第3話
――フーゴ様の言うとおりだ!
――家の身分をかさに着て!
――俺達だって耐えてるんだ! 何で氷の無能にだけ許される!!
――ふざけるな!
――調子に乗るのもいい加減にしろ!!
そんな怒声が聞こえはじめる。一人上げ、二人上げ、数十人の怒号になる。
しかし公爵令嬢ヴェリートは、狼狽えた表情から徐々に無表情に――氷の美貌を取り戻していた。その視線は、己の執事ディアーボに注がれていた。胸をかい抱くように前傾していた姿勢は、すでに背筋がぴん、と伸びている。
「ま、そうだよな。誰だって大事なモノはあるさ」
怒りか、それとも悲しみなのか。フーゴは背を向けて肩を震わせている。その肩を軽く叩きながら、赤髪の長身で恰幅がいい男が歩み出てきた。恰幅がいいと言っても、肥満ではない。正装の厚い服を着ていてもその下に質の良い筋肉がみっちりとあることは見て取れる。
赤い男――辺境伯の嫡男、コレロ・モシャル。その瞳は赤く、鋭い。コレロは太くも鋭い声で、また理由を高らかに告げる。
『五の理由。無力』
「俺達貴族は、強くなきゃならねぇ。国を守るために、民を守るために、国を富ませるために。題目はどうだっていいが、俺が考える貴族は強さが第一条件だ」
大きい体だが、動きは柔らかい。フーゴとは違い、自信に満ちているのだろう。二年次全生徒たちの前に立っても余裕があるように、全く肩に力が入っていない。人前に立つことに慣れているフォール王子よりも力んでいないのは、その強さに自信があるからなのだろう。
「別に、俺だって完全にこいつと同じ意見ってわけじゃねぇ。強さが国の役に立てるなら、多少は優遇されていいと思ってるぜ?」
フーゴを赤い瞳で見て、からかうような視線をチラとやる。
コレロ! とフーゴが怒った声をあげると、
「怒るなよ、これでもお前の意見に寄せてるんだ。本当は、力だけで優遇されていいと思ってる」
なっ! と追いすがとうとするフーゴを無視して、だがなぁと続ける。その声のトーンからは、ふざけている様子が消えていた。
「……お前は駄目だ。『氷の無能』」
宰相の嫡男フーゴを認めつつからかうような声があったからか、ヴェリートへの突き放すような声が際立った。諦めているような、見放しているような、見捨てているような顔で。
「貴族は強くなきゃならねぇ。だが力こそパワー、なんて言わねぇよ。フーゴの知力も、俺達の役に立っている。殿下の人力も、学園をまとめている。つい最近までは違ったが、今はそういう力もあると理解できる」
声のトーンは最後には柔らかくなって、視線は優しくなって王子の横の、己よりも一際小さいピンク髪の少女――リリィ・スワネルに向けられる。
「理解できる、じゃねぇな。教えられたんだ。そういう力もあるってな」
からかうような声でもなく、慈しむような声になる。リリィはきょとんとした顔で、応えるでもなく不思議そうな表情をする。そのようにクスと一瞬笑う。
それも、力、だとは言わなかった。そして区切るように強い視線を、体ごとヴェリートへ向ける。
――ならヴェリート・ヴェロ・クオーレ、お前に何ができる?
声には出さなかった。だがその視線だけで、そう言っているのが全員に伝わった。何もできはしないだろう、と。
無言のまま、背を向けて戻る。その沈黙で、何も言うことが出来ずにいる公爵令嬢ヴェリートへ刺さり続ける。荘厳な式典会場で、遠巻きにされるまま物体があるかのような質量の視線のスポットライトが針のむしろ。
意図的なのだろう。王子側の人間も誰も何も言わないのは。その間、生徒たちのヴェリートへの反感はさらに固まっていくようだった。視線の強さは、憎しみさえたたえ始める。
ヴェリートは無表情で立っている。髪一本の乱れなくまとめられた銀髪は、そよりとも動くことはない。これだけの敵意にさらされ続けて、ただ人形のように美しい顔で立っている。
一輪の美しい花が剣山で上下左右から刺されているような、華道ではなくアイアンメイデン。パーティでなく拷問のようなこの場で何も感じないように立っていること自体が、周囲の苛立ちを募らせた。
ガラスのような美貌で、ただ憎しみの視線を立って受けとめる。何も感じない、人間ではなく本当にガラス人形ではないのか。
……。
壇上の長い白髪の男子生徒も、青髪の生徒も、ピンク髪の少女リリィ・スワネルも黙ったままだ。
…………。
最後に言葉を残したコレロも、金髪の王子フォールも、緑髪のフーゴも黙ったまま。
……………………。
階段にいる燕尾服の執事も何も言わず、微笑みをたたえている。生徒たちも、沈黙を保ったままざわめきさえない。
「ッいい加減にしなさいよ!」
続く沈黙に耐えかねたような声は、ヴェリートの後ろから聞こえてきた。
遠巻きにしていた生徒の中から出てきたのは、金髪の縦ロールの少女と、茶髪をお団子にまとめた二人の少女だった。
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