第3話

 下りきったところは競馬場の地下だった。レースを終えたサラブレッドが何頭もいて、しきりに汗を拭いたりレースの結果についてしゃべったりしていた。

 ぼくはそこでツナギを支給され、馬たちを洗う仕事をすることになった。

 土日はもちろん、レースが開催されていない日にも馬たちはわんさと押し寄せる。体の大きな彼らを洗うのは一苦労だし、うっかり蹴られるのではないかと思うと生きた心地がしない。ただ馬たちは一様に気立てがよく、「ご苦労さま」とか「ありがとねぇ」などと気さくに声をかけてくれた。それを聞くと、ぼくは一仕事こなした充実感と喜びを覚え、次も頑張ろうと思ったものである。

 休日はなかった。営業時間が終わると例の警官とよく似た顔の男がやってきて、ぼくたちを大部屋に追いやる。そこでぼくたちは言葉少なに、床に転がって眠るのだった。日付の感覚は早々に失われ、月日が過ぎていった。

 ある日一頭の鹿毛が「じきに十月だねぇ」と言った。

「えっ! もう大学始まってるじゃないですか! やばいやばい」

 ぼくは途端に慌て始めた。いつの間にそんな時間が過ぎていたのだろう。まるで気づかなかった。

「急いで帰りたいんだったら、地球儀の南極を押すんだね」

 鹿毛は訳知り顔で言ってうなずいた。

 洗い場の隅に、交番にあったのと同じような地球儀が置かれていた。ぼくは鹿毛にお礼を言うと、急いで南極を押した。するとぼくの立っている床が突然せり上がり、数秒のちには競馬場付近の交番の前に立っていたのである。

「なんだ、もう帰るのかい」

 交番の中から警官が出てきた。

「じゃあお給料ね。君なかなかいい働きっぷりだったから、よかったらまたおいで」

 そう言って渡された茶封筒には一万円札が五十二枚入っており、果たしてこれが多いのか少ないのか判断がつきかねたが、また拳銃を向けられてはかなわないので、おとなしく受けとっておくことにした。

 馬を洗っているうちに履修登録期間が終わってしまい、ぼくは留年が確定した。最後の夏休みは来年になる予定だ。

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GOOD JOB 尾八原ジュージ @zi-yon

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