第5話・追撃と応戦

 崩壊した騎士詰所の建物の屋根の上。街の一角から黒煙が上がっているので、先ほどまでどこにいたのかはすぐに分かった。

 それなりに距離はあるが、建物の上にいると見つかる可能性はあるので、煙が晴れる前に僕たちは建物の中に降りた。


「上手く行ったね」

「そうだね……まぁ、転移場所までは気付かれていないだろうけど、短距離転移を使ったこと辺りは気付かれていてもおかしくないし、そうじゃなくても、もしかしたら死体が一切残っていないことに気づいて付近を捜索するかもしれない……早く街の外まで撤退しよう」

「んー、なにー?」


 想定外の返事にびっくりして、セラの方を見ると放置されていた武器をいくつか漁っていた。


「なにーって……なにしてるのさ」

「いやー、ボクの剣、融かされちゃったしー、なにか使えそうな武器ないかなって」

「使えそうなって……放棄されて50年くらい経つんだぞ、まともなものがあるとは思えないんだけど……」

「うーん、そうそう、金属部が錆びているくらいならともかく、木製部のところが腐ってるのも多くてね、持ってみると滑り止めの下がぐしゃっとできちゃうのも多くてねー」


 武器があった場所の上には屋根が無く、ずっと雨ざらしになっていたことが分かる。そんな状態で50年も放置すればそうなってもおかしくはないだろう。

 魔剣の類でなくとも特別性能のいい武器ならそれでもある程度は使用に耐えるかもしれないが、そう言った者は流石にここから脱出する際に粗方持っていっていると思われる。


「箱の中も空だねー、中身だけ持っていったのかな?」

「それか、盗賊とかの類が持ち去ったか、かな」

「そういうのもあるのかー」

「まぁ、今回は別として、基本的に人間領で一番警戒するべきは人間だからね、賊の類と、悪徳組織とか、あとは暗殺者とかね」


 表だって敵対的に動くことはないだろうけど、そもそも表に出て来ないような組織だったり、裏で動かせる何かを持っているような組織はセラを狙わないとも限らない。あるいは僕を狙う可能性もあるかな。

 いるかどうかは分からないが魔族と何らかの取引をしている組織や、外に敵がいて国の戦力がその対処で忙しい今が喜ばしい組織などからしたら、魔王を倒そうとする勇者は邪魔だろうし。


「一応はこれでも勇者なんだけどなー、まぁ、対象がボクじゃないとしても、魔族と敵対しているのに、なんで人間同士で争わないといけないんだろうね」

「まぁ、それは同意するけど、組織とかで見るといろいろあるだろうしね、仕方ないと言うしかないかな」

「ジョンがそう言うならそうなんだろうけど……あっ、ジョン、あそこ見て」

「急だね、何か見つかったの?」

「ほら、この隙間の奥の方」


 セラが手招きされ、その場から、瓦礫の隙間を覗いてみる。……何かあるようには思えない、というか、この中に何かあっても分からないし、あったとしてそれが使える状態にあるとは思えないんだけど……。


「いや、暗くて分からないけど、何かあったの?」

「きらっと光るものがあったから、もしかしたら武器かなにかかなって」

「……瓦礫に埋まっている物なんだけど、使えるの? そもそも回収出来るの?」

「うーん、取り出してみれば分かるんじゃないかな?」


 そういうとセラが大きく腕を振りかぶった……待て、嫌な予感がする。


「ちょ、ちょっと待って、もしかして力技で瓦礫をどかすつもり?」

「うんっ!」

「うんっ……じゃないよ! 魔族がまだいるんだけど、音のこととか気にしてる⁉」

「……してない」

「だよね、これでしているとか言われたら、僕は驚いて転げるところだったよ」


 魔力を使った結果何らかの方法で見つかるのも避けたいし、魔法で退かすのも却下だ。この中にある何かは普通に諦める方向でいいと思う。


「そっか……まぁ、じゃあそっと持ち上げるからジョンが回収してよ」

「分かった……って、うん、まぁ、出来るんだろうけどね……」


 つい、分かったと言ってしまったが、結構なことを言っている。瓦礫は成人男性でも何度か運ばないといけないくらいあるのだが、セラがやると言っているし、まぁ、いいか。中の物が使えるかどうかは分からないんだけど、ここで言い合うよりは素早く移動に移れる気がするし。


「それじゃ、よいしょっと」

「これ、僕が取る必要あるかな」

「早く取ってー」

「いや、いいけどさ」


 セラが持ち上げた瓦礫の隙間に上半身を入れると、確かに剣があった。見た感じは腐食なども大丈夫そうだけど、セラはよくこれがあることに気付いたな。上にある瓦礫にひやひやとしながら手を伸ばして、それを掴み引っ張り出した。


「セラ、もういいよ」

「よーし、じゃあ、そっと置くね……あ、やっぱりあったんだね、武器」


 瓦礫を置いたセラは、僕が手にしている剣を見つけるとそれを取って上に掲げた。


「うん、使えそう、ちょっとだけど魔力も感じるし結構いい剣なんじゃないの?」

「多分瓦礫に埋まったから回収されなかったんだろうね、確かに、ある程度魔力を溜められそうだし、リンド村に戻るまでのつなぎくらいには使えると思うよ」


 一応、予備武器はいくつか持って来ているから、撤退中のモンスター相手ぐらいしか使う相手はいないだろうが、それでもセラ的には武器があった方が戦いやすいだろうし、持っていくとしよう。


「それじゃあ、さっさと移動しよう」


 セラは頷くと、前の剣より一回り小さいその剣を鞘に収めるだけ収めた。

 一応警戒して、顔だけ出して周囲に敵がいないことを確認したあと、街から離れるために、近くの門まで向かうことにした。

 入って来たときのように都合よく破壊された壁などがあればよかったのだが、どうやらこの辺りの壁は比較的被害が小さいようで、人が通り抜けられるようなほど壊れている場所は見当たらなかった。

 仕方ないので門から森へ出て、近くにある湖まで走って逃げてきた。

「ここまで逃げれば大丈夫かな」

「だといいんだけどね」


 身体強化の効果も少しずつ薄れてきたし、追跡されていないことを祈るしかない。


「じゃあ、ここで転移の準備する感じでいいのかな?」

「ああ、その辺りの平らなところで魔法陣を描くよ」

「分かった、それじゃあ、ボクはモンスターとかの警戒してるね」

「そうだね、任せるよ」


 今回描くのはリンド村行き専用の魔法陣だ、ちょっと描くものが増えるので時間はかかるが、行き先が決まっている長距離転移だったらこっちの方が圧倒的に魔力を節約できる。流石に短距離転移よりは魔力を消費するだろうが、場にある魔力で足りるだろう。最悪足りなかったら魔力補助の道具をいくつか使えばいいだろう。


 時折現れるモンスターはセラに切り捨てられ、僕の方に辿り着くことはなく順調に魔法陣は描かれていく。そして、後は行き先を示す場所を残し描きあがる。後は、ここにリンド村の方に描いたものと対になるものを描き上げれば完成だ。

 そう思い、マジックポーチからメモを取り出そうとしたところ、背中に熱を感じた。


「うっ……ぐ、あ……なんだ、これ」


 身に着けている物や、周りから魔力が勝手に魔法陣に吸い取られていく。

 この魔法陣はまだ描き途中だが、汎用の転移の魔法陣としては使えるが、起動した覚えはない。


「じょ、ジョン! どうしたの⁉」

「わ、わから……ない……」


 激痛と脱力感から、身体を支えられなくなり、魔法陣の上に倒れてしまう。くそ、これはなんだ……呪術の類か? 一体いつ……いや、かけられたとしたら魔族とのあの戦闘の時、あの時は魔法陣を描けていた。なら、その後のどこかのタイミングで……やられた……


「せ、せなかっ……ジョンの背中に何か浮き出て……」

「なに……ぐっ……」


 背中に感じる熱が肩へ移動し、次に腕、そして手に移る。それによって、自分でもどうなっているか確認できたが、魔術式が魔力を集めながら光っている……いや、この光、そして熱は集めた魔力の不用分を返還しているだけ……この式の内容は……


 急いで動いで魔法陣から手を離そうとするか、間に合わず魔法式が魔法陣の空白部分に挿入されてしまう。

 この式は召喚転移の術。そしてリンド村に向かうためのように、それにも対になるであろう場所があったが、その記述からして書いたものは魔族。つまりも何も、これは絶対にあの魔族が転移して来るということだ。


 今すぐセラの元へ移動しようとするが、魔法式の放つ熱で背中から手にかけて火傷を負ってしまったのと、魔力を体に流し込まれたせいで身体に力が全然入らないのとで、張って動くことすら出来ない。


「に、逃げろっ! セラっ‼」

「ジョン……なに言ってるの?」


 セラがそう言って駆け寄ってくる。逃げろとは言ったけど、やっぱりセラならそうするよな……嬉しい気持ちはあるが、それ以上に今は逃げてほしい。

 魔法陣の上に先ほどまで戦っていた魔族が姿を現した。


「やはり、転移をしようとしたな、そう思ってお前に魔法式を打ち込んでいた」

「い、いつの間に……」

「もちろん、お前たちが不定転移をした時だ」

「あの火魔法のついでにか……だが痛みも違和感もなかったのに……」

「当然だ、転移始めに打ち込んだからな、その状態なら傷をつけずとも魔法式を打ち込めるだろう」

「なるほど……はぁ……そうか」


 納得だ。人間に魔術式を体に傷をつけず入れるなんてどういうことかと思想ったが、それなら納得だ。それに、転移魔法自体、一旦体の感覚がなくなる者だから、そのタイミングなら違和感も感じないと言うわけか。

 後は撤退だろうが、転移魔法を使うことがばれているなら長距離転移の可能性を考えるのは当然だ。


「知恵比べは私の勝ちでいいかな」

「そうだね、完全に敗北だよ……でも、ここは僕の命だけで勘弁してくれないかな」

「と、言うと?」

「な、何言ってるの⁉ ジョン!」


 セラは剣を構えるが、位置取り的には魔族の方が僕に近い。


「今回は勇者を逃してくれないかっていう交渉だよ」

「それはそうだが、それは私にとってなにか得があるのか?」

「ある」

「随分とはっきり言い切るものだな」

「やめて、ジョン」


 セラはそう言うがやめるつもりはない。元々、人質に取られたら死ぬつもりだったし、身代わりになれるような場面が来たらそうするつもりだった。

 想定よりかなり早いし、後悔がないとは言えないが、僕に与えられた役割の一つだ。勇者の身代わりと言うのはこなせるかどうかも分からないものだが、こなせるとするならば、それは最大の仕事である。

 一回でもセラの死をなかったことにするならば、それ以上の仕事はない。


「僕はこれでも身体に色々仕込んでいて、死ぬ際に発動してお前に被害を与えるだろう」

「それで、それを聞かせたからには対応できるようになるだろう、口にしてもいいものなのか」

「ああ、言った所で対処は出来ないだろうし、大丈夫だと思っているよ」

「ほう……だとしたら、勇者を逃したところでお前を殺せないだろう?」

「いや、勇者がこの場から逃げたのを確認したら一つずつ解除していくから、好きなタイミングで殺せばいいさ」

「なるほどな……いいだろう」

「ジョンっ‼ 駄目だっ」

「だが、勇者はああ言っているが」

「別にかまわない、状況的に最善手だからな……セラ、分かるでしょ、今は逃げて、敵の想定をもっと上にして鍛え直せばいい、生きていれば次がある」


 セラが俯いて、剣を降ろした。

 それでいい、今は逃げれば、またチャンスがある。だが、ここで戦って負けてしまえば何も残らない。


 セラはしばらくした後、顔をあげる。

 剣を構えなおしたセラは冷たい表情で魔族の方を見ていた。


「お前を……お前を倒して、ジョンを助ける」



 な、なにを言っているんだ。

 今は逃げるべきなのに、なぜ立ち向かおうとするんだ。いや、それは、僕のせいだろうけど……それじゃあ僕がついて来た意味がない。それなのに、セラは戦いを続けようとしている。


「ほう……だが、お前の付き人はそれを望んではいないようだが?」

「だとしても、ボクが望んでいる以上は、押し通させてもらうよ」


 そうは言うが、すぐには動かない。それは、魔族の男を警戒しているのもあるのだろうが、きっと一番は僕の存在だ。

 僕が倒れているすぐ近くに男が立っているので、僕を助けようとしてくれているセラは動かないのだろう。


「ふむ、来ないか……そんなに付き人が気になるのか?」

「ジョンは付き人じゃない……大事な仲間だ、ボクたちは二人で魔王を倒す」


 その思いは嬉しいが……いや、そうか、そうだ……

 確かに、勇者の身代わりはお供としてはこれ以上にない役割かも知れないが、セラの仲間、セラのお供としての“僕”であるならば、役割をこなすどころか、放棄していることにならない。


 この旅においてセラに必要な人間はそういう人間ではないということはもう分かっていたはずなのに、身代わりなんかになろうとしまった自分を恥じた。

 セラに必要なのは、その旅をサポートして、周りとの関係を考えて活動方針を決めてたり、戦いだけに集中しすぎないためにいろいろしてあげる仲間だ。

 そうでなければ、きっとセラは外聞も気にせず、自分のことを気遣うこともなく、ただ魔王を倒すためだけに行動をしてしまうだろう。それでは、ただの兵器と何も変わらない。


 最初にセラのお供になると決めたときは、一人で魔王と戦うセラが心配で力をつけようと師匠に弟子入りした。

だが、彼女に必要なものが違うと、一年前、再会した時に知った。

 セラは、多分、僕なんかがいなくても魔王討伐を成し遂げられるだろう。だが、その後のことを考えると、それではいけないと思った。

 魔王戦になったらセラは自分のことなんて考えない戦いをするだろうし、魔王を倒してもセラが無事とは限らない。それに、無事だとしても、魔獣討伐や盗賊退治の振る舞いや、騎士学校の生徒達の反応などから考えるに、周りとの関係性なんて考えずに権力を使って強行していくことだろうし、その時のセラの評判は良くて普通くらいだろう。

 そうなったら、魔王や魔族との戦いで力が弱まっているセラをどうするかなんてわからない。最大の敵である魔王がいなくなったのであれば、セラをどうにかしたいと思う者も増えるだろう。


 だから、僕は最後まで生きてこの旅の終わりまで付き合わないといけない。

 セラのことだ、魔王討伐を終えたら、特に報告をすることもなくどっかに活きそうだし、僕がきちんと王城まで連れて行かないといけないだろう。


 最後までセラと共に戦い抜く覚悟を再度決めると、近くに立つ男からなんとか離れる手段はないかと頭を動かし始める。

 そうしていると、男が挑発的な口調でセラに話しかけた。


「二人で魔王を倒す、か……だとするならば、どうする? この状況を……」

「そうだね……こうするかな」

「……ん?」


 なんだ、何をするつもりなんだセラ……


 周囲の魔力が一気に無くなっていく、いやセラが持つ剣に集まっていく。


 どうせ節約しても、こちらの魔力事情を知っている相手だ、先んじて周囲の魔力を自分の装備に集めるのは悪くないが、その剣の性能じゃ、そこまでたくさんの魔力は溜めておけないはず……脆くなったりして剣として使えなくなるかもしれないし、最悪崩壊するぞ。


 剣は魔力を溜めこんでいき、その内、貯蔵可能な場所が蓄積限界を迎え剣が光り出していく……これは、すぐに崩壊するな……どうするつもりなんだ、セラ。

 そんな風に思っていると、男はしゃがみ、こちらの顔へ手を伸ばしてきた。

 まずい、まだ体が上手く動かせないって言うのに、このままではあっさり殺されるぞ。


「む……これはっ……悪いが、お前に行動されては戦いにもならないかもしれない、眠っていてもらう」

「なに? なにを言って……」


 そして、すぐに僕は意識を失った。

 だが、使われた魔法が何なのかは分かった。使われた魔法は眠りにいざなう、あるいは気絶させるというか、意識を奪うだけのものだ。

 抵抗は試みたが体もまともに動かせないし、僕の手持ちの装備の魔力は僕に刻まれた魔法式で、周囲の魔力はセラの剣に集められたことによって、使える魔力がほとんど残っていないのもあって、あっさりと魔法にかかってしまった。

 だが、何故、ここで意識を奪うだけにとどめたのかは分からなかった。セラの全力を警戒して僕を生かす方向にしたのか、それとも、魔力の節約をしたかったのか。それも今となっては分からない。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 僕が目覚めたのは空が深い紺色に染まり、星々が煌めく頃であった。

 跳ねた魚が水面を叩く音で目をさまし、パチパチと火にくべられた木々が音を聞いているうちに徐々に意識が覚醒していった。


「あ、ジョン、起きたね、良かった」

「……セラ?」

「うん、ボクだよ、分かる?」

「あ、ああ……セラは、あの後、勝ったってことでいいんだよね」


 死後の世界があると仮定して、ここが死後の世界でない限りは二人揃っているということはそうであるのだろうが、セラは無事なのだろうか。


 やけどで痛む身体を起こして周囲を見渡してみると、そこは昼にいたあの湖の近くであった。

 月夜に照らされた周りを見渡してみるが、昼と特に変わったところはない。僕が寝ていたところには結界が張られていたので、セラが守ってくれていたことは分かるが……戦闘の後がないし、本当に勝ったのか?


「うん、まぁ、勝ったよ」


 セラがそう言うので驚いてそちらの方を見ると、防火布にくるまった姿のセラがいた。


「どうしたのその姿」

「うん、ジョンのポーチから勝手に借りてる」

「いや、まぁ、それはいいんだけど」


 逃げる際に使った魔法陣を隠していたものだろう。確かに、セラはそれを仕舞うところを見ていたし、取り出せるだろうから使っていてもおかしくはないんだけど……


「もう戦闘は終ったんでしょ、なんで防火布を被っているの?」

「だって……その……服が……」

「服が?」

「服が全部使い物にならなくて、裸なんだもん……」

「……なるほど」


 あまり人が来るような場所ではないとはいえ、ここは外だ。確かに裸でいるのは……いや、セラならしかねない気もしないでもないけど、そこは恥じらいが生まれたということで良しとしよう。村にいたときのセラだって今よりは恥じらいを持っていた気がするし、年頃の女性なら恥じらいは持ってしかるべきだろう。


「それで、着ている物が使い物にならなくなるような戦闘をしたらしいけど、身体の方は大丈夫なの?」

「うん、それは大丈夫……回復薬全部使っちゃったけど」

「ああ、それなら後で渡しておくけど……結果としてはどうだったの? 魔族を撃退したのか、それとも……」

「うん、ちゃんと討伐したよ、ほら」


 そう言うと、セラが布の中から魔石を放り投げて来た


「うわっ……と」


 何とかキャッチしたけど、取り損ねたら湖の中に落ちてしまいそうだった。浅瀬の当たりだから拾うことになっていただろうけど、夜中に探すのは大変そうだ。


「ここはジョンが倒れていたから、なんとか森の方まで行って戦ってきた、結構戦闘の後は凄いことになっているから、夜が明けたら見に行く?」

「……まぁ、そうだね、そうさせてもらおうかな」


 ポーチから薬を数本取り出して、うち一本を口にする。少しして身体の痛みが引いたのを確認してから、服を取り出した。


 セラが戦闘で無茶をして服を駄目にするのは初めてではないので、一応一着分はポーチの中にも入れてあった。まぁ、ボロボロになるくらいで全く使い物にならなくなるのは初めてのことだが。戦闘用の服は、普通のものとは違って耐久性に優れたものであるので、見苦しいほどぼろぼろになることはあっても着ることが不可能になるほどに破壊されることはあまりない……というよりそうなったら、大抵の場合、着用者もただでは済んでいない。

 かなり大変な戦いだったのだろう。セラが無事で本当によかった……一人で魔族との戦闘に勝ったと言うのは、戦闘における僕の存在意義的には少し微妙なところではあるが、セラが五体満足であるのならばなによりだ。


「じゃあ、ボクは着替えてくるから」


 そう言って服を布の中へ引き入れると、セラはどこかへ向かおうとした


「着替えてくるって、どこへ行くつもり?」

「ちょっと森の方まで」

「いや、装備もなしに危険でしょ」

「じゃあ……ジョンはここで着替えろって言うの?」

「うん、着替えている間周りを見張るくらいは出来るよ、まぁ、セラの用意くれた結界もあるし、何もしなくても大丈夫な気もするけど……」

「じゃあ、ここで着替えるからジョンが森の方に行って」

「なんで?」

「うう……ジョンのえっち、へんたい、すけべ」

「……? いや、まぁ、そう言うなら森の方に行くけど、なんか大分今更な気がするよ。まぁ、今後はそうしてくれていた方が体裁とか外聞とかもあるし、僕的にもありがたくはあるけど」


 昨日の今日だけど、まぁ、恥じらいを持つことは悪いことじゃないし、素直に森の方へ引っ込んでおこう。なんか、微妙に棒読みっぽかったのが気になるけど、負傷が残っているなら、回復薬も置いて来たことだし、その辺で直してくれるだろう。後でもうちょっと回復薬を渡しておくか。


 森の中で使えそうな植物や虫などを物色していると、僕を呼ぶセラの声が聞こえてきたので、湖の畔のほうへ戻ると、たき火が消えていた。


「ん、なにかあったの?」

「いや、なにもないけど、あ、これ、布。返しておくね」


 着替えは終っているらしいセラが防火布をこちらに突き出してきたので、軽く畳んでポーチの中にしまっておく。

 なにもないとは言うが、薪は残っているのに火が消えている。ということは意図的に火を消したということだが、何か理由があるのでは思ったのだけど……


「それで、そっちはなにかあったの?」

「いや、森でちょっとだけ採集はしていたけど、特に変わった出来事は起きてないよ、戦闘もしてないし」

「じゃあ、なんで何かあったと思ったの?」

「だって火が消えていたし、何かあったのかなって」

「あー、これね、これは、ほら、近くに明かりがあると、ジョンが森の中から覗き見していたら丸見えになるからね、うん」

「いや、しないけど、というか、する必要性がないというか……」


 なんでセラの裸をわざわざ盗み見るようなことをしないといけないのか……いや、恥じらいを持ってくれることは、本当にいいことだとは思うんだけど、昨日の今日で芽生えるようなものなのだろうか。いや、女の子のことは良く分からないので、そう言う者なのかもしれない。というか、そう言う物だと助かるかもしれない。流石に女性のあれこれは僕じゃ教えられないだろうし。というか、僕も知らない。


「じゃあ、もう火をつけてもいいんだね」

「うん、そうだね、夜だし、水辺だし、季節の割に結構冷えるし」


 先ほどまで燃えていた薪に魔法で火を灯す。水で消したわけではないのだろう、すぐに火がついてパチパチと音をたてはじめる。


「セラはここまでずっと見張ってくれていたし、寝てもいいよ、今度は僕が見張っておく」

「うん、分かっ……いや、いい、やっぱり起きてる」

「なんでさ、魔族との戦闘もあったし、疲れているだろうから、ちゃんと休んでほしんだけど」

「大丈夫、リンド村に戻ったら寝るから……」

「……いや、本当に寝てほしいだけど、明日何があるか分からないし、出来るだけ体調は万全でいてほしいし」


 今日だって、セラがいなかったら終わっていた。ならばなるべくセラには元気でいてもらいたいところだ。二人の生存率を上げるにはセラの体調が万全するのが一番だ。睡眠不足は万病も元というかなんというか、徹夜はしないで済むならしない方が良い。旅をしていればどっかでしなければいけないタイミングなんて来るに決まってるし、寝れる時は寝ておいた方が良い。


 僕が説得するようにそんなことを言うと、少し迷ったような素振りをしたあと、セラがこちらにじっと視線を向けて来た。


「……ボクが寝ているうちに服とか脱がしたりしない?」

「……はぁ」


 思わず大きなため息が出てしまった。なんだその心配は……


「しないよ、というか、どうしたの、セラ。ちょっとおかしくない?」

「お、おかしくないよ、じゃ、じゃあ寝るから、ちょっとでも触ったら起きるからね、おやすみ!」


 そう言うと、ちょうどいい大きさの石を枕にして、マントを布団代わりにしたセラは瞼を閉じた。

 寝る時くらいグローブを外せばいいのにと思ったが、今からそう言うと「やっぱり起きてる」とか言い出しかねないし、黙っておくことにした。




 朝、水面に反射した光が眩しかったのか、僕が触らなくともセラが身体を起こした。


「うー……おはよう」

「うん、おはよう、セラ」


 眩しそうに眼を細めるセラをよそに、温めていたお湯でお茶を作り、回復薬の入っていた瓶に入れた。まぁ、お茶と言ってもこの辺りにある植物で香りが良くて毒のない物を煮出しただけなんだけど。


「はい、お茶でも飲んで、目を覚まして」

「うん、ありがと……」


 手持ちの食料で簡単な朝食を済ませた後に荷物を纏め、トス村に移動し、もろもろの報告を済ませ、せっかくなので転移の魔法陣を描かせてもらってからリンド村に向かうことにした。


 魔族がいて、それを討伐したと言う話をしたらすごく驚かれていたが、そのおかげか魔法陣の交渉がスムーズに進んでよかった。リンド村に比べるとそこまで余裕がある村にも見えなかったから、そう簡単に許可が下りるとは思っていなかったし。


 転移の魔法を使いリンド村に着くとここでも報告をする。こっちでもかなり驚かれたが、先に魔獣を倒しているからか、トス村ほどではなかった。

 実際には全くと言っていいほど強さが違ったのだが、普通の人からすれば魔獣も魔族も同じようなものなのかもしれない。どちらも戦うことすらできない敵ならば、まぁ、その認識も間違ってはいないだろう。


 昨晩、セラが寝ると言っていたので、ここで一泊するかとも思ったが、もうネタから次の目的に行くと言う話をしていたので、アレックスたちへの報告が終わり次第荷物を纏め旅立つことになった。

 次の目的地はアンブラー。この村の一番近くにある街だ。リンド村の人が魔族の噂を聞きつけたのもこの街ということになるし、滞在することも含めて一応この辺りのことも領主に報告した方が良いだろう。


 始めてくる街ということでその辺を見て回りたそうにしていたが、一人で行動させると何をするか分からないのはもう知っているので、宿をとって部屋に押し込めた。屋台とかで食べ物を沢山買ったし、しばらくは部屋にいてくれるだろう。

 その隙に、僕は城の方に向かい、明日訪れる旨を伝えた。昨日のこともあって、今日は色々疲れているし、僕的には明日に死体のだが、セラがいると今日招かれそうだし、かといってセラを街に放しておくわけにもいかないので、こうするしかなかった。

 僕の分も含めた追加の食べ物を買って、部屋に戻った。こうしておけば、多少はセラの不満も何とかなるだろう。


「戻ったよ」

「んー、おかえりー」

「……セラ、あの……」


 借りていた部屋に戻ると、セラは着替えをしていたわけでもなく……裸でゴロゴロしながら食べ物を食べていた……

 はしたないよ、いろいろと。あと、昨晩の恥じらいはどこへ行ったというのだろうか……あれは、夢だったのだろうか。


 食べ物をテーブルの上に置きながら、大きなため息を吐いてしまった……


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