第二十二話 火力が正義

 千早はワイヤー陣の後方、やや北寄りの山の中腹に陣取っていた。

 戦場を俯瞰してアクタノイドの動きを観察する。千早が操るオールラウンダーは回収したランノイド系ジャッカロープの頭部を両手で掲げて、視界をメインモニターに共有している。

 頭部を吹き飛ばされたから代わりの頭を掲げている状態だ。


「こ、怖い、なぁ……」


 戦場を俯瞰して、千早はぽつりとつぶやく。

 森の中で行われている戦闘の詳細までは分からない。だが、時折枝の隙間から見える姿や銃声の分布から展開がいくらか判断できる。


 トリガーハッピーを先頭にしたオーダーアクター達が迷彩仕様のアクタノイド集団に突貫し、突撃銃や重機関銃で圧倒していく。

 迷彩仕様の集団は軽装甲の機体が多く、正面激突で瞬く間に陣形を崩されていく。本来は散開して隠れながら攻撃する人たちなのだろう。

 陣の中央を突破された迷彩仕様の集団は同士討ちを恐れて火力を生かせず、千早が張ったワイヤー陣に逃げ込むこともできずにすりつぶされていく。


 オーダーアクター側も多少の被害が出ているようだが、後続の部隊が破損した機体を回収して一か所にまとめ、重装機体で防衛している。

 最新技術の塊であるオーダー系アクタノイドだけで構成されているだけあって、鹵獲されない立ち回りを徹底している。かなり訓練された動きだ。

 迷彩仕様の集団は数機のアクタノイドが脱出に成功している。しかし、大なり小なり破損している機体が多く、戦線復帰は絶望的だ。

 民間クランであれば、機体を保全するため撤退を選ぶしかないだろう。


 迷彩仕様の集団を追い払ったオーダーアクターが陣形を整えていく。

 オーダーアクターの狙いは野武士との戦闘を繰り広げている重装機体の部隊だろう。野武士の機動力と隠密性に翻弄されながらも、じりじりと包囲の輪を狭めている重装機体の部隊。

 機体に刻印された企業ロゴに、千早は見覚えがある。


「海援重工……」


 大企業のクランが野武士を狙っているとはニュースサイトの記事で知っていたが、現場を見ると少々驚きだった。


「AI制御なんて、ほんと、かな……」


 いまいち信じられない千早を余所に、戦闘は進んでいく。

 オーダーアクターは海援隊に対して相手の射程外からすりつぶすつもりらしい。近寄りすぎず、野武士包囲網の一部へ銃撃を加えている。

 海援隊はランノイド系の安全確保に苦慮しているようだ。槍ヶ山脈の電波状況からして、ランノイド系を失えばもう戦闘どころではない。


 千早としては、双方が潰し合って機体をたくさん放置していってくれれば大幅な黒字が見込める。その中にランノイド系なんて高級品もあればさらに良い。

 とはいえ、海援隊の動きに千早は首をかしげた。


「応戦せずに、逃げれば、いい、のに……」


 逃げ道をワイヤーで潰した当人の自覚もなく、千早は呟く。


「それにしても、野武士はどこに?」


 野武士がぴんぴんしていたら破損機体の回収どころではない。いまのうちに居場所を押さえておこうと、ジャッカロープの頭を動かしながら戦場を探す。

 海援隊の包囲網の中にいるはずだが、まるで姿が見えない。

 引いたのか、それとも自分と同じく漁夫の利を狙っているのか。


 AI制御という話を信じ切れない千早は、野武士を人が操っていると想定すればこの状況で姿を晒すはずがないとも思っていた。


「あ、あの機体、お金に、なりそう……うへへ」


 捕らぬ狸の皮算用をしたその瞬間、戦場で海援隊の重ラウンダー系アクタノイド『キーパー』が爆発する。

 勿体ないと思った矢先、ジャッカロープのカメラが野武士の姿を捉えた。

 爆発に反応したのか、森に潜んだ野武士は弓矢を爆発のあった方向に向けて構えている。

 手榴弾による爆発が起こると即座に反応し、トリガーハッピーの重機関銃が火を噴いても反応しているように見えた。


「……音に反応? うん、怖いよねぇ。わかる」


 もしかしたら自分と同じく怯えているだけなのかもしれない。自分のオールラウンダーの頭を矢で吹き飛ばしたのも、追手に対する先制攻撃のつもりだったのかもしれない。

 そんな誤解があったのだとすれば、拡声器で声をかけて誤解が解けるのかもしれない。


「こ、コミュ障にはむりです、はい」


 フへへ、と情けない笑い声をこぼしつつ、千早は野武士をジャッカロープのカメラに収め続ける。

 後は戦闘が終わるまで待てばいい。果報は寝て待て。いい言葉だ。


 などと思っていると、野武士が動いた。

 勇敢にも海援隊とオーダーアクターの戦場に斬り込み、トリガーハッピーへと刀で斬りかかる。


「や、やはり、そっち側か……」


 勝手に自分の同類かもしれないと期待していた千早は、好戦的な野武士の動きを見て落胆する。

 トリガーハッピーに恨みでもあるのか、野武士は他の機体を無視して斬りかかっていく。


 戦場で野武士を破壊してしまうと、海援隊との争奪戦になる。それを嫌ってか、トリガーハッピーは重機関銃を周囲の海援隊へ撃ち込んで牽制しながら野武士を戦場から釣り出そうと動いていた。

 トリガーハッピーの意を組んだ他のオーダーアクターの面々が追撃しようとする海援隊との間に割り込んでいく。

 そこまでは良い。千早にとって重要なのは、トリガーハッピーの逃げ先だった。


 戦場に背を向けたトリガーハッピーが千早のオールラウンダーが潜む山の中腹目掛けて走り出したのだ。


「――ふぇあ!?」


 観戦気分で麦茶を飲んでいた千早は間抜けな悲鳴を上げてオールラウンダーを操作する。

 迎え撃つわけがない。当然逃げるのだ。

 千早のオールラウンダーはジャッカロープの頭を捨てると戦場に背を向けて走り出す。

 山の頂上へ行ってしまうと姿をさらしてしまうため、中腹をぐるりと回って山の裏側を目指すルートだ。

 バックカメラでワイヤー陣の辺りを映し出す。


 トリガーハッピーは持ち前の異様な身軽さでワイヤートラップを避けている。もとより、ほとんどのワイヤーが風船式ダミー手榴弾を括りつけているため、後続の野武士が触れても爆発しない。

 あれを逆に利用して野武士を仕留める気だったのかとトリガーハッピーの動きに納得しかけた千早だったが、トリガーハッピーは唐突に進路を変更する。

 なぜか千早のオールラウンダーへ。


「なんでぇ!?」


 慌ててオールラウンダーの進路を変える。トリガーハッピーたちの直線上になど立ちたくない。

 しかし、トリガーハッピーは空に浮いている観測用のドローンで千早のオールラウンダーの位置を正確に知らされているらしい。

 明確な意思を持って、千早のオールラウンダーを追跡してくる。

 もとより、オールラウンダーの速度ではトリガーハッピーから逃げ切れない。

 迎え撃つしかないと悟った千早は半泣きになりながら突撃銃をオールラウンダーに構えさせた。


「お、お礼参りする気でしょ!? ヤンキーマンガみたいに! ヤンキーマンガみたいに!!」

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