第6話
手袋を投げつける行為は、決闘の申込み。それを拾ったならば、決闘の承諾となる。
通常、女性同士の決闘ならば、五対五の勝負になる。この五人には自身を含めてもよいし含めなくともよい。リリィ嬢の五人は、決まりきっている。
式典会場が静まり返ったのは、数秒だけ。会場は、すでに壇上の生徒達に支配されていた。
――受けろぉ! 氷の無能!
――問答無用で追放されないだけ、ありがたく思いなさい!
――罪を償え!
――受けろ。
――償え。
――受けろ。
会場の熱気にも関わらず、相変わらず公爵令嬢ヴェリート・ヴェロ・クオーレは、依然氷のように動かなかった。足元の白い手袋を一瞥し、視線は燕尾服の執事を見ている。
視線の先の執事は、相変わらず貼り付けたような微笑みを
この周囲に動揺せず、狼狽もせず、意志を示さないことが逆に不気味だったが、周囲の生徒は集団心理で煽ることを止められない。
「受けてはダメです! ヴェリート様!」
「拾わずに、帰りましょうよぅ! 後からお家の方から申し立てを入れるんですぅ!」
友人二人の声も、届いているやらいないやらだった。本当に感情が無いのではないかと思われるが、この期に及んでは、その無反応ぶりも周囲に火を点ける。
――受けろ!
――償え!
――受けろ!
――償え!
ヴェリート嬢は無反応だったが、唐突に口を開いた。思案している様子もなかったので、壇上の六人は気味悪く思っていたところ。
「……殿下」
「何だ」
無表情な元婚約者に、フォール王子は苛立ちながら応える。元婚約者は、ほとんど口を動かさずに言う。
「ご命令をいただけますか? 決闘を受けろと」
「……?」
睨みつけたまま、首をわずかに傾げる。
無表情のままだが、返答の語気は先ほどまでより、強さを感じるものだった。
「私は、王妃として国を治めるために、必死で取り組んできたつもりです。幼い頃からの婚約者である殿下を支え、国に尽くすのだと、非才なこの身を磨いてまいりました」
「…………」
王子だけでなく壇上の六人だけでなく、会場の全員が沈黙した。
学園で最も評価される魔法の成績は最悪でも、疑惑が湧いてはいても他の成績は優秀であり、生徒会の副会長の席も、確かに着いている。
その努力を、否定はし難い。言動の全てを拒絶するつもりでこの場に来た王子陣営としても、それぞれの理由で易々とは否定できないようだった。
「明確な区切りを、拒絶を私に賜りたく思います」
その否定できない状況で、公爵令嬢ヴェリートは『自分を拒絶せよ』と言う。己が言いたいことを、言えと願われている。敵の意のままにすることに抵抗はあるが、その進行方向は己の意思でもある。
「……決闘を受けよ! そして負けた暁には、俺様との婚約破棄を受け入れ、学園は退学! 公爵家であることも、貴族であることも捨てよ!」
結果、フォール王子は言った。そのことに対し、壇上の仲間達もさして
「
ヴェリート嬢の態度も、氷のまま変わらない。完璧な礼を以て、ただ無表情に返す。
生徒達も、この問答に何か意味があったのかと釈然としない思いだった。
嫉妬のままに立場の弱いリリィ嬢をいじめていた女のことだから、王子への好意と執着自体は本物で、本人の言どおりそれを断ち切ろうとしたのだろうと考えた。
ただ階段状の燕尾服の執事ディア―ヴォ・ル・ヴォトムだけが、貼り付けた笑みを深めていた。
「随分と嬉しそうではないか、執事よ」
ほとんどの者が気付くことすら出来ない変化に、後ろ姿からでさえわかったのか、イザークが糸目のまま声をかける。
「――はて、
イザーク自身も確信があるわけではないのか、それ以上は言うことはしない。しかし、王子が追及する。
「貴様は、何が目的なのだ。今までまめまめしく従っていたヴェリートを裏切って俺様達につき、何がしたい?」
すでに執事は、貼り付けたような笑みに戻っている。作られたとはいってもその微笑みは完璧で、不自然さはない。そもそも大半の女子生徒は、この作り笑顔に惹かれている。
「殿下まで、この使用人を気になさらないでくださいませ」
そう言って、少し困ったような微笑みに、眉の形を変える。しかし、何かを言わなければ下がれないと理解はしたのだろう。
「一つ、端的に申し上げるのであれば――」
前置いて、自身の主人に視線を移す。
「皆様以上に、
微妙な物言いは王子が求める回答ではなかったが、イザークでなくとも誰にでもわかる程に、この執事はこれ以上口を開くことはないと決めていることがわかった。
「フン。まぁ、あれほどの悪女だ。執事であるからこそ、見捨てさせる機会も目にするのだろう。ヴェリートの不貞の相手は、貴様が最有力だったのだが」
「
予想外に口を開いた執事に、王子は機先を制されたように驚いた。結果、そうかと呟いて話は終わらせてしまった。
やや気まずい間を気にしてか、フーゴが話を進める。
「さて、リリィさんの代理人の五人は決まっています。あなたは五人、自身を含めるならば四人をお選びください」
問いかけられたヴェリートが無言ならば、当然場は静まる。我こそはと加勢を名乗り出る者など、いない。
気まずい沈黙に、嘲笑が混じり始める。公爵家ということで、ヴェリートに媚を売っていた生徒も黙っている。
勝てば実力を誰にも明らかにさせる絶好の機会ではあるが、学園最強の五人に向かう者達はいない。
そもそも、実力を示し公爵家の娘の覚えめでたくなったところで、王家と宰相、辺境伯、剣豪、公爵家の嫡男に勝ってしまってどうするというのか。差し引きで莫大なマイナスである。敵対してしまった事実だけで、自分の家に多大な迷惑がかかる。
出るとすれば余程の馬鹿か、命運を共にすると決めているほどの友情を持つ者だろう。
「そんなぁ。ヴェリート様に、四人も友人なんていらっしゃるわけがないじゃないですかぁ!」
「アンナ様、あなた失礼ですわよ……!」
そうは言いつつ、金髪の縦ロールを焦らせるエーリも否定はしない。事実でもある。
「でもぉ。ううん、だからぁ、私達友達が参加しなきゃですよねぇ? エーリ様?」
アンナは小さくしていた体の姿勢を正し、前に進み出る。姿勢を正しくすれば、元々小さな体でも茶髪のお団子の分、ヴェリートの身長に近づいた。
「……! まぁ、そういうことになりますわね!」
莫大なマイナスも十分に認識しつつ、エーリも縦ロールを揺らして、前に出た。家を背負う覚悟があるからか、引きつった顔をパンと叩いて前に出る。
「「ヴェリート様! 私達が参戦致しますわ!」」
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