閑話 初魔族戦・セラの視点

 ジョンの言うことを聞いて近くにある湖まで撤退してきた。

 その気になればあの魔族は倒せただろうけど、そのためにはいくつか奥の手を使わないといけなかっただろうし、そんな所をジョンに見せたいわけでもない。

 どちらにせよ、ジョンの選択であるなら、聞いておけばいい。ボクが自主的に動くよりは問題も起きにくいだろうし。


 ジョンが魔法陣を描いている間、拾って持ってきた剣を眺めながら周囲の警戒をする。


 ……この剣、やっぱりそれなりに良い剣だよね。いつも使ってる剣より確かに魔力の貯蔵可能な量は少ないけど、その分物理的には丈夫な気がするし……あと、初めての蒐集品だし。今まではなんやかんや全部国の方に持っていかれていたし、こういう旅先で何かを入手するのもいい感じに旅っぽくていい。


 次はどんなものが手に入るかなー、というようなことを感じると、魔力が集まるのを感じた。

 そっちはジョンの方だ。

 急いで、振り返ってみるが、パッと見ではなにもないように思えた。だが、魔力の流れは違う。装備や周囲からジョンの背中の方に魔力が集まっていく。


「ジョン! どうしたの⁉」

「わ、わから……ない……」


 反応からしてジョンの意志で魔力を一点に集めている訳ではない。とても苦しそうに見えることから、良い影響を与えているとも思えないし、すでに何かしらの効果を及ぼしている事も想像できる。

 それなら……たぶん魔術式だ。だとしたら、いつ、どこで……そうか、あの時っ、あの転移する時に打ち込まれたんだっ!


 流れる魔力動きや変化から式を読み解こうとしていると、ジョンが倒れてしまった。

 そうだ、ジョンの体は普通の人間と同じだから、魔力なんて流されたら体の自由が利かなくなってもおかしくない。

 でも、それだけじゃ、あれ程につらそうな表情をするとは思えない。

 服越しに漏れる光や変化した魔力の性質が火属性であることから、集めた魔力で熱を生み出しているのは分かる。きっとそれでジョンは皮膚と肉を焼かれている。

 今すぐ駆け寄りたいけど、近づけばボクの保有している魔力も吸い取られ、結果的に生み出す熱量が増えジョンがもっと苦しむことになる。今は式を読み取ってどういった対処をするかを考えないと……


 集めた魔力の割に、ジョンは割と平気そうには見える。

 辛そうではあるし、早く助けたいと思う表情はしているけど、ジョンが身に着けている装備から根こそぎ魔力を集めているだから、単純に熱に変換したなら、服が燃えて背中の一部が炭化してもおかしくはないはず。

 変換効率が悪い? いや、違う気がする。あの式が魔力を集める範囲はそう広くなくて、人一人の身長分、それよりちょっとだけ大きい直径の球場の範囲だ。狙いはジョンの身に着けている装備、つまりはジョンの手持ちの魔力で周囲から魔力を集めているのはおまけでしかない。それだけの範囲に絞っているのにあえて効率の悪い式を使っているとは思えない。

 だとすれば、あれは、ジョンの手持ちの魔力を全て消費させるために、魔力自体は集めるだけ集めて、いらない分を変化しているだけ……真の目的が何か……


 追跡? いや、だとしたら、なんで今更発動したんだろう。いや、というより、なんて今まで発動しなかったのか……違う。発動する条件を満たしたから発動した。人体に魔法式を打ち込んで遠隔で発動させるならそれが一番簡単。

 だとして、魔力が集まる直前にジョンがやっていたこと……もしかして……


 ジョンの描いていた魔法陣を見る……ああ、もうほぼ完成している。後は、行き先の指定だけだ……じゃあ、やっぱり……


 ジョンに打ち込まれた魔法式、それは召喚転移の魔法式だ。

 止めないと、いや、でも、ボクがジョンに近づいて吸われた魔力が熱に変換される前にあの式を解除できるの?

 そんな風に思っているうちに、式がジョンの体を伝って移動していく……そうか、最終的にジョンお体を離れ魔法陣に収まるなら、その隙を狙えばジョンをこっちに引っ張って来れるかもしれない。


 ボクがジョンを助けるタイミングを見計らっていると、ジョンがなんとか、という様子で顔を持ち上げて叫んだ。


「に、逃げろっ! セラっ‼」

「ジョン……なに言ってるの?」


 ジョンはボクと魔族を戦わせたくないようでそう言ったのかもしれないけど、ボクがジョンを置いていけるはずがない。

 魔法式がジョンの体を離れたのを見てから走り出したが、一つ予想外のことがあった。


 ボクがこの瞬間を見計らって動くことを読まれていた。その式を目に入れて、しまったと思ったがこの時にはすでに走り出してしまっていた。

 その式には熱と光への変換と転移魔法への追記式以外にも一つ魔法式が仕込まれていた。


 転移発動直前に一定以上の速度で動くものの中で一番早い物を対象とした停止魔法。

 時間的には一瞬だけど、この一瞬を逃したことにより、ジョンの救出は失敗し、そのすぐ近くに魔族の男が現れてしまう。


 魔族の男と目が合う。ボクの状態を見て、自分の策略が上手く行ったことを悟ったのか、口角をつり上げた。


「やはり、転移をしようとしたな、そう思ってお前に魔法式を打ち込んでいた」

「い、いつの間に……」

「もちろん、お前たちが不定転移をした時だ」

「あの火魔法のついでにか……だが痛みも違和感もなかったのに……」

「当然だ、転移始めに打ち込んだからな、その状態なら傷をつけずとも魔法式を打ち込めるだろう」

「なるほど……はぁ……そうか」


 ジョンと魔族の男が会話をする。

 その会話の間、なんとか隙がないかとも思ってじっと見ていたが、相手の意識は全てこちらに向けてきているのが分かる。やっぱり、ジョンが全く動けないということも想定通りなんだ……


「知恵比べは私の勝ちでいいかな」


 男がそう言う。

 ジョンとの会話の流れで言ったかのような台詞だったが、それがボクにも向けられているということが分かった。

 ああ、この男にはボクの隠しているいくつかのことがばれているのかもしれない。


 この男をどう始末しようか考えないと……だからといって、手段を択ばないとジョンにもいろいろと知られちゃうことになるし……どうしようかな。


 そんな風に頭を悩ませていると、ジョンが信じられない言葉を口にする。


「そうだね、完全に敗北だよ……でも、ここは僕の命だけで勘弁してくれないかな」

「な、何言ってるの⁉ ジョン!」


 思わず思考を止めて、そう叫んでしまっていた。

 その後もジョンに考え直してもらおうとしたけどジョンの意志は固いみたいで、ここでリタイアする覚悟を決めていた……これも、全部あの魔族のせいだ。


 だとしたら、どうしたらジョンを救えるかなんて考える必要はない。もしかしたらジョンにもいくつか秘密がばれてしまうかもしれないけど……死ぬよりはいい。どうしようもなくなったら、こっそり頭をいじっちゃえば大丈夫だろうし……


 剣を構えて魔族の方を見た。

 とりあえずは……


「お前を殺して……」


 ああ、いや、違う、ジョンの前でこういうのは良くない。


 小さい声だったがぽろっと言葉が口から出てしまっていたことに気づいた。

 ジョンが殺されそうになってついうっかり出てしまった言葉だけど、ジョンに聞かれていたらどうしよう。

 とりあえず、それっぽい言葉をすぐに口にして誤魔化すことにした。


 それっぽい言葉……どうしたらいいかな……もうちょっと丸い言葉を……ああ、そうだ。


「お前を倒して、ジョンを助ける」


 これで、良いかな? どうだろう、変に思われてないかな。口調は大丈夫だったかな?

 いつもの子供っぽい口調からするとちょっとだけ冷たくて鋭かったかもしれない。けど、非常時だし、真面目モードって感じで解釈してくれると嬉しいな。


 



「二人で魔王を倒す、か……だとするならば、どうする? この状況を……」


 魔族の男がそんなことを言う。確かにそれはそうなんだよね。ジョンを助けるなら、あまり広範囲に影響が及ぶような技は使えない。とはいえ、速攻で救うためにもある程度本気は出さないとだし、疑似聖剣くらいは使わないといけないかな。

 切り上げる形で一撃で仕留めれば本気で戦っているところをジョンにあまり見せないで済むかもしれない。よし、それで行こう。

 ついでに肉体強化の刻印の発動深度を深めておこう。


「そうだね……こうするかな」


 周囲の魔力も装備の魔力も精製した魔力も全部、剣に集めていく。

 あーあ、この剣、ちょっと気に入っていたのにな。たぶん、いや絶対に壊れるだろうな。


「ん?」


 ボクが過剰な魔力を剣に集めていることに気づいたのだろう、魔族の男が眉をひそめた。

 ああ、対策取られるのも嫌だな、魔力製造炉1番から3番までは最高深度まで深めてもいいかも知れない。早く魔力を集めたいし。

 そうして魔力集中の速度を速めるのと同時に魔族の男も動き出した。


「む……これはっ……悪いが、お前に行動されては戦いにもならないかもしれない、眠っていてもらう」

「なに? なにを言って……」


 ジョンに魔法を発動されたが、あれは……睡眠魔法? しかもそこまで強力なものじゃない。ボクもジョンに使われたことがあるから分かるけど、抵抗しようと思えば出来るくらいのもので、かかったとしても数時間で起きるし、強い衝撃を与えても普通に起きる。

 なんでかわからないけど、ジョンが倒れていてくれるなら、遠慮なく本気が出せる……いや、そっか、なるほどね……


「それは、わざとかな?」

「……ああ、お前はどこか遠慮している様子だったからな、正確な力を見るためにもこの男には眠ってもらうのが一番だと思った。殺すことも出来るにはできたが、それはそれで正確な力を図ると言う目的は出来なさそうだったからな」

「ふぅん……まぁ、正解だけど」

「ここでは戦いにくいだろうから、森に向かっている」


 ジョンを巻き込まないためにそこまでしてくれるなんて、意外といいやつなのかな? 分からないけど。


「ジョン、すぐに戻って来るからね」


 剣に魔力を集めるのを一旦止め、地面に魔力式を打ち込み、簡単な結界を張る。これでモンスターはある程度対処できるはずだし、突破されたらされたでジョンが起きるだろうから何とかなると思う。


 魔族の男を追わないとなんだけど、剣がもうだいぶ脆くなってるから気をつけないといけない。もうここまで来たら目的はその先なので、壊れること自体は問題ないんだけど、その後の時間との闘いが非常に不利になるから少しでも長く剣を保たせたい。


 気をつけながらも早足で男の後を追う。湖から少し離れたあたりで分かりやすく魔力を放っていたので、どこにいるかはすぐに分かった。


「ごめん、待たせた?」

「……気にするな。それよりも覚悟はできたのか?」

「覚悟?」

「私と一対一で戦う覚悟だ」

「いるかな? そんな覚悟」


 必要な覚悟は本気を出す覚悟だけ。それもジョンが眠っているなら、少しは覚悟を決めるのが簡単になっているくらい。


「君こそ覚悟がいるんじゃないの?」

「どんな覚悟だ?」

「それはもう……死ぬ覚悟に決まっているじゃん」


 もういいかな? 剣にありったけの魔力をつぎ込み、ついに剣が崩壊する。

 これをすればどのような武器だって伝説級まで引き上げられる。いや、正確には違って、その武器を犠牲に、時間制限つきの伝説級武器を作りだせる。


「なんだ、それは……」

「聖剣だよ、偽物だけどね」


 ボクが手にしている輝く剣は、剣が光っていると言うより、光そのものが剣となっている表現が近いような見た目をしている。というより、実際に持った感覚や振ったり、切ったりする感覚もそれに近い。ちょっと眩しいのが難だけど、強いには強い。

 これは時間制限つきだ、もうおしゃべりしているのもあれだし、さっさと切りかかった。


「これは、なるほど……実体があるのにない、厄介極まりない」

「そう言いながら、良く避けるね!」


 斜めに斬りおろし、すぐに直上に斬り上げる。突き、薙ぎ、フェイントを入れた引き斬り。

 どれも躱されている。

 受けるのも止めるのも無理なのはひと目でばれているらしく回避に専念しているので攻撃は一切ないが、こちらの攻撃を全て避けるものだから、かなりの強さであることは分かる。


「訓練の上ではしっかりと対人戦もやっているのだろうな、かなりの物だが少し型が綺麗過ぎるのと、若干身体能力に頼っているところがあるな」

「それはどうもっ!」


 何度か躱されただけでそこまで言うなんて、少しだけ気にくわない。ジョンにも同じようなことを言われたことがあるから、それは分かって入るんだけど、この命をかけた戦いの途中に相手から言われるのはちょっとムカつく。なんか余裕があるみたいで。


 こっちだって余裕はまだある。魔力製造炉を13番まで全部最大深度。精製魔力は全部聖剣に、ついでに使っていない肉体強化の刻印もいくつか最大深度で起動した。


 この疑似聖剣は魔力を注げば注いだだけ大きくなる。大きさをそのままに威力をあげることも出来るが、いまは相手に一撃を当てたい。

 それに振るう腕の速度もかなり上がるので、この不意打ちなら回避は出来ないはずだ。


「くらえっ!」

「なにっ‼」


 剣が振るわれるよりも先に後ろに避けていたが、振るわれる拳の大きさが大きく変化したこと、そしてそれを振るう体の速度が違うことでその剣は男の胴をとらえた。


「え……それは……」


 でも、両断は出来なかった。

 大ダメージは与えたし、目的は果たせているからいいんだけど、防がれちゃったことは面白くない。


「間に合ったか……ダークコート、簡単な闇魔法だが即死は防げた」


 魔族の男が黒靄のコートを纏っていたのだ。あれは、それなりの物理防御とかなりの魔法防御を備えた防御系の魔法。魔法的な攻撃はほとんど防がれたが、物理的なダメージの大半は入ったので、内臓こそ出ていないけど、大分ざっくりと肉が切り裂かれている。


「そう、闇魔法使えたんだね」

「そうだな、私も驚いている」

「自分のことなのに……火事場の馬鹿力ってやつ?」

「かもしれないが、そうじゃないかもしれない」

「でも、次はないでしょ、だって、オーバーロードしているよ、君の魔力炉」

「……そうか、お前、やはり……」

「まぁ、目も自前じゃないし、偽装さえ解けば普通に見えるよ、魔力くらい」


 左目の人口魔眼は魔力を見ることができる。これでその性質や流れを見れば魔法の解析とかも出来たりする。元の目の色と違うから普段はそれを隠すために色々してて何の効果もないけど、ジョンが見ていないなら好きに使える。


「それに、魔力精製も出来るな、お前……人間の身で無茶をする。それとも実は魔族だったりするのか?」

「いや、残念。ボクは人間だよ、色々いじられてはいるけどね」

「そうか……見たところまだ全開ではないんだろ」

「そこまで分かるんだ……君、本当はここにいるような強さの魔族じゃないんじゃないの? というかそうじゃないと、旅の今後が不安でならないんだけど」

「……まぁ、それは安心しろ。うぬぼれのようだが、この私でもグラヴ配下の魔族の中では上から数えた方が早くはあると思う」

「そう、それならよかった、あんまり本気出したくないし」

「そうか……だが、それを頼んでもいいか?」

「うん? 全力を出せってこと?」

「ああ、そうだ」

「うーん……いやなんだけど……」

「そうか……あの男を人質に取ろうかとも思ったが、その目があるからには嘘はすぐに見破られるか」

「そうだね、君がジョンに何か魔法を仕込んだりしてないことは確認しているよ」


 でも、ボクの全力を見たいって、どういうことだろう。もう負けが確定しているから最後に見ておきたいということなのか、それともボクが全力を出したら何かあるのかな。


「代わりと言っては、今の私の全力を見せてやろう。というより、それでお前の本気を引き出せればいいのだが……」

「どうだろうね、出さないで済めばいいと思うんだけどね」

「少し、真似をさせてもらうとしよう」

「何をするつもり?」


 すでにオーバーロードしているはずなのに魔力の製造速度がどんどん上がっていく……死亡前提の行動に思える。

 魔力を両手に集めていく。流れ的には疑似聖剣のものに近いけど、触媒はないけど魔力量だけでいえばボクの聖剣と同じかそれ以上かもしれない。まぁ、ぼくはまだ本気出してないから、越えようと思えば越えられるとは思うけど、それをするのはなんか負けた気がするので嫌だ。


「なにそれ、炎の剣? しかも二刀流ね、ただ、ぼくの剣と違って実体はほぼないね」

「まぁ、お前の真似でしかないし、この魔法は恐らくだが4大属性では十全に生かせないな。触媒なしならこっちの方が使勝手はいいだろうが……」

「はぁ……嘘でしょ、一回見ただけでそこまで分かるんだ」


 ボクは使いこなすためにわざわざ魔法式を刻印化しているっているのに。まぁ、なくても使える気はする。

 調整とかが感覚的に出来るから便利だから、これはこれでいいけど。


「一回見ただけではない、一回受けて、一回真似て使用した」

「あっ、そう」


 そう言いながら、下に向かって聖剣を振るう。そうやって、地面を抉りながら放射と反射で攻撃をしたのだが、突っ込んできた。

 確かに見た目ほどの威力はないけど、それでも寿命は縮まることは間違いない。本当に死ぬ気なんだなー、そんな風に思いながら迎撃の構えを取る。


 ボクたちの手にする剣は、剣とは呼んではいるものの、結局は実体と魔法体、おまけに一つ上の次元の何かがちょっぴり混ざった何かでしかない。まぁ、相手の方は属性の都合上実体と魔法体だけだろうけど。

 そんな武器同士なので打ち合うことはあまり意味がない。威力の減衰こそ起きるけど、結局のところすり抜けて互いに傷つけあうだけで、基本的には回避をメインに対処しないといけない。どうしようもないときはダメージ減少目的で受けるのはありだけど、その時はこちらからも切り付けてやらないと、ダメージレースでは負けてしまう。


 二刀流だけあって、受けが不可となるとかなり厄介。相手があまり回避する気ないのもあって本当に厄介。

 まぁ、ほとんど効かないんだけど。

 聖剣で受けた直後の一撃ならちょっとした火傷くらい。補助の4番を最大深度で使っているので大体一瞬で治る。

 直撃だとそこそこの火傷と擦り傷を負うけど、3秒くらいで治る。


 うん、これなら受けてもいいか。

 相手が両の手を上に上げた。まぁ、誘っているんだろうけど、その気なら誘われてあげよう。ただ、次の一撃で倒させてもらうけど。


 踏み込んで聖剣に魔力を込める。魔力が集まっていく、ボクの剣と、相手の剣に……


「ああ、言い忘れていたが、これも、真似させてもらうぞ」

「ん、ああ、そっか……」


 さっきボクがやって、そして今もやっているように、相手もまた追加の魔力を剣に注いでいた。でもそれじゃあ、今のボクにさえ致命傷を負わせることは出来ない。


 だけど、相手の工夫はそれだけじゃ終わらなかった。二本剣を一本にまとめていた。


 ああ、確かに。これはこの状態のままは受けられないかも。


 補助の12番、強化の1から3番まで、あとは特殊の5番。これらを最大深度で動かしておけば、受けたとしてすぐに動ける程度で済むはず。


 全身が熱に包まれる。太陽の中をくぐったかのように一瞬、視界が炎で埋まった。そして爆音が鳴り響く。下からの衝撃と、地面が抉られたことで、大地から足が離れて、ほんの少しの間浮遊感を感じた。

 だけど、身体の方は大丈夫。

 ちょっとやりすぎたかも、少し火傷を負って一瞬で治るくらいかとも思ったが、全く暑くもないし委託もない。無傷と言って差し支えないくらいだよ、これ。


 相手の位置は見えている。光ではなく魔力が見えている。

 聖剣を振るう。相変わらず手ごたえも何もない剣だけど、相手は両断できた。


 炎は晴れる。そして、今にも死にそうな魔族の姿が現れる。やっぱり上半身と下半身を分けることに成功していたね。


「強いな……本気は、出していないように感じるが……」

「それはそうだけど……ここまで力を使うつもりはなかったよ。ちょっと過剰だったから、それで満足してくれるといいんだけど」

「そうか……そうだな、そうさせてもらう」

「それじゃあね」

「………」


 少しして物言わぬ遺体は魔核である魔石だけ残して消えて行った。

 それを回収してジョンの元に戻ろうとしたのだが、一つ問題に気付いた。


「あ、服……服が燃えたり弾けたりで全部なくなってるんだけど……ど、どうしよう……」


 今日一番に焦っている。着るものがない。

 別に裸を見られるのは全然いいんだけど、今は良くない。色々と最大深度で動かしていたせいで偽装がはがれたり、身体に浮かび上がったりしている。これをジョンには見られたくはない。


 変えの服とか持ってないんだけど……あ、いや、というかそうだ、これだけの戦闘をして回復薬全然使ってないってのはおかしいから、それも何とかしないと。

 とりあえずポーチの中の回復薬を水稲の水代わりに全部飲みつつ湖の方へ向かう。


 木に身を隠しながらジョンの方を窺うがまだ起きていない……起きていないよね?


 ジョンのポーチはボクの物より大分容量が多いから、色々入っているはず……だけど、そもそも何入っているか分からないから取り出せないんだけど……あ、いや、そうだ、あれ、あれだ、あの転移の時にジョンが閉まっていた布。

 あの布なら結構大きいし、ボクなら全身隠せそう。幸い膝から下は何も浮き出ていないから、最悪その辺りなら見えても大丈夫。一応隠しておこうとは思うけど……


 こそこそとジョンの元まで近づいて、ポーチをはぎ取ると、そこから布を取出し、身を隠した。


 それで、この後どうしようかな……手の方はガッツリ刻印が浮かんできちゃってるんだよね……ジョン、変えの服持って来てくれているよね……どうなんだろう?


 深度が下がり再度偽装可能になるくらいまで、できればこの場を離れたい気持ちはあったけど、ジョンから離れているわけにもいかないし……ど、どうしよう……


 不安な思いをしながらジョンが目を覚ますまで、ボクは待つことしか出来なかった。


 ジョンが起きた後は何とか色々と言って誤魔化したけど、誤魔化せたかな……誤魔化せているといいな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る