忠義の執事が背く時――忠誠を誓ったのは、子どもの頃の話ですよお嬢様?
松明ノ音
第1話
この学園の中で、最も煌びやかで、最も厳かな一室。
講堂ほど広くはないけれど、それでも一学年全員が裕に入り、実際今のようにパーティーが開かれている。
白を基調に装飾は金が主だけれど、あくまで品は上。
この式典会場が好きだった。建築物として美しいだけでなく、会場が織り成す空気。この学園で誇りを持って学び、鍛え、巣立って行った先輩方への歴史。
ここに立つだけで、誇り高い気持ちにさえなれるの。
中等部の一年次には、筆頭を取ってあの階段の上で表彰されたこともあった。……あの時の気持ちは忘れない。
厳しかった家での教育や、これまでの修練の日々が報われた思いだった。
いつもの照れる気持ちさえ忘れて、自然と笑みがこぼれた。後からディアから聞いた話だ。
あの一段一段が美しく荘厳な階段を上り、壇上からディアを探した。いつもの貼り付けたような顔でない、本当の笑顔を見せて誰よりも速いスピードで拍手をしていた。友人たちも笑顔で、嬉しかった。
――その後に見たからか、フォール殿下のお顔を見た時には戸惑ってしまった。
「ヴェリート・ヴェロ・クオーレ! 今日こそ貴様の罪状をここに列挙し、断罪する!! 貴様との婚約も、ここで破棄する!」
今は、あの檀上からフォール殿下に見下ろされている。いつも感じていた誇らしさも、今は遠いところに行ってしまったみたい。心細くて、皆さんの視線が刺すように痛くて、寒い。
冬に外で、防寒もしていないように寒いです。
殿下一人ではなく、宰相の御嫡男フーゴ様、辺境伯家のコレロ様、剣聖の御子息であるイザーク様、私の弟である公爵家のエト。――の四人、だけならばまだ、心は穏やかでいられたでしょう。
殿下の腕に、両腕を絡ませて怯えた表情をしている、特待生のリリィ・スワナルさん。その五人だけが、檀上から私を見下ろしている。
まるで、私に敵対しているように。
――きっと『まるで』ではないのだわ。
殿下の私を見る目も、あの時とは違う意思で婚約者を見る目ではない。リリィさんは怯えたような表情、他の四人からは、怒りと蔑みの意思が、その目に宿っている。
それだけなら、表情だけは崩さずにいられた。
私にとっての問題は五人の敵対でもなく、皆様の視線でもなかったことを、次の瞬間に知りました。
公衆の面前で四人の名家から敵対の意思を明確にされて、友人と思っていた方々を含むすべての生徒から遠巻きにされている状況でもない。
誰もが視線だけを動かし、次の展開を待って身動き一つしない中、彼は一人、私の三歩後ろから歩き出した。
初めてかもしれない。私の横を通り過ぎ、急ぐでもなくゆったりでもなく、私の前へ歩き、幅広の階段を一つ一つ上がっていく。
周りが静止しているせいか、私の心の動きか。その自然な動きはひどくゆっくりに見えた。
燕尾服の彼は、壇上までは上らず立ち止まり、(一段が長いとはいえ)階段上にも関わらず美しい回れ右で振り返る。主役は自分ではないと示すように、上り始める時から階段の端にいる。そこだけが、いつものように。
「――どうして! あなたが私の前に立つの?!」
私の心を乱す者は、壇上から階段を三つ降りた段で静止している。
ディア! あなたは私の執事でしょう!!?
彼――ディアは、いつものように完璧なオールバックで黒髪をまとめ、燕尾服に白のタイ、パンツは折り目正しいグレー。靴は磨かれ鏡のように光っている。家の爵位が異性の魅力のほぼすべてであるこの学園で、唯一男爵ですらない平民にも関わらず誰もが意識している男性。
鋭い怒りで睨みつけているはずなのに、その美貌と冷静で余裕を持った微笑みに、心が鈍りそうになるほど、私の執事は美しい。
「あなたに忠誠を誓ったのは、
無表情でそう言って、左手を腰の後ろに右手を胸に、高いところから完璧な所作で礼をした。
自分の顔の無表情に気付いたかのように、また微笑む。子どもの頃、いつも微笑みをたたえるように教育されていた時みたい。あの時も、微笑みとは言えないくらい顔が引きつっていた。その顔を見て、私が笑ってしまうくらいに。
再び現れた顔の微笑みは、いつもの貼り付けた笑みでもなく本当の笑顔でもなく、感情が複雑で読めないような歪なものだった。
今は笑えない。笑えないわ、ディア!
「長かった。あまりにも長過ぎた。蔑まれた耐えがたき目も、耐えがたき時間も、これで終わりです」
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