書籍二巻 販促SS♯2

 商売の種はあちこちに転がっている。誰も水をやってないだけだ。


「だから、俺が水をやる。そうだろ、ブラザーズ」

「おっ、そうだな。不良債権はちゃんとそれっぽく並べておいたぜ」

「話題転換が雑過ぎるぜ、ブラザーズ。だがいい仕事だ」

「忘れてるのかもしれないが私は女だ」

「失礼したね、レディ。男兄弟並みに心の距離を近く感じ――」

「あとはボマー蠍を起爆して雪崩を起こすだけっすねぇ」


 サイコロンの頭部を動かし、大津果は仲間の仕事ぶりを確認する。

 雪山の麓にツリーハウスを作る作業中……に見せかけたアクタノイドが四機。この四機はいわば不良債権だ。

 衛星打ち上げの噂により、盗賊アクターとしての活動が難しくなった。そうなると、盗賊を行う際に使用していたこれら鹵獲機体は無用の長物だ。

 売却してしまってもいいのだが、どれもパーツを取り出すことを前提にしていた中破機体であり、大した額にはならない。基幹部品を抜き取って他の機体の整備に使ってしまった機体もある。


 だが、ボマー蠍により発生した雪崩に巻き込まれた証拠があれば、機体が万全の状態だったと仮定した賠償金をユニゾン人機テクノロジーからふんだくれるかもしれない。そうでなくても、口止め料が発生すると予想できるので、そのまま機体を売却するより利益が大きくなる公算が高い。


「ブラザーズ、商売敵の動きを報告してくれ。我らのライバルにふさわしい動きをしてるかい?」

「店じまいなんだし、このウザイ奴をリーダーにしなくてよくねぇっすか?」


 スプリンター系ワラベを操作する三橋がうんざりした声で問いかけるが、スプリンター系ベルレットを操作するレディこと嵐間がため息交じりに答える。


「今日が最後だから、浸らせてやんなよ」


 突っ込むのも面倒くさいから放置したい。そんな気持ちがにじみ出る口調に、大津果は低い天井を仰ぐ。


「手厳しいなシスター&ブラザーズ! チームの連帯感を高めるため、兄弟姉妹として君たちを――」

「報告! オールラウンダー貸出機、しかも単機が山頂へ向かってる!」


 大津果は瞬時に真顔になった。

 盗賊アクターにとって、単独の貸出機オールラウンダーは特別な意味を持つ。

 単機で新界の各勢力を手玉に取り、壊滅させた最凶のアクター『ボマー』の可能性を排除できないからだ。


「手出しをするな。様子を見る。同業者の動きを注視しろ。場合によっては、この不良債権を切り捨て、現行機を持ち帰ることを優先する。これをプランAとして備えろ。プランBは同業者の不良債権をここで鹵獲する。鹵獲の優先順位は従来を踏襲する」

「ウザリーダーが本気になってくれてよかったっす。最後の仕事らしくな――あぁアアァァァ!?」

「三橋、どうした!?」


 大津果はボイスチャットで三橋に呼び掛けながら、メインモニターを見る。ボマーの十八番、手榴弾などの爆発音は聞こえない。

 三橋が悔しそうに答えた。


「同業連中っす。あいつら、ボマーを敵に回したくないからって、盗賊アクター同士で潰し合いを始めやがった!」


 戦闘狂のボマーらしきオールラウンダーが現れたことで、ボマー蠍に挑むだろうと推測した盗賊アクターたち。不良債権の処理ができないのなら、大津果の提示したプランBを最優先で選択する者が当然出てくる。

 これは蠱毒だ。ボマー主催の蠱毒。

 大津果は状況を認識すると同時に、生き残っている嵐間に呼び掛ける。


「プランA! 撤退!」

「えっでも――」

「疑問を挟むな! 撤退! 撤退しろ!」


 この蠱毒で生き残ってはならない。

 蠱毒が始まったのは、ボマーが登場したからだ。

 新界の三大勢力を手玉に取るようなボマーが、この舞台の幕を上げた。戦闘狂のあのボマーが、この蠱毒を始めた。

 最強の盗賊アクターを決定するこのトーナメントを始めた!


「欲をかくな。現行機を残せば再起はできる。プランAだ。撤退だっ!」


 とにかく最速で戦場を離脱するべく、大津果は愛機サイコロンを走らせる。

 思えば、この機体と付き合ってもう五年近くなる。被弾を避けられるように迷彩カラーを施すため、新界で染料に使える植物や鉱物を探し回ったのも懐かしい。

 何度整備しても直らない右肘の可動域の感度の高さも、今となっては慣れてしまった。むしろ、このバカ高感度に助けられたこともあったっけ。


「……噓だろ」


 大津果は絶望と共に言葉を床に落とす。

 五年付き合ったサイコロンが映す視界。メインモニターに反映されるその視界にワイヤーが張られている。

 大津果の後からやってきた嵐間が愛機のベルレットを停止させる。


「こ、これ、ボマーの……?」

「野武士討伐でやったって話があるな。退路封鎖のワイヤー陣」


 この戦場は蠱毒だ。

 ボイスチェンジャーで音割れた性別不詳の声が聞こえた気がした。

 ――壊れるまで戦え。

 大津果はもはや笑うしかない。


「あぁくそが。やったろうじゃねぇか、ブラザー&シスターズ! 最後にふさわしく、暴れてやろうぜ。盗賊アクター惡の華道だ! 三橋、不良債権への操作権をくれてやる。使い潰して構わねぇ。自爆でも何でもいいから、とにかくボマーへいやがらせだ。損害は無視しろ! ボマーの首を獲って、ネットに上げちまえ!」

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