第8話・次なる敵

 その後3つほど村を回ったがどこにも人はいなかった。

 うち二つは単純に放棄されたらしく建物以外はほとんど何も残されていなかったのだが、一つはテフ村同様になにかに襲われた形跡があった。

 完全に放棄されたわけではない様子だったが、荒されていないが、家財が少ない家もの有ったので、残った人と放棄した人のいた村だったことが分かる。

 それと、テフ村の比較的損壊が少ない建物には遺体は合っても、物が少なかったことを合わせて考えるに、賊などの知性あるものが犯人である可能性が高いと見た。

 村を完全に滅ぼしていることから、確実に賊のせいとは言い切れないのだが、残った村の残骸の処理の甘さから、騎士が討伐したとも思えない。モンスターや魔獣だとしたら家財を奪う意味が分からない。

 後は確率が低い魔族の線だが、これも家財を奪う必要性が分からないので確率は低いままだと思う。


 移動中などに、セラにも人の遺体のことなどを伝え、この辺りが物騒なことになっているだろうという推測は伝えてあるので、流石に二つ目以降の村ではそこまではしゃいではいなかったし、村の後処理も手伝ってくれた。

 ただ、行く先行く先が廃村のような状態なので、だんだんと村を回るが面倒になってきているように感じる。そろそろ人の一人でも見つかればいいのだけど……


「うーん、あそこも駄目かなー、全然人いないねー。また全員どっかに行った村じゃない?」

「そうかもしれないけど、もしかしたら物騒だから建物の中にいるだけかもしれないし、行くだけ行こう」

「家の中にいても死ぬのは間違いないから、意味なんてないとは思うけど」

「まぁ……そうだね」


 次の目的地であるウィト村が見えて来たが、ここまで見た二つの村同様に放棄されたような雰囲気を感じ、そんなようなやり取りをする。

 村の出入り口には多くの車輪の後が残されていることからも、多分多くの人が出て行ったのだろうし、セラの言うとおり放棄された村かもしれないけど、それはそれで処理の方はしないといけないから、どちらにせよ行くだけ行く必要がある。


「ほら、やっぱり、誰もいないじゃん」


 村に入って辺りを見渡したセラがそんなこと言う。


「……いや、まぁ、だとしてもやることがあるでしょ」

「また? もう面倒臭いんだけどー、諦めて街に行こうよー、ジョン」

「まぁ、面倒なら僕一人で……」


 やるよ、と言おうとしたらセラに左手を伸ばされ口を塞がれた。


「だれかいるね……」

「本当に?」


 声量を抑えて、そう尋ねるとセラがコクリと首を縦に動かした。

 セラが視線を向ける先を、見てみるとそこは何の変哲もない家だ。村で二世帯の家族が住むような大きさの家で、建てられてから結構な年が経っているようで、あちらこちらで風化が見られるが、総じて変哲のないという表現ができる建物だ。


 二人でじっとそちらの方を見ていると、入口のとびらが開かれた。


「えっと、誰かいますか?」


 家から出て来たのは、特に変わったところはない人間の青年だった。


 一応警戒をしながら話をしたが、彼はこの村に唯一残った村民らしい。それどころかこの辺りで言うなら、自分の村に残っている者は他にいないかもしれないと言う話をしてくれた。


「俺は、その、この村のこの家と畑が大事というか、なんというか……家族が残してくれたものなので……離れられなくて」


 最初は同じような理由でこの村に残る人もそれなりにいたらしいが、近隣の村がどんどんと襲われたり、それを聞いて村から逃げる人も増えてきて、最終的に残ったのは彼だけらしい。


「村を襲っているのは、山賊なんです。なんですけど……その、村を襲うようになったのは半年ほど前からなんです」



 二年ほど前にウットテリム領のどこかしらの山に居ついたらしいが、基本的には畑の野菜を盗んだり、家主の居なくなった建物から物を奪ったりするくらいで、村を襲ったり、人を襲うことはなかったらしい。

 まぁ、それはそうだ。単発的な盗賊行為ならともかく、継続的に生きていくのであれば、村を滅ぼすと言うのは少し気にかかる。

 各地を転々とする盗賊集団ならともかく、2年も一ヶ所に居ついている山賊の行動にしては短慮が過ぎる。一応はここ半年のことらしいことから、移動を考えている可能性はあるが、それほど強い恨みを買いかねない行為をする、下手したら騎士に討伐指定されかねないほどのことをする理由が分からない。村一つだけならともかく、複数の村を滅ぼすのはどう考えてもやりすぎとしか思えない。

 青年の話を聞く限りだと、村だけでは無く、滅ぼすまではいかずとも町も襲われてるらしく、そちらでも一部はウットテリム市街に引っ越しているらしい。


「町でも引っ越していている者がいるのか……やけに引っ越しているけど、よくそんな動けるな」

「そうですね、流石に普段なら山賊に殺されるかもしれないとして、こうはならなかったと思います」

「というと、何か特別な措置でも?」

「ええ、騎士が山賊の討伐を出来ていないお詫びだとか補償だとかで、ウットテリム市街に移動する場合、金銭的だったり住居だったりの補助をすると、二月ほど前に領主様に言ったので、村々ではほとんどの人が移動しました。その際に補助があるのならと、小中規模の町の方でも、移動する人がいたみたいです。そっちの方は、聞いただけなので詳しくは分からないんですけど」


 移動したあとで、一時的に戻ってきた者の話を聞く限りだと、その補助とやらは確かに施されていて、特に何かたくらみがあるようなものではないとのことらしいが、それほどの余裕があるのに、山賊を討伐出来ないのはなぜなのかが気になる。

 村一つ分くらいならまだしも、結構な数が市街の方に移っているはずだ。その者たちの住居を提供したり、金銭的補助がすることが出来るなら、外の戦士を雇ったり、装備を整えて山賊討伐に力を入れる方が安上がりだし、民にとっても喜ばしいことのはずだ。

 それが出来ないほど山賊が強いと言うのも不自然な話だが、そうだとしても、人を集めるのはおかしい。それならなおさら装備を整えて市街の守りを固めるべきで、戦いもままならない民を集めるべきではない。

 山賊の強さが異常である前提で、領主が人命を貴ぶタイプの人物なら、ありえなくはないが……アンブラー公の話からすると、やはりきな臭い。

 活気がないこと自体は、山賊が原因で説明できるが、国に収める税の量が増えていることはどうにも説明が難しい。

 民の市街への受け入れで予算はかなり使っているはずだし、山賊の対処が難しいという状態が重なるなら国に多くの税を納めるよりも、事情を説明して納税を先送りにするか減税措置を貰い、その物資や資金を討伐のために当てるべきだ。

 アンブラー公がきな臭いと言うのも納得がいく。山賊のことは伝えられていないので、知っていない可能性が高いが、何か隠しているのは分かったのだろう。それ故に怪しんだというわけだ。

 距離的には二つ隣りの領であるアンブラーにすら山賊のことが伝わっていないことから、外への協力要請はしていないように思えるが、だとするならば、ここの領主は何を考えているんだろうか……いずれにせよ、山賊がことに関わっているのは間違いないだろうし、その行為からも勇者一行としては放置はできない存在だ。


「情報提供感謝する。そう言えば名前を聞いていなかったな」

「レイフです、お二人は? 旅の方と見受けますが……」

「ああ、そうか、僕たちも自己紹介をしていなかったか……僕はジョンソン。そして、こっちは勇者セラフィーナだ」

「え……勇者さま?」


 僕たちの存在を知った直後、青年は背筋を伸ばし身体を強張らせた。

 


「ああ、何年か前に公布があったはずだ」

「えっと、その勇者様たちが何故ここに?」

「ああ、別にここに来る用事はなかったが、予定があった村が滅んでいたからその調査も含めてあちこち回っていたんだ」

「なるほど……」


 それから、青年は勇者に立ち話をさせる訳にはいかないと家へ招き入れてくれたが、口数はかなり減ってしまった。

 他国ではともかくフストリムワーネ王国内では、その使命の大きさから、勇者は貴族よりも立場が強い。そんな者といきなり相対すればこうなるのも無理はないか。

 アンブラー市街ではアンブラー公以外には別に勇者であることを伝えていないし、リンド村では、宴の間セラが色々としたために別に恐れられていなかったけど、一人だけ残った村民からすれば何かと対処に困りもするだろう。

 まぁ、セラの立場的には変に距離が近いよりもよほど正しいと言えるので、特に同行するつもりはない。相手側から距離を取ってくれるならセラもだんまりを決めてくれるだろうし。


「レイフ、尋ねたいことがあるんだけど、いいかい」

「は、はい、自分に答えられることなら」

「それじゃあ訊くけど、山賊がどこにいるか分かるかい」

「そ、それは……詳しくは分かりません。ただ、ここから西の方だろうということは推測できますけど……」


 襲われていく村の情報は流れて来ていたらしく、その順番や、生き残った人の証言から、そっちの方角にアジトがあるのではないかとのことらしい。


「そうか、情報提供感謝するよ、それじゃあ、セラフィーナ、行こうか」

「行くって……お二人は討伐に向かうおつもりですか」


 そう言って立ち上がった青年の表情からして、危険だからそんなことをさせる訳にはいかないという感情と、勇者が向かうのなら解決してくれるかもしれないという期待。半々、いや、やや後者が強いという感じだろうか。


「もちろん……確かに僕たち勇者一行の最終的な使命は魔王討伐だけど、それだけに集中して困っている人たちをないがしろにするのは勇者のすることじゃないからね」


 もちろん全てを解決できるわけじゃないけど、暴力などの力によるものを解決するのは間違いなくこちらの領分だ。騎士が動かないのであれば、なおさら勇者一行が動くべきだ。


 レイフに見送られてセラと共に村を出る。相手がかしこまっていたのもあるが、セラは最後まで特に話すことはなかった。


「んー、本当に行くの?」

「当然でしょ」

「行くって言っちゃったもんねー」

「いやいや、セラ、これは僕たちの仕事だよ。一応裏も調べないといけない気がするし」

「そっか、ジョンがそう言うなら、さっさと倒して次の街に行こう」

「次の街というか、まぁ、討伐の後は報告でウットテリム市街にはいかないとだけどね」


 というか、山賊が何らかの影響を及ぼしている可能性は高いけど、街の方は街の方で何かが起きている気がするから、山賊がいようといいまいと、いずれにせよそっちの調査ッも必要だ。

 フストリムワーネにいるうちは旅もスムーズかと思ったけど、魔族には会うわ、通過予定の中で何かと動きが怪しい領はあるわで大変だ。今回のことはともかく、魔族の方は本当に予想外だったし。知ってはいたが、やはり何事もそう上手くいくとは限らないということかもしれない。


「あっちの方の山のどっかだよね、どうするの? 全部潰す?」

「潰す? 何を?」

「山を」

「山を?」

「そう、ペシャッと」


 凄いスケールの話だ……コストも被害範囲も影響も全部のスケールが大きい。いや、やろうと思えば出来ないことはないんだろうけど、そんなことをするわけがない。


「……規模が大きいね」

「でも、探し回るより楽じゃない?」

「いや、山賊以外の人も巻き込みそうだし、被害も大きいし、駄目に決まってるでしょ」

「えー、でも目的地不明のまま山の中動き回りたくないんだけど……この辺りの風景も飽きたし」


 やはりというかなんというか、村を回っていたことで、セラはこの辺に飽きていてさっさと次の場所に行きたがっていたようだ。まさか、ここまでとは思わなかったけど。


「まぁ、確かに練り歩くのは効率的にも戦略的にも良くはないから、魔法は使うよ」

「じゃあ、ペシャッとしちゃう?」

「しない」


 なんでそれにこだわるんだ。セラが何かする前に早く魔法の用意をしよう。

 鉱石系のモンスターと魔石を砕いて混ぜ合わせた砂を取り出して、地面にばら撒く。


「何するの?」

「広域捜索の魔法。魔術の心得があるなら、使われたら使われたと分かるだろうし、なんなら捜索妨害とかも使えるだろうけど、山賊の中にいるとは思えないし、いたとしたらそれはそれでいいかなって」

「あー、そっか、そういえば、これ前もやっていたね。地形に見立てて人を探す奴」

「思い出したみたいだね、そうだよ、特定の人物とか分かればもっと正確に分かるんだけど、今回は構成員もなにも分からないから、幅広く生きている人間を対象として調べるよ」


 前回は盗賊の討伐の際に使ったが、あの時は頭領が誰なのか分かっていたので、直接潜伏先を調べることが出来たが、今回は名前も顔も誰一人知らないのでこういった調べ方にした。

 人の残っている村はほとんどないだろうし、密集していたらそこがアジトである可能性が高い。もし人が多く残る村があるとして、そこを尋ねること自体は無駄にはならないだろうし、この調べ方が最も適当だと思われる。

 魔法式を使って撒いた砂操作する。すると、この辺りの地図が立体的に作られる。


「おー、これくらいの大きさなら簡単につぶせるねー」

「いや、潰さないでね、これから使うんだから」

「分かってるって」

「それならいいんだけど……」


 なんだろうか、ストレスでも溜まっているのか妙に物騒な気がしないでもない。いつもの通り雑なだけと言えば、そうとも言えるんだけど。


 赤色に煌めく大きめな粒の砂が入った瓶を取出して地面に置いて、撒いた砂が作る地図と一緒に魔法をかける。

 すると色つきの砂が対象の位置に移動していく……なるほど、そこか……


 残っている村があるのかと思ったが、全然ないのだろう、人が密集している場所は一ヶ所しかない。数人いるだけなら、そこいらにいくつかみられるが、数十人の単位でいるのはある山の中だけだ。ここに村があるとも思えないので、山賊のアジトである可能性が高いだろう。

 結構遠くの位置ではあるが、ギリギリ砂の地図の中に納まっている。もう山一つ先にあったらもうやり直しだったので、一回で見つかってよかった。


「よし、それじゃあ、その山を潰せばいいんだね」

「駄目だからね」

「えー、だってそこを根城にしてるんでしょ」

「たぶんね。この辺に洞窟とかで暮らす民族がいるって話は聞かないし、ほぼほぼ間違いはないと思うけど、一応山賊から逃げた村の人がいる可能性もすこしはあるし、そうじゃなくても情報は欲しいから、山を潰すのは良くないと思うよ」

「むー、絶対そっちの方が簡単なのに」

「まぁ、場所まで分かってるから、コストはかかるけど簡単なのは同意するけど、セラは勇者だから周りへ与える影響も考えてね」

「その辺りはジョンに任せる!」

「……うん、分かった、じゃあ任せてくれるとして、今回はやめてね」

「はーい」


 セラなりに世間のこととか、立場のことを考えてくれるのが一番いいけど、変に動かない分だけいいかもしれない。全部判断と任されるのはやっぱりちょっと困るけど。


「よし、じゃあ、場所も分かったし突撃しよう!」


 早く山賊をなんとかして、旅を再開させたいのだろう。思ったより早い速度で走るセラを追って僕も走り出した。というか、速いね、結構全力出さないとなんだけど……


 セラを追って走る僕は、念のためいくつかの薬を口にするのだった。

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