誰にも、何にも認識されてはいけない。ただ、あるがままに目的を遂げなくてはならない

エテンジオール

第1話

 気がついた時、あなたは既にそこにあった。



 自分が何かを知らずに、いや、自分が何者でもなく、何にでもなれるということだけを知ってあなたはそこにいた。


 あなたは何者にでもなれる。けれど、一度何かとして決まってしまえば、定義されてしまえば、あなたはから戻ることは出来ない。



 あくまで一例として、私がこれまで出会ってきた、あなたと同じ存在の末路を提示しよう。




 例えば彼は、嵐として人々の前に顕現した。たくさんの雨を降らせて、作物に実りを与える存在として生き、人々が気候を予測できるようになった時点で、存在的矛盾によって消えた。



 例えば彼は、雷の化身として顕現した。とある神話の主神にまでもてはやされた彼は、しかし本来もちあわせていなかった好色家としての行動を強いられ、少しずつ失われていく信仰心とともに存在が失われた。



 大成したものだけの話をするのもなんだ。大したものになれなかった彼らのことも話そうか。


 例えば彼は、とても優しい子だった。あるがままの自分を受け入れてもらいたがって、何も手を加えないまま人々の前に立ったのだ。


 その結果彼がなったものは、泥の塊。



 似たような子がなった別のものは、霞、空気、蚊柱、蒸気、幻覚。





 いずれにせよ、大したものにはなれなかった。



 さて、そんな話をしたところで、あなたに一つ質問がある。

 あなたは、何になりたい?どんなものになりたい?


 あなたの前には無限に近い可能性が拡がっているし、少し間違えたらありふれた動物にまでなりさがってしまう。


 あなたが草藪を揺らして、その直後にリスがとび出たら、“なんだ、ただのリスか”と思われ、あなたはリスになってしまうだろう。


 だから、よく考えて欲しい。よく考えて、自分の未来を見据えて、その理想に近いあり方を見つけて欲しい。







 ………………ふむ、何になればいいのか、何を目的にすればいいのかが分からない、と。


 確かに、あなたはまだ生まれたばかりだ。産まれたばかりのあなたに、自分の未来を直ぐに決めろと言うのは、確かに酷かもしれない。







 それならば、仕方がないから私が一肌脱ぐとしよう。あなたは、そのあり方を以て、その存在をかけて、私の正体を探って見て欲しい。“なにか”に観測された途端に、そのものの主観によって存在が固定化されるあなたを、ありのままのものとして認識して、話しかけている“私”が何なのか暴いて、可能なら私の存在を終わらせて欲しい。



 いや、きっとここまで望むと望みすぎなのだろう。まともな範囲内に願いを留めようか。



 私のことを見つけて、私の正体を突きつけて欲しい。




 当然、あなたが、真に自分のなしたいことを見つけられるのであれば、私のことなんかは忘れてくれて構わない。あなたがやることな無い中での、暇つぶし程度の認識で構わない。





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 そうか。あなたはその生き方を選んだのか。それなら、出題者として傍から離れる訳にはいかないから、私はしばし、あなたのサポーターのように振舞おうか。






 セーブポイント。アドバイスポイントだ。不要かもしれないけれど、このままだとあなたは目的を果たせない。



 そうか。気にしないか。


 気にしなかったあなたが把握した自分の発生位置は、何かしらの地下施設の通路だった。




 新しいものが生まれるにあたっては、全くおかしなところが見つからなかった事実が、きっと重要になる。



 うん?これはただのアドバイスだとも。君がどんな未来を辿るにしても、きっとこれが必要になる。

 未知というものは、それまで知られていなかったが故にその神秘性を担保されているのだから。




 ともあれ、あなたはこの状況でどう振る舞う?全く動かないのもありだろうし、何も知らないあなたがネズミのように這いずり回るのも愉快だろうし、あるいはスニーキングミッションをするのもいいかもしれない。



 あなたにはたくさんの道があって、あなたはどれを選んでもいい。



 ……そうか。あなたはそれを選んだか。






 あなたは進むことを選んだ。目の前にある、訳の分からない通路を進み、未知を既知に変えることを選んだ。



 あなたの前には十字路がある。左右、前後、どこに進むのも自由だ。あなたが進みたいように進めばいいし、その先にこそあなたの正しい結末は存在するだろう。








 あなたは左に進んだ。そこに向かった理由は、きっと大したものじゃないのだろうけれど、あなたはそれを選んだ。


 なにか音が聞こえたからかもしれない。何か、光が見えたからかもしれない。なにか気配を感じたからかもしれない。





 私としては、そんなものを感じたのであればさっさと逃げろと言いたいが、まだ何も知らないあなたは、初めての五感への働きにワクワクしてしまったのだろう。あなたは何かがあるその場所への道を進んでしまった。







 真っ暗な道だ。どこからか明かりが覗くような気がしないでもないが、限りなく暗闇に近い道だ。そんな中を、あなたはしばし歩み続ける。




 まず間違いなく、1キロは進んだだろうか。左手に触れられる場所をたどっていけば理論上いつかは外に出れると知っていたあなたは、ゴツゴツしていながらも尖ったところのない道を進んだ。





 その先で、あなたはなにかの音を聞いた。コツコツと、通路の中を反響している音。何かしらの音源が近付いてきて、あなたは選択を迫られる。





 それは、何も気にせず歩みを続けるか、あるいは一度止まって身を潜めるか。私からどちらをしろと強制することは出来ないが、あなたの取れる行動はこの二つに一つだ。





 そうして、あなたは身を潜めることを選んだ。


 何が来るかも分からない中で、なんの存在も感知していなかった警備員があなたの前に訪れる。



 あなたは、予め隠れることに意識を集中していたから、観測されることを、存在を固定されることを免れた。あなたのすぐ前を通り過ぎて行った警備員は、なんの疑問も抱くことなく、あなたの後ろへと歩みを進めた。







 おめでとう。あなたは今、あなたに課せられた一つ目の試練を超えたのだ。そんな自覚はないだろうけれども、それだけが確かな真実だ。




 ……腑に落ちなさそうな顔をしているね。であれば、これを越えられなかった場合の君の行く末をひとつ、見てもらおうか。


 こうなったかもしれないお話。こうなると考えるのがいちばん妥当な、最も有り得る可能性の話。






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 あなたは、なにかの気配を感じながらも、まだ問題ないと判断して、歩みを続けた。


 少しづつ進んで、少しづつ周囲に溶け込み、あなたは最善を尽くした。



 間違いなく、気配の持ち主があなたを視認するよりも前に、あなたは自分の存在を不可視性のものに偏らせることで、誤魔化すことが出来たはずだった。





 いや、正しく言うのであれば、それは成功したのだ。ただ、たった一つの過ちは、あなたが隠れるよりも前に、気配の警備員が、あなたの足音をかすかにとはいえ聞いてしまったことだろう。



 そして、その音を聞いてしまった警備兵は、あなたの存在を知ってしまっている。あなた自身のものという確証こそないものの、そこに何かがいるという事実だけは間違いなく確認しているのだ。







 そして、“なにか”がいる場所を前に、あなたがいる場所を前にして、その警備兵は、自分の聞いた音の正体を、なんでもない小動物によるものだと結論付けた。彼は、あなたの痕跡を小動物のものだと認識した。




 そうなれば、あなたが小動物に成り下がるのは、極めて当然なことである。



 あなたが何にでもなれるからこそ、そしてあなたを観測してしまった警備員が、あなたの事をネズミだと確信してしまったからこそ起きてしまった不幸。



 とはいえ、あなたはネズミになってしまったのだ。もっとまともなものにも、もっと偉大なものにもなれたはずなのに、よりによってネズミになってしまった。






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 わかってくれただろうか?あなたには、この警備員によってネズミに堕とされる可能性が存在していた。しかも嘆かわしいことに、この警備員の想像力やその他が豊かだったせいで、彼と遭遇した場合にあなたが無事で済む可能性は決して高くなかった。



 だからこその、おめでとうなのだ。あなたは意識していない状況下で、間違いなく最適な対処法を選んだ。多くの同類たちが理解するより先に固定されてしまうことを考えれば、それは偉業と言ってもいいものだ。




 まあ、そんな事実はあなたにとってなんの価値もないだろうから、大人しく案内、サポーター、雑談相手に戻ろうか。その調子で、誰にも見つからずに、あなたの不確定性を保持したままで進んでくれ。



 一本道をしばらく進むと、あなたの前には行き止まりがあった。さっきの警備員が来たのは、きっとここからだったのだろうね。



 さて、そんな行き止まりにあったものだが、鉄臭い肉の塊だった。


 いや、正しく言葉にしよう。そこにあったものは、特に腹部を原型が無くなるまで滅多刺しにされた、男の死体だった。



 あなたはそれに興味を引かれ、近寄って触ってみる。何者でもなく、人の良識に囚われないあなたにとってそれは、ただの不思議なものだった。



 まだ暖かいそれを、あなたは体に取り込んでみた。人の血の情報が、肉の情報があなたの中に備わる。何にでも成れるが、成り方を知らなかったあなたは人の血と肉片に化けることができるようになった。



 ここでひとつ私からアドバイスだ。この男の右手と、両目だけは別に確保しておいた方がいい。これからの移動の際に役立つかもしれないからね。





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 さて、沢山歩き回ったところで、そろそろあなたのいる場所については多少理解が深まったかな?この場所は、不規則的に道を伸ばしていて、基本的には下に下がっていく。所々に人がいて、警備をしていたり、何かを探していたり、なにか作業をしたりしている。


 あなたは彼らから認識されて、存在を固定化されてはいけない。なぜなら、この場において異物は直ぐに排除されてしまうから。逆に言うと、排除されないようななにかになれるのであれば、それはなんにも問題は無い。



 私を終わらせたあとに便利だから、完全に不確定性を維持したままの方がおすすめだけれど、私を終わらせられるのならなんだって構わない。あなたが望むのなら、私を終わらせることなく地上に帰っても構わない。




 さて、あなたはどうしたいかな?やりたいことは見つかったかな?行きたいところはできたかな?



 何もないなら、私はあなたが終わらせてくれることを、ここの一番底で待っていよう。











 何にも認識されない限り、あなたは何よりも自由なのだから。

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