第6話・アンブラー市街での一日

 セラの羞恥心は一晩限りの物だって分かってから一日。今日も普通に裸で寝ていたし、そろそろ部屋を分けることも視野に入れてもいいかもしれない。襲撃とかないとは言えないし、道具の管理とか受け渡しを考えると同室の方が楽なんだけど、裸の勇者と異性が同質ってのはどうにもアレというか、そもそも異性がいるだけでも結構アレなところはあるとは思うし。


 もっと人数が増えれば、普通に部屋を分けるなり出来るし、そうじゃなくてもセラも脱がないとは思うんだけど。基本的にはずっと二人旅の予定だし、同行者が出来たとしても一時的な物になりそうだから、そうはならないんだろうけど。


「ああ、ほら、マントはしっかりとして」

「えー、だってこれ、ちゃんとつけると邪魔で腕動かしづらいし」

「別に戦いに行こうってわけじゃないんだからきっちりとしよう」

「はーい」


 しっかりとした装備をさせるのもあれなので、軽装タイプの装備をして貰ったのはいいが、こちらの装備用のマントは肩にかけるタイプなので腕が隠れてしまう。セラはなんだかそれが気になるらしく、方にかけずに適当に紐を首とかにひっかけて背中だけに着けていた。


 見た目に問題がなければそれでもよかったが、流石におかしかったので、ちゃんと装備してもらい、アンブラー公と会いに行くことにした。

 フストリムワーネ王国では全領主に通達が行っているらしく、勇者側から面会の打診をすれば大体次の日に、遅くても3日以内には会えるとのこと。


 城に向かうと、執事に応接間で案内される。


「お待ちしておりました、勇者セラフィーナ様、次代の賢者ジョンソン様」

「次代の賢者というのは過大な評価だとは思いますが、初めましてアンブラー公」

「よろしく」


 僕とセラはアンブラー公と軽く握手を済ませると、席についてすすめられた紅茶に口をつける。

 セラがお菓子を食べているのをよそに、アンブラー公に魔族の話をすることにした。

 こちらの話に集中してもらえば、セラも口数が少ない勇者として見てくれるかもしれない。食い意地を張っているようには見られなければいい。


 旧オーマス市街で魔族がいる噂は、アンブラー公も知っているようではあったが、まさか本物とは思っていなかったらしく、驚いていた。

 また、僕たちが苦戦したという話には、アンブラー公も危機感を覚えたらしく、魔族に対する認識を改めた様子で話を聞いていた。


「なるほど、セラフィーナ様が倒したと」

「ああ……えっと、はい。こちらがボクが倒した魔族の魔核です」


 急に話を振られたセラが少し慌てた様子でポーチから魔石を取り出した。


「これは、なかなかの大きさですが、全体にヒビが入っていますね、激戦の跡ということですか?」

「まぁ、そうですね、最後の方は無理な使い方してたみたいなので、そこでヒビが入ったんじゃないかなと思います」

「なるほど、相手も必死だったと……」

「それは……まぁ……」


 お菓子も気づけば8割ほど無くなっており、セラも満足したのかそこからは話に参加したのだが、硬い喋り方は好きじゃないらしく、口数はあまり多くない。


 魔族に対するあれこれだったり、次の目的地を話したりした後に、解散となった。アンブラー市街にはもう一日滞在すると言う話をしたら、城に泊めてくれるという話になったので、寝室とは別にもう一室借りて、薬を補充したり、新しい道具を作ることにした。せっかくセラが倒した魔族の魔核もあることだし、何かしら作れるだろう。


 部屋を貸してもらっているので、アンブラー領の者も学びたいとのことで一人だけ入室を許可した。本当はセラもいるだろうと踏んでの一人だけだったのだが、セラが街を見てくるといって外に行ってしまったので、それなら後二人くらい入れても良かったと少しだけ後悔した。


 道具の方は危険なものもいくつか作るかもしれないので、あまり多くの者に見せるつもりはないので少人数に留めるのは当然なのだが、薬の方は師匠達から許可も貰っているし、時代的に回復薬は必要だから広められるなら、そっちでも広めてくれとも言われている。

 セラがいないなら道具制作は後にして、もっと人を呼べばよかったと思ったのだ。

 一人なのはセラのぼろが出ても黙ってもらえそうな人数が一人だったからというだけだし、道具を作るなら補助も欲しいし、三人くらいはいても良かったのに……


 今になってやっぱり増やそうと言うわけにもいかないので、学びに来てくれた人に丁寧にいくつか薬の作り方を教えて信用できる人には広めていいということを伝えた。


 道具の方は、もういっそ一人で作ることにして、来てくれた人を帰した後にじっくりと作成した。

 大分時間はかかったし大変ではあったが、外に情報が漏れることがない分、性能は遠慮なしに強力な物が出来た。

 道具を片付けていると、タイミングよくセラが帰って来た。見ていたのかというくらいタイミングが良かったので、少しだけムッとしたが、もうちょっと早く帰ってきてくれたとしてどうせ片付けは手伝ってくれなかっただろうし、変わらないだろうと気を取り直して、二人で旅の準備と、次の目的地の話をすることにした。


「次はウットテリムに行くって言っていたけど、どのあたりに行くの? 今回も市街じゃなくて、どこかの村に魔法陣を置くつもりなんでしょ?」

「そうだね、市街は巻き込んだ時の被害が大きくなりやすいのと、相手からの狙われやすさとかも考えると村の方が置きやすいからね」

「それで、どこなの?」

「そうだね、この辺り……テフ村があるから、そこに行こうかなと思っているよ」


 地図上にあるテフ村の場所を指しながら説明をする。

 場所的には領主の城がある市街からそこまで遠くなく、かといって近すぎないのが魔法陣設置の目安にしているので、他にも候補になりそうな村の位置はいくつか教えておいた。


「今回は事前に話を通している訳でもないし、行ったことのある場所でもないから、断られたら別の村に行くことになるとは思うけど……」

「テフ村には何があるの?」

「何があるって言われても、僕も行ったことがないからそれは分からないよ。けど、別に何かあるから行くってわけじゃないから、あんまり関係ないと思う。でも、そもそも村だしそこまで何かある訳じゃないと思うよ」

「なるほどね、じゃあさっさと市街に行く感じでいい?」

「まぁ、セラがそうしたいならそれでもいいよ」

「じゃあそんな感じで」

「まぁ、夜までに魔法陣を設置させてもらえればだけどね、断られたら別の村に行くし、いくつ村を回るかは分からないからね」

「それは、ほら、権力を使おう」

「最終手段ではそうなるけど、最終手段は苦肉の策だから最終手段なんだよ」

「大丈夫、苦肉苦肉」


 ニコニコとした表情でそんなこと言われても全然説得力がない。というか勇者が言うことではない。


「……交渉は今回も僕がやるね」


 セラに任せたら、使えるところでは普通に権力を使って終わり。とか、そんな感じになって、評判が凄く悪くなりそうなので、なるべくは僕がしていかなければいけないなと、強く思った。

 まぁ、そういう交渉が必要になったときは任せるとしよう。


 晩餐にも呼ばれて、美味しい料理をいただいて、情報を集めたので、次の日の朝食の際にいくつか伝えるかもしれないと言われ、ここで朝食を摂らせていただいてから出発することになった。


 城にいるということもあって、流石にセラとは別室の寝室を借りたが、世話をするメイドたちに迷惑をかけていないか少しだけ心配である。

 心配したところでどうなる訳でもないので、今日セラについて行くための体力のためにむしろ、いつもより早く寝たくらいだ。


 朝起きると、執事の人があれこれ準備してくれたのだが、やはり他人に用意してもらうのは慣れない。

 経験がないわけではないし、セラと一緒に王都周りで動いていた時には、そういった日も結構あったのだが、師匠の屋敷にいたときや、村にいたときはむしろ色々する側だったのもあって、なんというか自分で動きたい気持ちがあるのかもしれない。


「セラフィーナ様、ジョンソン様、おはようございます。昨晩は良く眠れたでしょうか」

「ええ、安心できる環境だったため、久々に深い眠りを取ることができました」

「それは良かったです」


 朝食に集中するセラをよそに、アンブラー公が集めてくれた情報を聞く。

 やはりセラは黙っていた方が結果的に話に集中出来る。


「お二人はウットテリムに向かうそうですが、間違いありませんか?」

「ええ、そのつもりですが……なにか問題があったのですか?」


 アンブラー公の言い方から察するに、あまり良いものとは思えない。

 僕がウットテリムのことを調べたのはもう1年以上前になるし、それも実際に行ったわけではない。今のウットテリムがどうなっているか分からないので、アンブラー公が情報を集めてくれたのは非常に助かったのだ。


「あまりそこを通るのはお勧めできないというか……」

「話を聞かせてください。内容によっては忠告の通りにさせてもらいますが、私達の立場的に解決しなければいけないこともあるので、詳しく聞かせていただけると助かります」

「なるほど……それでは……」


 話を聞けば、活気がかなり落ちているとのこと。それだけなら、ただ「市民にとってなにか良くないことがあったのだろう」で終わる話なのだが、国に治める税は増えているらしい。

 他にも領地の騎士内で内輪もめがあっただとか、市街に入った者の何人かが出て来ないだとか、あまり良い噂は聞かないとのこと。


「そうですか……魔族のことがあったばかりなので、少し気になりますね……」

「それでは、お二人はウットテリムに向かうということですね」

「ええ、こことも二つ隣りの領地ですし、気になると思いますので、私たちが見に行ってきます。なにもなければいいのですが、もしかするともあるかもしれないので」

「分かりました、それではウットテリムのことはよろしくお願いします」

「案外なにもないかもしれませんので、もしかしたら、というくらいの心構えで向かいますので、そちらもそれくらいの気持ちでいていただければと思います」


 朝食を終えると、僕とセラはそれぞれの部屋から荷物を取ってきて、出発となった。


「それでは、お世話になりました」

「いえ、また機会があれば来ていただければと思います」

「ええ、また二人で来られればと思います。なるべく、旅が終わった後で」


 次にここに訪れるとしたら、リンド村に撤退した時か、魔王を倒した後になるだろうし、そう言って僕たちはその場を立ち去った。


「うーん、やっぱり堅苦しいと面倒くさいし、村の宴の方が楽だね」


 街の外に出てしばらく歩いたら、セラが振り返ってそんなことを口にした。

 まぁ、ここまでくれば門番からも見られていないだろうし、構わないけど急に崩れたね。もしかしたら、昨日街に出ていた時はずっとこんな感じだったかもしれないけど。

 こんな感じでいたら勇者だとは思われないだろうし、それはそれでいいと言えばいいんだろうけど、相手がセラのことを勇者だと認識している時にそんな感じだと威厳とかその辺りが心配になるので、リンド村の時のような宴はそれはそれで気苦労はある。


「いや、そっちはそっちで心配な点があるから、僕的にはどっちも変わらないよ」

「ジョンが変わらないなら、ボクが楽な分村の宴の方がお得じゃん」

「どういう理論か分からないけど、城に泊まるのは控える?」

「いや、旅先の領主の城に止めてもらえるのは、それはそれで勇者の旅っぽいから」

「そっか、それなら機会があったら断ることはしないでおくよ」


 どうせ走るのだろうし、さっさと薬瓶を開けて中身を飲み干した。


「よーし、それじゃあ走ろっか」


 数回の屈伸運動の後にセラが走り出した。そろそろ何かいい移動手段を考えた方が良いかもしれない。

 徒歩の旅を想像していたので、まさかこんなに走り続ける旅になるとは思っていなかった。昨日、肉体強化や体力強化の薬を多めに作って正解だったなと思いながらセラの後をついて走ったのだった。

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