第9話




 本来、この場は一学期修了のパーティだった。


 最早、慰労いろうの雰囲気など微塵もなく、予定されていたダンスもなくなったが、それでも生徒達は異様な興奮に包まれていた。




 ――最強の五対五、いや五対四か。どっちが勝つんだ?


 ――バカ! 聖女様に決まってるだろ! 王子含め、最強の五人だぞ。


 ――ていっても、聖騎士ウラヌス様はやっぱり別格でしょ? 少なくとも一勝は『氷の無能』側が拾うのではなくて?


 ――いやいや、スキル抜きにすればイザーク様が学園最強だろ!


 ――それ以前に、何故ウラヌス様が公爵令嬢に味方を……。『借りがある』と聞こえたが。


 ――悪徳令嬢のことよ。きっと弱みでも握ってるんだわ!! 卑劣の極みよ、許せない!


 ――しかし、悪徳令嬢も魔法の評価以外は高い。いや、高すぎる。二人で二勝も有りえるぞ。


 ――馬鹿ね。ヴェリート嬢の成績は不正に決まっているでしょ? あんな点数、一度だって有り得ないもの。


 ――だ、だよな! だとすると、可能性があるのはやっぱり中堅戦だけか……。


 ――いやわからんぞ? 生徒会のノーマン会長とアラン庶務も……。いずれにせよ、賭けは盛り上がるな。




 と、勝手なことを言い合っている。


 それを傍目に、公爵令嬢側の四人は会場の端で集まっていた。


「……ノーマン会長、アラン様、それにウラヌス様。ご助力の申し出、ありがとうございます。感謝致しますが、いつでも降りていただいて結構です」


 相変わらず、ありがたいとも申し訳ないとも読み取れない無表情。ヴェリート嬢は凛とした姿勢で腰から頭を下げる。


「いやいや、俺らは当然助けるっスよ? 副会長頑張ってたし、美人だし、何よりおっぱい大きいし!」


 公爵令嬢は表情を変えないが、隣の聖騎士候補ウラヌスが軽蔑の視線を送っていた。


「……冗談はさておき、僕も出来るだけ頑張ってみるよ」


 生徒会長ノーマンのフォローに、冗談なんて言ってないっスよ? と返す赤髪坊主が全員で黙殺されている中、金髪ショートのウラヌスも頷いた。


「ところでウラヌス様。私は貴女に貸しを作った記憶はないのですが」


 ヴェリート嬢は、無表情ながらも銀の瞳で真っ直ぐに人を見る。一般の学生なら、怯むところだ。


「……ボクが勝手に借りにしているだけさ、貴女は気にしなくていい」


 男子生徒が二人いるのにも関わらず、発言も立ち姿も姿勢もこの場の誰よりも男前である。騎士団ではそういう訓練もあるの? とノーマンは思う。


「そもそもあの侯爵令嬢二人を断って、ボクは黙認したんだ。今さら参加拒否なんて、受け付けないよ。それよりも――」


 本題を問う。


 五人目に、アテはあるのかい?


 その質問に、四人とも沈黙する。


 しばしの沈黙の後、公爵令嬢が首を振った。


 誰しも、その質問のあとは口を開かなかった。空気を読まず勝手なことを言うアランさえも、その繊細な話題には触れられなかった。


 学園中の誰しもが知っている。本来であれば真っ先に――否、最初からヴェリート・ヴェロ・クオーレのすぐ後ろに控えている執事は今、敵の陣営にいるのだ。




    ◇




「悪ぃな、アンタも積年の恨みを晴らしたかったんじゃねぇのか?」


 学園の応接室。本来生徒は使えないが、フォール王子達は鍵を持っている。上等な椅子と机を、いつもサロンのように使っていた。


 コレロの質問に、燕尾服のディアーヴォ・ル・ヴォトムはうやうやしく首だけを振る。


「とんでもございません。わたくしめは所詮執事。皆様のような主役を差し置いて前に出るなど、有り得ないことです」


 完全なオールバックの下は、完璧な微笑みで応える。


 応えながらも座っているフォール王子のグラスが空いた瞬間には、いつの間にか取り出したワインを斜めに持って王子に視線を送っている。


 目が合って思わず、王子がグラスをわずかに上げると静かにワインが注がれている。


「……驚くべきだな」


 イザークが呟く。


 執事は瞬間移動したわけではない。全員がコレロの隣からフォール王子の隣へゆったりと歩き出す執事を見ていた。


 しかし、時が止まったようだった。王子は一秒たりとも待った認識はない。


 間の支配か、悠然と見えるが移動が早かったのか。ボトルの中のワインは揺れてもいなかった。


「面白いな。貴様、決闘の後には某と立ち合え」


 その発言に、全員が驚く。イザークは己が最強と信じている。実際、王子以外でサシで戦えばこの中に勝てる者はいないだろう。だからイザークが、誰かと立ち合いたいなど、言うことはない。


 戦わずとも、己が勝つとわかっているからだ。


「主の指示がなければ、私めはどなたとも立ち会えません」


 執事は、完璧な姿勢で腰を折って頭を下げる。人体についての理解が深いのか、一挙手一投足が美しい。


「ハッ! 何を言っているんです? 主と敵対して僕達の側にいる時点で、そんな制約なんて無いも同然でしょう?」


 酒に弱いフーゴは酔っているのか、いつもより態度が悪い。体も、前後逆にした椅子にもたれかかっている。


「……試合に出れない理由は、それもあるのですよ。公爵家に恩がある以上、お嬢様とそこまであからさまに敵対するわけにはいきません」


 そんなフーゴにも、恭しく頭を下げる。


 また、フォール王子のグラスが空いた。


 完璧な間で注がれる酒に気をよくしたのか、今度は故意にグラスを上げた。執事ディアーヴォは、またいつの間にか横へ動き注ぐ。


「公爵家、か。継がれた弟殿は立派に公爵家の仕事をしているというのに、何故あの女はあぁなのだか」


 王子の酒のペースは、早い。強いが、顔はほんのりと赤みがさしている。


「公爵夫妻の急死、あの弟君夫妻がその直後に仕事を完璧に回されています。あの二人こそ、僕の理想ですよ! それに引き換え……」


 フーゴは酔っているのか怒りなのか、グラスを置くのにもガンと音を立てた。


 イザークが眉間に皺を寄せる。


「なぁ執事、何でお前のお嬢様は、あぁなっちまったんだ?」


 コレロの場を取り繕うような質問に、五人の視線が執事に移る。


 執事は悠然と答える。


「さぁ……。お嬢様は、お嬢様ですから」


 完璧な微笑みに、いささか白けるような空気になった。


 それぞれ、元々駄目な奴は駄目なのだと、そういう意図と飲み込んで、また瓶を開けた。



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