第2話




 ヴェリートの狼狽は、この国の第二王子フォール・アレキス・メロ・アンダウィル達王子側の者達にとっても意外だった。


 氷のような美貌が、表情で色を付けたのを見るのは、フォールにとっても数年振りのような気がした。しかし、その意外さは彼らにとって好ましいものだ。


 名家の子息たちの敵対からの婚約破棄。学園の二年次の生徒たちから遠巻きに嘲笑され、腹心の執事の離反。


 色をなすまではなくとも、あの銀髪の奥、氷の無表情は崩せるかと期待していたが、ここまで悲嘆の表情を見れるとは思っていなかったのだ。


 ――こんな顔も出来たのか、こんな声も出せたのか。


 王子フォールは、婚約者であったが初めて見る表情に心が揺れそうになっていた。しかし、両親から継いだ金糸の髪の奥。茶色の瞳に動揺の色は見せない。(それでも、憎悪の目はいくぶんやわらいでしまったが。)


 公爵令嬢ヴェリート・ヴェロ・クオーレを、美しいとは思っていた。しかし、変わらない表情も、平坦な声も、人間味を感じない。美女を見るというよりも、よくできた人形を見るような気もちになってしまう。


『一の理由。人形のような女を、愛せない』


 それが崩れるかに思えたのも、動揺の理由だろう。そう、フォールは結論付けた。己で追認するかのように、ヴェリートの罪を告げる。


「貴様は、毎夜のように外で遊び歩いていたな! 学園の生徒が休日以外、外出禁止であることは知っているだろう。皆が学園で学んでいる間、貴様は夜遊び三昧! 学園寮に戻るのは常に深夜で時には朝帰り!」


 フォール王子の茶色の瞳が、再び憎しみの形に歪む。


『二の理由。規則の軽視』


『三の理由。不貞』


 表情と心がヴェリートを責める体制になったのは、三の理由が己にとって腹立たしいものであったこともあるだろう。


 第二王子フォール・アレキス・メロ・アンダウィルは、学園の全生徒の憧れであると、自他ともに認めている。身分だけではない、金糸の髪の下は小さな顔に、優しげな目の下に美しく通った鼻筋で、口はやや小さい。脚が長くほどよくついた筋肉で、美貌を際立たせている。余裕のある態度と悠々とした上品な物腰で、人格も認められている。


 学業も優秀で筆記試験では常に十位前後、苦手な武術試験でも二十位前後。魔法では十位を下回ったことは一度もない。スキル《王太子の威》を持つこともあって、実践で勝てる生徒は学園にいない。


 すべてを手にしてきたという意味で『全の君』とも同学年次以下の女生徒達が呼んでいるということも、本人の耳にも入っている。


 ――そんな俺様が、不貞をだと?!


 屈辱。


 言葉にすることによって、怒りは燃え上がった。屈辱と意識することで、腕にも力が入ってくる。


「……それだけが問題ではありません。同じ行動にも、さらに責め立てるべき問題を孕んでいます。身分の高さを盾に規則を無視している点です」


 力が入っていることを、感情が乗り過ぎていることをまずいと判断したのか。フーゴ・パントロンが口を開いた。


『四の理由。身分の利己的悪用』


 長い緑の髪が垂れて半ば隠れているが、瞳も知恵を感じさせる深い緑だ。みな正装だというのに、我関せずというように正装の上から地味な濃い緑のローブを羽織っている。


「あなたの罪はどれも重いですが――、個人の信条としてこれは! これだけは看過できません! 貴族が己のために身分を使えば、特権を行使すれば法は意味を失います! 身分の高い者が法を遵守し国民に示す義務を果たしてこそ、民は法を守り法が国を守ります。それがわからない貴女ではないでしょう! 何故! 公爵家の権力を悪用して平然と毎日遊び歩けるのか! 神経がわかりません!!」


 普段冷静な宰相の嫡男フーゴが怒鳴り声。その事実と筋の通った理屈に、生徒たちは驚きながらも頷いた。同意の声を上げる者もいた。


 常に筆記試験で二位を取り続ける秀才。武術も実践もからきしだが、魔法は天才といっていい。宮廷魔術師レベルしか使えない付与魔術を習得した男。常に本を持ち歩き、隙を見て学び隙を作り学ぶ生徒で、教師陣からもフーゴをこそ見本にするように言われている。


 そのせいで反感を持つ生徒もいたようだが、そんな生徒こそ深く首を縦に振っている。


「貴女はフォール殿下の婚約者どころか、貴族にさえふさわしくない!」


 そう言い放ち、自身も熱くなったことを反省してしまったのか、ヴェリートや生徒たちに背を向けた。しかし彼の反省とは相反して、彼が大事にする正義に、共感する生徒の公爵令嬢へ抱く敵意に火が点いた。



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