第十六話 事前準備はしっかりと

 千早は通帳とにらめっこしていた。

 オールラウンダーを大破させたことにより、修理費を支払った千早は大幅な赤字を出した。

 ただでさえ、引っ越し代金や敷金で大金が出ていった後だ。今回の修理費はかなり痛かった。

 せめて、大破したオールラウンダーを回収しようとあの後にすぐさま貸出機で再出撃した。だが、戦場の機体はオーダーアクターや『森ノ宮ガレージ』を拠点にする海援隊の別動隊などにより回収された後だった。

 千早は通帳を閉じて、ベッドに倒れ込む。


「お、お金が、ない……」


 正確には、今年の家賃分くらいはあるのだが、アクター業をするには心もとない金額だ。一千万円を超えていた貯金が半分以上も消えているのも心理的にプレッシャーが大きかった。

 危機感を覚えた千早はスマホで依頼を調べ始める。


「ふふっ、ちょっと、増えてる……」


 戦闘系ではない依頼が少し増えていた。

 自機を大破させたことや、クレップハーブの納入依頼はきっちり完了させたことなどで戦闘系依頼の優先度が下がったのだ。

 しかし、遠距離での依頼だったことを加味してか、遠出する依頼が多い。遠出すれば当然、完了までにかかる時間も長くなるため報酬が増える傾向にある。


 お金を稼ぎたい千早としてはありがたい掲示板になっていた。

 千早は画面をスクロールしながら依頼を吟味していく。


「……回収依頼が、多い?」


 大破、中破、または孤立したアクタノイドの回収依頼や、回収班の護衛といった依頼がやけに多かった。

 場所はかなり範囲が広い。東は静原山麓付近、西は灰樹山脈まで。電波が届きにくい開拓前線の山林が多い。端から端まで、アクタノイドの脚でも直線距離で三日ほど、地形を考慮すれば十日以上はかかる広い範囲だ。

 新界の動物にやられたと書いてある依頼もあるが、ほとんどは大破した理由を依頼には書いていない。


「……もしかして、野武士とか、いう、アクタノイドに?」


 昨今、世間をにぎわせるオーダー系アクタノイド。様々な勢力が鹵獲や破壊を狙っている。

 野武士が撃破したアクタノイドだとすれば、野武士の現在地を推測する手掛かりになる。だから、依頼主はあえて大破した理由を書かなかったのかもしれない。


 千早は依頼内容と報酬を見比べて、悩み始めた。

 千早は結局、野武士とは遭遇していない。戦闘映像を見たことはあるが、実際に戦闘はしていない。

 前回の依頼では『トリガーハッピー』になす術もなく撃破された、というのが千早の認識である。トリガーハッピーを破損させたことがあるアクターなど五指に満たないことなど知る由もない。


「戦闘は嫌、だけど……」


 正直なところ、お金が欲しい。二割ほど増している報酬金に目が眩んでいた。


「ま、まぁ、戦闘するとは限らないし……撤退していいし……お金が……うーん」


 優柔不断な千早はベッドの上で悩み続ける。

 うまく回せば数件の依頼をまとめてこなすことも可能だ。破損機体が同じエリアに固まっている依頼を一つ選び、道中に見つけた大破機体をそのまま回収してしまえばいい。発見報告と共に位置座標や現場の写真をメッセージで送れば、後出しでも依頼達成を見込める。


 散々悩んで一時間、千早はようやく、回収依頼を受ける気になった。

 だが、千早もいい加減、自分が戦闘に巻き込まれがちな自覚もある。事前に情報を集めて可能な限り戦闘を避ける努力を始めた。

 最初に開いたのはがっつり狩猟部のホームページだ。


「……あった」


 目当ての情報を見つけて、千早はうっすらと笑みを浮かべる。

 がっつり狩猟部は野武士討伐を掲げ、邪魔するアクタノイドは排除する旨を公言している。となれば、無関係なアクタノイドが戦場に出くわさないよう、情報を出すのが筋だ。


 千早が開いたページには、がっつり狩猟部が『野武士』を発見した地点が記されていた。

 最終更新日が二時間前、『野武士』の発見位置は千早が目をつけた依頼の該当地域『槍ヶ山脈』から二百キロ以上離れている。それ以前の発見位置も槍ヶ山脈から遠ざかって灰樹山脈方面へ向かっているのが分かる。

 つまり、『野武士』は該当地域にいない。


 千早が目をつけた回収目標の機体も、野武士ではなく野生動物にやられている。槍ヶ山脈は電波状態が劣悪で、それを改善するためランノイド系を連れていくのが主流だ。おかげで回収目標の他にも高額なランノイド系の機体の回収依頼が多々見つかった。

 埋蔵金状態である。


 ネックとなるのが電波状態だ。

 だが、千早がいつも使っているオールラウンダーは新界開発の最初期に製作された。元々電波など存在していない新界に導入するにあたり、劣悪な電波状態でもある程度動けるよう設計されたことが、いまだに新界の開拓に使用される理由である。

 過信はできないものの、現場にはランノイド系が転がっているのだからそれを直接操作し、通信を補助してもらえばよい。


 そうと決まれば善は急げと、千早は依頼を受注してオールラウンダーを借り受ける。


「……でも、戦闘には備えておこう」


 今までも、戦闘はないと思い込んでいる場所で戦闘に巻き込まれてきた。千早はもはや、事前の情報だけでは安堵できなくなっていた。


「えっと、大型バックパックと、手榴弾も多めにして、粉塵手榴弾も欲しいし、時限式のも、あ、ワイヤーも……」


 見かけたアクタノイドを片っ端から回収していくつもりの千早はワイヤーを大量に借り受け、予備バッテリーと台車も借りる。


「ん? 風船式、ダミー手榴弾? お、おぉ……これも」


 紐を引くことで内部で化学反応が起き、気体を発生させて膨張し、手榴弾そっくりになるダミー手榴弾を三パック購入する。

 見つけた機体を運びきれない時にはどこかに隠してこのダミー手榴弾を使ったワイヤートラップでも張っておけば、誰も手を出せないだろう。


 そんな小狡いことも考えた千早は借り受けたオールラウンダーにアクセスする。

 借り受けるオールラウンダーについても、いつもは気にしない整備状態や実際に動かした際の挙動を吟味する。電波状態が悪いところに行く以上、おかしな挙動をしないのは絶対条件だ。


「よ、よし、今回はお金を稼ぐんだ……。あ、お財布を持って来よう」


 無事に帰還出来たら出前でちょっと美味しい物を食べるのだ。

 ささやかな野望を胸に、千早はアクタールームのモニター下に財布を置いて、オールラウンダーを出撃させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る