第十七話 備えあっても憂いは消えず

 槍ヶ山脈を訓練された動きで登る一団があった。

 『海援重工』直轄クラン『海援隊』の主要メンバーによる、全四十機のアクタノイド部隊だ。


 部隊全体の指揮を執る海援吉俊は愛機のオーダー系アクタノイド『志士』で最前列を進む。

 志士を含めて、部隊には重ラウンダー系が多い。この本隊から離れて索敵を行うランノイド系シェパードとコンダクターの混成部隊も含めた陣営だ。


 野武士を狩りだすため、広域を索敵しつつ進み、発見次第、本隊へと誘引して叩くつもりだった。

 部下から共有される地形情報や索敵情報をまとめつつ、同じアクタールームにいる部下を見る。


「他勢力の動きは?」


 オペレーターの役割を兼ねる部下は、海援吉俊のマイクに自分の声が入らないよう静かに答えた。


「がっつり狩猟部が野武士の発見報告をクランページに掲載しています」

「いつもの欺瞞情報だろう?」

「はい、いつものです。該当地域にいるのはがっつり狩猟部の下位メンバーのようですから」


 際どいことをするものだと呟いて、海援吉俊はモニターを見る。

 『野武士』討伐戦は様々な勢力が入り混じっての混戦となり、欺瞞情報や勢力同士の奇襲、仕掛けた罠に掛かってしまった野良アクターによる報復など混迷を極めている。


 証拠が残るホームページに掲載するがっつり狩猟部のやり方は際どい。該当地域に下位メンバーを置いているのはアリバイ作りなのだろう。

 先日の三勢力衝突で大損失を被った部隊を配置していると思われる。


「問題は、本隊の居場所とオーダーアクターだな」


 部下には野武士だけでなく、他の勢力と思われる機体も報告するように命じてある。痕跡も含めて、戦術を組み立てる上での貴重な情報だ。

 そんな命を受けた部下の一人がボイスチャットで報告する。


「ウルティーの死骸を発見しました。矢傷もあります。おそらく、野武士の仕業でしょう。サーモグラフィを見る限り、まだ温かいです。腐敗している可能性もありますが」


 アクタノイドを介してしか情報を得られないため、腐敗していても臭いで判別できない。

 だが、それ以上に聞き捨てならないのは仕留められた動物の種類だ。


「よりにもよってウルティーに手を出したのか。荒れそうだな」


 ウルティーは獰猛で群れを成す。仲間が死んだ場所を定期的に見て回り、その場にいた動物を襲う習性までもつ高い攻撃性を有する動物だ。特に、群れの仲間が殺された場合、殺した生き物をしつこく追いかけまわして殺そうとする。

 野武士はウルティーの群れに追跡されている可能性があった。

 アクタノイド戦の前に、猛獣を駆除することになりそうだ。


「ウルティーの足跡を追跡する。その先に野武士がいるはずだ」

「了解」


 情報を得て、海援隊は足跡を追跡する。途中、打たれ弱いコンダクターを本隊の中心に組み込み、戦闘に備えた。コンダクターと別れて身軽になったシェパードが本隊の前に分散して索敵を行う。

 陣形を組みなおして槍ヶ山脈の奥地へと森を進んでいた時、進行方向で爆発音がした。

 すぐにシェパードを操る部下からの報告が入る。


「手榴弾による爆破を確認」

「こちらも聞こえた。状況を報告せよ。本隊は一時停止」

「状況を報告します。本隊の進路五百メートル先、ウルティの群れと貸出機と思われるオールラウンダーが交戦中」


 貸出機のオールラウンダーと聞いて、ボイスチャット越しにも空気がピリッと張り詰めたのが分かった。

 海援吉俊はシェパードと、オペレーターに向けて質問する。


「ボマーか?」


 オペレーターが無言でハンドサインを送ってきた。分からないらしい。

 三勢力衝突の後、ボマーについては個別に調べてある。アカウントも特定しているが、どこの勢力と繋がっているのかいまいち読めない不気味なアクターだ。

 シェパードが報告する。


「機体の部品らしきものを背負っています。野武士が倒したアクタノイドを回収して小銭を稼いでいた一般アクターかもしれません」

「だとすれば、ウルティーとは当たらないはずだ。腕や脚に爆弾を仕込んで投擲してきた前回の件もある。あれがボマーで、ブービートラップでも仕掛けようとしたのかもしれん」

「どうしますか?」


 海援吉俊はわずかに逡巡する。

 前回の三勢力衝突はボマーに対するトリガーハッピーの射撃が文字通りの引き金だった。今回も、どこかに別勢力が潜んでいる可能性もあり、迂闊にボマーに攻撃するのは悪手だろう。


 なにより、戦闘に入れば野武士が奇襲を仕掛けてくるかもしれない。野武士がAI制御によりラグなしに行動できるのなら、最初に仕掛けるのはこちら側でなければ被害が大きくなる。

 オペレーターが声をかけてくる。


「もしかすると、ボマーが野武士を追っている最中、ウルティーとの交戦状態に入ったのかもしれません」

「あり得るな。だとすれば、近くで野武士がボマーを見張っているのか」


 ボマーの所属勢力は分からないが、野武士の破壊を狙っている可能性は高い。

 海援吉俊の持つ情報と常識では、爆撃の説明が他につかないのだ。


「別勢力の介入を警戒しつつ、野武士の発見を優先。ボマーが野武士かウルティーにやられたら、生き残りを叩く」


 ウルティーの獰猛さも侮れない。野武士に位置をバラしてしまうリスクはあるが、戦闘に乱入されるまえにシェパードの狙撃で片付く。

 頼りのシェパードから質問が飛んできた。


「先にボマーが野武士を仕留めてしまったら?」

「流儀に反するが、強奪する」


 正義感は人並み以上の自負がある海援吉俊だが、正義感が強いからこそ、野武士を他に鹵獲されて悪用されるよりは自分が泥をかぶる方が良いと覚悟が決まっていた。

 ボマーとウルティーの戦いが終わるまでは小休止だと、海援吉俊はミネラルウォーターを口にする。

 部下たちも休憩しながら、ボマーとウルティーの戦いを観戦し始めた。


「……それにしても、壮絶な立ち回りですね、ボマー。戦闘なんて想定してないような装備なのに。軽機関銃くらい持ってくればいいものを」

「この程度、本格武装するまでもないってことなんでしょ。前回の沢登りといい、舐めた態度で気に食わないね」



「――なんでぇー!?」


 ただ機体の回収業務をしていただけなのに、ウルティーの群れに執拗に襲われて、千早は悲鳴を上げていた。

 戦闘があるかもしれないと、切り抜けられる程度の弾薬を持ち込んでいるものの、ウルティーはその習性上、アクタノイドを破壊するか全滅するまで止まらない。

 泥沼の戦闘を繰り広げることになり、千早は突撃銃『ブレイクスルー』を連射して距離を維持しつつ、ワイヤーで樹上に退避する。


 ウルティーは雌雄で形状が大きく違う顕著な雌雄異体の恒温動物だ。

 雌はリスに似た形状をしているが、体高は最大二メートルと巨大で鋭い角を額に持ち、両手には木登りをする際に引っ掛ける尖った鍵爪がある。

 いま、千早のオールラウンダーを襲っているのはどれも雌のウルティーだ。

 雌ウルティーは当たり前のように樹上へ駆けのぼってくる。


「こ、来ないで!」


 回収済みのアクタノイドの腕や脚を投げつけて雌ウルティーを地面に落とし、ワイヤーと巻き上げ機を使って別の木に移動する。

 そうとは知らない雌ウルティーが駆け上ってきた元の木の幹には時限式爆弾を取り付けてある。ウルティーが千早を追おうと枝へ移動した直後、時限式爆弾が起動して数匹まとめて吹き飛ばした。


 千早は移動した木の上から突撃銃を地面のウルティーへと向ける。銃口を理解しているのか、さっと散開して木の裏に回り込もうとするウルティーを二頭仕留める。


「やばいって、もういやぁ!」


 幹を駆け上ってきたウルティーの行動を予測して偏差射撃を行い、一頭を射殺する。

 先ほど画面に見えたウルティーはもう一匹いたはずだと、周囲を探した千早は、モニターの端に矢羽が見えているのに気付いた。


 頭に直接氷の棒を突き込まれたようなゾッとする感覚に、千早はオールラウンダーをすぐさま地面に飛び降りさせた。

 矢羽の先が見える。

 最後になったウルティーの首に矢が突き立っていた。地面に着地した瞬間、ガンッと強い衝撃音がしてメインカメラが消失、システム画面に赤いエラー文字がずらりと並んだ。

 オールラウンダーの頭部が飛来した矢で吹き飛ばされたのだ。


「――ひゅっ」


 もはや悲鳴も出ない。

 頭部が吹き飛んだオールラウンダーをそれでも木の陰に隠し、肩にある左右カメラで状況を確認する。

 直前にメインモニターに映った矢の角度からして、山の中腹からの狙撃だ。

 この距離で矢を射れる機体など、千早は一機しか知らない。そう、『野武士』だ。


「……オワタ」


 大赤字を覚悟したその瞬間、遠方から銃声が響いた。

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