第13話




 ノーマン・ネイルは、自分と似た姿のフーゴ・パントロンを見つめていた。


 その間に跳び込んできた執事に、少し呆れる。


 ――相変わらず、目立つなぁ。


 以前も主人である公爵令嬢ヴェリートを立たせる意識は、明らかにあった。所作は丁寧で決して前には出ない。にも関わらず、この男は目立つのだ。己とフーゴも黒髪だが、ディアーヴォの黒髪のように艶やかではないし、完璧なオールバックでもない。


 この燕尾服の執事の三歩前に公爵令嬢が立てば、それは絵画のように完璧だ。立ち位置は引いているのに、明らかに引き立て合っている。どちらが別の男女になっても、引き立て役で終わっただろう。


「……どうしたの? ただでさえ地味な僕らの戦いに君みたいな目立つ男が来ると、困るんだけど」


 事実、一部の観衆からは黄色い声が上がっていた。フーゴも一部から憧れられてはいるが、執事に比べればニッチだ。


 そんなことはないでしょうと、慇懃に執事が応える。嫌味らしさはない。


「フォール殿下に審判を授かりましてね。僭越せんえつながら、私めが取り仕切らせていただきます」


 ノーマンには、この男の目的がわからなかった。まめやかに主人のヴェリート・ヴェロ・クオーレに仕えていたように見えた。副会長としてヴェリート嬢が生徒会室に来ている時には一緒に来て、雑用や手の届かないところを完璧にやってくれて助かっていた。


 微笑みは完璧だが、完璧ゆえに感情が読み取れない。フーゴは審判について聞いていなかったのか、フォール王子に視線を送る。


「フン! 俺様達の決闘に出る五人には入れてはやらんが、積年の思いもあるのだろう。せめて最高の席で憎む主の没落を見るがよい!」


 その返答にフーゴは頭をかくが、執事は慇懃いんぎんに頭を下げる。


「では差し当たって聖女様――リリィ様、貴女様が勝利した暁に求める物は、


一、殿下との婚約の破棄、


一、お嬢様の学園退学、


一、公爵家から絶縁申し出、


一、貴族であることの放棄


でよろしかったでしょうか」


 聖女へと向き直って確認を取る。視線を受けた聖女は、王子の方に視線を送る。


「よいー、いや待て! 執事ディアーヴォよ、ヴェリートが負ければ俺様に仕えよ!」


 どうやらこの一週間の仕事でフォール王子は、執事を大層使えると判断したらしい。婚約者の不貞相手だと疑っていたことは、もうどうでもよくなったようだ。


「……お嬢様、お受けになりますか?」


 階段の下に控える主人に、体ごと向き直って問う。ヴェリートは視線を正面から受け止める。変わらず凛とした姿勢で、今回は狼狽ろうばいせずに受け応える。


「最後の、以外は構わないわ。私にできることは、貴方の所有権の放棄だけよ?」


 契約が切れた後なら、王家に仕えなさいまでの命令は出来ないわ、と言って言葉を切る。無表情で淡々としているのに、いやしているからか、その声音は氷のように寒々しい。


 執事は承ったと言うように、一礼をして視線を王子に送った。王子も手元に置ける自身があるのか、それで満足したのだろう。頷いて返答した。


「よろしいでしょう! ではお嬢様、お嬢様が勝利した暁に求める物は――、何か御座いますか?」


「………………」


 ヴェリート嬢は、静止した。悲しくて思考停止になっているのかと、観衆たちは思った。しかし生徒会の生徒たちは、彼女が考える時の癖だと知っている。当然に知っている執事も、催促することもなく待つ。


「…………………………………………………………………………………………………………」


「えぇい! 早く答えよ! 俺様をいつまで待たせるのだ!」


 静止した空間に痺れを切らしたのは、王子だった。聖女側の五人も、苛立っている。


「……お嬢様、無理に出せとは申しません。こちらで釣り合いを取りますか?」


 微動だにしなかった氷の令嬢は、はたと首を上げ、小さく肯いた。


「畏まりました。では、それぞれ対応させて差し出していただきますが――、


一、殿下との付き合いを避けること、


一、聖女様の学園退学、


一、実家との絶縁申し出、


一、平民であることの放棄


一、側近との契約破棄


となりますが、いくつか釣り合いが取れませんね」


 観衆も、そういえばと納得する。


 婚約破棄と交際の破局は釣り合わない。公爵家であるヴェリート嬢と、平民である聖女とは実家の繋がりの力は違う。


 平民であることの放棄は意味がわからないし、審判をしているディアーヴォのような側近は、学園のどの生徒にさえいるわけがない。なにせ、第二王子が求める執事なのだ。


「……どうでもよいであろうが。どうせ勝つのは俺様達だ」


 王子は、確かにとは思いつつ勝利を疑っていないためか、そんなどうでもいいことと思考を破棄した。


「確かに下馬評では、聖女様側の圧勝ですしね? であれば、見積もってみて――殿下達聖女側の代理人五人の、退学とご実家との絶縁申し出で如何でしょうか?」


 審判の執事はこともなげに、完璧な微笑を崩しもせずに言った。不敬ともいえる発言に、観衆たちはざわつく。


「ちょっ! 公爵家といえど、それはさすがに釣り合わないでしょう!」


 一番近くにいたフーゴが、色をなして噛みつく。執事はそれにも一つ頭を下げて応える。


「殿下の申し出があるまではよかったのですが――、最後の私めの価値が高すぎるのです」


 悪びれもせず、謙遜もせずに。フーゴはそのあまりの自信に、二の句を告げなかった。


 無視するわけでもなく、如何ですか? と声も出さずに視線を向けて執事はリリィ嬢に問うが、リリィ嬢は狼狽うろたえた。


「え? わ、わたしですか?! えっと、えぇー?」


 右往左往して、視線は最後に王子にはたと止まった。あ、と思い付いたように返答は決まったらしい。深呼吸して答える。


「……お受けするわけには、いかないかもしれません」


 会場はその言葉にざわめいた。を観衆全員に向けるように、階段を上る寸前まで歩き出す。


「わたしだけならば、構いません……! ただし、フォール殿下やフーゴ様、皆様の退学やご実家との関係まで巻き込むわけにはいかないです! それに決闘のそもそもの発端を考えれば、殿下が悪を捌くことに、条件は不要かと思います!」


 ――確かに、公爵令嬢の断罪がきっかけだったよな?


 ――罪を重ねて、その罰だ。対等な必要ないよな。


 ――ていうか、どう考えても聖女様側が勝つんだし、どうでもいいんじゃない?


 観衆達はざわめきつつ、聖女側に寄った。ざわめきが広がるごとにその流れは加速したが、急停止した。


「成程! さすが聖女様は、本質も捉えられておりますね」


 執事の返答に聖女は胸をフンスと張ったが、続きがあった。


「ただし決闘には決闘のルールがあります。手続き上ですが、は釣り合わせなければ決闘は成立しないのです」


 三秒程度、執事は困り顔を浮かべた。いつもの微笑みとの差に女子生徒は魅力を感じたが、それこそ微笑と本質は変わらない。視線は聖女から王子に移される。


「しかし、聖女様のお言葉もごもっともです。では五人の代理人に関しては、退学だけに止めておきご実家との断絶は求めない、でよろしいでしょうか?」


「……よかろう! どうせ負けるはずもない決闘なのだ! 早く始めてしまえ!」


 その答えを受けて一礼し、今度はヴェリート嬢に視線を向ける。また、氷のように美しい顔を、表情を変えずにこくりと上下させた。


 執事は一礼を返すと、本人言うところの地味な二人、ノーマンとフーゴから間合いを切った。


「魔装が解けて一撃が入った瞬間か、降参と言った瞬間で勝敗は決まります」


 黒髪の執事が、同じく黒髪の眼鏡二人に言い聞かせる。二人が頷くのを見て、告げる。


「それでは、開始で御座います!」



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