最後の夏休み
どーゆー原理かさっぱり分からない。
宇宙の謎で片づけるしかないと思う。
十年は経っているはずなのに、僕はまだ高校三年生。でもなくて、高校二年生だった。一年前に時間が逆行していた。
そして、姫と執事さんがもう僕の高校に通っていて、そればかりか卒業していて、大学に行っていた。大学四年生だった。大学院生になるって決まっていた。
同じ年だったはずなのに、先輩になっていた。
宇宙船と新しい燃料の開発を研究しているのだと言っていた。
今着目しているのは、ゆずと馬の駆け走る音だとも。
高校二年生の夏休み。
僕と姫と執事さんは今、海辺を駆け走っていた。
姫と執事さんは地球の馬に乗って。
僕は乗らなかった。
でも並走していた。
僕は馬だった。
コーヤの地獄の特訓の目的は、馬に変化する事。
馬に変化して、僕の想いが籠められた地球儀に乗って、地球に向かって駆け走る。
地球儀一個の寿命は、一億光年とちょっと。
寿命が尽きて木っ端微塵になるまでに、次の地球儀に乗り移りまた駆け走る。
休憩は一切取れない。
地球に辿り着くまでただひたすらに駆け走る。
コーヤ、魔術師、姫の父親から謝罪を受けて、お世話になったみんなにお礼を言って、一個目の地球儀に乗って星から出た時点で、宇宙の恐怖を知った。
身体がばらばらにばらけてあちらこちらと離れて浮遊する感覚の中、そのひとつひとつに確かにある自我が暗闇に呑み込まれて少しずつ、ゆっくりと喪失する。
痛みはないのだ。
恐怖しかない。
ハヤクハヤクハヤク。
正直、地球に帰るという意志よりもこの恐怖から逃れたくて。
必死になって脚を動かし続けて。
結果、立ち止まってしまって。
純黒の瞳、睫毛、まえがみ、尾毛、蹄、純白の額、鼻梁、鼻端、あとは赤銅色に身を包んだアマリロそっくりの宇宙船に乗った姫に助けられて。
泣きじゃくる姫に助けられて。
地球を宇宙から見て。
地球に帰った。
馬のまま。
(絶対に!馬で過ごす最初で最後の夏休みにする!最短で!でも)
「じゃあ、馬路村に戻って、青ゆずの収穫を手伝いましょうか?」
地球の馬を牧場に返した後、そう提案する姫に向かって僕は首を振って見せた。
「ひひひひーん」
「いいえ行きません。実家には。行くのは姫とわしの故郷だと言っています」
「ひひん」
ほぼ瀕死状態の僕は実家に運ばれて気力体力を回復しつつ、執事さんに手伝ってもらって、こつこつと作ったのだ地球儀百三十九個を。
姫と執事さんと一緒なら、絶対に行けるから。
僕は静かに姫を見つめた。
姫も静かに僕を見つめた。
「いえ。あなた様の力をお借りしなくても、わたくしたちはいつでも帰れるのです。ですから、そのお心だけ頂戴します。ありがとうございます」
「ブルルルル」
翻訳しようとした執事さんを制して、姫は目を細めた。
「あら?その目は疑っていますね」
「ブルルルル」
「ええ。ですが、永住先から帰れない。ではなく、帰らない。らしいのですよ。本当は」
「ブヒ」
「故郷の星の為に勉学に勤しんで時間がいつの間にか経っている。それに、永住先があまりに魅力的で帰りたいという気持ちが生まれない。らしいのですよ」
「ヒヒン」
「まあ。仮に帰れる方法がなかったとしても、帰りたかったらわたくしは、わたくしたちはいかなる方法を使っても帰ります。ですから。安心して、早く人間に戻って下さい」
「ヒィーン」
姫は両の手を合わせてこの話はお終いですと言って、馬運車に向かった。
僕は執事さんを見た。
執事さんは少しだけ笑って、姫の後に続いた。
僕も少し歩幅を小さくして続いた。
「本当に優しい方ですね」
「ええ。本当は宇宙に飛び出すのが、怖くて怖くてたまらないくせに」
馬路村、ゆず畑の傍の東屋にて。
書き物を終えた姫は馬型に折り畳んで満天の星空へと投げ飛ばすと、馬の形をした手紙は少しだけいなないて、天へ天へと駆け上って行った。
「姫。行きましょうか?」
「ええ」
姫は執事の手を取り、歩み始めた。
一年後。高校の最後の夏。に入る前。
結局、高校二年生の夏休みを費やして無事に人間に戻れた僕は、二者面談で地球儀を作る会社に入りたいと先生に言った。その為に地球や各国の歴史、現代社会、環境を詳しく学べる大学に入りたいとも。
異世界に居る間にも、異世界から地球に戻る間にも、ずっと助けられていたから。
僕みたいに助けられる人が居るかもしれないから。
魅力的な地球儀を作って届ける人になりたいと思ったんだ。
そして迎えた、高校最後の夏休み。
山に海に草原にプールに祭りに花火大会にと。
姫と執事さんと友達と僕は、週に一回それぞれの勉強を頑張る為にめいっぱい遊んだのであった。
十年後。
「僕が。コーヤや魔術師たちに会いたいですし。僕が、姫と執事さんを連れて行きたいんです。一緒に行ってくれますか?」
「………わたくしたちは自由に帰っています。存じていますね?」
「はい」
「わたくしたちの故郷の星はあらゆる異次元に飛んで、一か所に留まりはしません。つまり、あなた様が覚えている位置にはもうないのです」
「はい」
「ずいぶんと自信がおありですが。何かコーヤに貰っていましたか?」
「はい」
「………怖いのでしょう。無理はなさらないで下さい」
「姫と執事さんと今の僕なら、今の僕が作った地球儀も一緒なら、怖くないです」
「………ばかなひとですね」
「はい。ばかついでに、姫の故郷以外にも、色々な星に行ってみたいです。そして地球に帰って来て、地球儀を作りたい。の、ですが。一緒に行ってくれませんか?」
僕は両の手を姫と執事さんへと向けた。
姫と執事さんはお互いに見合わせてから、僕の手を握ってくれた。
とても強く。
「いててててて」
僕は笑った。
姫は笑った。
執事さんも少し笑った。
その日、地球から地球儀が飛び立った。
姫と執事さんと、馬になった僕を乗せて。
きっと、宇宙で過ごす最初で最後の夏休みだった。
(2022.8.24)
少しだけ青すぎた 藤泉都理 @fujitori
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