第4話




「……侯爵家の娘達、か」


 フーゴに耳打ちされて、王子が言う。


 金髪の縦ロールはエーリ・ナフタール。茶髪のお団子眼鏡はアンナ・テンダラー。どちらも侯爵の家の娘だった。


「左様ですわ。そんなことより! 御令嬢を捕まえ公衆の面前で罵倒を続けるなど、どういう神経をしてらして?! 王子と名家の方々とはいえ、許されませんわ!」


 エーリは常に持ち歩いている扇を閉じて右手で振り、足を踏み鳴らす。勢いで縦ロールの金髪も縦に揺れる。その様が似合っている。


「ヴェリート様は無力なんかじゃなく、優秀ですよぅ? 筆記試験も武術試験でも、その優秀さは皆さん知ってらっしゃるはずですぅ」


 アンナには、エーリほど堂々とした振る舞いは出来ず、おどおどとした様子で言う。


「……エーリ様、アンナ様も」


 ヴェリートは無表情のまま振り返り、友人の名前を呼ぶ。侯爵家の二人は、無表情な友の顔を見て頷く。


「生徒会の副会長として学園に貢献されているヴェリート様のどこに、疑いをかけられてますの? 魔法が使えなくたって、実務能力の高さは明確ですわ!」


「公爵の家柄を鼻にかけるだなんてぇ、成績の優秀ささえ謙遜されるヴェリート様に、一番似つかわしくないですぅ」


「殿下に意見をするなどわたくしたちには、はばかられますわ。それでも一人の女性をここまで吊るしあげるなんて、許されることではありません!」


 二人は責め立てられる公爵令嬢をかばい、壇上の六人と執事を見上げる。


 その二人に、今まで無言だった長い白髪の糸目の男が前に出て応える。


「それは、貴女たちが高い爵位であったからだろう」


 声は低く大きなものではなかったが、静まった会場では通った。


「なにを――」


 反論しようとしたエーリを、白い長髪のイザーク・マリネは掌を向けて制す。殺気立っている様子どころか感情も読めないのに、不思議とその動作には圧があり、黙ってしまった。


 剣聖の後継者であるイザークは、すでに剣を極めたと言われている。間と間合いを制する力は、武ではない場面でも活かせるのだろう。


それがしとて、剣一辺倒の者。魔法は使えぬ。無力と言われれば、某もそうだろう」


 そう言って、先ほどヴェリートを無能と言っていたコレロを見る。


「いやイザーク、お前は使えないんじゃなくて剣にこだわって使わないんじゃねぇか」


 コレロが焦ったように返すのを聞くと、それだけで視線を前に戻す。コレロはおどけただけだし、どうやらイザークも言ってみただけらしい。


それがし達五人は、それぞれ考え方は違う。しかし、最大の理由一つだけは共通している」


『六の理由。リリィ・スワネルを陰で虐げていたこと』


「某達も、好き好んで女性を吊し上げはしない。……しかし、ヴェリート嬢がリリィにしていたことは、こんなこと程度では償えもしない」


「……何を言っているんですかぁ?」


 アンナが、心から何を言っているかわからないと、きょとんと首をかしげる。


 その姿勢に、檀上の五人の男子は呆れたように深い溜息を吐く。


「はぁぁぁぁあ――、この場面で出てくるんです。大事な友人なのだと思いましたが、何も知らないのですか?」


 フーゴは溜息を吐きながら、眼鏡の奥の緑色の瞳を閉じる。


「いや、関係が深いはずの友人に気取られてもいないということは、人をたばかる才だけは無力じゃなかったのかもなぁ」


 頭が痛むように手を当て、眉間に皺を寄せるコレロ。


「しかし、その才は我が国にとって不要の物だ。とりわけ、公爵家という椅子にも殿下の配偶者にとっても、持つべきではない。自分と爵位の近い者は友人として置き、その友人に隠れて平民出身であるリリィ殿に嫌がらせを重ねていたなど、卑劣極まりない」


 イザークは怒りを露わにした。静かだった声が、明らかに怒気を帯びている。


「……その通りだ!!」


 フォール王子も黙ってはいない。一人座っていた椅子から立ち上がり、リリィの背中を支えるように触れてヴェリートを睨みつける。 


「リリィは泣いていた!! 貴様にことあるごとに嫌がらせを受け、決して裕福でないお父様が無理してあがなってくれた教科書を破られ! 口にも出すこともはばかられる罵倒を机に書かれ! 母親の形見であるドレスを破られ! あろうことか、悪漢を雇い彼女を傷物にしようとまでしたではないか!!」


 リリィ・スワネルは大声に驚いたように、びくりと震えた。内に巻いたピンク色の髪が揺れる。


「なるほど公爵家はたっとい血筋だろう! しかしそれは国に貢献してきた公爵家が敬われるべきであり、平民だからといって見下す貴様が! 醜い嫉妬でか弱い女性を虐げる貴様に貴族たる資格はない! 俺様には王族として、否! 紳士として庇護の必要な女性を助ける義務がある!」


 公爵令嬢ヴェリートは、その強い罵倒にも無表情で応えた。無言で肯定も否定もせず、美貌を陰りもさせず死んだ魚のような目で王子を見据える。


「――ッ! この期に及んで何も感じていないのか! このか弱き可憐な少女の悲しみに! 絶望に! 貴様には学園追放でも婚約破棄でも足りん! 爵位剥奪がお似合いだ!」


 言い放たれた言葉の衝撃に、再び式典会場は静まり返るが――、


「「「!!?」」」


居並ぶ生徒達が、その言葉を咀嚼そしゃく嚥下えんげし終えた後には、会場はどよめきに満ちた。


 軽々しく言っていい言葉ではない。しかしこの言葉が王子の口から出てしまえば、力を持ってしまう。それだけに、王子の怒りの程が、リリィ嬢の境遇がどれ程のものだったかが知れた。


「殿下! その言葉、あなた様の口から出ていいものではありませんわよ!!」


「越権です軽挙です妄動です失言ですぅー!!」


 無表情なヴェリート嬢を代弁するかのように、両脇の友人二人が怒る。


 リリィ嬢は、檀上の上で戸惑うように殿下の袖を握り締めている。まだ、公爵令嬢と敵対している状況を怖がっているのかもしれない。


 壇上の五人にとっては計画通りなのだろう。殿下の憎しみの形相以外、変わった様子はない。


 三段下の燕尾服の黒い執事は、変わらず微笑みをたたえている。



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