第二十話 戦場を操るボマー
がっつり狩猟部の代表フィズゥこと
フィズゥ仕様オールラウンダーは金属装甲をポリカーボネートの装甲に換装して軽量化、金属がこすれる音を消して静粛性を高くしている。
静粛性を重視しているため、冷却方式もファンによる空冷式から水冷式に変更されており、周囲の音に集中できる機体だが、破損による水漏れの危険性から衝撃にやや弱くなっている。
射撃時や走行時の衝撃を緩和するため、脚部のサスペンションが柔らかく設定されており、走行時には視界の上下が激しい。
試した仲間曰く、画面の向こうのキャラクターが頷きながら走っているVRゲームと評するほどで、フィズゥでもなければ画面酔いを免れないピーキー仕様だ。
しかし、利点も多い。フィズゥ仕様は使い手を選ぶだけで、上手に使えば最新鋭機と戦える機体だ。
仲間の機体を追い抜き、狙撃銃『与一』から突撃銃『ニンジャ=サン』に持ち替える。脚部クッションを利用して下り坂を滑り降り、木の幹を足場に速度を緩和する。
右足を軸に幹の裏へと回り込みながら突撃銃を水平に移動して銃弾をばらまく。静粛性に優れたこの突撃銃はさらに特定波長の音しか出さないように特注されたものだ。おかげで、パソコン側でノイズキャンセルを行い、フィズゥの耳には無音と変わらない。
ばらまいた銃弾が金属に弾かれる音はしない。妙なことに、近くに敵機はいないらしい。
記憶を振り返れば、尾根を降りる際に見た海援隊は唐突に攻撃をやめていた。
「俺たちをオーダーアクターと潰し合わせる気か? いや、それなら挟み撃ちにするか。なにを考えているんだ?」
呟きつつ、木の裏にオールラウンダーを隠してシステム画面から電波状況を見る。
「通信環境が悪い。ランノイド組、何かあったか?」
尾根にいるオーダーアクターへ牽制射を行っている仲間に守られて、ランノイド系ジャッカロープが滑り込み、低身長を生かして藪に隠れた。
「……確認しました。どうやら、投棄された機体に紛れ込ませていた通信ハブが何者かに回収されたようです」
「戦闘地域に
がっつり狩猟部は、海援隊が来る方向に通信ハブを仕込んでいた。三勢力衝突時に破壊されたランノイド系を部分修理して配置したものだ。
ちらりと、脳裏に野武士の一撃で頭を吹き飛ばされたオールラウンダーの姿がよぎる。
「犯人がだれであれ、状況は悪いですよ。フィズゥさん」
「分かっている」
前方から来る海援隊に対して、がっつり狩猟部は通信ハブを配置して迎え撃つつもりだった。正面から撃ち合いつつ、頃合いを見て通信障害を引き起こすチャフなどを撒いて行動不能に追い込み、自分たちは通信ハブで強めた電波を利用して一方的に潰す計画だったのだ。そのために慣れない有線装備まで持ってきていた。
しかし、通信ハブが何者かに回収されてしまったのか、電波強度が低くなっている。ロストしたハブもあるようだ。
「後方のオーダーアクターが詰めてきます。挟み撃ちにされますよ」
部下の報告に、フィズゥは眉をひそめつつ改造機を操作して素早く後方に戻る。
オーダーアクターの重装甲機体が尾根の上に立ち、重機関銃を撃ちながらゆっくり前進してくる。サイズも形状もばらばらで統一感がないオーダー系アクタノイドの群れはいっそ壮観だった。
何機かは依頼を一緒に受けたこともあるが、弱点までは分からない。
フィズゥは狙撃銃に持ち替え、敵重装機体の間を縫って尾根へ射撃を加える。尾根に銃弾が跳ねた直後、顔を出した機体が慌てて引っ込んだ。ラグの影響で狙撃前の入力が着弾と前後したのだろう。
あの様子だと、オーダーアクターはランノイド系がまだ現場に到着していない。
重装機体が脚を止めた。これ以上進むと電波が悪すぎて通信途絶するのだろう。
束の間の膠着状態。オーダーアクター側のランノイド系が到着するまでの猶予だ。
いま打開策を見つけなければ全滅する。
突破口を探した時、ジャッカロープから報告が入った。
「海援隊が北へ移動を開始しました」
「北へ? 東に後退して立て直すか、俺たちをオーダーアクターと挟み撃ちにする場面だと思うが」
「野武士を捕捉したようです」
「野武士を?」
一瞬納得しかけるが、やはりおかしな動きだと思いなおす。
現在位置は、北に野武士、その南に海援隊、その南にがっつり狩猟部、その西にオーダーアクターだ。
がっつり狩猟部が海援隊のいた地点まで下がれば、オーダーアクターとの間に十分な緩衝地帯ができる。もともと山岳でのゲリラ戦が得意ながっつり狩猟部にとってはおあつらえ向きの戦場が出来上がる。
さらに、野武士へ手を出すことをがっつり狩猟部もオーダーアクターも見過ごさない。その二者に対して背を向ける海援隊の動きはあまりにも愚かしい。
「海援隊は我々とオーダーアクターの十字砲火を後方から浴びつつ、正面の野武士に対峙しようっていうのか……? 何かありそうだな」
戦術的にあり得ない動きをする海援隊だったが、フィズゥは海援隊の中に代表である海援吉俊の愛機『志士』がいるのを目視していた。
海援隊のトップパーティが初歩的な戦術のミスをするとは考えにくい。
どんな裏があるのかは分からないが、取れる戦術は多くない。結局は、海援隊がいた場所に陣取るのがこの場の最善手だ。
「罠とシェパードの待ち伏せに注意しつつ、後退しよう。海援隊の反転も考えて、北側に戦闘可能な機体を配置する」
なにがあるのかと、フィズゥは仲間の機体を心配しつつオーダーアクターの重装機体の合間や股の間を縫ってしつこく尾根へと牽制射撃を加え続ける。
ほどなくして、仲間の連絡が来た。
「報告。ワイヤートラップです。素人が張ったように杜撰ですけど、数が多い」
「凝ったものを張る時間はないはずだからな。見せかけのダミーか?」
「実際に手榴弾が括りつけられているものもあります。でもこれ、海援隊が仕掛けたとは思えませんね」
仲間の言う通り、この局面で海援隊がワイヤートラップを張る意味がない。自らの退路を断つ形にしかならない。
だとすれば、誰が張ったのかと考えて、フィズゥは頭を飛ばされたオールラウンダーの姿をはっきりと思い出す。
「――あぁ、畜生。やつか。ボマーだ。頭を吹き飛ばされても残業してやがった。むしろ、こちらがボマーとしての本業か?」
「ボマー? ですが、なんでワイヤートラップなんて……」
「ここを封鎖するのは戦場の展開を操る最上の一手なんだよ」
海援隊が退路を断たれて背水の陣を嫌ったのと同様に、オーダーアクターに押し込まれているがっつり狩猟部もここに来て退路を断たれた。
しかし、ワイヤートラップの本来の目的は退路封鎖ではないとフィズゥも、海援吉俊も読んだのだ。
「海援隊は、背水の陣で俺たちや野武士と二正面戦闘に入り、擦り減るのを嫌う。そこで海援吉俊は考えた。ここにいる勢力すべてに共通する目的は互いの潰しあいではなく、野武士の討伐や鹵獲だ。ならば、互いの生存のために背中を一時的に預け合うしかない状況がある」
「まさか、海援隊が野武士を引き受ける代わりに、私たちがっつり狩猟部がオーダーアクターと真っ向対峙できる状況になった? でも、海援隊が野武士を鹵獲したらどうするんですか?」
「オーダーアクターが黙っていない。それに、我々もだ。そして、ここに集ったアクタノイドの中で海援隊は重ラウンダーを連れていて防御力が高い反面、移動速度が遅い。鹵獲した野武士を持って逃げ切るのは現実的じゃない」
重ラウンダー系は戦闘能力こそ高いが、移動速度は時速六十キロメートルほどで、燃費も悪い。この戦場から鹵獲機体を持って逃げるのは難しく、追手となりそうな勢力すべてを片付けるしかない。
ジャッカロープのアクターがごくりと喉を鳴らす。
「つまり、海援隊と私たちが現実的な選択をした場合、背中を預け合って戦うしかない状況を、このワイヤートラップだけで、ボマーが作った?」
推測が正しければ、戦慄するほどの戦況コントロールだ。
だが、状況証拠ではそうとしか考えられない。海援吉俊もそう考えたからこそ、思惑に乗るしかなかったのだ。
フィズゥもそうだ。思惑に乗るしかない。
「ボマーの奴、オーダーアクターが俺たちの背後をつくことも見越していたとしか思えない配置だ。嫌らしいが、正直助かった。総員、オーダーアクターに対抗する。海援隊の背後を守るため、分散し過ぎないように注意しろ。トリガーハッピーとは撃ち合わず、後方のランノイド系を狙え!」
指示を出しながら、フィズゥはちらりとワイヤートラップを見る。
ボマーの正体がわからない。だが、介入してくる以上、事態を俯瞰できる立場にいるはずだ。
だというのに、全く正体も目的も掴ませない。すべての勢力を敵に回すあの立ち回りは、いったいどこの勢力のアクターなのか。
「……あんなあぶねぇ奴を飼ってるボスの顔が見てみてぇ」
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