラが切り殺しちゃうだろうし、その前に全員抑えられるくらいだと助かるんだけど。洗脳されている人体の調査もしたいし。


「ここですが……見当たらないですね」

「別の場所に行ったのでは?」

「ですが、こういった場所では、中央にモンスターが姿を消して潜んでいる可能性もありますから、きちんと見に行きましょう」


 狙いは予想通りだが、なんだその手段は。そんなこと言われて、あの場に向かうやつがいると思っているのか?

 騎士の洗脳を疑っていない状態からでもおかしい話だ。言っていることが実に嘘くさいが、それが本当だとしても、何故こちらに向かわせようとするのか合理性に欠ける。

 鎧を装備させた死体やそれに模した物をあらかじめ置いておくだとか、助けを求める人を置いておくだとか、そのくらいはすると思っていたのだが、本当になんだこれは。


「きちんとって、だったらここから魔法を打ち込めばいいのでは? わざわざ近づく方が危険だと思いますが……」


 罠に引っかかるのは仕方ないという気持ちで来たのだが、流石にこれにかかるのは逆に怪しまれそうだったので、そうやってやんわりと断ったつもりだったのだが騎士たちは僕たちの背を押して目的地まで、強引に向かわせた。


「セラ、殺さないようにね、面倒なら攻撃の対処だけでいいよ」


 背を押されながら、小声でそう言うと「分かった」とだけ言って、セラは小さく頷いた。


「随分と強引ですね、その割には何もないみたいですけど」

「そうですね」


 その言葉に振り返ると既に騎士は剣を振り上げていて、視界に入ると同時に振り下ろされるのが見えた。

 思ったより早いけど、やっぱりという感じだ。だが、なんだこの練度は……凄まじく弱い。

 セラと比べるのは流石に騎士がかわいそうだが、そうでなくても県の速度は遅すぎるし、不意打ちするにしては音も立てすぎだったし、振り上げた剣の影も見えていた。

 身体を逸らして剣を避けると、腹を蹴り飛ばし距離を取った。

 割と本気で蹴ったから後ろに吹き飛ばされるのはともかく、剣を落とすのはどうなんだ。吹き飛ばされることなんてモンスターとの戦いでもそれなりにあるだろうに。


 セラも同じく切りかかられていたがそっちは剣を根本から切り落としていた。まぁ、そっちに関しては、練度がどうとかじゃないから置いておこう。

 一方でミックの方がどうなっているかというと、ミックの背を押していた騎士は何時の間にかこの場から去っていたらしく、不意打ちを受けていなかった。薬を使っているし、この程度の相手なら不意打ちを受けたとしても大丈夫だったとは思うけど。武器もセラに切り落とされるくらいの品質のものだろうし、直撃しても死にはしないだろう。


「さてと、次々出て来たけど、セラはどうする?」

「こっちに来る人の武器だけ壊しておく」

「じゃあ任せるよ、ミックもなるべく殺さないでほしいとは思うけど、自分の身を第一に考えてくれ」

「おう、了解」


 さて、向かって来るのは12人。一緒に来た3人を含めれば15人か。

 弓持ちが3人、そして、魔法を使おうとしているのが1人。8人は槍や剣を持って突っ込んでくるか。

 どれも大したものじゃないから、一旦土魔法で周囲を覆って防御。その間に、周囲の地形をいじりながら、周りの魔力を使い切る。


 土魔法で盾を作ってから、僕たちを覆っているドームを崩してみると、地形の変動に巻き込まれて、ほとんどの騎士が動けなくなっていた。弓持ちが全員動けなくなっているのは都合がいい。魔法を使っていた者も魔力を込められる装備をしていないらしく、打ち止めのようで、剣を抜いてこちらに向かってきていた。

 他の無事だった騎士と合わせて5人。まぁ、全員相手しても問題ない量かな。


「洗脳魔法と仮定して、なにか良い手はないかな、取りあえずは消去イレイズ、駄目なら解除デリート、それでもだめならだめもとで解呪ディスペルもやっておこうかな、他は洗脳自体が良く分かってないから保留かな」

「消去くらいなら出来るよ」


 これからの動きを口にしていると、セラがそう言って腕を相手の方に向ける。


「でも効果があるかは分からないからね」


 その後に襲い掛かって来ることを考えて、そう言ったのだが、言っているうちにセラは向かって来る全員に魔法消去を決めていた。

 直後に騎士たちは、足元から崩れるように倒れ込んだが、すぐに起き上がって来た。


「今の、別に魔力波をぶつけたわけじゃないよね」

「いや、魔法消去だけだけど」

「そうか……じゃあ、聞いていない訳じゃないんだろうけど……」


 起き上がった騎士の後ろに回り込んで、魔法解除を試してみる。そうするとその騎士は力が抜けたかのように崩れ、残りの騎士から注目を浴びるが、今度は膝を付いた時点で意識を取り戻したかのように立ち上がった。

 これは消去より効果が薄いか? それとも耐性? 後はセラとの技量の差かも知れないが、一応僕の方でも消去を試しておこう。


 立ち上がるより先に魔法消去を使って見ると、今度はセラの時同様に倒れた。

 つまり、消去の方が効果は大きいと。ただ、誤差レベルだな。戦闘中ならこの差は大きいのかもしれないけど、洗脳されている者は元の力を出し切れているようには見えないし、この差が影響するほどのものがそう簡単に洗脳されるとも思えない。

 どちらにせよ、すぐ洗脳の影響が戻ってしまうのが問題なので、誤差と言い切っていいだろう。

 あとは解呪か。こっちはあんまり詳しくないし、魔力消費量も多いからあまりやりたくはないが、試せるものは試しておくの精神で使ってみよう。


 とりあえずは、目の前にいる騎士に使用してみるが、原理をしっかりと理解していないからなのか、それともこういうものなのか、装備に残っていた魔力を9割がた使ってしまった。

 騎士は魔法消去を使った時同様に倒れるが、魔力を注いでいる間は起き上がって来ない? いや、起き上がって来ないな……倒れた後も数秒魔力を持っていかれたから、そう勘違いしたが、もう魔力を流すのはやめているが起き上がって来ないあたり、一番効果が強いか?


 仲間がやられたのを見たからか残りの4人もこちらに向かって来る。

 ポーチから、昨日倒した魔族の魔核である魔石を取出し、その魔力を使い全員に解呪を施していく。結果、魔石の魔力を半分ほど使ってしまったが、全員地面に寝かすことが出来た。

 しかし、一向に目覚めないのはおかしいな……もしや、死んでいるのかと思って、すぐ近くの騎士の腕をつかみ脈を見るが、そう言うわけでもない。これは、山賊の一人と同じ感じだろうか。

 もっと詳しく調べたかったが、少し時間がかかったのもあって、土魔法に巻き込まれた者達が起き上がって来た。全員に解呪を施してもいいが、魔力が勿体ない気がする。経過を見るとしてもとりあえずは5人で十分な気がするので、魔石の魔力を使い全員体を土に埋めることで拘束した。


「これで、いいかな……」


 二人の元に戻って、騎士たちの数を数えていると、ミックがやたら目を輝かせて此方を見てきている気がした。


「す、すごいっすね、こんな、短時間で全員」

「いや、まぁ、この程度なら僕じゃなくても出来るとは思うけどね」

「でも、ものの数秒ですぜ、兄貴」


 誰が兄貴だ、誰が。

 山賊は割と実力主義なのだろうか、そう言えば移動中だんだんセラに対してかしこまっていっていたような気がするが、あれも一瞬でモンスターを斬り伏せていっていったからなのかもしれない。



「あと、さっき全員っていったけど、あと一人足りない」


 ミックの言葉は適当に流して数えていたのだが、倒れた騎士と埋めた騎士合わせても一人足りない。多分最初についてきたうちの一人だと思うんだけど、報告しに詰所に逃げられたかな。


「そうだね、14人しかしない」


 セラもそう言うが、手の平を鬱蒼と草木が立ち並ぶ方へ向けていた。

 その次の瞬間、光の紐が伸びて行き、一人の騎士を縛り上げると、セラは彼をすぐ近くまで引っ張り出した。


「これで、全員だね」


 あれは、リンド村の光球とは違い、実体のある光魔法だろう。セラの光魔法は何度見ても凄いもので、正直ここまでの物は真似できる気がしない。

 実体の伴う物と光の属性は相性が悪いので、なかなかできるものじゃないし、紐のようなものを作って特定の方向の特定の者を縛り上げるなんて、他の誰にもできるものとは思えないほどだ。

 得意属性が光と言うだけはあるが、普通得意属性の魔法だからと言って、現象との相性まで無視できるほどのものじゃないはずだが、セラは光魔法に普通に実態を持たせられるし、その熱量や方向を自在に操れる。この精度は正直な話魔族にだってそうそう真似できないと思う。


「それで、どうする? 埋める?」


 セラが首を傾げて、そんなことを言うが……実際どうしようか、面倒だから他の者同様に埋めて放置でもいいんだけど……


「そうだね……解呪を試してみる?」


 そう言って、縛られた騎士に向けて手をかざしたところ、慌てた様子でこちらに話しかけてきた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! お、俺は普通です、だ、大丈夫です!」


 縛られて手は動かせないが、足は動く状態なので立ち上がって抗議してきた。


「普通って……だとしても、そう思わされているだけかもでしょ。あと、洗脳されていないなら、何かしら対抗魔法を使われても大丈夫だと思うけど」

「ま、待ってくれ、殺さないでくれ」

「いや、だから殺す気はないってば」


 妙に怯えている辺り、魔法の知識がないのかもしれない。魔力は喰うが一番効き目が出ている解呪を施すが、確かに倒れない。とりあえず洗脳はされていないとみなせる。


「大丈夫そうだね」


 しばらくしても変化がないのを確認した後、セラは魔法を解除した。

 大した熱を持たないが、物体を伴う光魔法で拘束されるというレアなケースにあったからか、解放されたあと自分の腕や胴を確認したり、手を握ったり開いたりしていたが、少しするとこちらに向き直り敬礼の姿勢を取った。


「た、助かりました、俺はダン。ウットテリム騎士団の数少ない無事な騎士です」

「無事な騎士?」

「はい、その、見ての通り、我が領の騎士たちはおかしくなったものが多く、まともな物も、その、おかしくなった者達に襲われていって……」

「なるほど、洗脳された騎士がそうでない騎士を襲っていったと」

「先ほども言っていたようですが、洗脳とは?」

「ああ、そこもか……まずはウットテリム領で起きているであろうことを説明しないとだね」


 周りにいる洗脳されているだろう騎士たちのことも調べたいので、色々端折ってだが、山賊のアジトでの出来事や山賊のロニーから聞いたことを説明した。


「なるほど……そんなことが……確かに、それは騎士団に起きていることと近しいような……しかし、魔族が……」

「それで、ダンと言ったが、君はなんで狙われなかった? それに、なんでここに来たんだ?」


 先ほどの話だと、洗脳されていない者は洗脳済みの者から狙われるということだったが、そうでないはずのダンは、洗脳されたものに混じってここまで来ていた・


「ああ、それは、反抗しなかったからです。同じ理由で無事な者もわずかながらいます」


 その後少し話を聞いたところ、最初に消されたのは、騎士団らしからぬ同僚の行動を咎めた騎士だったらしい。そして、次に消されたのがそれに同調した騎士たちだったらしく、これはまずいと思い、従順なふりをしたところとりあえず葬られることはなくなったらしい。

 しかしながら、従順なふりをしている騎士も次々におかしくなっていくので、下手に相談も出来ず恐怖を感じていたらしい。


「なるほど、とりあえず反抗しなければ放置するか……それで、そんな中なんで付いて来たんだ? 助けようにも助けたら殺されるのは間違いないだろう?」

「そ、それは……その、もし、騎士団を何とかできる実力の持ち主なら、協力できることもあるかと思って……」


 なるほど、一種の賭けだ。今まで従順なふりをしていたとはいえ、やはり今の騎士団には思うところがあったのだろう。あるいは、自分の番が来るのを恐れただけかもしれないが、今回のチャンスに望みをかけて付いてきたと言うところだろうか。


「そうか、でも、そうでなかったとしたらどうするつもりだったんだ?」


 そう思って、少し意地の悪い質問をしてみたが、返ってきた返答は予想とは少し違った。


「それは……命をかけて一緒に脱出していたと思います」


 嘘をついているようには見えないが、自分も騙せる性質の人間だろうか。そう言った人間の吐く嘘は一見して本当のことを言っているように見えるので厄介なものだ。


「失敗すれば死ぬかもしれないのにか?」

「それは……そうですが、イアンを訪ねてきた者を死なせるなんてことは出来ないです」


 悔しげな表情を浮かべ、彼はそう言った。


「イアンは、俺の親友でした……最初に洗脳された騎士を糾弾したのも彼でした、ですが、その結果……くっ……」


 そう言うとダンは俯いて言葉を止めた。震える握り拳から彼の悔しさが伝わる。

 親友とまで言っていたし、本当は何とかしたかったのだろうが、きっと力が足りなかったのだろう。

 洗脳されたものがそう強くないとはいえ、同僚の体を殺すことは難しいだろうし、誰が敵かなんてわからない以上下手に手も出しづらい。それに、魔法も使えなければ、セラのような異様な強さも持っていない者が一体多数で戦うのも難しい。

 自分の無力に対する悔しさは分かっているつもりだ、僕はたまたま師匠に弟子にして貰えたから、セラの仲間として旅が出来ているが、そうでなかったら同じ気持ちで帰りを待っていたかもしれない。


「イアンの親友……今の話……だったら、イアンは……」


 どうやら聞き耳を立てていたらしいミックがダンのもとまで駆け寄ってきて、その肩を揺さぶった。


「そうか、イアンは……」


 そして、同じような表情をして俯いた。

 知り合いと言っていたが、ミックにとってもそれなりに仲は良かった相手なのかもしれない。


「まぁ、二人は気持を整えておいてくれ、余裕があるなら洗脳魔法について話してくれてもいいが、ミックは記憶もないんだもんな。こっちは、魔力の流れなどを見てくる」


 そう言い残してセラの方へ向かう。


「ジョン、やっぱり洗脳されているのは間違いないとして、解呪ディスペルした方もおかしいかも」

「おかしい?」

「うん、魔力が流れ続けている」

「魔力が流れ続けている?」


 セラに言われて、倒れている騎士に触れ魔力の流れを確かめる……確かに、魔力が流れている。

 次に首から下が土の下にある騎士の頭に触れて魔力を見てみると、確かにこちらも流れている。ほとんどは頭の方だが、全身に流れる魔力も感じる。


「これは……どういうことだ?」

「ね、不思議でしょ」

「ああ……」


 今ももがいて抜けられるはずのない拘束から抜けようと足掻いている騎士たちだが、こちらの洗脳魔法はたぶん正常に働いている。なので、これが正しい魔力の流れだとして、比較のためにもう一度倒れている方の魔力を見る。

 こっちは……魔力は流れているが、なんというか、循環しないで途中で霧散して体から抜けていっているものがあるな。中には循環しているものもあるが……これが洗脳魔法を施している魔力だとしたら倒れているのはおかしい。起き上がって襲い掛かってくるはずだ……だとすれば、これは解呪の魔力? いまいち、良く分からない魔法だが、もう魔力を注いでいないにもかかわらず効果が残っている? だとしたら、霧散している方が洗脳魔法ということになるが、何故こっちも残り続けているんだ?


「ねえ、ジョン、これ見える?」

「セラ、なに?」


 セラが指さす方には何もないが……いや、僅かに魔力が流れているような気がする。色々偽装は施されているが、流れる対象に触れたまま注意深く魔力を辿れば、なんとかわかる程度だが……なるほど、洗脳魔法は継続使用タイプの魔法か……相手がどこにいるかは分からないが相当な距離、それも不特定位置の複数対象を操る? どんな技術だ?


「ジョン、これはね、多分魔力パスだね。頭の中にマーキングされてるよ」

「魔力パス? それは、魔力保持が出来る装備とかで使うアレのこと?」

「うん、魔法開発の抗議でちょっと習ったから知ってるけど、これって、元々は位置が離れた稼働する物と魔力をやり取りできるようにするための物なんだけどね」

「そうだね、だから、セラの剣や僕の杖は実際に触れていなくても、ある程度の距離なら掌握済みの魔力を引き出せるし、余裕がある時は魔力を込められるんだけど」


 逆に今僕が手に持っている魔石はパスを作っていないから、手に持っていないと魔力を引き出せない。ただ引っ張り出すだけなら触れている必要はないが、その後魔力を掌握する必要があるので二度手間感がある。また、パスを作ってないので、掌握済みの他の魔力に干渉してしまうため、マジックポーチ越しには魔力を引き出せないし、新たに魔力を込める時も効率がだいぶ落ちる。


「でもね、マーキングっていう特殊な刻印を入れるとね飛躍的に効果が上がるんだ」

「マーキング? さっきも言っていたけど、それは?」


 だいぶ南の方にいる動物が縄張りを示す際にする行為だとは聞いたことがあるが……パスにおけるマーキングはどういう効果があるのだろうか。


「まぁ、パスの研究を専門にしている教授が言い始めたことだから実際どう呼ぶのかは知らないんだけど、これを付いている者を対象に魔法を使う場合、距離による魔力のロスが減るし、距離が離れている動く物を対象にしても、発動地点がずれないってことらしいよ。なんというか、マーキングの位置から相対位置を割り出して魔法の発動地点の対象に設定できるみたい」

「なるほど、相対位置を設定しなければそのまま対象に出来るってことか」

「そうそう。まぁ、それでも初期発動は結構減衰が起きて消費量はそれなりってことらしいんだけど、これは継続使用の魔法でしょ、それに流れている魔力量的にそこまで消費は大きくないし、結構パスとの相性がよくてマズ目の魔法だと思うんだよね」

「……そうだね、確かに……この魔法を魔族が使うとするなら、一人でかなり多くの人間を洗脳できる」


 その分、洗脳された者は似たような程度の動きしか出来ないのだろう。戦闘面では役に立ち難いし、頭も上手く動いていないように感じられた。

 だが、自由に動けず、ある程度行動に指針を持たせられるとするならば厄介なもので、発動された時点でその者はほぼ死んだも同然だろう。むしろ、なまじ生きている分もより悪いかもしれない。


「まぁ、マーキング自体そう簡単にできるものじゃないから、この方法じゃ実力者を洗脳できないのは幸いだけど、魔族全体がこれを出来るなら本格的に数で戦うことが封じられたことになるね」

「……そうだね」


 この魔法の存在がある限り、練度が十分でない仲間は洗脳されるリスクが伴う。仲間が洗脳されて同士討ちとなれば士気にもえいきょうが出る。

 人間が魔族に対し基本的に勝っている唯一の部分である数だが、相手が魔法を使えるということもあって強みにならないと元々言われていた。だが、この魔法があるとするならば、強みにならないどころか意味すら持たないかもしれない。


「まぁ、二人旅を選択したジョンは正しかったって感じだね」

「練度が足りていない仲間は戦闘の助けになりにくくて、旅の速度が落ちるからっていう理由だったんだけど……やみくもに仲間を増やす理由は減ったね」

「ボクはそれでいいんだけど……そんなことよりも、まずはこの洗脳魔法のことだね。一番の問題はマーキングは契約系の魔法に近くて第三者の干渉が難しいってことかな。だから、魔法消去や魔法解除が完全には効かなかったんだと思うよ」


 その効果が効いた一瞬は洗脳解除されるが、すぐにパスを通じて再洗脳されるって感じか……だとすれば、解呪は魔法を解き続けているが、これは何だろう。


「解呪は一応効果を示し続けているみたいだけど、これの理由は分かる?」


 完全に目醒めはしないが、続けて送られてくる洗脳魔法の魔力を霧散させ続けている。こっちはもう魔力を使っていないし、周囲の魔力を使っている様子もないのだが、どういうことなのか。

 一応一般的な解呪の使い方は教えてもらったが、これに関しては師匠も詳しくないらしく、使い方を教えてもらっただけだ。


「うーん、そうだね、解呪を専門的にするのは魔法開発じゃなくて呪術科とかで、ボクはそっち取ってないから良く分からないんだけど……なんか複合的なもので、呪術に対しても効果があるっていうのと、呪術科の教授曰く魔力の消費量が割に合わないだけで大抵のものが何とかなるっていう触れ込みだったから、一度発動されたあとは、使われた魔力が対象の魔法に対して効果を及ぼし続ける……のかなー? 詳しくはボクにも分からない、でも、多分、洗脳の魔力もすこしは流れているから目覚めもしないってことなんじゃないかな」

「そうか……洗脳に対して解呪は一応は最適解なんだろうけど、その教授の触れ込み通りというかなんというか、正直魔力消費量が割に合わな過ぎるよ。全員に対しては使っていられない」

「そうだよねー、使っている時のジョンの魔力の流れ見ていたけど、4人分でちょっとした大魔法使えそうな量の魔力使っていたし」

「ああ、小さな村を一月は結界で覆えるくらいには魔力を使った」

「そうそう、小さな村なら一発で焼き払える火魔法を放てるくらいの魔力だったよねー」


 久々にミックの目がないからか、少し楽しそうにそう言うが……そのテンションで話す内容にしては少々物騒な気がする。


「それで、どうするの? 全員に解呪するのは微妙なんでしょ」

「睡眠魔法とかで眠らせるか……いや、だとしてもどっちにせよ外で放置したらモンスターのエサか……一番楽なのは殺すことだけど……」


 ダンという騎士のことを考えると殺すのも簡単に決断できない。だが、放置しても死ぬだろうし、連れていくにも邪魔過ぎる。


「一ヶ所にまとめて、結界に閉じ込めておくのが一番無難かな……」

「分かった、じゃあ、結界作るから、ジョンは一ヶ所にまとめてよ」

「ああ、そうする」


 ということで、少し魔力の勿体なさは感じるがわざわざ魔力が残っている土地に運ぶのも面倒なので、地形語と動かして近場に洗脳された騎士たちを集めた。


「じゃあ、結界張るけど、無属性の双方向のものでいいよね」

「それでいいと思う」


 地形をいじったからか、セラが結界を張って騎士たちを閉じ込めたあたりで、ミックとダンが近寄って来た。


「こいつらはどうするつもりなんだ?」


 同僚のことが気になるのかダンは結界の中の騎士に視線を向けながら、こちらにそう尋ねてくる。


「まぁ、取りあえずは3日は閉じ込めることになる。いろいろと大変なことにはなるだろうけど、取りあえず余程運が悪くない限りは生きてはいられると思う」

「3日? なにか手は考えてあるのですか?」

「ミックから聞いているかどうかわからないけど、明日の午後はウットテリム城に向かうことにはなってるから、とりあえずはそこで領主に報告。元凶がいた場合戦闘になると思う。ここで元凶の対処が出来れば明日の内に洗脳は溶けるだろうけどそうでない場合は閉じ込めている間に魔族探しをすることになる」

「それでも見つからなかった場合は?」

「そうなった場合は、ウットテリム領は見捨てて、他領への報告の後、影響の出ていそうな場所は全部滅ぼすことになる」


 ウットテリム市街を滅ぼすまではいいとして、その後村や町を巡っていくのは面倒だと思うし、非道だとも思うが、魔族の影響を他領にまで広げてはいけないので、洗脳の可能性が低いであろう僕とセラがしないといけないことだろう。


「そうならないためにも、元凶が城にいてくれると助かるんだけど……いたらいたで、これからのことを考えると頭が痛くなりそうで、どっちを願えばいいんだろうね」


 そう呟いて街の方角を眺めた。

 領主が住まう城に魔族が住みついて領を乗っ取る。そんなことが既に実現しているとするならば、暫定人間領とされている場所もいくら魔族に浸食されているか分からない。旅だって早々に安全地帯を脱したことになると考えると、非常に先が思いやられるというかなんというか。


「この騎士たちとは距離をとって、野営地を探すことにするけど、ダンはどうする?」

「俺も明日の付いて行かせてもらえませんか……」

「それは……ミックと一緒に待っていてもらおうと思ったんだけど……魔族がいる可能性が結構高いと思うから、正直守りきれる自信はないよ」


 ミックを街に誘った時点では街のどこかに潜んでいる……くらいの想定だったのだが、騎士にこれだけ洗脳されている者がいて、街の者も全体的に雰囲気がおかしいとまでくれば、城に潜んでいる確率はそれなりだ。

 魔族を相手にしたうえで、他者を護れるほど自分の力に自信はない。


「兄貴は俺も置いて行くつもりだったんですか?」

「僕はミックの兄貴じゃないが、まぁ、そうだよ。割と強さに差があるといっても、相手は魔族だし、どんなに弱くても守る余裕はないと思う。だから、場合によっては普通に見捨てることになるし……正直な話、勇者一行的に見捨てると言うのは外聞が良くないから、付いて来てほしくないところが大きい」

「それは……いや、だとしても俺は付いて行く。騎士団の仇がそこにいるんだろう」


 決意を秘めた強いまなざしでダンがそう言いきった。どうやら、意志は固いようだ。

 それに、その言葉を聞いてもう一人も決意を固めたような表情をしている。


「なら、やっぱり俺もついて行かせてもらいます。こっちも仲間の仇なもんで」

「そうか……決意を決めた人を追い返すのも勇者一行らしくはないか……」


 二人がいるとセラがだんまり状態なのでいつもの調子じゃないのもあって、正直付いて来ない方が助かるんだけど……仕方ないか。二人も相手には思うところはあるだろうし、借りは返したいのかもしれない。

 前向きに考えれば、領主が無事だった時二人がいた方が説明がしやすいという考えも出来ないことはない。問題は、街にこれだけ影響が出ていて放置している時点でその領主が無事である可能性が低いということだが。

 さて、明日はどうなることやら……付いてくる二人のことと、城の内部のことを考えながら、野営の準備を進めて行った。

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