第11話




 決闘まであと二日。学園内の盛り上がりは日に日に増していく中、男子生徒二人が頭を抱えていた。


「どうすんだよ……。成立しないぞ?」


「はぁ。んなこと言ったって仕方ないだろ」


 賭けは最初、盛況ではあった。鉄板である、聖女側の学園最強の五人に賭けた者達は多かった。


 誰しも先ずはここに賭けるのが定石だった。しかし、鉄板が固過ぎた。


 王子側に賭けられた金貨は計250万枚を超えた。対して、公爵令嬢側に賭けられた額は、金貨にして十枚にもならない。


「各試合も、同じようなモンだ。聖騎士候補戦を除いてな」


 賭けの形式はシンプル。


 賭けに勝った者は、賭けた割合を得る。現時点では25万枚賭けた生徒が賭け額が高いが、金貨10枚を25/250、つまりは金貨1枚を得る。


 物凄く利が薄い。それでも彼は、平民の大人が半月は遊んで暮らせる金を手に入れられる。そういう考えで大きく張っているのだろうが、ほぼ全員の読みがそうなのだ。普段ギャンブルとは距離を置いている生徒さえも王子側に賭けに来た。必ず勝てるギャンブルは、ギャンブルとは言えない。銀貨10枚と等価値である金貨1枚を賭けた生徒は、銅貨4枚を得るのみ。


 最初は熱に浮かされたように賭けた者達も、冷めた。


 唯一戦力が拮抗している中堅戦、剣聖の子イザーク・マリネ対ウラヌス・セーラムだけは多少盛り上がっていた。しかしリスクのある試合には、ギャンブルをしない多くの貴族の子達には人気が無い。対戦があるかさえわからない、公爵令嬢側に選手がいない大将戦に賭ける者だって、いるにはいるのだ。そちらはヴェリート側に賭けられた額が銅貨1枚さえないので、返金になるだろう。


「……お前、金貨の1枚でも入れれば? 金貨20枚になれば二年は遊んで暮らせるぜ?」


「パス。金をドブに捨てる趣味は無ぇよ」


 だよなぁ、と聞いた生徒も肩を落とす。金貨1枚は大金だ。賭けを盛り上がるためとはいえ、そこまでの額は出せない。とはいえ、銀貨1枚を入れた程度では盛り上がることもない。


「大穴好きな誰かが、悪徳令嬢側に大金を賭けないもんかねぇ? このまま冷めていったら、キャンセル多発で終わるぞ」


 二人の男子生徒は、領地の賭場を家業に組み込んでいる者達だった。ギャンブルが好きで、悪意は無い。それゆえ今回の賭けに手数料さえも取っていない。


 ただ、ギャンブルから距離を取っている多くの貴族の子らに、楽しみを知ってほしいだけだった。ここでギャンブルで勝つ喜びを知ってもらい、家を継ぎ金を扱うようになってもらい将来の客を増やすという目論見もないわけではなかったが、それよりも己が好きなことにみんなが興味を持ってもらうことに、意識のほとんどは向いていた。


「神よ! 善意の行動の我らに報いたまえ!」


 ふざけたように叫んだが、国教であるタマソン教を象徴する教義である『《誠》の思いは必ず通ず』からは近いものでもあった。


 その思いが、通じたのかもしれない。


 その夜だった。


 ある者が、金貨300万枚を公爵令嬢ヴェリート・ヴェロ・クオーレ側の勝利に賭けに来た。


 翌日、決闘前日にオッズが公表された途端。


 賭場には生徒達が大挙して押し寄せた。ギャンブルを忌避し、賭け開始の時も来なかった生徒達さえやってきた。金貨1枚を入れればほぼ100%、金貨1枚が増える固い投資に見られたのだ。


 当然すでに聖女側に賭けていた生徒達も再びやって来て、賭け金を増額した。夕方には再び聖女側に賭けられた額は、計金貨600枚にもなった。


 そしてまた夜、驚くべきことに前日に300万枚の金貨を賭けた者が、また悪徳令嬢側に500万枚の賭け額を追加しに来た。


 賭場の二人は、互いに抱き合って涙を流すほどに喜んだ。


 そこから寝ずに変わったオッズを学園全体に広め、さらに王子側の賭け額を回収していった。大穴に有り得ない額を賭けに来た男の、自分がこの額を賭けに来たということを秘密にするようにという妙な条件も喜んで呑み厳粛に守った。


 その結果、当日の決闘開始直前まで賭場は熱狂に包まれた。王子側の四人も賭けに来たし、学年次が違う生徒までやってきた。教師までもこっそりと二人賭けに来たのだから、異常なことだった。


 学園中があと一時間で始まろうとする賭けを、心待ちにしていた。


 決闘を、心待ちにしていた。



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