第9話・奇怪な山賊

「ジョン、魔法使ったの知られたんじゃないの?」


 刃こぼれした剣を振るう山賊の首を飛ばしならセラがそう言う。

 この程度の相手ならよそ見しながらでも対処できるのは流石だけど、相手も一応武器を持っているから気は付けてほしい。やはり明らかな格下相手だと、セラは気を抜きやすい。


 山の中腹辺りにあるアジトの入り口と思われる場所に辿り着くとすぐに山賊が襲い掛かって来た。まぁ、そりゃここに来る知らない者は高確率で敵だろうけど、何も聞かずに攻撃を仕掛けてきているし、見張りの数も多いし、全員武器を持っていて警戒しているしで、知られている可能性は高い。

 ここに来る途中でも襲われたし、ほぼ確定で相手側にも魔術を使える者がいると考えられる。


「かもね、だとしたら、騎士が山賊に手こずるのも説明はできはするけど……」


 魔術師がどれほど有能だとしても、肝心の山賊の質はあまり良いとは言えないので、本当にどうにかできないほどの組織とは思えない。

 それはここまでで戦ってきた相手を見る限りの判断だが、山賊たちではとても騎士の相手をできるとは思えない。それなのに放置しているということは、一人で何とかできるレベルで魔術師のレベルが高いか、あるいはほかに凄く強い者がいるか。

 連携も微妙なので、誰かしら強力な個を保有していなければ騎士なり戦士なりが討伐を果たせるはずだ。あるいは、何かしらの権力が関わっている可能性もある。


 どうして領主や騎士が放置しているかまだ確証が持てない。それに、一つ、気になる点がある。


「うおおおおお!」


 山賊たちだ。


 武器を振りかぶり、向かって来た男の顔に薬品をかけて眠らせる。


 仲間のやられる様子を見ているのなら、自らの力では僕らには絶対に勝てないことが分かるはずだが、全く恐れることもなく向かって来る。

 撤退も命乞いもない。話し合いもなければ報告しに行く様子もない。まるで、決死隊のようではあるけど、その行動にはほとんど意味はない。こちらがその気になれば時間稼ぎにもならない行動だ。

 頭領のカリスマと説明するにも行動に意味がなさ過ぎて難しい。厚い信頼を得られる人間なら部下を意味なく切り捨てる行動をとるとは思えない。巨大な組織の上ならともかく山賊なら、気持ち的な部分は信頼を得るために大事だろうから、こういった行為は評価されにくいはずだ。


「ほら、山賊しかいないって分かったんだし、山を潰そうよ」

「こだわるね、セラ。でも、不自然な点が多いから僕としてはしっかり調査したんだけど」

「うーん、でも、ボクはやめた方が良いと思うよ」

「何かあるの?」

「何かあるっていうか……いるっていうか」

「いる?」

「うん、いや、直接見たわけじゃないし、大分奥にいるみたいだから、絶対とは言えないけど……」

「いるって、なにがいるの?」

「魔獣とか……あとは、魔族?」

「魔族⁉」


 確率が低いので除外していたが……魔族がいるなら……ある程度は説明がつく。山賊も脅されているのであれば、死を恐れずにかかって来るのも……まぁ、説明は出来る。

 どちらにせよ死ぬなら、どっちに付くかを決めることになるのだが、それがこちらよりあちらの方が強そうに思えたという話だろう。

 まぁ、一度力を見せている魔族と、今来たばかりの人間だったらあちらのほうが強いと思うのも無理はないので説明できないことはない。

 敵にこちらの正体を話すつもりもないので、そうだとして、勇者であると言うつもりはないのだが。


「魔族か、魔獣かは分からないけど、魔力を持ったのがいる思う。装備とか物とかに溜めている感じじゃないし」

「そうか……セラが感知したって言うなら、なにかしらはいるんだろうね」


 香範囲ならともかく、短距離での感知能力ならセラの方が高い。旧オーマス市街で魔族を見つけたときも、セラが魔力照射をして見つけたのだ。今回も同じようにしてアジトの中を調べたのだろう。


「罠の方はどうなの?」

「えーっと、魔術的な物はないと思うけど……」

「ならとりあえずは大丈夫かな」

「本当に行くの?」

「そうだね、相手が相手だし、閉所になるから、ボクもちょっと行きたくはないんだけど、放置も出来ないでしょ」

「だから、山ごと潰そうってば、絶対そっちの方が楽だから」

「それはそうなんだけどね、山賊たちの様子がおかしいから……なんかしらの洗脳を疑っているんだよ」


 そう、脅されていると仮定しても、何も言わずにただ襲い掛かって来るだけという点が気になっていたのだ。もしかして何か余計なことを口にしたら死ぬみたいな呪いかなにかの可能性も否定できないけど、コストに対してリターンが見合わない。

 一方で洗脳系の何かであるならば、そうとは限らない。


「洗脳魔法とか? 確かに、存在は知っているけど、そんなのボクも使えないよ。詳しいことも良く分からないし」

「セラが分からないなら、僕はもっと分からないかな、存在しているとは師匠も言っていたけど、詳しくは知らないようだったし」

「そうなんだ、てっきり原理とか知っていてその線で疑ったのかと思ったけど」

「流石に研究もろくに進んでいない分野だし、僕も全然知らないよ」


 似たような魔法で野生動物の家畜化の際などに使われる従属魔法というのがあるが、それに比べると洗脳魔法は全然研究が進んでいない。

 なにせ対象が人間であるので、そう簡単に実験も出来ないし、実験できる相手は罪人だったりするのだが、彼らが言われた行動をとったとしても、それが洗脳の結果なのかどうかなんて判断が難しい。そもそも、効果発動までのプロセスも確定されていない未知の部分のおい分野の魔法だ。


「でも、魔族が絡んでいるなら、そういう技術ないとは言い切れない」

「呪いとかは?」

「考えたけど、コストとリターンが合わない。魔族がそれなりのコストをかけてお世辞にも強いとは言えない山賊を従えるのは微妙だよ」

「なるほど……それじゃあ、面倒だけど行くしかないかー」

「うん、ありがとう。魔族がいるかもしれないって聞いた今なら、出来れば僕も山ごと潰したい気持ちはあるんだけどね」

「だよねー」


 洞窟かと思われた穴だが、通路や空洞が木材や鉄材石材などの人工物でしっかり補強されているところを見るに、もしかしたら、ここは人の手で掘り進めたものかもしれない。

 然りとした技術もあるようだし、元々は工夫かなにかだったのだろうか。今は山賊なので、元の職業がなにかなんて関係はないのだが。


「相手の持っている武器もボロボロだし、凄く弱いし、もしかしたら罠かも知れないよ、ボクたちを誘っているのかも。魔族がいるかどうかなんて分からないし、魔獣や偽造の道具と家かも知れないよ、それでも行くの?」

「それは確かにそうかも知れないけど……最終手段にしよう」

「でも中にいたらボクたちも巻き込まれない?」

「そこは僕が何とかするから、実行の方は任せるよ」

「おっけー」


 中に入ってからも、何度も襲い掛かられたが、やはり全部取るに取らない相手だった。セラは普通に切り捨てているけど、僕は一応眠らせたり拘束したりしている。

 正直相手の山賊が弱すぎて、命を奪わずとも簡単に無力化できている。洗脳されているかどうかなどの確認もしたいし僕はそうしているが、別にセラを止めるつもりはない。そっちに向かった者はご愁傷様だが、死んでもらうしかない。

 そもそも、セラには手加減をするような戦い方は合わないだろうし、そうさせるつもりもないから生き残る可能性に賭けたいならこっちに向かって来るといいだろう。


「全体的に暗いねー」

「洞窟の中だし、灯されている松明もそこまで数が多いわけじゃないしね」


 一応入口にあった火は持ってきたけど、それだけじゃ全体を照らすには光が弱い。


「魔法で照らす?」

「やってくれるなら助かるけど、大丈夫なの?」

「ただ光らせるだけなら魔力も集中力もあんまり使わないし大丈夫だよ」

「それなら任せるよ、明るければ罠も潜んでいる敵も分かりやすいだろうし」


 もっともここまでの道のりからしてもそれに直前に気づいたとしても、大した影響はないのだろうけど。暗い道を進むよりは意識が散らなくて済む。


 セラが光球を二つ浮かべ、一つを僕に追従するようにしてくれた。

 それ一つあれば、夜の部屋でも昼より明るくなりそうなほどに光をもたらしてくれるほどのものだが、これを二つ出して追従設定まで付けて、大して魔力も集中もいらないとは。

 それがどれほど持っている発言なのかは分からないけど、セラのことだし本当に気軽に使える程度のものなんだろう。光魔法について言えば、セラは師匠より凄いと思う。

 魔法そのものの使い方とかそう言うのを込みで見ても、純粋な能力や魔法との相性の差誰も近づけないほどに他の人との開きを作っている印象だ。


 明かりをつけたのはいいが、相手からも見えやすくなったので、かかってくる山賊の数が増えた。全く問題がないところが敵ながら悲しくはあるのだが、進む速度を落とすことなく十数分足を進めるとひときわ広い空間に出た。


「んー、やっと来たね、どうだった?」


 その空間の奥の方、趣味の悪い椅子に鎮座する女性が、そんな風に声をかけて来た。


「わざわざ待っていたのか」

「そりゃね、探知されたし来てくれると思ったよ」


 なるほど……ここまで話せれば間違いない。この女は魔族だ。


「それで、どうだったの?」

「何の話だ?」

「いや、ここの山賊たちのことだよ、いっぱい倒してきたんでしょ」

「なるほど……洗脳魔法か何かか?」


 根拠はないが反応を見るためにそう口にすると、少し驚いたような表情をしたあと、女は笑い出した。


「正解、良く分かったね、遺体でも調べた?」

「いや、何人か傷つけずに無力化している」

「あー、なるほど、それはばれちゃうかもねー」


 なるほど……思ったより口が軽いのか、それともこちらの意図を読んだうえで話してくれているのか、割とよく話してくれる。

 もしかしたら、どうせ殺すならどっちでもいいと思っているだけかもしれないけど。


「ああ、そうだ、自己紹介をしていなかったね、私はファメス。ファメス・ネストだよ、少しの間だけどよろしくね」

「ボクたちは殺すからって好きに話しているね、ジョ……」


 名前を呼ばれそうになったのでセラの口を塞いでおいた。


「あれ、そっちは名乗ってくれないの? どうせ忘れるから、そっちが良いなら別にいいんだけど」

「僕たちを殺すつもりみたいだけど、僕たちは対象を討伐しに来ただけだからね。相手が名乗るに値しないなら、名乗りはしないよ」


 オーマスでは相手側が既に正体を知っていたけど、そうじゃないのならわざわざ名乗る必要はない。その辺の騎士や戦士だと思ってくれるならそう思わせておいた方がこちらも有利に戦える。


「討伐って……つまり、殺されに来たんでしょ、最初の方は良く来てたよー。多分最近になって近くから来た戦士かなにかだとは思うけど、そう言ってここに来た人たちはみーんな死んだからね」

「なるほど、魔族の余裕かなにかかな」


 僕がそう言うと、ファメスと名乗った魔族は首を傾げた。


「あれ、ばれてる?」

「魔力照射したから分かるよ」


 セラがそう言うと、またしても首をかしげた。


「いつの間に? 気づかなかったよ、君たちは斥候かなにか?」


 魔力照射に気づかなかった? もしかしたら、あの魔族が強い方と言うのは自称ではない? それか、戦場にいるタイプじゃないからそう言ったことには疎い?

 魔族であるならば、こちらで言う学者のような役職だとしても、並の騎士程度、敵でもないだろうし。

 だとしても魔力照射に気づかないのは少し鈍すぎるような気もするが、僕から見ても彼女は魔族に間違いない。


 一応、セラの方をちらりと見ると、コクリと頷いたので彼女は魔族だと確定させても構わないだろう。


「さて、あと聞きたいこととかはある? 冥土の土産にするといいよ」

「そうだね……洗脳の解き方とか?」

「ああ、それは簡単。術者を殺せば解けるよ、君たちには不可能だけど」


 そういって、魔族の女はのそりと立ち上がった。

 セラが仕留めたと言っていたし、この前の魔族からこちらの情報が流れていたりする様子は見受けられない。

 あの魔族の言葉の真偽を確かめるためにも、相手の力を見たい気持ちもあるが、この魔族が平均的な戦闘力であるとも限らない。もしもの時はセラの山ごとぺしゃんこに期待しよう。


「それじゃあ、かかってくるといいよ」


 その言葉と共に、山賊たちが襲い掛かって来た。

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