第4話・対魔族戦・初戦

 セラが魔族に飛び掛かり剣を振るう。先ほど折れた短刀の他には受けに使えるような武器がないのか、男はセラの剣を受けるようなことはせず回避をしていく。


「さっきから避けてばっかりだね、余裕がないのかなっ」

「当たれば大ダメージは免れないからな、ある程度見切るまでは避けるのは当然だろう」


 セラの挑発的な言葉にも全く動じず、冷静に言葉を返しながら回避を続けているところを見ると、相当に戦闘慣れしている。それも、対人戦を何度もこなしている。この辺りは僕らには不足しているので、少し不利と言える。

 セラは騎士学校で対人戦自体はこなしているかもしれないが、恐らく命をかけたものではないだろうし、何よりその時のセラは既に魔法学校を出た後だ。実力の差がありすぎてどれほど訓練になっていたか分からない。

 そう言った意味では僕ら二人での行ってきた対人戦も戦闘数に加えていいか怪しいものだ。僕らが相手をしたのは盗賊や騎士崩れのならず者ばかりで、正直な話取るに足りない相手だった。


 この戦い、僕らが勝って生き残ることができれば大きな経験となるだろうが……負けて、旅が終わる可能性もある。


「ふむ……では、こうだな」

「あれ?」


 そうして、何十回かセラの剣が振られたあと、ある一撃、男が回避をしなかった。

 しかし、その刃が届くことはなかった。男の体に届くよりも先に止まってしまったのだ。


「焼けろ」

「やばっ……」


 男が魔法を発動させる。魔族式の魔法は発動前の解析が難しく、火と土の混合であることは分かったが、発動されるまで溶岩魔法であることは分からなかった。

 セラは後ろに飛び退いて回避をしたが、剣は魔法に呑みこまれてしまう。


「溶岩なら……これかな」


 発動後のものを見ればそれがどういった魔法なのか流石に分かる。

 アレは回避だけしてもずっと発生し続けセラを狙って来るだろう。剣が有れば魔法消去をセラに任せても良かったが、残念ながらあれではもう使える状態にないだろうし、この場にあるもにせよ装備品にせよセラの使える魔力は取っておくに越したことはない。

 魔法に向けて砂状のものが詰まったカプセルを投げつける。着弾と共にはじけ、溶岩が固まっていく。

 あの魔法が魔力で事象を再現する現代式では無く、魔力を媒介に事象を引き起こす古代魔法に近いプロセスなのは分かっていたので、対処は簡単だった。


「ふむ……やはり、付き人が優秀か」

「なっ……」


 その声が急に後ろから聞こえてきて、とても不味いと思った時には、身体は勝手に真横に飛んでいた。緊急時の回避の練習の成果か、意識よりも早く体が動いた。

 だが、ギリギリで間に合ったと取るか、ギリギリで間に合わなかったと取るか、発動された火炎魔法の余波を受けて、肌の服で隠れていないいくつかの場所にやけどを負ってしまった。

 重症というわけではないが、利き手に火傷を負ったのは少し嫌だ。感覚がまともに働かないし、何より動かしづらい。薬品や魔道具を取り出すにしてもスムーズには取り出せないだろう。

 視線を魔族の方に向けたまま、腰のポーチの位置をそっと左側に移動させた。


「だが、反応速度や身体能力を見る限り、やはり人間という枠内だな」

「そりゃ、どうも……」


 魔術に関しては素直に褒められ徒と取っておこう、魔族からそう言われたならそれなりに誇れることだとは思うが、大分嬉しくはない。

 恐らく僕の実力を測るためにあえて声を出してから魔法を放ったことが分かるからだ。あそこで無言で攻撃されていたら、たぶん死んでいた。

 それにしても、反応速度はともかく身体能力についてはまだ高品質の薬品の効果がちゃんと効いているはずなのだが、それでいてその評価は随分と手厳しい。この戦いに勝ったとしても、この旅における僕の課題になりそうなことだ。

 もっとも、なによりこの戦いで生き残ることが前提になるのだが。


「あなたもなかなかだ、流石はというか、物体停止を魔道具もなしにあの速度で発動して、勇者の振るう剣を止めるとかどうなっているんだって思うよ」

「それはそちらの勇者が未熟だからだろう。魔術込みの戦闘で物理攻撃を行うなら、消去なり反発なり、対魔法の魔法効果くらい付与しておくべきだ」

「それは確かにそうかもしれないけど、あの速度の剣に合わせて発動できるのは流石としかしいようがないよ……」


 そんな話をしながら、僕の身体で彼の死角となる場所に置いたポーチから、小型の注射器に入った回復薬を取り出して、腰のあたりに突き刺して注入していく。

 適当な場所に刺して薬を入れているのでかなりの激痛だが、そもそも火傷自体がかなり痛いので、多少は顔をゆがめても違和感はないと考えられることだけは助かったと言える。

 もっとも、こちらがこうやって回復しようとしていることくらい相手も気づいているような気がするけど、見逃してくれるのであれば回復させてもらおう。


「停止魔法については慣れているだけだ、実践をこなせば使う機会などいくらでもあるからな」

「それなら覚えておくことにするよ」

「そうか……それで、身体の方はもう治ったのか?」

「やっぱり、分かっていて見逃してくれていたのか……」

「回復薬は自作か?」

「まぁ、そうだね、待っていてくれたお礼にそれくらいの情報は持って帰ればいいと思う。もっとも、生きて帰れればだけど」


 そうは言ってみるものの、自分で言っていてなんだが、発言の主が逆な気がする。

 普通に考えて生きて帰るかどうか分からないのはこっちだ。まぁ、でもこう言っておけばブラフくらいにはなるかもしれない。


 ここからは撤退を視野に入れて戦う。この場での相手の討伐は考えない。


「こちらからも物理武器が亡くなったことだし、それじゃあ、魔法戦でも始めてみるかな」


 そう言って、回復薬と一緒に取り出していたナイフを投げつける。もちろん、魔法反発の効果付きだ、古代魔法に近い魔法を使われると少しあれだが、物体停止などの事象再現系はやはり発動が楽な現代式に魔法になっている。であるならば、魔法反発である程度の魔法は何とかなる。

 投げたナイフにはフラティースヴァイパーというモンスターの毒が塗ってある。

 そのモンスターは丸くて短い変わった蛇だ。歯も微妙に平らで鋭くないし、咬合力もかなり弱く、家畜動物の皮製品すら牙で貫けないという、普通の動物の蛇より弱いんじゃないかというかなり変わったところがあるが、持っている毒だけは異様に強い。

 素手に噛みつかれでもしない限り人が毒に侵されることはないだろうが、もし毒を受ければ5分も経たないうちに取り返しのつかない重症になる。それほどに強力な毒だ。


「なるほど反発か、シンプルだが、悪くない」


 そのナイフは簡単に躱されてしまうのだが、問題ない。男の後ろの方まで飛んで行ったナイフはセラにキャッチされ、振り下ろされる形でもう一度男を襲った。


「その作戦も悪くないが、少々視線が勇者の方に行き過ぎだ」

「うわっ!」


 僕の視線からか、セラの行動はばれていたらしく、腕を掴まれてこちらの方に投げ飛ばされてしまっていた。その際にナイフも奪われている。途中まではセラも放すまいとしていたが、上手いこと腕を掴まれて動かされている時に刺さりそうになって取り落としてしまったのだ。


「ごめん、ナイフ取られちゃった」

「それ自体は良いんだけど、魔力の方は大丈夫」


 ナイフに刻まれたもう一つの魔法ポーチ内への転移を起動させながら、セラに尋ねる。

 こちらが場の魔力を使うことを知っているのか、先ほど使われた火魔法は随分と効率の悪い方法で発動されたもので、魔力を根こそぎ使われてしまったので、あまり多く残っていない。なので、ちゃんとした魔法を使うならば、あとは持っている武器や防具、道具にある魔力を使うことになる。

 僕はもともと、錬金術で作ったものや魔術具を多く所持していて、それらを使う戦い方をするのでそこまで大きな問題はないのだが、セラは武器を持って戦いながら、装備から魔力を使って発動する魔法でその補助をする戦闘スタイルだ。残存魔力で戦闘力が大きく変わるだろう。

 なので、こういう会話をするが、それはそうとして、撤退を視野に入れるということをハンドサインで知らせる。一応、会話での意思疎通は小声で行うつもりだが、撤退することは相手から隠した方が撤退しやすいと考えられる以上、声に出さずに知らせることにしたのだ。


「まぁ、魔力は大丈夫だけど、どうするの?」

「そうだね、取りあえずは隙を見つけるために逃げるとしよう、補足されていない方が隙も出来るだろうしね」


 ポーチからいくつか墳煙球を取り出して、地面にばら撒いた。


「なんだ、それは、また魔法具か?」

「さてね、それじゃあ僕らはここで一旦退かせてもらうよ」

「逃がすと思うのか?」

「偵察なら逃がしてくれると助かるんだけどな」


 相手が地面を転がる噴煙球に魔法消去を試みているようだが、それは無駄だ。これは錬金術で作った便利道具で、煙を吐きだすだけの玉だが、そこに魔法的な要素はない。発動時には魔法もちょっと使うが、一度起動しまえば止めたくても止められない撤退用の道具だ。

 まぁ、本格的な撤退を隠すための一時撤退な訳だが、一回撤退を偽装すれば本当に撤退するとは思わないだろうという魂胆のね。


「さあ、逃げよう、セラ」

「うん!」


 おまけとばかりに煙の中にいくつか魔法具を放り投げてから、その場から走り去り、建物の陰まで移動してきた。


 壁が一面崩壊しているし、屋根もぼろぼろだが、身を隠すにはいい建物だ。逆を言うと三面が壁に囲われているし、屋根も完全には駄目になっていないということだからだ。


「わざわざハンドサインで知らせたのに撤退って言っちゃっていいの?」

「ああ、この後もう一回打って出るからね、そこで相手にダメージを与えたらその隙にもう一回身を隠して、その後に転移魔法で撤退する。もちろん明らかに倒せそうになったら、討伐も考えるけど、撤退できるだけの体力は残しておいてね」


 と話していると、爆音が鳴り響いた。

 いくつか投げた魔法具は一定時間経つと魔法が発動するようにしてはあるが、煙の中で発動させるのだ、わざわざこんな爆音が鳴るような攻撃魔法は使ってない。

 陽動のために音だけの魔法は使おうかとも思ったが、相手の行動かどうか音で判別しにくくなると思いあえて使わなかったのだ。煙を晴らすために単純に風魔法を使う可能性も考えられたが、転がっている魔法具は音が出ない土魔法多めなので、それの対処をしつつ煙を払える炸裂魔法を使うと考えたのだ。

 そして、予想通り炸裂魔法を使ったということは煙は晴らされたと考えてもいいだろう。

 さて、ここまでは予測通りなのだが、予想外だったことが一つ。


 先ほどから爆音が鳴りやまないことだ。

 身を隠すなら建物の陰ということを予測されたのは想定内だが、どうやら魔族の男は、そこを探すでもなく炸裂魔法で破壊していっているらしい。

 建材や舗装に使われている煉瓦がはじける音と建物の崩壊する轟音が爆発音に混じって聞こえてくる。

 このままではいずれここも破壊されかねない。

 そうなったら見つかるよりも不味い、それに、一つ一つ探しているわけでもないだろうし、音の間隔からして想像よりも早くその時は来るだろう。


「ジョン、これ不味くない?」

「ああ、そうだね、セラ、結構不味いかもしれない……」

「この場合、どうするの?」

「どうするって言われてもいったん撤退するしかないでしょ、そしてしっかり対策や準備をしてから再び戦う」

「なるほどね、分かった」


 このまま戦ったとして、身を隠す建物は数を減らしていって、撤退しづらくなるだけだろうし、ああやって建物を破壊されて回ったんじゃ、こちらの思った通りに奇襲が決まるとも思えない。方針は撤退する方で固めていった方がいいだろう。


 爆発の音はまだ遠い気はするが、実際の相手がどこにいるかは分からない。

 窓が嵌まっていたいたであろう穴から外を確認して近くに魔族が来ていないことを確認してから口を開く。


「とりあえず、撤退は確定として、建物とかこの辺りにある身を隠せる場所が全部壊されるよりも先に行動を起こさないとだから、手短にはなすよ」

「うん」

「まずは、相手の気を引く必要があるんだけど……」

「分かった、それはボクがする」

「ありがとう、でも無理はしないでね」


 場に残された魔力残量はかなり少ないにもかかわらず、あれ程の魔法を連発している辺りから察するに、文献や師匠の話の通り、魔族は魔獣と同じで魔核を持っていて魔力を精製できる力が備わっているというのは間違いない。

 一方で、セラは何度か装備から魔力を使っており、残り残量がどの程度のものか分からないが、魔法戦は不利になるに違いない。


「一応、これを渡しておくよ」

「ん? 腕輪?」

「ああ、魔石を使ってるから、そう多くはないけど魔力が入っている。過信されると困るから魔力が尽きて撤退に困ったとき、逃げるために使う魔法用に取っておいて」

「分かったよ、それで、ボクがひきつけている間、ジョンはどうするの?」

「それはだね……」


 もう一度外の方を見るが、すぐに頭を引っ込める。思ったよりも近くに魔族がいた。たまたま反対側をみていてよかったが、場合によっては発見されていたかもしれない。


「どうしたの?」

「大分近くに相手がいた」

「大丈夫?」

「話し声が聞こえる距離ではないからそれは大丈夫だと思うけど、時間的には怪しいからサッとした説明だけ……僕はセラがひきつけてくれている間、あちこちに魔法陣を設置させてもらう」

「それで?」

「攻撃魔法を設置するつもりだから、その攻撃が始まると同時に撤退の用意をして、転移魔法でさっさと逃げる……つもりだけど、もしかしたらすぐに突破されるかもしれない」

「そうしたらどうするの?」

「一度やられたふりをして短距離転移をする」


 短距離であれば、転移先に魔法陣がなかったとしても転移できるし、長距離転移と違って一瞬で発動ができる。しかし、魔力消費量は距離に関わらず大量にいるし、魔法陣か魔法式の記述がないと転移自体まともに使えるものでもないので、本当に緊急時に使う物なのだ。


「分かった、どっちにせよここからは一旦離れるんだね」

「ああ、短距離転移した場合は、転移先に着いたら、様子を見て街から脱出、安全圏に逃れた後に長距離転移の用意を進める」

「了解」


 セラが立ち上がり、屈伸運動を始める。

 それと同時に僕も砕いた魔石と色々な物を混ぜ込んだ筆記用具を取り出して、屋根のない場所まで移動して、床に魔法陣を描き始めた。


「よし、それじゃあ、作戦通りに」

「うん、任せたよ」


 セラが屋根の上に飛び出て行き、魔族に向けて炸裂魔法を放った。

 この場所に置いた魔法は爆音を鳴らすだけの魔法で、現代式の者なので、すでに描き終わっている。セラがせっかくあんなに目立つ魔法を使ってくれたなら、早く別の場所に移動しよう。多分、屋根から出たのも相手の視線を上に向けるためだろうし。

 強化されている身体能力を活かし、素早く別の建物の陰まで移動する。

 魔法陣を描きながら、そっと相手の様子を窺う。やっぱり、大したダメージはないか。最初の不意打ちであれなのだから、魔法じゃあんなものだ。


「もうかくれんぼは終わりか?」


 挑発的にそんな発言をする魔族に対して、セラはフッと笑うと屋根から飛び降りる。


「勇者の力を見せてあげるよ」


 そして、そんな風に逆に挑発的な台詞を言い返してやっていた。

 気を引くために色々としてくれているみたいだけど、どのくらい時間を稼いでくれるだろうか。

 こちらが一度引いたこともあり、相手は侮ってくれているだろうし、セラの力を考えれば、しばらくは大丈夫だろうけど、あまり時間はかけられない。


 急いで魔法陣を描くが、古代魔法を使った攻撃魔法、それも遠距離でちょっとした制御も必要と、それなりに機能を盛り込む必要がある以上、どうしてもすぐには描きあがらない。

 だからと言って、描き損じるのは絶対にダメなので、急ぎはするが焦らないことを忘れずに一つ目の魔法陣を描き上げた。


「よいしょっと、くらえっ」


 二人の方に視線を向けてみると、セラがいくつかの炸裂魔法を放っていた。

 聴覚と視覚を潰すためか、セラはどうやら炸裂魔法をメインに戦ってくれているらしい。多分相手の魔核は火の色が強そうだから、相性的には良くなさそうだが、こちら的には非常に助かる。

 僕は急いで次の場所まで移動して、魔法陣を書き始める。


「それなりには痛いが、問題ない範囲の魔法だ」

「あれ、全然平気そうだね、結構いっぱい撃ったと思うんだけどな」

「この程度であれば、何発撃たれようと大した問題にはならない」

「それは困ったな」


 焦った演技するセラ。悪くない判断だ。流石というかなんというか、やはりセラはやれば何でもできるというか、効果的な手法をその場で思いついて実践することができる凄いやつだ。

 ここまでの相手の発言や様子を見ると、セラは侮られている。だとするならば、ここで焦った様子を見せていれば、このあと戦略的に考えて多少おかしな行動をとったとしても怪しまれずに済むだろう。

 二人の会話を耳に入れながら魔法陣を描き上げて、次の移動のチャンスを待つ。


「次はこちらから行かせてもらおう」

「えっ、それはちょっと」


 魔族の男が炸裂魔法を使って攻撃を始める。相手もそう言った魔法を使うのであれば隠れての移動は楽になるが、威力の高い魔法なだけあってセラが心配だ。

 こちらの移動を考えてか、魔法の消去でなく、炸裂魔法での相殺していくセラを横目に次の地点へ移動して魔法陣を描く。


 炸裂魔法合戦が行われているうちに二カ所に魔法陣を描くことができたが、種族の差か、徐々に押されていたセラの近くに数発の炸裂魔法が着弾してしまう。

 直撃はしていないので動けないほどのダメージは負っていないとは思うが、絶対に大丈夫だと言い切る自信はない。

 不安な気持ちで最期の攻撃の魔法陣を描き上げる。

 黒煙の中から飛び出たセラを見て安心すると同時に、相手の注意がそちらに向いているうちに移動を済ませる。


「うっ……けほっ、けほっ……」

「直撃してないとはいえ、ほとんどダメージは受けてないようだな」

「君たちと一緒にしないでよね、こっちは火傷や擦り傷だって重なったらいつかは死んじゃうんだから」


 セラがポーチから治療薬をサッと取り出して、すぐに飲み干したのを確認してから、僕は転移用の魔法陣を描き始める。そこまで難しいものではないが、描くものが多いため少しだけ時間がかかる。もう少しだけ時間を稼いでほしい。


「魔力の節約か?」

「ま、まあね……同じ魔法の打ち合いはちょっと分が悪いなぁ、どうしようかな……」

「さっさと降伏でもしたらどうだ、なるべく苦しませずに殺してやろう」

「いやぁ、死んじゃうのは困るんだよね」


 二人が会話している隙に転移の魔法陣を描き上げて、ついでに魔法陣の防御用に魔力を弾く防火布をかける。

 後はコソコソと別の場所へ移動を済ませればこちらの準備はOKだ。

 移動が済んだら、爆音を鳴らす魔法を起動する。


「なんだっ、これはっ」


 二人が炸裂系ばかり使うから、どれほど効果的に働くか不安だったが、会話をしていたので使い時だった。

 強い空気の振動で相手の気が逸れた。それが罠かも知れないと分かっていても、戦闘慣れしているならば、この音量は無視できない。

 こちら側の合図は特に知らせてはいなかったが、そこは1年も連携の練習をしてきただけはある。男の気が逸れた瞬間、セラが構えを摂る。


「今だっ‼ ウォーターバイツ」


 水塊で相手を包むようにして、相手を閉じ込める魔法だ。水塊の形は術者によってそれぞれだが、セラの者は竜の頭だ。それが対象に噛みつくようにして水の中に飲み込むのだ。


「なにっ、水魔法っ!」

「ふふん、ボクは全属性余裕で使えるからね、得意不得意はないよっ!」


 セラの魔法は魔族の火魔法で相殺される形で無効化された、今まで使っていない属性の魔法で驚いている様子が見える。

 上手い……セラは水魔法を放った後、霧魔法も使っている。相手が魔法消去で無く、今までの打ち合いの流れで火魔法で相殺されることが分かっていたのかもしれない。


 霧の中、セラのもとまで向かう。

 霧の中で急に近づいたものだから、一発くらい攻撃されるかとも思ったが、セラは待っていたというような表情でこちらを見ていた。ずっとこちらのことに気付いていたのだろうか、セラに察知されているということは相手に察知されてないか少し不安ではあるが、何よりまず移動だ、転移の魔法陣のある場所まで移動しなければいけない。


「セラ、無事でよかった」

「うーん、心配な気持ちが伝わってこない」

「まぁ、無事だと信じていたからね」

「ボクもジョンが何とかしてくれるって思っていたから出来たわけだけだし、今回はそれでよしとするね」


 小声でそんなやり取りをしながら、魔法陣のある場所まで戻る。その直後、爆音と共に霧が晴れる。どうやら炸裂系の魔法を使ったようだ。


「また隠れたか……面倒な奴らだ」


 相手は移動せずにいる、ならそのまま起動しても大丈夫だろう。魔法陣を全て起動する。

 土属性の古代魔法……大雑把に指定の方向に礫を大量に飛ばす魔法だ。


「なに、古代魔法だと……厄介な……」


 防火布をはぎ取り、別の布をかけて、その隙間に手を入れて、魔法陣に追加で魔力を注いでいく。描く時間短縮のために色々と端折ってあるので、追加で魔力を流さないと娘の魔法陣は効果を示さないのだ。代わりに完璧な物に比べるとかなり描く時間を短縮できる。

 この魔法陣は単発のみで一度発動すれば燃え尽きてなくなる。その際、今かけた布は強い魔力に反応して、一緒に燃えるので単純に秘匿性を高める効果がある。


「ほら、セラも隙間から手を入れて」


 ポーチからナイフを取り出して切れ込みを入れて、そこに手を入れるように指示をする。


「魔力をながせばいいの?」

「いや、セラは良い、手だけ離さなければ一緒に転移できるはずだよ」

「いや、でも、ボクもやった方が早く終わるでしょ」

「まぁ、そうだけど」

「じゃあ、やるよ」


 セラも魔力を流してくれたこともあり、すぐに魔法陣は使用可能な状態になった。

 ここで魔族のうめき声が聞こえてきた。


「ぐっ……くそっ」


 撃ち落とすものの判断を見誤ったか、それとも対処が間に合わなかったか、それなりの大きさの礫が魔族の腿を貫いていた。

 セラの魔力が万全だったらもしかして倒せたかもしれないな。だが、それだけの余裕があればリンド村まで戻れるだろう。

 そんな甘い考えが頭に浮かんできた、その瞬間、想定外のことが起きた。

「小賢しい!」


 攻撃用の魔法陣を設置した地点が全てはじけ飛んだ。


「馬鹿な……嘘だろ、ピンポイントで……」


 攻撃魔法が起動してからまだそこまで時間は経っていないが、飛んでくる礫を捌きながら、魔法陣の場所を見抜くとかどんな超人だ、魔法陣はいつでも起動できるとはいえ、焦らずにはいられない。

 魔族の騎士や兵士の平均的な力があいつと同じくらいだとしたら、本当に絶望的だ。相手が戦い慣れていて魔族の中でも強い方であることを祈ろう。


「どうするの? ジョン」


 セラが気持ち大きめの声でそう尋ねてくる。なんでそんな声量で話すんだとも思ったが、その理由はすぐに察せられた。

 ああ、すぐ近くにあの魔族がいて、恐らくだがもうこちらの場所に気づいている。


「うん、諦めて、一旦逃げよう」

「分かった、ジョンがそう言うならそうしよう」


 上から気配を感じる上の方にはあえて視線を向けず、気持ち大きめな声でそんなやり取りを済ませてから顔をあげる。


「なっ、早すぎる……」


 わざとらしいかもしれないが、そんな台詞を口にしつつ、魔族の方を見た。


「ようやく見つけたぞ、これで終わりだ」

「えっと、これって、ピンチだよね」


 僕がさっきそれらしい台詞を言ったからか、セラも結構な台詞を口にしていた。少し笑いそうになったが、堪えて、首を縦に振る。


「消えろ」


 街の一角が吹き飛ぶほどの威力だろう、火魔法が放たれる。それほどの威力ならば術者の視界を塞いでくれるだろう。

 流石にリンド村までは飛べないが、ここから少し離れた場所への転移を実行する。

 そして、僕たちは顔を見合わせて大きく息を吸った。


「「うわああああぁぁ‼」」


 そうして、大声で叫びながら、転移魔法でその場を離れた。

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