龍の賭け事 四(終)

 魔法は死にさえしなければ、特定の病でもなければ、あらゆる人間を万全な状態に戻すほどに強力な、この世界の理である。

 それ故にレイアとアヤメは試合終了後に直ぐ様に大会運営の医療班から回復魔法を処置され、会場の整備も含めた少時間の休憩を経て、彼女らは表彰台に立ち、多くの歓声を受けながら優勝トロフィーを両手で抱えるレイアを前に表彰式も終了する。

 その後――



「ホント、刀使ってたレイアがあそこまで素手試合(ステゴロ)慣れしてたなんて意外だったわね。何回もやり合った娘だけど、種族の割にホント武器しか使わないのよ」


「余はレイアが戦うところを見たことがないのだ。だから何となく分かる。アレこそがレイア本来の戦技だと思うぞ。故に、勝ったのだ」


「……ふふっ、やっぱりいい観察眼ね」



 アノマーノとセレデリナは会場を後にしながら決勝の感想戦を行っていた。

 世界最強とも言える2人して見ごたえのある試合だった。この事実が当人たちにとって知る由もないことであれど、それは名誉ある事実であることは間違いない。



「とはいえもう夕方なのだ。そろそろをしたいところなのだが……」


「あぁ……ここマデウス国は夜行種族向けの店も多いんだけど……クリスフィアが勧めてくれたコスメの店はそろそろ閉める時間よねぇ。約束は守りたいところだけど、どうしたものかしら」


 とはいえ大会が終わってしまえば2人はただの女子カップル。仲包まじくデートの続きをするまでだ。

 セレデリナは衣装こそ肉体を隠すよう黒いローブで露出を控えているが化粧には少なからずこだわりがある。あまり身銭を持たない人間でこそあれ今回はアノマーノがバードリー経由で2人分の『おこづかい』を貰っているため、使い切るぐらいのつもりで楽しみたかったのだ。



「それなら2人きりで居やすい場所あたりが嬉しいのだ。余も酒は飲めるし、小洒落たバーなど良いのでないか?」


「いいわねぇ~。でも、その前にちょっと普通に遊んでおきたいじゃない? 何よりアンタは息抜き知らずだから癪なのよ。それこそが完璧なデートってモノよ」



 アノマーノの意見を汲みつつ、自分の生き方を是が非でも教えたいセレデリナ。

 自分で恋人にした約束を守れないことも、息抜きに慣れない彼女に身体を休めるコツを教えられないことも、とにかく癪であった。



「うむむ~」


「ま、とりあえず適当に街を歩きましょうな。この街じゃそんな問題起こしてないから、〈返り血の魔女〉だからって変な対応受けることもないからね」



 急に余計なスケジュールを入れられたことで番狂わせ状態なのは、恋愛初心者であるアノマーノには慣れがない。

 頬を膨らませながら、ぶーぶーと不満をこぼし始めていた。

 そんな中――


「お二方、もしかしてデート先に困っていませんか」


 

 剣幕を下ろすように、聞き慣れた女の声が2人の背後から耳朶を打ってきた。

 デート中とはいえ気配察知を怠るようなトーシローではない彼女らは、警戒の域を掻い潜れたことに少し驚く。

 ……が、その声の主がレイアだとわかったため、直ぐ様に、日常的な受け答えをする。



「そうそう。何だかんだアノマーノの衣服を探そうとすると子供服ばっかになって可哀想だし、アタシらの買い物って意外と場所に困るのよぉ~」


「レイアはなにか良い場所を知っておるのか?」



 クリスフィアが神出鬼没な割に無害だったおかげか、もはやレイアが同様の挙動をしても慣れた口ぶりになる。

 回復魔法で治るのは傷や意識の範囲で、戦闘によって消耗したメンタルまでは癒えない中わざわざ話しかけてくれている。悪意なんてあるはずがない。


 なんとも言えないデートの現状なのだから、素直に彼女の話を聞いても良いだろう。



「お二方、カジノに行きませんか?」



 そこで飛んできたのは、まさかの一言。

 9歳になるまでは魔王城で一緒にいた彼女が、ブリューナクに喧嘩を売りにいく度に顔を合わせたあの品行方正そうなメイドが、ギャンブルをしないかと誘ってきたのだ。

 2人は目を白黒させ、相槌すら打てなかった。



「ええ、法理的には禁止されていますが……私はこっそりやってるんですよ。場所は誰にも言わないでくださいね」


「へぇーそうなの……」


「……」



 セレデリナは金銭に頓着がない分、あくまでイメージ違いの勧誘に引いていただけだったが、アノマーノはというと……。



「やってみたいのだ!」 

 


 興味津々で意気揚々な賛同を返す。

 遊びに縁がない一方で、バードリー義賊団の面々が自分たちで賭け事をしている姿を見たことがある。


 その時の彼女は、「素直に混ざりたいのだ」とまで思っていた。

 だから己の好奇心に、自我エゴに従い、レイアの誘いに乗った。

 がしたいだなんて自身の考えは、その場で捨ててしまった。



「中にはバーもありますし、遊び終わったら勝ち金で好きなだけ飲めますよ。さあ、楽しいゲームの時間です」


「まあいいわ。その代わり、『おこづかい』を全部溶かすような展開にはしないでよ」


「も、もちろんなのだ!」


「ちなみにわたくしは大会の賞金をどこまで増やせるかを頑張るので案内が終わったら一切話しかけないでくださいね」


「あー……はいはい」



 社会経験の無さから後先を考えないで有り金を溶かしかねないアノマーノの態度から、起きうる最悪の未来を予期し事前に釘を刺したセレデリナであったが、同時にどうにもレイアが遊びでギャンブルをしている人間ではないことがわかり、その事実に戦慄した。

 そう、レイアは外の世界で遊びを知りたくて〈龍人種ドラグーン〉の集落から抜け出した。そして、ブリューナクに拾われ、武功を重ねて兵士長に、家事を極めメイド長になったが、本来の目的を忘れてはいなかった。


 だから彼女は、あらゆる遊びを覚えたのだ。

 グルメや演劇鑑賞、ハイキングにキャンプなどのアウトドアな趣味はもちろんのこと、特に将棋、チェス、トランプ等の卓上競技に強く興味を示した。


 だが闘争心プライドの高い〈龍人種ドラグーン〉の宿命か、リスクのない趣味は長続きしなかった。

 だからこそ、そこで偶然にも出会ったギャンブルには、人の社会的命とも言うべき『金』を賭け、勝負をするのだ。言うなれば彼女の求めていたが詰まっていた。


 ゲームの種類も多種多様。取捨選択と役に左右されるポーカー、確率論と直感の双方に苛まれるルーレット、1/2に神経をすり減らされる丁半、近年〈人族域ヒューマンズゾーン〉から局所的に電力と共に輸出されたスロット。

 必勝法なんてあってないようなもので、負けて失い金銭は計り知れなが勝った見返りは莫大。どれだけ努力して切り詰めようが限界がある。ギリギリまで戦術を固めながらも最後は運に負かされる。甘い攻め方でも運が勝利へ導く。


 こんなフェアさとアンフェアさが兼ね備えられた趣味は世界中探してもどこにもない。

 彼女は人生を通してギャンブルを続け、何度も勝って何度も負けて、稼ぎも損もない生活を続けている。


 武人としても、メイドとしても、趣味人としても、何もかもに全力投球。

 それがレイア・キーパー。〈魔王〉ブリューナクが見込んだ女である。




***



「50万リリィローズが55万リリィローズになりました。勝ちです」


「そんなに誇らしくないわよソレ」


「ふっふぅ~ん」



 全てが終わった。


 王都の中でも貧民層の多い、夜灯に照らされた飲食店街にて、看板はただのBARを装っている闇カジノの外から出た3人は各々の結果を語り合う。

 レイアは勝ちと負けを繰り返しながら1割だけ優勝賞金を増やせたことを喜び、セレデリナは趣味じゃないのかほぼ一銭も賭けずBARに居座り、アノマーノはビギナーズラックで勝利し続けたことで仁王立ちしながら鼻を長くしている。


 

(強さと子供らしさを両立しているアノマーノはホントに可愛いなぁ)



 何だかんだ巻き込まれてこんな場所に来てしまったが、セレデリナは自分の恋人を愛らしく思える場面を視界に入れることができたおかげで満足げである。



「では、今日の件は内密に」


「もちろんなのだ」


「〈魔王城〉のメイド長様が拳術だけの大会で優勝したあと賞金でギャンブルして微妙な勝ち方しただなんて信じるやつはどこにもいないわよ」



 なお、翌日も空いていたため、アノマーノとセレデリナは改めてショッピングや食事を楽しんだ。アノマーノが『おこづかい』を5倍に増やしていたおかげでかなりの贅沢が出来た。レイア様々である。

 このデートでアノマーノが本格的にメイクを覚え、バードリーからより『おこづかい』をせびるようになったのは別の話。

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呪われた斧によって魔法が使えず魔王一族を追放された魔族幼女、偶然にも救ってしまった魔女から100年間殺され続ける修行を受け、逆に呪いの力で“世界の覇者”となる リリーキッチン百合塚 @yurikiti009

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