第二十一話 獅蜜寧

 『オーダーアクター』代表メカメカ教導隊長こと大辻鷹は対峙するがっつり狩猟部に牽制射撃を行いながら笑う。


「敵同士が共通の目的を前に背中を預け合い、戦う姿。麗しいね。涙が出ちゃう」

「射撃の的が増えて嬉しいからでしょ」

「バレた?」


 自他ともに認めるトリガーハッピー大辻鷹としては、実際に楽しくてしょうがない。

 とはいえ、喜んでばかりもいられないと大辻鷹は戦況を見る。


 がっつり狩猟部は散開戦術とゲリラ戦で本領を発揮するクランだ。互いを捕捉した状況から正面からの撃ち合いであれば、百回やって百回勝てる。

 しかし、がっつり狩猟部との戦闘の後に海援隊、そして本命の野武士と戦うとなると状況が変わってくる。


「遠征だから弾薬がないんだよねぇ」


 槍ヶ山の尾根から撃ち下ろしつつ、弾薬の残量を確認する。

 愛機トリガーハッピーは両腕に仕込んだ特製の重機関銃を乱射するため、火力は高いが弾薬の消費が激しい。メイド服型の装甲のうち、スカート部分の裏には大量のマガジンが格納されており、そこから順次装填されていく。


 いままでであれば、こういった撃ち合いの局面では重ラウンダー系の仲間が斬り込み、その後にトリガーハッピーたち火力制圧組が続いて短時間戦闘にする。

 だが、今はその斬り込み部隊が精彩を欠いている。

 自分が先陣を切るしかないな、と大辻鷹は仲間に合図を送った。


 すぐさま、大辻鷹はトリガーハッピーに尾根を飛び越えさせ、持ち前の機動力で斜面を蛇行しながら駆け下りる。

 ランダムに蛇行しているはずだが、がっつり狩猟部の狙撃は正確でトリガーハッピーの装甲を度々銃弾がかすめた。ラグを考慮した偏差射撃という変態染みたその技量には敵ながら称賛を送るが、使っている銃が気に食わない。


「ニンジャ=サンなんて銃声がしない豆鉄砲使ってんじゃねぇ!」


 怒鳴りながら、両腕に仕込んだ重機関銃『トドロキ』で槍ヶ山の麓を面制圧する。圧倒的な火力で木々をなぎ倒し、高速で麓に滑り込んで走り回る。

 がっつり狩猟部の姿は見えない。奥に後退したらしい。


「隊長、無事ですか?」

「ちょっと掠ったくらいだね。みんなもおいでー」

「了解です。すみません、斬り込み部隊なのに重役出勤させてもらっちゃって」


 冗談めかして言っているが、斜面を集団で駆け下りながら自作アプリで手榴弾を正確に遠投している斬り込み部隊ががっつり狩猟部の気を引いたからこそ、トリガーハッピーが無事に降りられたのだ。十分に仕事を果たしている。

 それでも、あいつがいれば銃弾が掠ることもなかっただろうなと、大辻鷹は寂しく思う。

 気持ちは同じだったのか、尾根を続々と降りてくる仲間の一人がボイスチャットで呟いた。


「切り込み番長の副長が引退しちゃったのは、痛いですよね」


 仲間の一人が呟く通り、斬り込み部隊を率いていた副長、獅蜜寧が二か月ほど前に引退した。

 いわゆる寿退社である。いまごろ旦那と新婚旅行にでも行っているだろう。

 快く送り出したオーダーアクターの面々だが、新界開発区を出ていく直前に獅蜜寧が遺した言葉が今回の事件の発端だった。


 オーダーアクターのメンバーはもれなく趣味全開。中でも獅蜜は「暴走ロボットとか、ロマンよね」とか抜かすやばい奴だ。

 獅蜜は最後に意味深に笑って言った。


『あの子を止めてあげてね』


 その言葉の意味を理解したのは、がっつり狩猟部が野武士なるオーダー系アクタノイドの討伐を宣言した時だった。

 大辻鷹は苦笑しつつ、仲間に言い返す。


「置き土産なら戦場の反対側で海援隊とバトってるけどね」


 獅蜜寧が去り際に残したあの子。獅蜜の趣味の塊にして置き土産の暴走ロボット。それが『野武士』である。


「しっかしまぁ、副長のソフト開発能力はやばいですね。全自動で海援隊と戦うアクタノイドなんて、解析したら勢力図が塗り替わりますよ」


 そう都合のいいものでもないだろうな、と大辻鷹は副長の顔を思い出す。

 獅蜜の暴走ロボット愛は『プログラムの正常化で味方になる』という展開よりも『暴走が加速したり伝播する』展開に萌えるタイプだ。解析したプログラムを搭載すると何らかの条件で暴走するとか、すでにウイルスをばらまく準備を整えているとか、絶対に味方にならないように考えて作っているだろう。

 どんな展開が待っていようと、あのまま放置しておくには危険すぎる置き土産であることに変わりはない。外国の工作員と噂されるマスクガーデナーが手に入れて量産し、新界にばらまく可能性だってあるのだ。


 大辻鷹は味方の陣形が整うのを待ちつつ、索敵で得られたがっつり狩猟部の配置を見て首をかしげる。


「それにしても、がっつり狩猟部が散開しないのが気になるなぁ。海援隊の背後を守っているように見えるんだよね」

「敵同士のはずですよね。協定を結べたはずもないですし、現場判断でこちらに当たるつもりだとしたら、きっかけがあるかと」


 きっかけ、といっても自分たちの乱入くらいしか思いつかない。

 大辻鷹はランノイド組に声をかける。


「連中の後ろが見えてる人いるー?」

「森が深くて流石に分からないです。ドローンも落としにかかってくるので迂闊に近寄れません。物資がきびちぃ」


 遠征の弊害だな、と大辻鷹は考えつつ、共有されたドローン映像を見て気付く。

 がっつり狩猟部が絶対に一定のラインから後方に下がろうとしない。


「あぁ、なんか読めたわ。四つ目の勢力が静観を決め込んでがっつり狩猟部を睨んだか、退路を塞いだね。角原グループとかマスクガーデナーだったら嫌だなぁ」


 角原グループもマスクガーデナーも日本人にとっては害しかない勢力だ。

 自作のネズミ型ドローンを森に放った仲間のオーダー系アクタノイド『ハーメルン』のアクターが報告する。


「がっつり狩猟部の後方ですけど、索敵には反応ないですよ? 頭を吹っ飛ばされて中破したオールラウンダーっぽいのが森にいますけど」


 こんな場所にオールラウンダーがいる。

 そんな不自然なことがあるのかと疑問に思った大辻鷹は一つの可能性を思いついてハーメルンに訊ねた。


「……貸し出し機の?」

「あ、ボマーか、これ。手榴弾付きワイヤートラップがどっさり仕掛けてある」


 出たよ、と誰かが呟き、仲間たちが笑いながら話に混ざる。


「じゃあこの状況にしたのってボマー? やっばいね。漁夫の利に王手をかけてるじゃん」

「もしかすると、野武士を取られるかもしれないっすねぇ」

「隊長が副長の残してくれたメモを無くさなかったら、こんな面倒にならなかったのになぁ」

「謝ったでしょー。蒸し返さないの」


 軽口をたたきながらも、大辻鷹は楽観できなくなった戦局を睨む。

 一番のネックはワイヤー陣だ。たった一機とはいえ、陣地を構築したボマーは目障りで、早々に退場してほしい。

 罠を仕掛ける時間はあまりなかったはずだ。ボマーが森に張ったワイヤートラップはほぼブラフだと思われる。


 しかし、一つでも本物の罠が混ざっていれば、一機もって行かれる可能性があるのが厄介だ。構成しているアクタノイドが全てオーダー系アクタノイドであるオーダーアクターにとって、一機でも鹵獲されるのは避けたい。

 まして、この戦局を作り出したボマーが仕掛けた罠となれば、心理をついた嫌らしい罠が多数仕掛けられていてもおかしくない。


 さらに、散開戦術が得意ながっつり狩猟部が損害覚悟でワイヤートラップのあるボマーの陣地に入って応戦してきた場合、手が出しにくい。逃げ込まれる前に圧力をかけ、丁寧にすりつぶすしかない。

 なにより、ボマーの目的が不透明だ。


「まさか、未改造のオールラウンダーで野武士と渡り合おうとまでは思ってないといいけど」


 大破覚悟で首を打ち抜いて攻撃するような奴だ。野武士と一騎打ちをしてもおかしくない危うさがある。下手をすれば、野武士を鹵獲しうるのではないか。

 海援隊などとの戦闘をして消耗した野武士ならばなおさらだ。

 ならば、いっそボマーの前に消耗する前の野武士を誘導して一騎打ちさせ、ボマーの思惑を根本から崩してみるのはどうだろう。

 ニヤッと大辻鷹は笑い、作戦の方向性を決める。


「ボマーの位置情報を常に送って」

「どうするんですか、隊長?」

「まずは全火力でがっつり狩猟部を追い払う。火力機はついてきて」

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