第十八話 赤字と黒字のリスク天秤

 千早はオールラウンダーを走らせていた。

 銃声が響いた直後に、木の幹を盾にして野武士がいる方角とは反対方向、来た道を駆け戻ったのだ。

 銃声に気を取られたのか、野武士の追撃はない。滑り込むように巨大な木の洞にオールラウンダーを飛び込ませる。

 オールラウンダーを即座に反転、突撃銃『ブレイクスルー』の銃口を洞の入り口へ向けて構える。


 度重なる銃声と爆発音が槍ヶ山脈のあちこちから聞こえてきていた。

 野武士は銃器を持っていない。つまり、この銃声や爆発音はどこかのアクタノイドによるものだ。


 千早はガタガタ震えながらもつい耳を澄ませ、意味がないと気付いてモニターを見て音の方角を確かめようとする。おそらく二方向、自分が来た道と少しずれた場所と、槍ヶ山脈の頂上付近だろうか。

 この状況は身に覚えがある。明らかに、野武士を狙うクラン同士の衝突だ。


「うへっ、なんで? なんで戦場のど真ん中なのなんでぇ?」


 目をぐるぐる泳がせて混乱する千早は野武士が追ってきていないことに気が付く。見逃されたらしい。

 問題は衝突しているクランの方だ。


 千早には状況がいまいち呑み込めない。

 槍ヶ山脈まで丸二日ほどの移動時間があったが、直前に確認したがっつり狩猟部による野武士発見報告は三百キロメートルは先だった。ここに野武士がいるはずがないのだ。

 野武士がいるはずがない場所に野武士がいて、その争奪戦が行われていて、自分が何故かそのど真ん中にいる。


「なんでぇ!?」


 もはや自分が狙われていると考えた方がしっくりくる、と気付いた千早はさらにガタガタ震え始める。


「そ、そうだ。なんで、気付かなかったんだろ。恨まれてるのに、狙われないわけ、ない……ふへっ」


 いままで襲撃者を返り討ちにし続けてきたのだ。衝突しているクランの最大目標が野武士だとしても、自分も標的に入っていないとは限らない。

 沢であれほど爆撃し、オーダーアクターの代表に呼び出しを食らってすっぽかした。

 心当たりがありすぎる。


「うへへっ……」


 笑うしかないと奇妙な声を上げつつ、千早はオールラウンダーの状態を調べる。

 頭部カメラを吹き飛ばされたオールラウンダーの視界は著しく悪く、正面がほぼ見えない。バックカメラがある後方はともかく、前方の死角が広すぎて戦闘に巻き込まれたらひとたまりもない。


 正面からの撃ち合いなど元々するつもりはない。さらに言えばオールラウンダーの装甲や射撃精度を考えれば、野武士討伐戦をしている最新鋭機と撃ち合えるはずもない。

 そもそも、多勢に無勢で撃ち合い以前に姿を晒した瞬間に負けが確定する。


 如何に姿を見せずにこの場から撤退するかが千早にとっての至上命題なのだが、困ったこともある。


「お金が……修理費が……。しかも、恨まれて……」


 貸出機であるオールラウンダーの頭部が破壊された。すでに完全な赤字である。

 クランが野武士に気を取られている今ならば逃げられる可能性はあるのだが、ここで逃げても狙われていることに変わりがなければ意味がない。

 アカウントを作り直せば、足跡を辿られないかもしれない、程度だ。


 そもそも、ここからガレージまでは二日の距離。頭部を失って視野が悪いオールラウンダーで最高速を出せるはずもなく、さらに時間がかかる。

 野武士戦を終えた彼らが追い付くのは容易だろう。


 比喩ではなく頭が痛かった。緊張のし過ぎで気味の悪い笑い声がアクタールームに延々と跳ねまわっている。

 もしも、と千早は笑いながらモザイク状態のメインモニターを見つめる。

 このまま上手に姿を隠し続けて戦場に居座ったらどうなるだろうか。どうせ追いつかれるのなら、いっそ逃げないという選択肢があるのだ。


「うひっ、ふへへ」


 戦闘音を垂れ流すスピーカーが振動し続けている。

 これだけ派手な撃ち合いだ。大破する機体はかなりの数になるだろう。

 対野武士戦をやらかすような強力なクラン同士の戦闘だ。高価な機体が目白押し。


 それを売ったら、どうなる?

 しらんのか。恨みと大金が手に入る。


 千早はモニター下の財布に手を伸ばし、中身を覗く。現金三千四百とんで八円。プラス一枚紙が入っていた。

 レシートかとちらりと考えつつ、千早は薄ら笑いを浮かべ続ける。


「一発逆転、黒字……うぇへっ」


 攻撃したのはあいつらなのだから、逆襲したって許されるはずだ。

 頭部を吹き飛ばされたオールラウンダーが戦場にとどまって漁夫の利を狙うなど、普通は考えないだろう。


 千早の不気味な笑みが深くなる。

 追撃を受けて大幅な赤字か、居残って逆襲し大幅な黒字か。千早の頭の中を埋め尽くすのはそんなリスクの天秤だった。


 そもそも、ここから逃げ出しても野武士を探すために索敵能力に優れた機体を多数配備している敵から逃げ切れるとは到底思えない。

 もしも、衝突しているクランの片方がオーダーアクターなら、最優先で追いかけてきてもおかしくない。


 千早は武装を確認する。

 ウルティー戦で多少の消耗はしているが、元々大量にワイヤーや手榴弾を持ってきている。メインカメラがやられているため銃器はほぼ扱わないので弾薬は気にしない。

 回収しきれない機体を取られないようにと用意した風船式ダミー手榴弾もある。


「逃げ切れない。撃ち合えない。だから、迎え討つ。うひっ」


 千早は覚悟を半端に決めて、周囲にワイヤートラップやブービートラップを張り巡らせながら自陣を拡大する方針を選んだ。

 保身に走る彼女の行動は、この戦場で最も迷惑な行為である。

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