書籍二巻 販促SS♯3

「……な、なんで?」


 ボマー蠍が逃げないように、かつ自分は逃げられるように、ワイヤー陣で包囲した千早は困惑していた。

 ボマー蠍なんて倒しても一銭にもならない。尻尾の掘削用爆薬に誘爆すればその爆風はもちろん、雪崩に巻き込まれて自機が破損。下手をすれば全壊する。

 百害あって一利なし。それがボマー蠍だ。わざわざ手を出す意味がない。

 なのに、この雪山には十数機のアクタノイドが潜んでいたらしい。


 千早が貸出機のオールラウンダーでワイヤー陣を張り終え、ボマー蠍の捜索に出た直後から銃声が絶え間なく聞こえてくる。

 木の裏に隠れていた千早も自分が狙われていないことに気づいて、首をかしげるばかりだ。

 状況が分からないが、潜んでいたアクタノイド同士で戦っているらしい。


「……なんで?」


 正直意味が分からない。ボマー蠍を狙っているのならこの場で銃撃戦はしない。


「もしかして、別の理由で、戦ってる?」


 可能性に気付いて、千早は背筋が冷たくなるのを感じた。

 どんな理由にしても、千早は不確定要素だ。排除対象だ。この場を速やかに離脱するべきだ。

 ボマー蠍の討伐? 日を改めて、ということで。明日か明後日か来月にでもやればいい。

 逃げよう。そう決断した千早は感圧式マットレスを踏み込み、麓へ駆け出した。


 一面が白く輝く雪の園。無粋に閃くマズルフラッシュがそこかしこに確認できる。この大騒ぎに野生動物が反応しないはずもなかった。

 雪中から潜望鏡のように生え出た黒い眼球が千早のメインモニターの隅に表示された。

 目が合った気がした。


「……ひっ」


 自分が不幸になるタイプの直感は絶対に外れない。そんな千早をして、メインモニター隅に現れた光景は目を疑うものだった。

 雪が持ち上がり、甲殻に覆われた巨大な蠍が姿を現す。

 ――その数、四。

 シダアシサソリの群れが雪の中に潜んでいた。


「なんで!?」


 群れる生き物ではないはずだ。実際、四匹のシダアシサソリはそれぞれが別々の方向へ滑走を始める。

 シダアシサソリが潜んでいた雪の中が一部露出していた。黄色味がかった丸い物体がいくつも転がっており、針葉樹の枯葉で作られた受け皿のようなものに乗っている。

 産卵した後らしい。


 シダアシサソリは生態研究が進んでいないが、産卵期には縄張りを共有して活動することが知られている。縄張り内に入った動くものは大概の場合、捕食される。

 四匹のシダアシサソリにとって、この状況は降ってわいた食べ放題に見えるだろう。アクタノイドは金属の塊なので食べられないのだが、彼らにはそれを判別する知能がない。

 アクタノイド同士の戦闘にシダアシサソリが第三勢力として突入する。堅牢な外骨格に生半可な銃器は効果がなく、シダ植物のような足で雪の上を滑走するシダアシサソリから逃げるのも難しい。


 戦闘が激しさを増した。

 地獄絵図が映し出されるメインモニターの前で、千早は絶望していた。メインモニターではなく、サブモニターの映像を見てしまったからだ。

 オールラウンダーのバックカメラに掘削用爆薬を尻尾に引っ掛けたシダアシサソリ、通称ボマー蠍が映っている。猛烈な勢いで、迫ってきている。


「なんでぇ!?」


 泣き叫びながら、千早のオールラウンダーはそれでも全速力で麓を目指していた。

 ワイヤー陣を張ったのは不意の遭遇戦になった際に逃げ込めるようにするためだ。硬い外骨格が特徴的なシダアシサソリだが、腹部の方は比較的柔らかく銃器が効果を発揮する。

 ワイヤーに引っ掛けてひっくり返すのが対シダアシサソリ戦のセオリーだ。


 高速で迫ってくるボマー蠍に対し、千早はいつものような手榴弾を使用できない。掘削用爆薬に誘爆する可能性が高い。

 抵抗する術が一切ない。

 間近に迫ったボマー蠍の突進を、樹の幹の裏に滑り込んで間一髪で避ける。

 突如、進行方向の木の裏から姿を現したサイコロンと重甲兜の中破機体が内蔵スピーカーで叫ぶ。


「――覚悟しろよ、ボマーあああぁぁあ!?」


 ボマー蠍の突進で吹き飛ばされて、雪の中を転がっていった。

 吹き飛ばされたサイコロンたちの声に、千早の混乱は加速する。


「あっ……あの人たちもボマー蠍討伐依頼、受けてた?」


 大事になるのを避けたいユニゾン人機テクノロジーからの依頼ではないだろう。この騒動をネタにしたい別勢力が依頼を受けたのではないか。

 だとすると、このまま千早が逃げると別件依頼人の思うつぼ。ユニゾン人機テクノロジーの不利益になる。


「お得意様、だけど……」


 赤字覚悟でこのまま戦うほどの義理があるだろうか。千早は自問自答するが、答えは出ていた。

 今後の良好な関係のためにも、ここはやり抜くべきだと。失敗するとしても、オールラウンダーを壊してまで依頼を完遂しようと努力した映像くらいは撮らなくてはと。


「なんでこうなっちゃうんだろ……」


 嘆きながら、千早はオールラウンダーを操作する。

 ボマー蠍が足の角度を変えて雪の中に埋め込み、減速しながら方向転換した。千早のオールラウンダーを狙っている。

 木の幹を盾にしながら麓へ走る千早のオールラウンダーにボマー蠍が距離を詰めてくる。同時に、そこかしこで中破しているアクタノイドが撃ち合っているのが見えた。近くにいるボマー蠍に目もくれずに銃撃戦を行う彼らの意図はさっぱり分からない。

 だが、千早にとってはありがたいことに銃撃戦を行う彼らは派手な音でボマー蠍の注意を引いてくれた。千早のオールラウンダーから目移りしたボマー蠍は雪上を滑走しながら銃撃戦のただ中に飛び込んではアクター達の絶叫を響かせる。


「ボマー蠍!? 撃つな、誘爆する!」

「馬鹿か! 撃つんだよ! 誘爆させて賠償金を――」

「それ言っちゃったらもう事故じゃないだろうが!」

「目の前の連中を片付けて機体鹵獲する方が儲けがでかいんだよ!」


 断片的に漏れ聞こえてくる会話だけでも統制が取れていないのが分かる。一体、この雪山に何部隊いるのだろうか。

 ボマー蠍に銃撃を加える者、ボマー蠍に轢かれて弾き飛ばされる者、敵機を破壊しようとする者。

 大混乱の現場を振り返りもせず、千早のオールラウンダーは走り抜ける。それに気づいた他のアクターが攻撃するより早く、ボマー蠍が動いていた。

 麓に下るほど木々の密度が増す。巨体のシダアシサソリが追いかけられる限界が近い。


 ボマー蠍は獲物を逃がすまいとオールラウンダーを追いかけ、木々にかすりながら速度を上げて行く。

 ボマー蠍にかすった木々の枝葉に積もった雪が落ち、雪煙を作り出す。他のアクターからはもうオールラウンダーもボマー蠍も視認できなくなった。


「来た……」


 目的地に到着し、千早はボマー蠍を討伐するために準備していたワイヤーの巻取り機を起動する。

 ネットのように雪の中からワイヤーの網が浮き上がり、ボマー蠍の身体を宙に舞いあげた。

 無防備に腹部を晒すボマー蠍が命の危機に気付いて暴れる。

 だが、アクタノイドすら高速で持ち上げる馬力を誇るワイヤー巻取り機を複数使った網だ。揺るぎもしない。

 千早はボマー蠍を仕留めるべく腹部へ銃撃しようとして、引き金を引くのをやめる。


「……爆薬を回収すればいい、よね?」


 ボマー蠍を殺した方が早い。だが、安全の面で見るとこのボマー蠍は生かしておいた方がいい。

 なにしろ、このご時世にアクタノイドで銃撃戦をする危険なアクターがすぐそこにいるのだ。爆薬を回収して撤収する千早を後ろから撃ってきてもおかしくない。

 ならば、このボマー蠍に暴れてもらった方がいい。


 じたばた暴れていたボマー蠍が疲れ切った様子で動きを止める。元々滑走したり雪中に隠れて獲物を待つような生き物だけあって、暴れるのは苦手なのかもしれない。

 垂れ下がった尻尾にワイヤーを巻き付け、巻取り機で尻尾の先の爆薬ごと切断する。

 痛みに暴れるボマー蠍に申し訳なくなりつつも、オールラウンダーで麓へ走り出す。


「か、解放するね。追いかけてこないで、ね」


 木々の密度が高い麓まで逃げ込んで、巻取り機を遠隔操作する。

 解き放たれたボマー蠍は悔しそうにオールラウンダーの背中を見つめていたが、銃撃音に気付いてゆっくりと後ろを向く。

 尻尾を失い、獲物を見失った。それでもめげずに、ボマー蠍は自慢の両鋏を掲げる。


 獲物ならば、まだたくさん縄張りにいるじゃないか。

 へんてこで頑丈な糸で退路を断たれた獲物がたくさんいるじゃないか。



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2巻本日発売!

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