第十五話 メカメカ教導隊長
メカメカ教導隊長こと大辻鷹美弥は予備のオールラウンダーを『灰樹山脈』のエリア七に置いて、待ち合わせ時間である午後五時を待っていた。
「――ボマーは来ないか」
元々、こちらの言葉が届いているかも曖昧な状況だっただけに落胆はない。
「なんのチューンアップもしてないオールラウンダーであれほど状況をひっかきまわすなんて面白そうなやつだし、話してみたかったなぁ」
大辻鷹はボマーを高く買っていた。
ノーマル装備のオールラウンダーを使い最新鋭機がにらみ合う戦場のど真ん中をあえて通行する度胸、まともな武装がないのをいいことに無視されている間に戦場の裏側に回り込む迅速さ、サイコロンの頭部カメラとの無線を行って爆撃予定地を観測する周到さ、腕や脚といったパーツが細かい部分に爆発物を仕込み即席のクラスター爆弾化する機転、最後には自壊を恐れずに首を打ち抜いてメカメカ教導隊長の愛機に一撃を加える豪胆さ。
高価なアクタノイドはできる限り壊さないように運用するのが当たり前という風潮を真っ向から崩すような、死なばもろともの精神は大辻鷹にとって実に好ましいものだ。
「やっぱ、ロボは壊してなんぼってね」
数々のアクタノイド開発企業に就職を断られた原因である思想をポロリとこぼしつつ、大辻鷹はオーダーアクターの仲間に雑談を振る。
「というか、顎に挟んで突撃銃の引き金を引くとかどんな銃声を聞けるんだろう。絶対に間近でいい音が聞けるよねぇ」
仲間の呆れ声が返ってきた。
「隊長のそれは病気だと思います」
「副長も結局、それだけは分からないって言ってましたね」
「就活でそれ言っちゃったからお祈りメール食らったんですよ?」
「趣味にとやかく言いませんけど、時と場合は選びましょーねー」
次々に同調する仲間たちに、大辻鷹は眉間に皺を作る。
「は? 銃声ほど心に響く音はないでしょ。実質ASMRだから」
「心に響くって、普通は恐怖心ですよ」
「それも含めていいんじゃん!」
強弁するも、ボイスチャットから返ってくるのは呆れのため息多重奏。
だが、仲間の反応で自らの嗜好を省みる協調性の持ち合わせなど、大辻鷹にはない。
理想の銃声を聞きたいがためにアクタノイド開発企業への就職を志して断られ、それでも諦めきれずに自ら設計開発を一から始めて現状最強のアクタノイドを作り出す。大企業を凌駕する技術力を持つに至った天才技術者、大辻鷹の原動力はただひたすらに趣味である。
仲間たちは思う。
この女を迎え入れなかった開発企業の人事は優秀だなと。
同時に思う。
――それはそれとして、自分も落としやがったのは許せないから叩き潰してやると。
民間クラン『オーダーアクター』はアクタノイド開発企業に就職できなかった技術者の掃きだめ。互いの趣味や嗜好に理解を示さず、各々にぶっとんだ理想を実現するために技術を共有し、各々が理想を体現するオーダー系アクタノイドを操る趣味人の巣窟。
唯一、共通しているのは、アクタノイド開発企業が大嫌いという一点のみ。それすら逆恨みというはた迷惑な集団である。
その集団の長たる大辻鷹は恍惚とした表情でボマーとの戦闘の最後を思い返す。
「喉撃ち抜き、いつかやってみたいけど、やっぱり戦闘中じゃないと真に迫る音が出ないんだよね。それこそが、戦場の緊迫感とそれに伴う恐怖心っていうスパイスの有無から来ると思うの。あのボマーさん、録音データくれないかなぁ」
「まぁ、ボマーっていうくらいですし、爆発音のデータならありそうですよね」
「悪くないけど、やっぱ銃声の方が響くかなぁ。というか、ボマーって有名なの?」
ここ一か月ほどでアクターが利用する掲示板などにもその存在が噂されている、手榴弾の使い手が通称『ボマー』だ。
一度アカウントを作り直しているのが確認されているらしく、アカウント名ではなくボマーの通称で呼ばれるようになった。
仲間の一人が教えてくれた。
アカウントを乗り換えているため定かではないものの、初任務で打ち捨てられたコンテナの爆弾を派手に爆破して自機のオールラウンダーの大破と引き換えにイェンバーを爆殺したのがデビュー戦。
依頼遂行中に襲撃してきた所属不明のスプリンター系アクタノイド『ベルレット』を鉱床の穴に落として爆破。同様に、ランノイド系コンダクター、スプリンター系リーフスプリンターの襲撃時には貴重な医療資源である『ククメルカ』の群生地をワイヤーでの手榴弾投擲で爆撃して釣り出している。
他にも測量依頼中に狙撃での妨害をしてきたランノイド系『シェパード』を自機を巻き込んで爆破。
「後、噂に過ぎませんが水中戦で海洋生物レチキュリファーを爆殺したとか」
「オールラウンダーで?」
「貸与された別の機体らしいです。ただ、他の戦果は全部オールラウンダーみたいですね」
「アクタノイドを消耗品だと思ってんのかな? 精神が素敵な壊れ方してるね」
「隊長と馬が合うのは間違いないです」
「ウチのクランならみんなで仲良くできるでしょ」
「違いない!」
笑い声を響かせながら、『オーダーアクター』は午後六時に解散。『野武士』討伐戦に戻っていった。
※
海援重工勢力圏の一つ『森ノ宮ガレージ』近郊の山で海援重工所属のアクタノイド部隊が全滅するまでの映像を見て、新界開発区支社の代表者、海援吉俊は重々しいため息をついた。
会議室には海援重工の直轄クラン『海援隊』の主要メンバーがそろっている。
「三勢力衝突の直後にこれとは」
一同は険しい顔で映像を見ていた。
前回の三勢力衝突でも海援隊のアクタノイドを多数喪失した。
だが、アクタノイド開発最大手の海援重工の直轄クランである海援隊にとっては痛手とは言えない。
今回の映像は三勢力衝突の同日、夕方に行われた対『野武士』戦の全容だった。
接敵した海援隊第三部隊のアクタノイドが四割大破に追い込まれ、撤退するまでの映像を見届けて、海援吉俊は会議室のメンバーを見回す。
「戦術上は全滅だな」
第三部隊で大破した機体は、前線を担当するラウンダー系が五機、後方を支援するランノイド系が三機だ。これ以上のランノイド系の喪失は通信環境の大幅な悪化を招くため、戦術上の全滅と定義される。
「第三部隊の補充は?」
「頭数だけは充足しました。しかし、共食い整備で不調の機体も多く、部品納入を待っている状態です」
「第三部隊と第四部隊は森ノ宮ガレージの守りに回そう」
出撃可能な戦力がだいぶ減っているな、と海援吉俊は心の中でため息をつく。
二か月ほどで戦力が整うだろうが、がっつり狩猟部やオーダーアクターが野武士を狙っている。うかうかしていられない。
「第三部隊のおかげで戦闘データも得られた。やはり、野武士は自律AIだろう」
通信妨害などの影響が一切見られない点からもほぼ間違いない。
どこの天才が作ったのかは分からないが、新界でのアクタノイド戦を激変させかねない発明だ。
海援重工の資金力で野武士を大量生産できれば、アクターの人手不足に悩むことも、ラグに悩まされることもない。
「本社からも鹵獲を強く望まれている。何としてでも手に入れよう」
この技術が他の勢力に取られることがあってはならない。
「鹵獲できない場合は?」
「最悪のケースはマスクガーデナーに鹵獲されることだ。それよりはマシと判断し、破壊する」
覆面庭師、マスクガーデナー。新界に入り込んでいる他国のスパイたちを示す隠語だ。公的にはその存在を認められていないため、支社長である海援吉俊も公にスパイに注意しろとは言えない。
だが、海援重工本社の伝手から回ってくる情報では、政界でも問題視され始めている。新界から流出したと思われる新資源による被害が他国で確認されたとのリークが政治家の角原為之からもたらされたとの真偽不明の情報もある。
日本のアクターにも、マスクガーデナーに与する者がいるはずだ。
例えば、三勢力衝突のきっかけを作り、さらには爆撃で戦力を大幅に削いだ異様なオールラウンダー、ボマー辺りが怪しいと海援吉俊は睨んでいた。
マスクガーデナーが野武士に目をつけているのなら、猶予はない。
海援吉俊は決断する。
「各部隊は現行の任務を一時凍結。全戦力で持って野武士を鹵獲する。わたしも出撃する」
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