第十九話 裏をかく策士ボマー

 やはりいたか、と海援吉俊は愛機『志士』を最前線へと走らせながらオペレーターを横目に見る。

 コンダクターが展開したドローンなどの情報をもとに地図を起こしたオペレーターが戦場を俯瞰したマップを壁のスクリーンに映し出した。味方の機体と判明している敵機の位置、おおよその高低差や森などが一目で把握できるものだ。

 この短時間にいい仕事をしてくれる。


「敵は?」

「がっつり狩猟部です。槍ヶ山の尾根を盾に撃ち下ろしているようです。ボマーの頭部破壊とほぼ同時に撃ったのはがっつり狩猟部ですね」

「野武士に着弾したか?」

「不明です。しかし、野武士は健在です」

「ボマーは?」

「頭部を破壊されてすぐに戦場を離脱しています。現在位置は不明。しかし、戦闘能力は喪失したと考えます」


 オペレーターの言葉にやや考えた後、海援吉俊は頷いた。

 アクタノイドは頭部がなくても動けるが、戦闘能力は著しく低下する。

 モーションキャプチャーで操作するため、前方視野の喪失は例えサブカメラが生きていても困難を伴う。

 まして、オールラウンダーは視野を補うような機能がない。左右と後方が見えているだけでは銃器を扱えない。


 懸念があるとすれば、前回の様な爆撃だが、今回はこちらもドローンを展開しているため爆撃の予兆があれば散開できる。

 さらに、海援隊の本隊はほぼ重ラウンダー系で構成されている。たとえ手榴弾でも至近距離での爆破でなければ、せいぜい装甲が凹む程度ですむ。脅威にはならない。


「シェパードを一度下げる。重ラウンダー系で前線を維持、陣形を整えつつ、シェパードで野武士をがっつり狩猟部との間に狩りだす」

「了解」


 志士に防弾盾を構えさせ、一気に前線を押し上げにかかる。

 がっつり狩猟部が撃ってくる山脈の麓までは詰めない。こちらの射程に捉えられれば十分だ。

 狙撃が主体のがっつり狩猟部よりも、機関銃が主体の海援隊のほうが弾幕を張るのに適している。射程にさえ収めてしまえば、企業勢の豊富な資金力を背景に弾幕を張って尾根から頭も出せないようけん制できる。

 重ラウンダー系である以上、斜面は行動が難しいというのも理由だったが。


 前線に出た海援吉俊の志士を筆頭とした重ラウンダー部隊が展開し、機関銃を尾根に向ける。

 たちまち、尾根に雪煙が立つほどの弾幕を叩きつけ、がっつり狩猟部の射撃を中断させた。


「第一部隊の機関銃が冷めるまでの間、第二部隊が弾幕を引き継げ。シェパード、野武士はどうなった?」


 前方の安全を確保した海援吉俊は、戦場俯瞰図を映し出すスクリーンを見つつ報告を求める。

 すると、部下たちから次々と困惑したような声で報告が入った。


「ワイヤーが張られています」

「こちらもワイヤーが張られています。かなり、広域に張っているようです」

「ワイヤー?」


 後方に送ったはずのシェパードが、身に覚えのないワイヤーを発見する。それはつまり、後方にいる敵の存在を示唆している。

 だが、スクリーンに映し出される戦場マップに敵影はない。

 だとすれば、やったのは一人しか考えられない。


「ボマーか!?」


 更新された戦場マップには海援隊の後方、戦場の東側の森にワイヤー地帯があることが示されていた。


「頭を吹き飛ばされても、まだしつこく居座ってるのか。それとも撤退用の時間稼ぎか?」

「報告、ワイヤーに手榴弾が仕掛けられています。教本レベルですが……」


 手榴弾と聞いて、ボマーの居残りを確実視した海援吉俊はすぐに指示を出す。


「下手にワイヤーに触れるな。この局面で遊撃可能なシェパードを失いたくない」


 ちらりとスクリーンを見る。再更新されたマップにはワイヤーゾーンのさらなる拡大が表示されていた。

 おかしい。これほど広域にワイヤー陣を張るとなれば、標準武装の数十メートルのワイヤーでは足りない。そもそも、貸出機にオプションでついている手榴弾では足りないはずだ。

 確実に準備してきている動きだった。


「野武士の狙撃が来ます。後方に下がれず、緩衝地帯が取れません。合流させてください!」


 シェパードたちから必死の連絡が来た。ランノイド系である彼らでは、野武士との正面戦闘が難しい。広い戦場で野武士を翻弄しつつ、所定の位置まで狩りだす予定だったのが、ワイヤー陣により戦場が狭まり、動きが制限されている。


 スクリーンに野武士の位置が表示された。戦場の北側にいるらしい。

 西の山脈の尾根にがっつり狩猟部、東にワイヤー陣、北に野武士、包囲されている形だ。


「……そうか。やられた!」


 海援吉俊は自分たちが死地にいることを理解する。いや、ただいるだけではない。ボマーに死地へと送り出されたのだ。

 オペレーターも状況に気付き、悔しそうな顔をする。


「ボマーはわざとオールラウンダーを破損させ、戦闘能力を喪失したように見せかけて我々を前線につり出したんですね。退路をワイヤーで断ち、がっつり狩猟部と潰し合わせるために」


 オペレーターの推測に、海援吉俊は同意する。


「とんだ食わせ者だ。ここに二勢力以上が集まっていると読んだ上で、自分の手を汚さないキルゾーンを作り出した。我々は漁夫の利を狙うつもりだったが、逆手に取られた!」


 完全に罠にはめられたと主張する海援吉俊に、第二部隊の隊長が意見する。


「そんな馬鹿な。下手をしたらオールラウンダーが大破して作戦失敗でしょう?」

「大破を恐れるような奴がボマーなんてやらないさ。どんなバックがいるのか知らないが、こんな戦場を作り出すほど状況を俯瞰できる情報網の持ち主だ。資金力もあるのだろう」


 大破をめちゃくちゃ恐れている千早の心情など知りもせず、海援吉俊は一杯食わされたと苦しそうな顔をする。


 南に退路があるのがなんとも嫌らしい。ワイヤー陣を張る準備をしていたくらいだ。未調査の南に何があるのか恐ろしくて撤退も容易ではない。

 かといって、北の野武士、西のがっつり狩猟部、双方を相手にワイヤー陣を後ろにして背水の陣は全滅しかねない。だが、片方に注力すればもう片方に側面を突かれる。

 電波状態が悪い槍ヶ山で、後方のランノイド系を狙われれば重ラウンダー系の自分たちは行動不能に陥る。

 ぱっと見、盤面は詰んでいた。

 だがおかしい、とも思う。


「ボマーは、ほぼ戦力を維持しているがっつり狩猟部を出し抜く算段があるのか?」


 現状では、海援隊とがっつり狩猟部は牽制射撃をし合っているだけで被害を出していない。このまま続けば弾薬切れを起こす海援隊が集中的に狙われて全滅するだろうが、がっつり狩猟部は戦闘能力を維持したまま野武士にあたるだろう。

 オペレーターが怪訝な顔をする。


「ボマーはがっつり狩猟部所属なのでは?」

「がっつり狩猟部は民間クランだ。三勢力衝突の無差別爆撃でも被害を受けていた。資金力が状況と噛み合わない」


 まだ何かある。何かが起こりうる。少なくとも、状況証拠はそう言っている。


「――がっつり狩猟部が動き出しました!」


 部下からの報告に、海援吉俊はメインモニターを見る。

 がっつり狩猟部が慌てた様子で尾根を越え、山を下ってきていた。

 即座に状況を理解し、海援吉俊は仲間に指示を飛ばす。


「撃ち方止め! がっつり狩猟部への攻撃を一切中止!」


 統率の取れた企業クランだけあり、支社長でもある海援吉俊の命令は絶対だ。一切の疑問を挟むことなく、海援隊は射撃を唐突にやめた。

 がっつり狩猟部の後ろ、尾根を注視していた海援吉俊は、特徴的な黒い猫耳と尻尾のアクタノイドが現れたのを見て、予感的中を悟る。


「オーダーアクター、やはり来たか」


 現れたのはオーダーアクター代表、メカメカ教導隊長の愛機トリガーハッピー。

 オペレーターが報告する。


「がっつり狩猟部の機体をいくつか特定できました。オールラウンダー改造機、フィズゥ仕様の姿もあります」


 フィズゥ、がっつり狩猟部の代表のアカウント名だ。

 フィズゥ仕様は平たく言えば、単機野戦隠密仕様のオールラウンダー。あまりにもピーキーな改造で他に操る者がいない。

 山を下りてくるのは、がっつり狩猟部の代表率いる最強部隊と確定した。


「三勢力の最強部隊が揃ったか。ボマーがこれを狙っていたとしたら、後方からも攻撃が来る。全員注意しろ」

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