第7話




「二人はいずれの試験も優秀です。特に魔法では、十位以内から落ちたことはありません」


 また、フーゴが王子に耳打ちする。


「……そうか」


 敵ではあると、認識する。王子陣営の予想では、誰も現れないだろうと踏んでいた。風の読めないという点は評価を下げるべきだが、それでも油断は抑えなければいけない。


 不戦勝での四勝は崩れるのだ。その上、力もある。


 ヴェリート嬢は、二人を振り返った。喜びと安堵の表情があってもよさそうな場面だが、空気を読まずに相変わらずの無表情。それは、表情に止まらなかった。


「アンナ様、エーリ様……」


 フンスと鼻息で気を吹く勢いの二人に対し、優しく呼びかけて深々と頭を下げる。


「謹んでお断り致します」



 えぇ……?



 二人だけでなく、式典会場の生徒達のほとんどが同じ思いだった。敵対しているはずの、壇上の六人でさえも。


 周囲の目も振り払って、家への迷惑も覚悟して出てきた二人。全員に敵対されている孤立無援の状況で、そんな救い手に対して、謹んでのお断り。


「えっとぉ、でも、他に出てくれる人いないんじゃないですかぁ?」


「そ、そそそうですわ! それに、わたくし達は優秀ですわよ!」


 ヴェリートの一言で、出てあげるではなくて出させてという立ち位置に代わってしまった。


「お気持ちは、とても嬉しいです。それでも女性のお友達を、お友達だからこそ、こんな危ない戦いに参加してはいただけません」


 言葉の少なさに反して、執事と同じく取り付く島はない。絶対に参戦させないと決めている、とわかってしまう。


 それでもエーリ嬢とアンナ嬢は食い下がる。


わたくしだけでなく、両親もヴェリート様のお父様にはお世話になったのです。家の者にこれが知れたら、なぜ味方に立たなかったのかと怒られてしまいますわ!」


「我がテンダラー家だってぇ、あなた様のお母様がいなければどうなってたかわかりませんー。一緒に戦いたいんですぅ」


 公爵令嬢は無表情で、小さく首を振って応える。


「……回復できない傷を負うこともありえます。私だけの都合でかわいらしいお二人の顔や体に疵を残しては、私も両親に叱られてしまいます。天国の両親に誓って、大事なお二人を出すことはありません」


 二人は、泣き出しそうな顔になった。ヴェリートが亡くなった両親に誓ったなら、それを覆すことは絶対にない。わかってしまった二人は、引き下がるほかにない。


 事実、癒しのスキルを高い水準で持つのは学園に、敵側のお姫様である聖女リリィ・スワネルしかいない。傷が残る可能性があるという、事実を土台とした決心は、反論が出来ない。それを構わないと言っても、ヴェリートが認めない限りは無駄。


「わかりましたわ。でも、私こそ目の前でヴェリート様が傷ついてしまっては、泣いてしまいます」


「……あなた様を大事に思っている人がいることぉ、忘れないでくださいねぇ?」


 言い残す二人の友人に、


「えぇ。肝に銘じますわ」


と返す表情は、友人二人にだけ、微かに笑っているように見えた。




 その様子を見てフーゴは眼鏡の奥で、誰にも察せられないように苦虫を嚙み潰したような顔をした。会場の印象操作だけが、理由ではない。


 実は、王子側サイドにとっては、二人の参加は都合がよかった。優秀であることと、強いことは違う。


 強い側に、優秀である己がいないことは理解している。しかし、その理由まで解析しまっているならば己と同じ優秀で強くない者には勝てる確信がある。不戦勝より、確勝できる試合の方が価値があった。


 二人の友情の余韻も、フーゴの計算が整う余裕も残さない内に騒々しく、意外なことにヴェリートの味方が三人、彼女の前に立ちはだかった。


「――そういう理由だったら! 俺らは問題ないってコトっスよね!?」


 正確には、大柄の男に引きずられた男子生徒と、傍らに立つ生徒。三人ともが男子生徒の制服だった。


「すみませんっス副会長! 会長を説得するのに時間かかって!」


 赤髪の坊主頭の、体の大きな生徒が愛嬌のある顔で笑う。引きずられている、黒髪の黒縁眼鏡の男子生徒――ノーマン・ネイルが生徒会長であることを考えると、彼の言うは成功したらしい。


「いやいや。これを説得というのは君だけだよ? アラン君?」


 引きずっている生徒会の庶務アラン・キーファカは、笑ってごまかしもしない。ただ笑い、いいじゃないっスか! と押し切る。


「……全くよくはないのだけれど。それで、ヴェリート嬢。僕達ならいいのかい?」


 襟の後ろを捕まれながら、座ったままの首絞め自殺のような姿勢の会長は、そのまま下から問いかける。


「……はい。会長とアラン様がよろしければ」


 アラン・キーファカは、よしと右腕でガッツポーズを取って喜ぶ。右手に掴まれていた生徒会長ノーマン・ネイルは後頭部を打って、頭を撫でながらため息を吐く。


「ハァ、仕方ないね。それにしても、生徒会でお世話になっている僕とアラン君はわかるとして。君は何でここに立つの? 聖騎士候補殿?」


 傍らに立つ短い金髪の生徒に、問いかける。



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