それでは、物語に開幕を②

 時間を少し戻そう。鈴木と別れた僕は廊下を歩いていた。強い陽射しのせいで日陰がより一層涼やかに感じられる。ただ蝉の声だけが、夏であることを教えてくれる。

 僕のクラスは2年3組。我が飛乃高校旧校舎三階突き当たり廊下の一番奥に位置する。ちなみに1組、2組は理系であり新校舎二階に位置している。それ故、文理クラスの精神的な隔たりが大きくなっていることは言うまでもないだろう。ガラガラと建て付けの悪い戸を開ける。窓側から3列目、後ろから2番目という何方かといえば当たりである僕の席につく。座ると急に汗が吹き出してきた。どうして動いているときではなく、止まったときに熱くなるのだろうか。体を動かすことに必死で脳が暑さを感知できていないのだとしたら、人間はとても頭が悪いけれど愛嬌がある生き物だなと思う。乱暴に机の横にかけているリュックに手を入れ、汗拭きシートを探す。しばらく探したが見つけられない。仕方なく体を乗り出し探す。見当たらない。そうだ、鈴木に体育の時間に貸したのだ。あいつの席は廊下側から1番目、1番前の席である。持ち前の明るさから先生に目をつけられ、よく当てられている。鈴木の席に行き、リュックの中を見る。中を見ると、ぐちゃぐちゃに折り曲がったプリントの山の中腹に汗拭きシートはいた。汗拭きシートは人類の大発明であることを再確しながら、ふと光るものが足元付近に見えた。この席の利点はすぐ横にコンセントがあることだけだと鈴木は語っていた。コンセントだ。コンセントからチラチラと光が漏れているのである。コンセント=電気であるし、光=電気といっても過言でない。コンセントから、ヘンテコな果実を食べてしまったせいで知能を持ったトナカイのようにチラチラしているこの光が電気であることは明確であった。近づかない方が良い。僕は自身の席に戻り、明日提出の課題を取り出す。分かりきっていることだが、英語は訳が分からないし、先程の光が気になって仕方がなかった。英語を理解するよりも、謎の光について考えた方が解決が早いだろう。例え光の考察に5年掛かったとしても、早い。とりあえず近づこう。近づかない限り分かるものも分からない。深淵を覗くときなんたらかんたらという言葉があったが、コンセント側から僕を見たらさぞ滑稽な顔が見えるであろう。かがんで必死で覗こうとしているのだから。けれどコンセントの正面となると机が邪魔である。体で机を押して無理矢理正面にいこうとする。チラチラ見え隠れする光がコンセントの正面になるにつれ、だんだんと大きくなってくる。やはりコンセントの奥から光っているらしい。ガタッ。上から鈍痛がくる。次に冷たさ。水筒である。机に置いてあった水筒を落としてしまったらしい。光に夢中になりすぎて押している机のとこは頭になかった。汗拭きシートで拭いたばかりの体に冷たい液体がかかり、まるで氷を体に塗りたくられてるみたいだ。

 バチッッッッッ。机から転げた水筒は僕の頭を経由してコンセントのすぐ上に当たり、地面へと着地した。中の麦茶を撒き散らしながら。瞬間、体から鋭い痛みが駆け巡る。なんと謎の光は電気だったらしい。離れなくては。とにかく。死んでしまう。そう考えた僕は、周りの机や椅子をお構い無しに蹴散らし進んだ。ゴジラとはこんな気分だったのだろうか。多分違うだろう。必死に光とは別方向へ進んだ。窓の外には、青い空。入道雲。木漏れ日の隙間からは、照らされた蝉が煩わしそうに鳴いていた。そうして僕は意識を失った。

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それでは、束の間の終幕を 多奈加らんぷ @Tanaka_a_a_a

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